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猫カフェNo. 1のあの子を完全に敵にまわしました。
しおりを挟む「じゃあ、そろそろ帰ろうかな」
あの声が、この日も、またさみしく心に響いた。
声の主は、猫カフェNo.1の人気猫・きなこさんがいない時に遊びにきた“すみっこ好き”後藤さんだ。
その日も後藤さんはお目当てのきなこさんを求めて訪れたものの、またNo.1とは出会えず、わたしの相手をしてくれた。
「わたしって、2番目の子なの?」と一瞬思ったけど、すぐに飲み込んだ。
3番目よりマシだし、なにより他人に愛されていることを実感できることがうれしかった。
わたしの存在を認めてもらっているように思えたから。。。
1時間ほどいろんな話を一方的に話してくれた後、わたしは後藤さんを見送ろうと出口まで向かった。人間だったらこんなに気を遣っていないかもしれない。猫としてのキャラクターが身に付いてきたのかも。
たとえて言うと、素顔のまま人前に出て歌を歌ったりするのは恥ずかしいけど、お面をかぶったりサングラスをかけるだけで恥ずかしくない、そんな感じに近い。
「今、歌ってる自分は違う自分。だからなんにも恥ずかしくない」それだ。
今のわたしは猫のお面をかぶっている。猫の着ぐるみを着ている。
だから猫みたいにツンデレな態度をとっても恥ずかしくない。わたしじゃないから。
後藤さんは見送るわたしを抱っこして、顔を身体にぐっと近づけると「かわいいねえ、ふわふわでいい匂いがするねえ、ほんとありがとうね」と言って、さよならのチューをしてくれた。
受付の店員さんにも店内の他のお客さんにも見えないような絶妙な死角で。
慣れない優しさに苦笑いをしていると、エレベーターの扉が開いた。
すると、扉の向こうに見えた。見えてしまった。
ちょうど出勤してきたきなこさんを。
完全に見られた!チューを見られた!
完全に気まずい。
わたしが悪いわけじゃないけど、なんか気まずい空気が流れているのがワカル。
このとき、わたしは初めてきなこさんに会った。
初めてだったけど、きなこさんの人気ぶりや美しさは、なんとなく耳にしていた。
彼女のスゴすぎる魅力は覚えきれないほどたくさんある。
とにかく、ひと目で好きになっちゃう。
何もつけてないのにいい香りがする。
歩き方が他の猫よりどこかモデルっぽい。
ツンデレのさじ加減が見事。
~などなど
そんな情報が一瞬に頭の中をかけめぐり、
それを追いかけるように「おまえ、ヤバいぞ」
「見られたぞ」
「でも超絶かわいいぞ、きなこさん」
「どうする?怒られるかも」
といういろんな感情が次々と通り過ぎて行く。
そしてわたしはこのあと襲いかかる悲劇を、このときまったく想像できなかった。
「じゃあ、またね、バイバイ」
きなこさんに気付いていないのか、後藤さんはさっそうとエレベーターに乗り込み、すぐに閉めるボタンを押した。ニコニコした後藤さんの笑顔が一瞬のうちに扉でさえぎられ、見えなくなった。
あの笑顔を最後に、
後藤さんはお店に顔を見せることがなかった。
そして、あの笑顔を最後に、わたしの周りの空気がピンと張り詰めるようになった。
でも、わたしが積極的に動いて常連客を奪ったわけではない。思いがけず好かれてしまっただけ。しかしそれがきなこさんのプライドを激しく傷つけていたような気がするけど、わたしは関係ないしの思いも強い。けど、こんなちょっとしたことで関係がもろくも崩れ去ることは今までの人間関係で痛いほど身に染みていた。猫カフェもそんな場所なのかもしれない。
きなこさんはスタッフに抱えられたまま、なにごともなかったかのように店の奥へと入って行く。
スタッフが抱える腕の中で、きなこさんの鋭い瞳が光っていた。
その日の夜、猫カフェが閉店して、店内が真っ暗になったあとも、あの目の光がわたしの脳内を照らし続け、わたしは全然眠れなかった。
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