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やさしい人を引き寄せてしまうオーラがある人
しおりを挟むガチャ、ガチャン
厳重にカギが閉められる荘厳な音が響いた。
たぶんもう出られない。
鍵の救急車でも無理だろう。
マジで?…どうする?何をすればいいの?
わたしは頭の中が真っ白だった。こんなに純白なのは初めて。透き通るようなシロが頭の中をおおう。
ここに入ったら猫になるって言ってた、でも店に入っても自分の感覚では何も変わっていない。
手を見ても、身体を見ても、頭を触ってみても、人間のときの私のままだ。
さっきまで来ていた服を着ているし、一緒に入った生徒もさっきまでと同じように見える。
何も変わっていない。
だけど、、、変わっているらしい。
「わーー、カワイイ猫ちゃんがいっぱいきたーーー!」
「ヤバーい!マジかわいーーー」
わたしたち8人が店内に入った途端、お客さんのほぼ全員が一斉にコッチに注目し、キュンキュンするような声を挙げた。
他の猫の相手をしていた若い女性客も、わたしたちに夢中になって駆け寄ってくる。わたしは少しだけこわくなって後ずさりした。お客さんが巨大な恐竜に見える。わたしの目に見える姿はフツーの人間の形だけど、体験したことのない大きさに変わっていた。めちゃくちゃ異様で不思議で恐怖。逆ガリバー旅行記。
え?コレって、わたし、猫になってる?
目線の高さが床から15センチぐらいの猫になってる?
おそらく、そうだ。わたしは猫になってしまった。猫が見る世界を、気持ちを、初めて味わった。
いつも街中で人間に出会っている野良猫や散歩中の犬は、知らない人間をこんな風に見上げ、何をされるか分からない恐怖を感じているのかもしれない。
ちょっと後悔。懺悔の気持ちも芽生える。
明日からは、無邪気に猫や犬に近寄らないようにしよう、そう思った。
わたしにどんな明日が待っているか、わからないけど。。。
「キャーーーーか~~わいい~♡」
「あ、そっちの子もかわいいよ。写真撮っちゃお」
猫によっては(この場合の『猫』とはさっきまで一緒に教室にいた同じ人間の生徒のことを指します)積極的にお客さんに近づいてきて、まさに猫がやるように足にスリスリしたり、中にはひざの上に乗って甘えている猫もいる(人間のことだけど)。
いやいや、、、わたしにはできない、そんなあざといほどの甘え方なんて。。。
それができないから今まで日常のすみっこの光の当たらない場所で暮らしてきたんだから。
いきなりスポットライトを当てられても、心も体も追いつかない。
わたしは、盛り上がっているお客さんの元を離れ、あまり人が近づかないトイレのそばへ逃げた。
そこは暗くて陰気な場所。わたしは誰にもかまって欲しくないオーラを放ちながら。とにかくこの場から今すぐ逃げ出したいというストレスと戦いながら寝たフリをして時間が過ぎていくのを待とうとした。
「本物の猫よりも人気者になってください」
「人気者になっているような雰囲気で判断します」
さっき先生が言った言葉が、ふと頭をよぎる。
人気者かぁ、ムズイな。てゆーかわたしには無理だ。
もう今の時点で他の子から2周半ぐらい差をつけられている気がする。
こんなトイレのそばで隠れて座っている生徒なんかひとりもいないし。
はぁ~、どうしよう。まあ、どうしようもないけど。
猫カフェって、お客さんに気に入られてなんぼの世界。つまらなそうな態度をしていたら、とにかくイメージが悪い。お客さんだけでなく、店のスタッフにまで嫌われたら行き場を失ってしまうんだろうな。
わかっている。
それは分かっていたけど、そんなイキナリ自分のキャラを変えることなんて、無理!
どうすればいいの?
【ひとりだけ隅っこにいる未玖にやさしくする後藤さんとの話】
~未玖にはなにかやさしい人をひきよせるオーラがあるらしい~
「あら、後藤さん、いつもありがとうございます」
「いやいや、こちらこそ。…あれ?今日、きなこちゃんは?」
「すいません、今日はきなこちゃんはお休みなんですよ。いつも来てくださってるのに、ごめんなさい」
「いやいや全然いいんですよ。ここに来るだけでわたしは癒されるんで。そんなに気をつかわなくても大丈夫ですから」
そう言いながら、ちょっとだけ照れ笑いをし、後藤さんは頭をぽりぽりとかいた。
わたしの耳に聞こえてきたのは、後藤さんという名の男性客とお店の女性スタッフの会話。
後藤さんはよく見ると色白で透き通るようなキレイな肌をしている。
お世辞を言えば40代に見えなくもない。
でも、額から上の残念すぎる毛量が60代という本当の姿を表していた。
「後藤さん、平日にいらっしゃるなんて珍しいですね?今日はお仕事がお休みだったんですか?」
「今日はわたしの学校の創立記念日で休みなんですよ。われわれ教員は午前中の作業が終わればあとはお休み。だから、ふらっと寄ってみたんですけど…」
「学校の先生って大変ですよね。生徒は休みでも仕事があったりするから」
「まあ、教師はそうなんですけど、わたしのような教頭は何もやることがないですから。仕事が終わってしまえば用事もないですし、、、」
そう言いながら後藤さんは店内を見渡した。きなこちゃんがいないとわかっていながらも探しているかのよう。何度も何度も確認してはさびしそうな顔を見せた。
ちなみにきなこちゃんとは、この猫カフェの人気No.1の猫ちゃんらしい。店員さんと後藤さんとの会話を聞いていて、なんとなく素性がわかった。
長毛フワフワでゴージャスで一目見ただけで恋い焦がれる、カワイイの具現化。猫を超越した魅力にあふれているらしい。
世の中のカワイイをギュッと集めてふわっとさせたものが、きなこちゃんだとか。
よく分からなかったけど、すごくかわいいということは分かった。
わたしは遠くのトイレの前からしばらくの間、そんな2人の会話する姿を何気なく見ていた。すると、わたしの視線に気づいたのか、後藤さんはこちらを振り向いた。
「やばっ、目が合っちゃった…どうしよ?」
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