【改稿版】骨の十字架

園村マリノ

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第四章

#4-2 殺人サーカス①

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「……何だここ」

 野村が進んだ光の先は、だだっ広く殺風景な土地だった。乾いてヒビ割れた地面に枯れた細い木々と雑草がまばらに生え、冷たい風にそよいでいる。それ以外に目に映るものといえば、あちこちに転がる小石と、異様な色──まるで赤錆のような──をした空だった。

 ──夕焼けにしちゃあ、ちょっとな……。

 特にめぼしいものは見当たらない。そして異様な色合いの空には、どうしても落ち着かない気分にさせられる。
 一旦戻るべきかと振り返った野村は、思わず素っ頓狂な声を上げた。

「え、え、ちょ、おい何でだよ!?」

 直前まで自分がいたはずの建物は跡形もなく消え、代わりに工事現場で見られるような白い仮囲いが、隙間なくズラリと立ち並んでいた。何処まで続いているのやら、途切れている様子はない。

「どう……なってやがる……?」

 野村には、まるで野外の広い牢獄の中に閉じ込められたように感じられた。

「……そうか、ドッキリか! ドッキリなんだろ? え!?」

 叫ぶような問いに答える者はおらず、虚しく響くだけだった。腕に鳥肌が立つのがわかったが、冷たい風のせいにした。

 ──ふざけんな!

 出口あるいは誰かしらの気配を探し出すため、野村は踵を返した。この面倒臭いドッキリ企画を仕掛けたスタッフでも現れようものなら怒鳴り付け、二度とそんな気を起こさせないように、いや何だったら、二度とこの業界で働けなくさせてやる。

 ──このオレを誰だと思ってんだ?

 再び歩き始めて間もなく、陽気な音楽が大音量で響き渡った。野村は飛び上がらんばかりに驚き、悪態を吐いた。スピーカーから流れているらしく、音量のせいもあってか時折音が割れている。

 ──何処だ、何処から聞こえやがる?

紳士淑女の皆様レディース・アンド・ジェントルメン!! もうまもなく開演の時間だよ!! さあさあ早く席に着いて着いて~!!」

 滑稽なまでにキョロキョロと周囲を見回す野村を嘲笑うかのように、今度は音楽以上に馬鹿陽気な若い男の声が響き渡った。

「ほらほら、そこの顔も性格も不細工なボーカリストのお兄さん! 何してるの? 迷子かなあ!? ケケケケケッ!!」

「なっ……」

「そうそう、そこのキミだよキミ! TAROタロウ、いや野村新太郎君!」

「……ざけんなよコラ! 何処にいやがる!」野村は顔を赤くしながら叫んだ。相手の声に聞き覚えがあるような気がしたが、とりあえずは二の次だ。「こんなもん、ただのドッキリとか言えねーレベルだろ。タダで済むと思ってんのか? 名誉毀損で訴えんぞ! ああ!?」

「ケケッ、人殺しがよく言うねえ~!」

「何だと?」

「中学三年の時、キミはクラスメートを一人、死に追いやった。忘れたとは言わせないよ?」

 野村は口を半開きにしたまま固まった。

「まあ、中学時代に限らず色々やらかしてるけどね、キミは」

 野村はようやく声の主を思い出した。そして同時に蘇る、十数年前のある記憶。

 ──いやまさか……そんなはずは……だっては……。

「ほらほら、何やってるんだい? キミが来ないとスリル満点、愉快なショーが始められないじゃないか!」

「ど……何処だよ、何処にいやがるんだよ」

「もっと進んでごらん! そうすりゃ見えないものも見えてくるさ!」

 野村はためらったが、このまま立ち尽くしていても何も変わらなさそうだと判断すると、鉛を詰めたように重い足をゆっくり動かした。

「あれあれ、野村君ちょっと遅いんじゃない? 大丈夫かな? そうか、怖いんだね! ケケケケケッ!」

「はあ!? うるせーぞテメー!」

 挑発に乗るようで癪だったが、野村はやや速度を上げた。途中、腹立ち紛れに石を蹴飛ばしてみたりもしたが、これっぽっちもスッキリしなかった。
 かれこれ五、六〇メートルは進んだだろうか。野村は一旦立ち止まり、未だ何処にいるのかわからない声の主に叫んだ。

「おい、何もねーじゃねーか! 人をおちょくるのもいい加減にしろや! オレを誰だと思ってんだ!?」

 返事はなかった。いつの間にやら音楽も止まっている。

「おい……何か答えろや。聞いてんだろ? なあ!」

 一際強く冷たい風が砂埃を伴って吹き付けると、野村は悪態を吐きながらギュッと目を閉じた。そして風が落ち着くと何度もまばたきし、違和感がなくなるとゆっくり──そしてそのまま飛び出さんばかりに──大きく見開いた。
 約二〇メートル前方、たった今まで何もなかったはずの場所に、紅白のストライプ柄の大きなテントがそびえ立っているではないか。出入口は赤いカーテンで閉ざされているが、屋根のてっぺんの赤い旗が風になびき、その動きはまるでこちらを手招きしているように見えなくもない。斜め後方にはテントと同じくらいの全長のスピーカーがあり、微かにノイズが聞こえてくる。

「んな馬鹿な……あり得ねー……今まで絶対にあんなもんなかった!」

「はいはい、文句はそこまでにして」スピーカーのノイズが一瞬大きくなりプツリと途切れると、再び若い男の声が喋り始めた。「見付かったんだからそれでいいだろ。さあ、まもなく開演だ。入った入った!」

「待てよ、先にオレの質問に答えろ」

「何だい」

「オメーは一体何モンだ?」

 野村は顔全体を歪ませスピーカーを睨み付けた。誰もがビビっちまう凄みがあると内心自画自賛し、腹立たしい相手──ただし自分よりも強そうな男は除く──を目の前にすると見せ付けている表情だ。

の声を使えばビビらせられると思ったか? ハッ、ビビるどころか笑えるぜ! 何の魂胆があるのか知らねーけどよ、んな卑怯な手を使わねーで堂々と──」

「ごちゃごちゃうるせえな」若い男の陽気な声は、打って変わってドスの利いたものとなった。「いいからとっとと入って来いよ、音痴の間抜け面野郎」

「テ、テメ──」

「TAROさん」

 テントの出入口のカーテンが僅かに開き、野村が会うはずだった人物が顔が覗かせた。

李里奈りりな!」

「もうっ、早く入って来てくださいよぉ~! あたし待ちくたびれちゃったっ!」

「え、あ、ごめんその──」

 李里奈の元へ向かおうとする野村を、冷静になれよと理性が訴え、引き留めた。李里奈のマネジャーに出会った辺りから色々とおかしいではないか。路地裏を歩いていたはずなのに、次に気付くと見知らぬ部屋の中。外に出てみれば何もない土地に不気味な空、直前まであったはずの建物が消え、なかったはずの建物が現れる。そして、スピーカーから自分に話し掛ける生意気なあの声。
 一〇年以上前に自殺したはずの人間の声。

「TAROさん? 来る気がないならもういいですよ」李里奈は冷たく言うと、返事を待たずに引っ込んでしまった。

「あ、いや待っ……!」

 本能が理性を殴り飛ばして何処かに追いやると、野村は慌てて李里奈の後を追いテントの中に入っていった。
 それからまもなくして野村は、好きな女に少しでも近付きたいという欲に抗えなかった自分の愚かさを、酷く後悔する事になる。
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