【改稿版】骨の十字架

園村マリノ

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第二章

#2-1-3 情報③

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 良香から情報を入手した三日後、茶織はウィンドウショッピングがてら少しでもピエロの痕跡を探るため、六堂町に足を運んだ。
 JR線しん六堂駅東口。
 改札を出るとすぐに、六堂大道芸を宣伝する垂れ幕や大型掲示板のカラフルなポスターが目に入った。開催日は一一月八日と九日の土・日だ。

「あっ、見て見て」

 掲示板の前を通り過ぎようとした男女四人組のうち、ボブカットの小柄な女性が足を止め、ポスターを指差した。

「ほら、土曜日。[RED―DEADレッドデッド]のボーカルのTAROタロウが来るって。ウチのいとこがこのバンドのファンなんだ」

 残りの三人も足を止め、ポスターに目をやる。

「知ってる知ってる。最近結構人気あるよね」プリン頭が目立つ長髪を腰付近まで伸ばした女性が、何度も頷きながら答えた。

「あー、何か聞いた事あるわ……」茶髪を後ろで結んだ黒縁眼鏡の男性は、あまり興味がなさそうだ。

「人気あるのはガキの間だけだよ、ガキ」長身で面長の男性は馬鹿にしたように言った。「賞賛してんのは一〇代が中心、それもロックってモンをわかってない奴らばっかりだ」

「す~ぐそういう事言う」ボブカットの女性は苦笑した。「近くでファンが聞いてるかもしれないじゃん」

「おっと、俺は本当の事を言ったまでだからな? アンチも多いし、特にこのボーカルは結構嫌われてて、悪い噂もあるみたいだしさ……」

 四人組が去ると、茶織は掲示板まで移動し、同じポスターに目を通した。真ん中辺りに六堂大道芸の歴史が簡単に説明されており、その下に曜日毎のトークショーのゲストの顔写真が掲載されている。土曜日はお笑いコンビと、四人組が話題にしていたTAROなる男性で、日曜日は若手女優らしい。
 一通り確認し立ち去ろうとした茶織だったが、一瞬妙な違和感を覚え、再びポスターに目をやった。
 違和感の正体はTAROの顔写真にあった。一重瞼の吊り目に上を向いた鼻、若干曲がった薄い唇。印刷の問題なのか、それらのパーツ部分が心なしか赤っぽくなっている。
 茶織は少しだけ顔を近付けた。

 ──違う。

 赤っぽい部分は、まるでインクを直接染み込ませているかのように徐々に濃くなってゆくと、表面に溢れ出し一筋ずつ流れ始めた。

「……っ!!」

 まるで猛毒にやられ流血しているかのような有り様だ。思わず後ずさった茶織は、通行人にぶつかってしまった。

「……あれ、道脇みちわきじゃん!」

 慌てて振り返るとそこには、丸々とした顔に、鏡餅のような腹回りをした、一七〇センチくらいの男性の姿があった。

「卒業式以来だな! 元気? つーか大丈夫?」

 声に聞き覚えはあるが、それでも茶織は思い出せなかった。

「あ、道脇もわかんない? この間浜波はまなみで偶然川藤かわとうに会った時もすぐ気付かれなかったよ。オレだよオレ、た──」

田口たぐち君?」

「正解!」

 田口は茶織の高校時代の同級生で、三年間クラスが同じだった。精神年齢が小学生で止まっているような男子が多い中、彼は比較的大人だった。当時はどちらかといえば痩せている方だったので、あまりの変貌振りに茶織は驚きを隠せなかった。

「どうしたのよ、その……」

「大学のサークル仲間たちとあちこちで呑み食いしてたら、三〇キロ以上増えちまって! 道脇は全然変わらないな~」

「あなたが変わり過ぎ」

「ハハハッ、まあそうだよな!」

 ダイエットも考えてはいるがなかなか難しい、人間は簡単に欲に打ち克てるようには出来ちゃいないのだと語る田口に相槌を打ちつつ、茶織はさり気なくポスターを見やった。赤い液体が流れた痕跡など全く見当たらなかった。

「しかし何で道脇がここに?」

「ああ……わたし、高校卒業後に磨陣まじんに引っ越して来たのよ」

「そうだったのか。オレは骨折した友人を見舞いに、六堂総合病院まで出向いた帰りだ。変な話聞いてたから、正直、行くまではビビってたけど、大丈夫だったよ」

「変な話?」

「ああ。知ってるか?」田口は意味深にニヤリと笑った。「あの病院はな、昼夜問わずんだってさ」

 その後田口と別れると、茶織はゆっくり歩きながら、赤い液体──血で間違いないだろう──を流すポスターの事を考えていた。
 あの現象は何を意味していたのだろうか。TAROとかいうボーカリストの危機を、本人または見えざる第三者が知らせていたのだろうか。
 横断歩道に差し掛かった。青信号を待つ間に、駅方面から六堂総合病院行きのバスが通り過ぎて行った。

 ──霊ってそんなにあちこちにいるわけ?

 田口から聞かされた噂話の真偽は不明だが、病院という性質上、あり得なくはない。そして真実であるならば、一体や二体ではないのだろう。
 駅から歩く事約五分、茶織は大型ショッピングモール〈FOUR SEASONSフォーシーズンズ〉に到着した。買い物には磨陣駅直通の〈ADVENTURESアドベンチャーズ〉を利用する事が多く、こちらまで来るのは久し振りだった。
 一階から三階のレディース&ライフスタイルフロアーを適当に見て回った後、四階のメンズフロアーを通り過ぎ、五階のレストランフロアーへ。一三時を過ぎ、茶織の腹時計が強く自己主張していた。
 回転しないがリーズナブルな寿司屋、そば・うどん処、中華料理店、定食屋、焼肉屋、パスタ専門のチェーン店、そしてフロアーの一番奥に、ハンバーガーショップ〈JonnytheKidジョニー・ザ・キッド〉。茶織の記憶が正しければ、以前は韓国料理店だったはずだ。
〈JonnytheKid〉から女性店員が顔を出し、順番待ちしていた二人の客を呼んだ。たまにはハンバーガーもいいかもしれないと考え、茶織は店頭まで移動し、小さな丸テーブルの上に置かれたメニュー表に目を通した。エビベーコンアボカドバーガーが魅力的だ。

「ここのウルトラジョニージョニースペシャルって知ってる?」

「えー、何それー?」

 茶織に続いてカップルがやって来た。

「滅茶苦茶デカい具沢山のハンバーガーと、太いポテトが山盛りのセット。大食い自慢以外は注文するな、食べ残しには罰金ってメニューに書いてある」

「えー、ヤバくなーい?」

 男性の言う通り、ベーコンと肉厚なハンバーグとパンズを数枚、そして数種類の野菜を大量に挟んだ巨大なハンバーガーの写真が、一ページ丸々使用して掲載されており、その下に注意書きも併記されていた。見ているだけで胃がもたれそうだ。

「大人の男三人掛かりで挑んでも割とキツいらしいんだけど、過去に大学生くらいの男が一人で三〇分かそこらで平らげたうえに、デザートも追加注文して、その場にいた全員をビビらせたらしいぜ」

「えー、凄ーい。タッ君も挑戦してみたらー? 結構大食いじゃーん」

「無理に決まってんだろ。三〇〇〇円も払って更に罰金とかヤダっつーの」

 窓側のカウンター席に案内された茶織は、エビベーコンアボカドバーガーを注文した。店員が去った後、頬杖を突きながらぼんやり外を眺めていると、一〇メートル以上離れた先のビルの屋上のアンテナに止まっている、一羽のカラスが目に入った。

 ──……?

 カラスは微動だにせず、こちらを向いている。まるで茶織をじっと見つめているようだ。

「オレは別に大道芸なんて興味ねえな」

「えー、アタシも興味ないけどー、芸能人も来るよー? 来夢らいむちゃんとかー……」

 タッ君と連れが茶織の後ろのボックス席に案内された。うるさくなりそうだなと、茶織は小さく溜め息を吐いた。

「芸能人だって興味ねえし、だいたい、大道芸だってのに芸能人で客を釣ろうなんてさ」

「えー、つまんなーい」

 カラスは、茶織が目を離した間にいなくなっていた。


 茶織が〈FOUR SEASONS〉を出たのは一四時を廻った頃だった。帰宅にはまだ早いので、次の目的地を商店街〈六堂銀座〉内の雑貨屋に決め、人混みを避けるため裏通りを進んだ。
 裏通りは極端に人通りが少なく、茶織と、その前方を早足で歩くスーツ姿の女性しかいなかった。あまり日が差さないので余計に暗く感じられる。
 それ程進まないうちに、左側の小さな廃ビルの窓に、駅前で見たものと同じ六堂大道芸のポスターが貼られているのが目に入った。
 あまり頼りたくはなかったが、バロン・サムディを呼び出す事も念頭に置きつつ、茶織はポスターをじっと見つめた。駅前と同じような現象が起こるかもしれない。気分のいいものではないが、もう一度確かめておきたかった。

 ──!

 変化はすぐに起こった。ポスターの真ん中辺りに赤い文字が徐々に浮かび上がってゆく。

〝KILL〟

 赤い矢印が文字の下からTAROの写真まで伸び、続いて写真の周りが同じく赤い線でグルグルと何重にも囲まれると、ようやく動きが止まった。
 やはりTAROの身に危険が迫っている事には間違いないようだ。それも、病気やちょっとした怪我などではなく、文字通りの殺意が。

 ──だからって、わたしにどうしろって?

「その落書きが見えるのか」

 低い男の声が、茶織の背後から聞こえた。振り返るも人の姿はなく、アイボリー色の自動販売機の上に、こちらを向いたカラスが一羽止まっているだけだ。

 ──……カラス?

〈JonnytheKid〉でも、カラスが外からこちらを見ていたが、まさか同じ個体なのだろうか。

 カラスの嘴が動いた。「我の姿は見えているか? 声は聞こえたようだが」

 茶織は驚きに目を見開いた。

「その落書きは数日前から、各所の六堂大道芸のポスターに見受けられる。犯人の目星は付いている。たまにピエロの似顔絵もセットになっているものがあるからな。そして落書きのほぼ全てから、TAROとやらに対しての悪意、むしろ殺意が剥き出しになって……おや、やはり聞こえていないのか?」

「お喋りカラス……」茶織はやっとそれだけ呟いた。
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