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第四部
めばえ
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⚠︎閲覧自己責任
ーーあの日以来、私は、気が付けば、ノルン様を目で追うようになった。
ーーこの現象はなんだろう? と思う私。
私は、小中高と女子校だった。だから、異性に免疫がなく、異性とは余り話した事はなかった。どちらかというと、男の人は苦手な方で会話をする事も苦手。
異性とお付き合いする以前に、男の人と手すら繋いだ事すらない私。
だけど、何故か、何故だか。ーーノルン様とは、話し易かった。
数日後、その私の感情の正体が判明する。
♡
使用人のひるこさんに仕事を教わる。ひるこさんの仕事はいつも完璧だった。この職場に来て、学べる事が沢山ある。だから、短期間とはいえ、このお屋敷に来られて良かったと思った。
「ーーひるこさん」
「何?」
「えっと……これは、何処に置いたらいいですか?」
「ーーああ、そこに置いておいて……」
「はい。分かりました」
使用人宿舎の面々は親切で優しかった。時に厳しく、叱られた事もあったけれど。それでも、此処の人達は、自分の仕事に責任があって、自分の立場を大事にしている。そんな誠実さで溢れた人達なのだろうと思った。
♡
昼下がりの食堂。ひるこさんと私は、いつも通り、静かにお皿を下げて、食後のお茶の準備をする。主人のゆき様は不在で、ノルン様とマリア様が時々、話しながら食事を共にしていた。
「ーーマリア様。……お茶のおかわりは如何ですか?」
「……あ、かすみさん。ありがとう」
私は、お礼を言うマリア様のカップにお茶をポットでゆっくりと注ごうとした。だけど、手が滑り、手元にあったポットを誤ってこぼしてしまう。紅茶は白いテーブルクロスに染みを作り、私のロングスカートにまで零れた。
「……熱っ……。す、すみません……っ!! マリア様、お怪我はありませんかっ!?」
気が付けば、動揺しながら謝罪を咄嗟に口にし、叫んでいた。熱さの痛みに耐えながら、私はマリア様に問い掛ける。ノルン様とひるこさんは、驚いて顔色を変えていた。
「……わ、私は大丈夫……!! か、かすみさんこそ。ーー大丈夫っ!?」
「……私は、大丈夫、です……っ」
そう平静を装って、笑顔で言ったけれど、右足の太腿が火傷している事に気付く。ノルン様は、カトラリーを置いて、椅子から立ち上がると、私に無表情で近付いて来た。
「……ノルン様? あの、何か……? ーーきゃっ!?」
気が付けば、ノルン様に私は軽々と横抱きにされていた。ドアノブを片手で回すと、片足で扉を無造作に開けて食堂から出ようとする。そんなノルン様に、ひるこさんは彼を無表情のまま呼び止めた。
「……おいっ! 何処へ行く?」
「ーー大浴場です。……氷と湿布を急いで持って来て下さい」
♡
「ーー痛みますか?」
「大丈、夫です……」
大浴場に連れて行かれた私は、ノルン様に下ろされて、椅子に座らされると、ロングスカートをたくし上げられて、火膨れが出来ている太腿に冷水シャワーを掛けられた。冷水シャワーの音と共に、私の熱い火傷は冷めて行く。
「…………あ、あの……」
「ーーはい……?」
異性の前で足を出している私は、恥ずかしくて罰が悪かったが、ノルン様は、大して気にしてない風だったけれど。
「……」
「どうしました……?」
私は、彼に足を見られた事でいたたまれない気持ちとなり、俯いて赤面する。男の人に免疫があれば、平然としていられるのかもしれないけど。ーー私はそうじゃない。
そして、数秒後、やっとノルン様は、私が恥じらっている事が分かったらしく、はっとして罰が悪そうにする。
「えっと…………。……す、すみません」
「ーーい、いいえっ」
疚しい気持ちがないのは、理解していた。だから、私は何度も首を横に振る。ーーだけど、ノルン様の態度はぎこちない。
場に気まずい空気が流れた後、大浴場の扉が開いた音と同時に氷嚢が突如、飛んで来る。それは、ノルン様の脳天にぶち当たった。とんでもない音が大浴場中に響き渡る。
「……いっ……つ……ッッッ!?」
ノルン様は、頭を抑えながら、落ちた氷嚢を見てから、飛んで来た方角へと勢い良く振り返った。そこには、ひるこさんが湿布を持って無表情で立っている。
「ーーさっさと、鼻の下を伸ばしてないで。……かすみの足を冷やせ」
「……チッ!」
ひるこさんを睨み上げながら、大きく舌打ちをすると、氷嚢を掴んで私の足を冷やすノルン様。その後、ひるこさんが私の足に湿布を丁寧に貼ってくれた。
「……ありがとう……ございます。……粗相をしてしまって……大変申し訳御座いませんでした」
私はお礼と謝罪をノルン様とひるこさん、二人にする。続いて、マリア様も心配してくれて、大浴場に駆け付けてくれた。私に叱責する人は誰もいなくて、逆に恐縮してしまう。
「……足の湿布、時々替えて下さいね」
「ーーは、はい」
そう言い残すと、ノルン様は痛そうに頭をさすりながら、大浴場から出て行った。マリア様もひるこさんも私に気遣いの言葉を投げ掛けてくれる。私は嬉しくて、その優しい言葉に言い表せないあたたかい気持ちが心の中に芽生えた。
ノルン様の立ち去った後ろ姿が網膜に焼き付いて離れない。
ーーこの時、私の中にある、隠れていた気持ちにやっと、自覚する。
ーーもう、限界だった。
ーーあの日以来、私は、気が付けば、ノルン様を目で追うようになった。
ーーこの現象はなんだろう? と思う私。
私は、小中高と女子校だった。だから、異性に免疫がなく、異性とは余り話した事はなかった。どちらかというと、男の人は苦手な方で会話をする事も苦手。
異性とお付き合いする以前に、男の人と手すら繋いだ事すらない私。
だけど、何故か、何故だか。ーーノルン様とは、話し易かった。
数日後、その私の感情の正体が判明する。
♡
使用人のひるこさんに仕事を教わる。ひるこさんの仕事はいつも完璧だった。この職場に来て、学べる事が沢山ある。だから、短期間とはいえ、このお屋敷に来られて良かったと思った。
「ーーひるこさん」
「何?」
「えっと……これは、何処に置いたらいいですか?」
「ーーああ、そこに置いておいて……」
「はい。分かりました」
使用人宿舎の面々は親切で優しかった。時に厳しく、叱られた事もあったけれど。それでも、此処の人達は、自分の仕事に責任があって、自分の立場を大事にしている。そんな誠実さで溢れた人達なのだろうと思った。
♡
昼下がりの食堂。ひるこさんと私は、いつも通り、静かにお皿を下げて、食後のお茶の準備をする。主人のゆき様は不在で、ノルン様とマリア様が時々、話しながら食事を共にしていた。
「ーーマリア様。……お茶のおかわりは如何ですか?」
「……あ、かすみさん。ありがとう」
私は、お礼を言うマリア様のカップにお茶をポットでゆっくりと注ごうとした。だけど、手が滑り、手元にあったポットを誤ってこぼしてしまう。紅茶は白いテーブルクロスに染みを作り、私のロングスカートにまで零れた。
「……熱っ……。す、すみません……っ!! マリア様、お怪我はありませんかっ!?」
気が付けば、動揺しながら謝罪を咄嗟に口にし、叫んでいた。熱さの痛みに耐えながら、私はマリア様に問い掛ける。ノルン様とひるこさんは、驚いて顔色を変えていた。
「……わ、私は大丈夫……!! か、かすみさんこそ。ーー大丈夫っ!?」
「……私は、大丈夫、です……っ」
そう平静を装って、笑顔で言ったけれど、右足の太腿が火傷している事に気付く。ノルン様は、カトラリーを置いて、椅子から立ち上がると、私に無表情で近付いて来た。
「……ノルン様? あの、何か……? ーーきゃっ!?」
気が付けば、ノルン様に私は軽々と横抱きにされていた。ドアノブを片手で回すと、片足で扉を無造作に開けて食堂から出ようとする。そんなノルン様に、ひるこさんは彼を無表情のまま呼び止めた。
「……おいっ! 何処へ行く?」
「ーー大浴場です。……氷と湿布を急いで持って来て下さい」
♡
「ーー痛みますか?」
「大丈、夫です……」
大浴場に連れて行かれた私は、ノルン様に下ろされて、椅子に座らされると、ロングスカートをたくし上げられて、火膨れが出来ている太腿に冷水シャワーを掛けられた。冷水シャワーの音と共に、私の熱い火傷は冷めて行く。
「…………あ、あの……」
「ーーはい……?」
異性の前で足を出している私は、恥ずかしくて罰が悪かったが、ノルン様は、大して気にしてない風だったけれど。
「……」
「どうしました……?」
私は、彼に足を見られた事でいたたまれない気持ちとなり、俯いて赤面する。男の人に免疫があれば、平然としていられるのかもしれないけど。ーー私はそうじゃない。
そして、数秒後、やっとノルン様は、私が恥じらっている事が分かったらしく、はっとして罰が悪そうにする。
「えっと…………。……す、すみません」
「ーーい、いいえっ」
疚しい気持ちがないのは、理解していた。だから、私は何度も首を横に振る。ーーだけど、ノルン様の態度はぎこちない。
場に気まずい空気が流れた後、大浴場の扉が開いた音と同時に氷嚢が突如、飛んで来る。それは、ノルン様の脳天にぶち当たった。とんでもない音が大浴場中に響き渡る。
「……いっ……つ……ッッッ!?」
ノルン様は、頭を抑えながら、落ちた氷嚢を見てから、飛んで来た方角へと勢い良く振り返った。そこには、ひるこさんが湿布を持って無表情で立っている。
「ーーさっさと、鼻の下を伸ばしてないで。……かすみの足を冷やせ」
「……チッ!」
ひるこさんを睨み上げながら、大きく舌打ちをすると、氷嚢を掴んで私の足を冷やすノルン様。その後、ひるこさんが私の足に湿布を丁寧に貼ってくれた。
「……ありがとう……ございます。……粗相をしてしまって……大変申し訳御座いませんでした」
私はお礼と謝罪をノルン様とひるこさん、二人にする。続いて、マリア様も心配してくれて、大浴場に駆け付けてくれた。私に叱責する人は誰もいなくて、逆に恐縮してしまう。
「……足の湿布、時々替えて下さいね」
「ーーは、はい」
そう言い残すと、ノルン様は痛そうに頭をさすりながら、大浴場から出て行った。マリア様もひるこさんも私に気遣いの言葉を投げ掛けてくれる。私は嬉しくて、その優しい言葉に言い表せないあたたかい気持ちが心の中に芽生えた。
ノルン様の立ち去った後ろ姿が網膜に焼き付いて離れない。
ーーこの時、私の中にある、隠れていた気持ちにやっと、自覚する。
ーーもう、限界だった。
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