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プロローグ

01 失われし非モテ仲間

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「実は先月入籍したんだ」 

 快晴の日曜日。
 数箇月振りに会った親友・康美やすみの口から、衝撃的な台詞が飛び出した。

「え……嘘でしょ!?」

 驚きのあまり、わたしは思わず失礼な言葉を返してしまった。

「ほんとほんと、ほんとの話。大学時代から付き合ってて……まあ友達感覚に近かったんだけどさ、一緒に出掛けた東京デズニイランドのツンデレーナ城の前でプロポーズされて」

 わたしはあんぐりと口を開いたまま固まった。
 大学時代から付き合ってた……?
 わたしと同じで昔から非モテだったはずでは? 非モテ仲間だったはずでは……!?

「先にトークアプリの方にメッセージ送っておいても良かったんだけど、今日、自分の口から直接言いたくて」

「……いやあビックリしたよ! 全然知らなかったからさ! おめでとう、康美!」

 わたしは開きっぱなしだった口を何とか動かし、精一杯の笑顔で祝福した。

「有難う!」

 ……この裏切り者。
 一瞬でもそう思ってしまった自分が何だか凄く嫌だった──康美の屈託のない笑顔を目にしてしまったら、尚更。
 

 康美と会う一箇月前に、このわたし──桐島美十香きりしまみとかは二八歳の誕生日を迎えた。
 当日にお祝いの言葉を掛けてくれたのは、同居している両親だけ。二人からのプレゼントは、近所のケーキ屋のショートケーキが一ピース。
 世の中にはプレゼントどころか、誰からも祝ってすらもらえない人たちだっているだろうから、贅沢言っちゃいけないって事はわかってる。
 でも……でもね。
 どうせだったら、愛する男性からもおめでとうって言われたいし、プレゼントだって貰いたいじゃない?
 ……要するに恋人が欲しいんじゃ! 男が欲しいんじゃ!
 でもいねえ! マジでいねえ! 今まで全然いた事ねえ!
 おかしいな! 何でだろ! 見事に非モテだこん畜生!!
 康美だってそのはずだった。同じ学校に通っていた中高時代はしょっちゅう二人で遊んだ。大学はそれぞれ別だったけれど、たまに会って遊んだりSNSでやり取りして、そこに男の影なんて微塵も感じられなかったのに。

「何か……寂しいんですけどー?」

 帰宅後、わたしは自室のカーペットの上に無気力に寝転がっていた。
 康美の件は、両親にはしばらくの間黙っておくつもりだ。話そうものなら、間違いなく「あんたの結婚はいつなの」「いつになったら孫の顔が見られるんだか」なんて言われてしまうから。ああ、想像しただけでイラッとする。

〝大学時代から付き合ってて〟

 何で教えてくれなかったんだろう。親友なのに。
 あ、もしかして……抜け駆けしたと思われたくなかったのかな。

〝東京デズニイランドのツンデレーナ城の前でプロポーズされて〟

「あー……」

 康美の結婚を全く祝福していないわけではない。親友が幸せになるのは本当に嬉しい事だ。
 でも……でもね。
 何だか虚しくなってきた。
 わたしだってね、口ばっかりで何もしてこなかったわけじゃない。高校時代には一つ上の先輩に、大学時代には同じサークルの男子に勇気を出して告白したし、二五を過ぎてからは、婚活とはいかないまでもパートナー探しのイベントに参加するようになった。
 でも、どれ一つとして実った試しはない。
 何が悪いんだろう。顔? 性格? スタイル? 運? 
 あ、もしかして全部? ド畜生!!

「へっ、どうせわたしにはそんな縁なんて一生ないですよーだ」

 ……口に出したら、何だか余計に虚しくなってきた……。


 康美と会った日から一週間後。
 ああ、憂鬱。
 非モテ仲間だったはずの康美の結婚は、やっぱり嬉しさよりもショックの方が大きい。
 ごめんね康美、心の狭い人間で……。
 仕事のストレスもあるし、気分転換にパアッと散財でもしようと思い、今日は横須賀市内の自宅から電車で東京・渋谷、それから徒歩で原宿まで来たけれど、服もバッグもキャラクターグッズも、これといって欲しい物はなかった。
 わたしはカフェで簡単に昼食を取ると、特に目的地を定めずにフラフラと歩き出した。こちらの方角は恐らく南寄りだ。道なりに適当に歩いていれば、いずれは品川方面に着くだろうから、そうしたら京急けいきゅう線で帰ろう。
 歩き出してから二、三〇分後、割と閑静な住宅街に差し掛かった。
 うわ……ここ絶対高級住宅街だ。どの家も立派で綺麗だし、手入れされた花壇のある広い庭とか、高級車もちらほら。わたしのような庶民はお呼びじゃないって空気を感じるような気がするのは、流石に考え過ぎかな。
 更に歩き続けて十数分後。
 高級住宅街を抜け、まあまあ普通な感じの住宅街に差し掛かった時、わたしは右手側に小さな神社を発見した。
 民家と民家の間に、あまり幅は広くない石畳が敷かれていて、その数十メートル先に白い鳥居、その奥に拝殿。
 普段は大して興味ないのに、何故だろう、もの凄く興味が湧いてきた。
 ……ちょっと寄り道してみるか。
 わたしは石畳の上を、一歩ずつ踏み締めるようにゆっくり進んだ。緊張しているわけでも、足元の感触を確かめたいわけでもないのに。


 ひょっとすると、この時点で既に本能が感じ取っていたのかもしれない──この後、謎の老人との出会いをきっかけに、退屈でちょっと寂しかったわたしの人生が変化してゆくって事を。
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