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第四章 二〇年前

04 絵美子の様子

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 絵美子の様子に、少しずつ異変が感じられるようになってきた。
 元々お喋りではなかったが、百合子や保といる時はそれなりに多かった口数が明らかに減り、何やら考え込んでいたり、昼休みや放課後に姿を消す事もあった。

「望月さん、ちょっと変なところがあるみたい。廊下とか屋上に行く階段の途中で、独り言言ってたり」

「えー、何それ不思議ちゃん?」

「可愛いのに勿体なーい」

「確かに可愛いけどさー、あの子最初から何かちょっと暗いっていうか、近付き難い雰囲気醸し出してなかった?」

 転校したばかりの絵美子に我先にと話し掛け、お近付きになろうとしていた一部の女子生徒たちは、今では陰口を叩くようになっていた。「ブスのやっかみ半分だろ」と保は笑っていたが、百合子は親友が悪く言われる事が悔しくてならなかった。

「ねえ絵美子、何か悩み事でもある?」

 ある日の放課後、自分と保、絵美子の三人以外は誰もいない教室で、百合子は親友に尋ねた。

「え? ううん、何も。大丈夫だよ」

 絵美子は微笑んでそう答えたが、全くの嘘でなくとも真実でもないだろうと百合子は感じた。

 ──でも、あまりしつこく聞いてもかえって迷惑だよな……。

「いいや、そんなはずはないだろ」保の援護射撃が加わった。「平日は一緒にいる事が多いんだ、嫌でもわかる。なあ星崎」

「うん。ほら、特にこいつなんて、ちょっと前まで絵美子にラブだったわけだし尚更にね」

「おっ、おいコラそれは余計だ」

 中庭の方から怒鳴るような叫び声と、それに続くように悲鳴に近い声と慌てた声も聞こえてきた。絵美子はそちらの様子を気にする素振りを見せたが、保が咳払いすると向き直った。

「いや、別に望月が話したくないってんなら、無理にはいい。けど、俺たちがお前を心配してるんだって事は覚えておいてくれ。もし気が向いたら、いつでも相談しろよ」

「うん……有難う二人共。でも、本当に大丈夫だから」

 廊下が騒がしくなり、誰かがこちらに走って来たかと思うと、男子の学級委員の大倉おおくらが、飛び込むような勢いで教室に入って来た。

「っ! ビックリしたなおい」

「あ、日之山たち! 三上先生見なかったか!?」

「いや……え、どうした?」

「熊井が中庭にいたんだよ!」

「えっ!?」

 百合子たち三人は同時に驚きの声を上げた。

「最初に気付いたのは一組の男子たちで、喋ってたら、いきなり熊井がコンクリート通路近くの木の陰から姿を現したらしいんだ。でも──」

「無事なのか?」

「ああ、無事……には無事なのかもしれないが、でもあれは……」

「……どうした?」

 救急車のサイレンが聞こえてくると、廊下が余計に騒がしくなった。

「熊井、怪我でもしてたのか?」

「いや、それがさ……」大倉はゴクリと唾を呑み込んだ。「あ、頭ほとんど真っ白で。爺さんみたいにさ。顔はやつれて目もイッちゃってるし、変な事も言って暴れるから、職員室にいた先生たちに、一旦保健室に連れて行かれたんだ」

「何だって!?」

 保は驚愕に目を見開き、百合子はあんぐりと口を開いて固まった。

「何て言ってたの?」絵美子は冷静に尋ねた。「熊井君は何て?」

「えと、確か……『森に化け物が』とか『いずれ皆殺されるんだ』って」

 大倉が去ると、百合子と保は顔を見合わせた。

「え、どういう事? 熊井は最初から学校内にいたってわけ!?」

「いや、まさかだろ! 先生や警備員たちで手分けして探したって言ってたんだぜ? 何処か別の場所にいたけど、自力でここまで戻って来たんじゃねえの? なあ?」

 絵美子へと振り向いた百合子と保は、思わずギョッとした。
 絵美子は見た事もないような険しい表情で唇を噛み締め、殺気のようなピリピリとした空気を纏っている。とてもじゃないが、気軽に話し掛けられるような様子ではない。
 百合子は再び保と顔を見合わせた。保は目をキョロキョロとさせ、何か言おうと口を開きかけたがすぐに噤んでしまった。

「ねえ、二人共」やがて、絵美子が静かに口を開いた。「やっぱり……相談していいかしら。いえ、相談っていうよりも、打ち明けたい事があるの」

「……おう、どうした」

「いいよ……話してみて」

「ここじゃまずいわ」絵美子は警戒するように周囲を見回した。「二人以外には聞かれたくないの。今は誰もいないけれど、いつ来るかわからないし」

「そうだね、さっきの大倉君みたいにいきなりね」

 百合子は笑いかけたが、絵美子の表情は固かった。

「それじゃあ場所変えよう。何処がいいかな」

「学校から出ましょう」絵美子ははっきりとした口調で答えた。「学校の外なら大丈夫なはずだから」

「じゃあ、カラオケ行かね? 高森たかもり駅前の」

「私はOKだよ。絵美子は平気? お金とか」

「うん、大丈夫。有難う二人共」

「よし、そうと決まればすぐ行こうぜ」

「あんた歌う事しか考えてないんじゃないの?」

「お前は喰う事だろ?」

 絵美子がフフッと小さく笑みを零すと、百合子と保も笑った。

 ──うん、その方がいいよ、絵美子。

 百合子は内心ひとまず安堵した。

 ──あなたに怖い顔なんて、全然似合わないんだから。
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