上 下
30 / 45
第四章 二〇年前

04 絵美子の様子

しおりを挟む
 絵美子の様子に、少しずつ異変が感じられるようになってきた。
 元々お喋りではなかったが、百合子や保といる時はそれなりに多かった口数が明らかに減り、何やら考え込んでいたり、昼休みや放課後に姿を消す事もあった。

「望月さん、ちょっと変なところがあるみたい。廊下とか屋上に行く階段の途中で、独り言言ってたり」

「えー、何それ不思議ちゃん?」

「可愛いのに勿体なーい」

「確かに可愛いけどさー、あの子最初から何かちょっと暗いっていうか、近付き難い雰囲気醸し出してなかった?」

 転校したばかりの絵美子に我先にと話し掛け、お近付きになろうとしていた一部の女子生徒たちは、今では陰口を叩くようになっていた。「ブスのやっかみ半分だろ」と保は笑っていたが、百合子は親友が悪く言われる事が悔しくてならなかった。

「ねえ絵美子、何か悩み事でもある?」

 ある日の放課後、自分と保、絵美子の三人以外は誰もいない教室で、百合子は親友に尋ねた。

「え? ううん、何も。大丈夫だよ」

 絵美子は微笑んでそう答えたが、全くの嘘でなくとも真実でもないだろうと百合子は感じた。

 ──でも、あまりしつこく聞いてもかえって迷惑だよな……。

「いいや、そんなはずはないだろ」保の援護射撃が加わった。「平日は一緒にいる事が多いんだ、嫌でもわかる。なあ星崎」

「うん。ほら、特にこいつなんて、ちょっと前まで絵美子にラブだったわけだし尚更にね」

「おっ、おいコラそれは余計だ」

 中庭の方から怒鳴るような叫び声と、それに続くように悲鳴に近い声と慌てた声も聞こえてきた。絵美子はそちらの様子を気にする素振りを見せたが、保が咳払いすると向き直った。

「いや、別に望月が話したくないってんなら、無理にはいい。けど、俺たちがお前を心配してるんだって事は覚えておいてくれ。もし気が向いたら、いつでも相談しろよ」

「うん……有難う二人共。でも、本当に大丈夫だから」

 廊下が騒がしくなり、誰かがこちらに走って来たかと思うと、男子の学級委員の大倉おおくらが、飛び込むような勢いで教室に入って来た。

「っ! ビックリしたなおい」

「あ、日之山たち! 三上先生見なかったか!?」

「いや……え、どうした?」

「熊井が中庭にいたんだよ!」

「えっ!?」

 百合子たち三人は同時に驚きの声を上げた。

「最初に気付いたのは一組の男子たちで、喋ってたら、いきなり熊井がコンクリート通路近くの木の陰から姿を現したらしいんだ。でも──」

「無事なのか?」

「ああ、無事……には無事なのかもしれないが、でもあれは……」

「……どうした?」

 救急車のサイレンが聞こえてくると、廊下が余計に騒がしくなった。

「熊井、怪我でもしてたのか?」

「いや、それがさ……」大倉はゴクリと唾を呑み込んだ。「あ、頭ほとんど真っ白で。爺さんみたいにさ。顔はやつれて目もイッちゃってるし、変な事も言って暴れるから、職員室にいた先生たちに、一旦保健室に連れて行かれたんだ」

「何だって!?」

 保は驚愕に目を見開き、百合子はあんぐりと口を開いて固まった。

「何て言ってたの?」絵美子は冷静に尋ねた。「熊井君は何て?」

「えと、確か……『森に化け物が』とか『いずれ皆殺されるんだ』って」

 大倉が去ると、百合子と保は顔を見合わせた。

「え、どういう事? 熊井は最初から学校内にいたってわけ!?」

「いや、まさかだろ! 先生や警備員たちで手分けして探したって言ってたんだぜ? 何処か別の場所にいたけど、自力でここまで戻って来たんじゃねえの? なあ?」

 絵美子へと振り向いた百合子と保は、思わずギョッとした。
 絵美子は見た事もないような険しい表情で唇を噛み締め、殺気のようなピリピリとした空気を纏っている。とてもじゃないが、気軽に話し掛けられるような様子ではない。
 百合子は再び保と顔を見合わせた。保は目をキョロキョロとさせ、何か言おうと口を開きかけたがすぐに噤んでしまった。

「ねえ、二人共」やがて、絵美子が静かに口を開いた。「やっぱり……相談していいかしら。いえ、相談っていうよりも、打ち明けたい事があるの」

「……おう、どうした」

「いいよ……話してみて」

「ここじゃまずいわ」絵美子は警戒するように周囲を見回した。「二人以外には聞かれたくないの。今は誰もいないけれど、いつ来るかわからないし」

「そうだね、さっきの大倉君みたいにいきなりね」

 百合子は笑いかけたが、絵美子の表情は固かった。

「それじゃあ場所変えよう。何処がいいかな」

「学校から出ましょう」絵美子ははっきりとした口調で答えた。「学校の外なら大丈夫なはずだから」

「じゃあ、カラオケ行かね? 高森たかもり駅前の」

「私はOKだよ。絵美子は平気? お金とか」

「うん、大丈夫。有難う二人共」

「よし、そうと決まればすぐ行こうぜ」

「あんた歌う事しか考えてないんじゃないの?」

「お前は喰う事だろ?」

 絵美子がフフッと小さく笑みを零すと、百合子と保も笑った。

 ──うん、その方がいいよ、絵美子。

 百合子は内心ひとまず安堵した。

 ──あなたに怖い顔なんて、全然似合わないんだから。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

冥恋アプリ

真霜ナオ
ホラー
大学一年生の樹(いつき)は、親友の幸司(こうじ)に誘われて「May恋(めいこい)」というマッチングアプリに登録させられた。 どうしても恋人を作りたい幸司の頼みで、友人紹介のポイントをゲットするためだった。 しかし、世間ではアプリ利用者の不審死が相次いでいる、というニュースが報道されている。 そんな中で、幸司と連絡が取れなくなってしまった樹は、彼の安否を確かめに自宅を訪れた。 そこで目にしたのは、明らかに異常な姿で亡くなっている幸司の姿だった。 アプリが関係していると踏んだ樹は、親友の死の真相を突き止めるために、事件についてを探り始める。 そんな中で、幼馴染みで想い人の柚梨(ゆずり)までもを、恐怖の渦中へと巻き込んでしまうこととなるのだった。 「第5回ホラー・ミステリー小説大賞」特別賞を受賞しました! 他サイト様にも投稿しています。

最終死発電車

真霜ナオ
ホラー
バイト帰りの大学生・清瀬蒼真は、いつものように終電へと乗り込む。 直後、車体に大きな衝撃が走り、車内の様子は一変していた。 外に出ようとした乗客の一人は身体が溶け出し、おぞましい化け物まで現れる。 生き残るためには、先頭車両を目指すしかないと知る。 「第6回ホラー・ミステリー小説大賞」奨励賞をいただきました!

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

【連作ホラー】幻影回忌 ーTrilogy of GHOSTー

至堂文斗
ホラー
――其れは、人類の進化のため。 歴史の裏で暗躍する組織が、再び降霊術の物語を呼び覚ます。 魂魄の操作。悍ましき禁忌の実験は、崇高な目的の下に数多の犠牲を生み出し。 決して止まることなく、次なる生贄を求め続ける。 さあ、再び【魂魄】の物語を始めましょう。 たった一つの、望まれた終焉に向けて。 来場者の皆様、長らくお待たせいたしました。 これより幻影三部作、開幕いたします――。 【幻影綺館】 「ねえ、”まぼろしさん”って知ってる?」 鈴音町の外れに佇む、黒影館。そこに幽霊が出るという噂を聞きつけた鈴音学園ミステリ研究部の部長、安藤蘭は、メンバーを募り探検に向かおうと企画する。 その企画に巻き込まれる形で、彼女を含め七人が館に集まった。 疑いつつも、心のどこかで”まぼろしさん”の存在を願うメンバーに、悲劇は降りかからんとしていた――。 【幻影鏡界】 「――一角荘へ行ってみますか?」 黒影館で起きた凄惨な事件は、桜井令士や生き残った者たちに、大きな傷を残した。そしてレイジには、大切な目的も生まれた。 そんな事件より数週間後、束の間の平穏が終わりを告げる。鈴音学園の廊下にある掲示板に貼り出されていたポスター。 それは、かつてGHOSTによって悲劇がもたらされた因縁の地、鏡ヶ原への招待状だった。 【幻影回忌】 「私は、今度こそ創造主になってみせよう」 黒影館と鏡ヶ原、二つの場所で繰り広げられた凄惨な事件。 その黒幕である****は、恐ろしい計画を実行に移そうとしていた。 ゴーレム計画と名付けられたそれは、世界のルールをも蹂躙するものに相違なかった。 事件の生き残りである桜井令士と蒼木時雨は、***の父親に連れられ、***の過去を知らされる。 そして、悲劇の連鎖を断つために、最後の戦いに挑む決意を固めるのだった。

放っておけない 〜とあるお人好しの恐怖体験〜

園村マリノ
ホラー
 困っている人間がいると放っておけないお人好しの大学生・雑賀理世(さいかりよ)は、最近とある不思議な事象に見舞われていた。友人の萌香(モカ)には、幽霊に取り憑かれているのではないかと心配されるが、害があるわけではないのであまり気に留めていなかった。  そんな理世に、様々な恐怖が次々と降り掛かるようになる。理世が困っている誰かを放っておけないように、怪異や霊といった存在、そして生きた人間の悪意などもまた、理世を放っておかなかったのだ……。   ※若干暴力表現あり。 ※他投稿サイトでも公開しております。  また、矛盾点や誤字脱字、その他変更すべきだと判断した部分は、予告・報告なく修正する事がございますのでご了承ください。  

――賽櫻神社へようこそ――

霜條
ホラー
賽櫻神社≪サイオウジンジャ≫へようこそ――。 参道へ入る前の場所に蝋燭があるので、そちらをどうかご持参下さい。 火はご用意がありますので、どうかご心配なく。 足元が悪いので、くれぐれも転ばぬようお気をつけて。 参拝するのは夜、暗い時間であればあるほどご利益があります。 あなた様が望む方はどのような人でしょうか。 どうか良縁に巡り合いますように。 『夜の神社に参拝すると運命の人と出会える』 そんな噂がネットのあちこちで広がった。 駆け出し配信者のタモツの提案で、イツキとケイジはその賽櫻神社へと車を出して行ってみる。 暗いだけでボロボロの神社にご利益なんてあるのだろうか。 半信半疑でいたが、その神社を後にすればケイジはある女性が何度も夢に現れることになる。 あの人は一体誰なのだろうか――。

そのスマホには何でも爆破できるアプリが入っていたので、僕は世界を破壊する。

中七七三
ホラー
昨日、僕は魔法使いになった。 強風が吹く日。僕は黒づくめの女と出会い、魔法のスマホを渡された。 なんでも爆破できるアプリの入ったスマホだ。どこでもなんでも爆破できる。 爆発規模は核兵器級から爆竹まで。 世界を清浄にするため、僕はアプリをつかって徹底的な破壊を行う。 何もかも爆発させ、消し去ることを望んでいる。

あのクローゼットはどこに繋がっていたのか?

あろえみかん
ホラー
あらすじ:昼下がりのマンション管理会社に同じ空き部屋起因の騒音と水漏れに関して電話が入る。駅近の人気物件で1年も空き部屋、同日に2件の連絡。気持ち悪さを覚えた安倍は現地へと向かった。同日に他県で発見された白骨体、騒音、水漏れ、空き部屋。そして木の葉の香りがじっとりとクローゼット裏から溢れ出す。 *表紙はCanvaにて作成しました。

処理中です...