春 かすか

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第五部

れつじょうをあおる

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 ⚠︎︎閲覧自己責任・性的描写あり

 ゆきの寝室へ連れて行かれると思った。だが、ゆきの気分が変わったのか、手を繋いで連れて行かれた先は大浴場だった。ゆきに着替えさせられるように全ての服を脱がされる私は特に抵抗をしなかった。と言うより、着せ替え人形にさせられるかのようなぞんざいな扱いではなく、ゆきの手つきはひたすらに丁寧で優しくて、それが戸惑いでしかなく、私は内心、狼狽えていた。

「……痛い? 痛いかな? マリア? ーーちょっと痛かったら、ごめんね」

 気遣いによるゆきのらしくない謝罪が降って来る。大浴場という環境から反響するゆきの声音。繋がる水音と肌がぶつかる音と。この男はこういった優しい性交渉も出来るのか、と面食らう。慈しむような愛撫に、微かな痛みに快感が走る私の体。情欲に慣れきった女の身体である自分のものが嫌だと思う反面、ひたすらに気持ちが良くて、漏れる嬌声と敏感な体。そして、目の前の通常時ではない悪魔の表情を目の当たりにした私は、何だか頭が可笑しくなりそうだった。

 乱暴に犯される方が自分を保っていられる。少なくとも、私はそうだった。酷い男に優しく犯される方が自分の調子が狂ってしまう。ゆきは、今日珍しく、全裸で眼鏡を外していた。大浴場にいるのだから、服を脱ぐのは当然なのだが。髪と体を隅々まで洗われながら、ゆきは饒舌に私に語り掛けて来た。

 その話題は良く分からなくて、フィクションのような物語。十個歳の離れた既婚の女性に中学生の男の子はココロを奪われ、彼女を気になる存在として意識をしだすのだが、婚約者がいる事から自分の気持ちを伝える事は許されず。

 だが、ある日、バレンタインデーの日に彼女の家へ足を運ぶと突然、誘惑され、なし崩しに体の関係を持ってしまう。男にとって、その性交渉は初めての行為で、初めての口付けから終わりの性交渉までほぼ無理矢理に近かったらしい。性交渉というものは、現実とは程遠く夢物語のように思っていたものをぶち壊され、乱暴された相手は自分の惚れた女だった現実。その事実に傷付いたというよりも、自分の抱いた感情はひたすらに劣情で、募る感情は嬉しいという純粋な気持ちでしかなく、自分の性への概念を百八十度変えるには十分だったらしい。

 彼女に抱かれるまでは、身近な女性は母親だけだった。母子家庭で育つ男の子は、母とは反りが合わなくて、片親かつ、子供がいる事で新しい恋に走れない、燻る気持ちを息子にぶつけたらしい。男の子は、自分に八つ当たりをし、自分を疎ましく思う、母を希薄に映していた。母は、親である前に、そういう女だった。親になりきれない母親なんて、この世に吐いて捨てる程いる。ーー親が子供を選べないように、子供も親を選ぶ事は出来ないのだ。

 その男の子は、乱暴した女性に理由を尋ねた。何故、無理矢理自分を犯して誘惑したのか? と。女性は泣きながら言った。「ーーただただひたすらに寂しかった」と。普段、その女性は思慮深く、優しさに溢れていたらしい。人に施しを与える事で自分の自意識を満たす愚鈍な女。それが分かっていても彼女の事を嫌いにはなれず、それでも好きである事をやめられない。その男の子は、こうも思ったらしい。自分は彼女にとって、一番ではなく、二番目で。彼女は自分にとって、都合のいい男を欲しているだけなのだと。そして、自分は。ーーそれでも構わないと思う。そんな自分の愚かさにも気付かされたらしい。

 ゆきは絵本を読み聞かせるようにその物語を私に聞かせた。ゆきは時々、こういった夢物語のような空想話をする。ゆきにとって、口頭で思考整理する事は大事な事らしい。紙に書き出すよりも口に出す事で、ストレスを発散しているとの事だ。

   ♡

 ゆきは、行為が終わると私の体を清めてから壊れ物を扱うように湯船に浸からせる。私の体を気遣うゆきに「ーー大丈夫です」と言った。ゆきは「ーー慰めてくれてありがとう。マリア。僕は先に出るね」と微笑んで大浴場から出て行こうとする。ゆきが入り口近くまで近付くと、タイミング良く大浴場の扉が開かれた。

「ーーあれ? ひるこ」

 私は湯船に浸かったまま、視線だけを向けると扉を開けたひるこさんは、目を丸くする。そうして、ゆきの裸体を目の当たりにすると、赤面して罰が悪そうに目を伏せた。ゆきはひるこさんに裸を見られても隠そうとせず、平然としている。

「す、すみません。ゆき様。この時間帯に、大浴場を使用していると思わなくて」

「いや、いいんだよ。ひるこ。……ごめんね。仕事の邪魔をしてしまって」

「い、いいえ! 邪魔になんて、なっていません!」

 ひるこさんにしては珍しく歯切れの悪い返しだった。いつも事務的で淡々としているひるこさん。彼女にもこんな人間らしい一面があったのだと意外に思う。彼女の背後から、また冷静沈着な男性の声が大浴場に反響した。使用人のさいとうさんの声だった。

「……ひるこ。お前もそんな乙女みたいな顔、出来たんだな……ぐはっ!? 痛ぇなっ!? お前なっ!? 殺す気かよ!? お前にグーで殴られると、男の力の三倍は痛いんだよ!」

「ーー黙れ。さいとう。さっさと、脱衣場のタオルを補充しておけ」

 先程の人間らしい表情を瞬時に消して無表情に戻ったひるこさんは、さいとうさんを殴るなり、淡々と指示を出す。使用人の立場的にさいとうさんは、ひるこさんの後輩になるらしい。二人はそれなりに親しいようで、時々、砕けた口調で会話している事もある。私目線では、二人は年が近いが、恋愛に発展する事はないと思われる。あくまで仕事仲間の友人止まりにしか映らない。

 ひるこさんがゆき至上主義者なのは私も知っている。ゆきを慕い、ゆきを敬愛しているのは、何となく肌で感じた。ゆきは仕事が休みになると、オフのひるこさんを連れて外へ外食に行っていた。私は二人にはまた別の関係があるのではないのか? と疑った時期もあったが、ゆきは使用人を抱かない事からそう言った事は一切ないらしい。

 ゆきは時々、ひるこさんを心配していた。もうそろそろ、所帯を持って家庭に入り、安定した暮らしをと気遣いの言葉をひるこさんに投げ掛けていたのだが、ひるこさんにはどうやら結婚願望はないらしい。というより、ゆきから離れる事を嫌がっている風にも捉えられた。二人の間に何があったのかは知らない。二人は、固い絆で結ばれているのだろうと思う。

 ひるこさんがノルンと険悪な仲なのも分かる気がした。ノルンはゆきに従ってはいるが、心の中では、ゆきを軽蔑している。ひるこさんはそんなノルンを許せないのだろう。自分の敬愛する人をそんな風に見られれば、誰だっていい気はしない。

「ゆき様。きらら様は今、昼食を摂られておりますが、ご一緒なさいますか?」

「ええ? ……いいよ。部屋で食べる。向こうだって、僕の顔を見ながら食事とか嫌がると思うよ?」

「……畏まりました」

「本当に……いつ帰るんだろう? さっさと帰って欲しいな。……あの魔女。ーー死ねばいいのに」

 笑顔で毒を吐くゆき。ダイレクトな悪口に私は純粋に驚く。冗談めかした風に発言していたが、何処か言葉には棘がある。邪気のない純粋な殺意の言葉だった。

 ゆきときらら、二人は一体どんな関係を今まで築いて来たのだろうか。
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