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幼少期

キッズ用通信具完成とリズベット襲来事件

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 アルベルトの案を参考に、ボタン一つの携帯電話が誕生した。
 名刺サイズの携帯電話が出来た時は、私も純粋に驚いた。
 ただし、王家の家紋をデフォルメして入れるのはタブーなので、アイビーの花に差し替えた。
 アルベルト主催のパーティーで名刺に押した花押だ。
 アイビーにしたのは、王妃が愛妾を薔薇の宮から追い出しアイビーの宮へ移した経緯を込めた皮肉である。
 花言葉までアルベルトは知らないだろ。
 ワンボタン携帯には、『所有者の名前←→受発信する相手』となっている。
 五家に関しては、紋章を可愛くデフォルメしておいた。
 細部まで再現すると時間と金と労力がかかるので低コストで高利益を生むには仕方のないことだ。
 是非、スピネル、カルセドニー、カエサル、ルーク、ロンギヌスで宣伝して来て欲しい。
 それぞれ、親と通話が出来るように作ったさ。
 事前にそれとなく、親御さんにコンタクトを取って試験的に使えないかって相談した上でね。
 勝手に高価な物を与えたら、それはそれで色々と問題が浮上するから、その辺りは慎重にならざる得ない。
 中身だけ渡しても良かったのだが、プレゼントと言った手前、それはナンセンス。
 きちんと化粧箱も用意し、対になった通信具が鎮座している。
 プライベート用の3つボタンの付いた通信具は、父を通して王妃様へご機嫌伺いの品として渡しておいた。
 教会の不正に関しては怒り心頭だったらしいが、ご機嫌伺いの品で少しだけ緩和されたとのこと。
 誤算だったのは、王妃から教会の実権の掌握を急げとの命令が下された事だ。
 掌握する気ではいたが、時間をかけてしようと思っていたので、王妃からの横槍に少し…いや。大分イラッとしている。
 新体制で動き始めたばかりなので、せっつかれても私の身体は一つしかない。
 私は、スーパーウーマンでも未来の猫型ロボットでもない。
 本当に無茶を言ってくれる。
 内心文句タラタラではあったが、やるしかあるまい。

 ユリアをお供に王城へ来ている。
 通信具を渡すためだ。
 顔馴染みの兵士に護衛され、客間に通されお茶を飲んでいるとアルベルトと側近候補五人と、何故かリズベットがアルベルトにべったりくっついていた。
「あら、婚約者の前で堂々と浮気ですか? 彼女を正妻にしたいなら、わたくしは今すぐ身を引きますわ。これまで殿下に掛けたお金と精神的苦痛を味わった慰謝料はキッチリと請求致しますわね」
 コロコロと鈴がなるような声でそう告げると、アルベルトは焦ったように「違う」と連呼している。
「違うも何も、ご令嬢を腕にくっつけて婚約者に会いに来ること自体が失礼でしてよ。少しはマシになったと思ったのに、たった三週間程度会えなかっただけで、尻の軽い女の誘いに乗るなんて男は下半身で生きているって本当なのね」
 リズベットを突き飛ばして、私のところに駆け寄り誤解だと喚く姿は駄犬にしては良くやったと褒めるべきだろうか。
「殿下、女性を突き飛ばすのは良くありませんわ」
「あれくらいしないと離れないんだ!」
 確かに、リズベットの様子を見る限りではアルベルトの言葉は一理ある。
「それで、オブシディアン嬢はどうしてこちらへ? 王城に上がるのは許された者しか出入りすることは不可能でしてよ」
「お父様が連れて来て下さったのよ! 将来、私がアルベルト様の妻になるんだから当然でしょう」
 ほうほう、オブシディアン家はアングロサクソン家に喧嘩を吹っかけて来たと。
 上等じゃない。
 その喧嘩、買って差し上げましょう。
「婚約者候補なら、その言い訳は通用するかもしれません。ですが、わたくしは正式なアルベルト殿下の婚約者です。愛妾にと殿下が望まれるのであれば吝かではありませんが、その発言はオブシディアン家の総意と取らせて頂いても宜しくて?」
「お父様がそう言っているんだから、そうに決まっているでしょう! 未来の王妃は、私よ! 敬いなさいよ」
 子供の癇癪乙!
 いいネタをありがとう。
 オブシディアン家は、何かと我が家と張り合う割には領地経営も上手く行かず色んな場所から借金していると聞いている。
 潰すのは容易いが、時間をかけて真綿で首を絞めるようにジワジワと追い込み出来るだけ金を引っ張ろう。
「分かりました。では、後日その件を交えてお話致しましょう。わたくしと殿下の婚約は国が決めたことですので、当事者である王の代理は王妃様がなさってくれるでしょう。ご自身が、次期王妃に相応しいことを証明して下さいませ。では、御機嫌よう」
 パンパンと二回手を馴らすと、外で待機していた護衛が入ってきた。
「オブシディアン嬢を部屋からつまみ出して頂戴。これから殿下達と大切なお話がありますの。ああ、くれぐれも傷は付けない様にお願いしますわ。後から、抗議の手紙が届いても面倒なので」
「ハッ!」
 兵は敬礼し、リズベットに「失礼します」と声を掛けて小脇に抱えて退出していった。
 いや、お前……そこはお姫様抱っこにしてやろうぜ。
 私の時は、普通に抱っこかお姫様抱っこなのに扱いが雲泥の差がある。
「さて、邪魔ものは居なくなりましたわね。あの方が押しかけて来たということは、勉強も捗っていなかったのでは?」
 そう問いかけると、神経質な顔を作りながらカルセドニーが同意を示した。
「全くです。いきなり部屋に押しかけて来たかと思うと、殿下にベタベタし始めて訳の分からないことまで言い出して困りました」
「訳の分からないこと?」
「本来なら私がアルベルト様の婚約者になるはずだった、と」
「そう言えば、自分のことはリズと呼べと言ってたな」
 ルークが、その時の情景を思い出したように語る。
「愛称は、親しい間でも恋人か婚約者、後家族くらいしか呼ばせない名前ですのに。皆様にも言ったのですか?」
「言われましたね」
 スピネルの言葉に、皆嫌そうに同意している。
 弱い八歳で尻軽とは、将来はゆる股ビッチの誕生だ。
 そんな女に王妃の座を渡したら、私の可愛い天使たちまで害が及んでしまう。
 絶対に阻止しなくては!
「皆様、大変でしたね。彼女に関しては、こちらで対処しておきますわ。本日、ここを訪れたのは例の物が出来上がったんですの」
 ユリアに目配せをすると、テーブルの上に一つずつ丁寧に化粧箱を置いていく。
 化粧箱には、それぞれの家紋が入っているため一目で自分のがどれか分かるだろう。
「リリアン、空けても良いか?」
「どうぞ」
 アルベルトの催促に、是と答えると各々が箱を取り中身を空けている。
「……思っていたのと違う」
 最初に言葉を発したのは、ロンギヌスだった。
「皆様の家紋は、それぞれ複雑過ぎたので簡略化させて頂きましたわ。とても良い出来だと思いませんか?」
 けして可愛いとは言わない。
 言ったら作り直しさせられそうだからだ。
「俺よりはマシだと思うぞ」
「あら殿下、わたくしのデザインが気に入らないと言うのですの?」
「い、いや…そんなことはないぞ。ただ、男に花と言うのも不釣り合いだろう」
 必死に弁明するアルベルトに笑いを堪えながら、
「その花は、殿下が初めて主催した時のパーティーで名刺に押印されたものですのよ。流石に、王妃様の許可なく家紋を使わせて頂くのは気が引けましたので思い出の花にしたのです。皆様のも、理由の大部分は大体同じですわ」
 後半は、大嘘だけどね!
 そういうと納得したのか、各々早く使ってみたいのかソワソワしている。
「一つはご自身がお持ち下さい。持ち運べるようにこういう物も用意致しました」
 ユリアが、サッとストラップの突いたカードケースと携帯を置けるスタンドを差し出した。
 ボタンの部分は繰りぬかれている。
 縁と紐は牛の皮を使い、表はスライムの粘液を固めたものを裏は牛の皮を張り合わせて作ったものだ。
 現代でいうならICカードケースを模倣したものだ。
 スタンドは、ステンド硝子風に作ったので評判が良ければ受注生産したいと考えている。
「これ、どちらも頂いて良いんですか?」
 カエサルの言葉に、私は笑みを浮かべて頷いた。
「はい。どうぞお持ち帰り下さいませ。スタンドは、相手の方…この場合は親御様に通信具と一緒にお渡し下さるのが宜しいでしょう。カードケースは、皆様が常に身に付けられるように考慮しました。箱の中に入っている紙は、保証書というもので御座います。一年以内に機械が故障した時に。この保証書を使うことで修理代が安くなります。補償の対象外の事項もあるので、後できちんと確認されることをお勧め致しますわ」
 異口同音でありがとうの合唱に悪い気はしない。
 アルベルトは、さっそく血を垂らしている。
 そして何を思ったのか私に片割れの通信具とスタンドを渡してきた。
「これは?」
「俺は常に城にいるからな。これで使いをやらずに、お前と直接話が出来るだろう」
 そう言われて、しまったと心の中で舌打ちした。
「わたくし、多忙な身のため出られないことが多いですよ」
 遠回しに渡すんじゃねぇと断るが、グイグイと押し付けてくるので結局受け取る羽目になった。
「……わたくしの用事も終わりましたので帰りますわ。オブシディアン嬢の件もありますので、これで失礼します」
 アルベルトが引き止めようとする前に、牽制してさっさと部屋を後にした。
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