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第三章 影が差す
07 百合子②
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麗美は、絵美子とのやり取り、学校内で相次いだ不可解な出来事の数々について、時間を掛けて出来る限り詳しく話して聞かせた。そして麗美と同じように〝あいつ〟に気付きつつある千鶴から貰ったメッセージと、その詳細を明日聞きに行く予定だという事も。
「そう……そうだったの……」
百合子は最後までほとんど口を挟まず、麗美が全て話し終えたとわかると、やはり穏やかに言った。
「わたしはてっきり、叔母さんは絵美子が……絵美子の幽霊が、学校にいるって事を知ってるものとばかり。でも、学校でおかしな事が相次いでいて、それが〝あいつ〟の仕業だってのはわかってたよね。何で?」
「夢を見ちゃったの……せっかく絵美子が命懸けで施してくれた〝あいつ〟の封印が解けたっていう」百合子は忌々しげに答えた。「ただの夢じゃなくて現実だって事は、本能的なものでわかったよ」
「棺の蓋が落ちていて、中身が空っぽ?」
百合子は無言で頷いた。
「それに近い夢なら、わたしも昨日見たんだ。ああ、正確には日付が変わって、今日かもしれないけど」
夢の内容を語って聞かせる間、麗美は指先でテーブルをコツコツと叩いていた。目が覚めた時にはパジャマが汗でビッショリと濡れていたし、恐怖と安堵が入り混じり、泣き出しそうにもなった。
しかし落ち着いた今となっては、内容が恐ろしいものであった事に変わりはないが、自分を侮辱した〝あいつ〟に対する怒りの方が勝っていた。
──芋姉ちゃんで悪かったな!
「私だけじゃなくて、もう一人見た奴がいるんだ」百合子は小さな溜め息を吐き、苦笑した。「本人ははっきり認めなかったけどね」
「え、もう一人!?」予想外の言葉に、麗美は目を見開いた。
「そう。二〇年前に〝あいつ〟と対峙した男子もいたの」
麗美はその男子がどんな人物だったのか、今はどうしているのかが気になったが、とりあえず後回しにし、
「ねえ、絵美子が自由に動けない理由ってわかる? 〝あいつ〟は好き勝手出来るのに」
「うーん……」百合子は腕を組んで考え込んだ。
「図書室以外で会った事ないからさ、図書室から出られないのかな。ああでも、いなかった時もあったけど」
「多分そうかも。あるいは、図書室から出られたとしても、あまり離れられない、近くをうろつくのがやっと、みたいな」
「何で?」
「それは幽霊だからじゃない?」
きょとんとする麗美に、百合子が続ける。
「幽霊って、人に憑いて来ちゃうイメージが強いけど、生前に気に入ってたり未練がある場所に自分の意志で留まり続けて、結果そこから動けなくなっちゃったりする事も少なくないって、昔聞いたよ……他ならぬ絵美子自身からね」
「へえ……」
「でも絵美子は『まだ自由に動けない』って言ったんだよね? その口振りからすると、あの子は自分の特殊な力が戻るのを待っている……?」
「特殊な……え?」
「いやでも、二〇年前から図書室にいたのだとしたら逆に……あ、ひょっとして、あの子が幽霊になって図書室に現れたのは〝あいつ〟の復活と大して変わらないタイミングなんじゃ──」
「お、叔母さん! ねえ」麗美は指先でテーブルを二回叩いた。「絵美子のその特殊な力って?」
「ああ、あの子ね、所謂霊能力の一種を持ってたのよ。どうやらたまにそういう人間が誕生する家系だったらしいの」
もう滅多な事では驚かないだろうと考えていた麗美は、思わず苦笑せざるを得なかった。
「絵美子……何かほんとに色々と凄いなあ。わたしなんかと全然違う」
「でも悲しい事に、望月の家で能力持ちは歓迎されなかったそうだよ。そういう家系だって割にはね」百合子はどこか悲しげだった。「身内に何か不幸な事が起こると、原因はお前だって責められたり、陰口を叩かれたり。肩身の狭い思いをしていたみたい」
「そんな……」
〝絶対にあなたのせいじゃない。だから気に病まないで、心を強く持って〟
麗美が丸崎の件を気に病んでいた時、絵美子はそう言って励ましてくれた。ひょっとするとあれは、絵美子が麗美を通してかつての自分自身に言い聞かせた、他の誰か身近な人に掛けてもらいたかった言葉だったのかもしれない。
「叔母さん」麗美は居住まいを正すと、百合子を見据えた。「今度は叔母さんが教えて。二〇年前の夕凪高校で、一体何があったのかを。覚えている限り全部」
「勿論。二〇年も前の事だけど、あの一連の出来事に関しては不思議とよく覚えてるんだ。でもその前に、お水貰える?」
「いいよ、待ってて。喉渇いちゃったよね」
「いや……」百合子は小さな息を長く吐き出した。「この後で渇きそうだなって」
「そう……そうだったの……」
百合子は最後までほとんど口を挟まず、麗美が全て話し終えたとわかると、やはり穏やかに言った。
「わたしはてっきり、叔母さんは絵美子が……絵美子の幽霊が、学校にいるって事を知ってるものとばかり。でも、学校でおかしな事が相次いでいて、それが〝あいつ〟の仕業だってのはわかってたよね。何で?」
「夢を見ちゃったの……せっかく絵美子が命懸けで施してくれた〝あいつ〟の封印が解けたっていう」百合子は忌々しげに答えた。「ただの夢じゃなくて現実だって事は、本能的なものでわかったよ」
「棺の蓋が落ちていて、中身が空っぽ?」
百合子は無言で頷いた。
「それに近い夢なら、わたしも昨日見たんだ。ああ、正確には日付が変わって、今日かもしれないけど」
夢の内容を語って聞かせる間、麗美は指先でテーブルをコツコツと叩いていた。目が覚めた時にはパジャマが汗でビッショリと濡れていたし、恐怖と安堵が入り混じり、泣き出しそうにもなった。
しかし落ち着いた今となっては、内容が恐ろしいものであった事に変わりはないが、自分を侮辱した〝あいつ〟に対する怒りの方が勝っていた。
──芋姉ちゃんで悪かったな!
「私だけじゃなくて、もう一人見た奴がいるんだ」百合子は小さな溜め息を吐き、苦笑した。「本人ははっきり認めなかったけどね」
「え、もう一人!?」予想外の言葉に、麗美は目を見開いた。
「そう。二〇年前に〝あいつ〟と対峙した男子もいたの」
麗美はその男子がどんな人物だったのか、今はどうしているのかが気になったが、とりあえず後回しにし、
「ねえ、絵美子が自由に動けない理由ってわかる? 〝あいつ〟は好き勝手出来るのに」
「うーん……」百合子は腕を組んで考え込んだ。
「図書室以外で会った事ないからさ、図書室から出られないのかな。ああでも、いなかった時もあったけど」
「多分そうかも。あるいは、図書室から出られたとしても、あまり離れられない、近くをうろつくのがやっと、みたいな」
「何で?」
「それは幽霊だからじゃない?」
きょとんとする麗美に、百合子が続ける。
「幽霊って、人に憑いて来ちゃうイメージが強いけど、生前に気に入ってたり未練がある場所に自分の意志で留まり続けて、結果そこから動けなくなっちゃったりする事も少なくないって、昔聞いたよ……他ならぬ絵美子自身からね」
「へえ……」
「でも絵美子は『まだ自由に動けない』って言ったんだよね? その口振りからすると、あの子は自分の特殊な力が戻るのを待っている……?」
「特殊な……え?」
「いやでも、二〇年前から図書室にいたのだとしたら逆に……あ、ひょっとして、あの子が幽霊になって図書室に現れたのは〝あいつ〟の復活と大して変わらないタイミングなんじゃ──」
「お、叔母さん! ねえ」麗美は指先でテーブルを二回叩いた。「絵美子のその特殊な力って?」
「ああ、あの子ね、所謂霊能力の一種を持ってたのよ。どうやらたまにそういう人間が誕生する家系だったらしいの」
もう滅多な事では驚かないだろうと考えていた麗美は、思わず苦笑せざるを得なかった。
「絵美子……何かほんとに色々と凄いなあ。わたしなんかと全然違う」
「でも悲しい事に、望月の家で能力持ちは歓迎されなかったそうだよ。そういう家系だって割にはね」百合子はどこか悲しげだった。「身内に何か不幸な事が起こると、原因はお前だって責められたり、陰口を叩かれたり。肩身の狭い思いをしていたみたい」
「そんな……」
〝絶対にあなたのせいじゃない。だから気に病まないで、心を強く持って〟
麗美が丸崎の件を気に病んでいた時、絵美子はそう言って励ましてくれた。ひょっとするとあれは、絵美子が麗美を通してかつての自分自身に言い聞かせた、他の誰か身近な人に掛けてもらいたかった言葉だったのかもしれない。
「叔母さん」麗美は居住まいを正すと、百合子を見据えた。「今度は叔母さんが教えて。二〇年前の夕凪高校で、一体何があったのかを。覚えている限り全部」
「勿論。二〇年も前の事だけど、あの一連の出来事に関しては不思議とよく覚えてるんだ。でもその前に、お水貰える?」
「いいよ、待ってて。喉渇いちゃったよね」
「いや……」百合子は小さな息を長く吐き出した。「この後で渇きそうだなって」
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