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第二章 学校の異変
01 罪悪感
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「えー、もう知っている人たちもいるかもしれないが……昨日の夕方、丸崎先生が学校の前でトラックに撥ねられて、病院に運ばれた」
朝のSHRは、何処となく重苦しい雰囲気で始まった。
「丸崎先生は現時点では重体で、当分復帰の見込みはないそうだ」
秋山の前置き通り、二年四組の生徒全員には既に周知の事実だったため、今更驚く者はいなかったが、丸崎の容体が伝えられた時にはどよめきが走った。
「明日の授業からは別の先生が担当になる。引き継ぎがあったわけじゃないから、最初はスムーズにいかないかもしれない。そこんところは、お前たちでフォローよろしくな」
数人の生徒たちが頷いた。
「昨日の授業中に色々あったすぐ後だからな、複雑だとは思うが……お前たちが責任を感じる事はないからな。事故とは関係ない」
秋山は生徒たちを見渡すようにしながらそう言ったが、意図的なものか否か、麗美とは目が合わなかった。
昨日と同じく、麗美は放課後になると第一図書室へ足を運んだ。昼休みもそうするつもりだったのだが、麗美を心配した四組の面々──亜衣、七海、千鶴、るりかに健斗、はたまた普段はまず会話しないような生徒にまで気を遣われ、常に話し掛けられ続けたために、叶わなかったのだ。
──わたしのせい……じゃないよね?
又聞きの目撃証言によると、昨日夕方の丸崎は、不機嫌そうな様子で校舎から出て来たのだが、突然怒り狂ったような叫び声を上げて走り出したかと思えば、そのまま車道へ一直線だったそうだ。
「麗美ちゃんのせいじゃないよ。先生も言ってたけど、全然関係ないって」
「そうだよ朝比奈さん。丸崎の奴、元々頭ヤバかったんだよ」
皆は口々にそう言ってくれたが、麗美は払拭し難い罪悪感に駆られていた。
──元々おかしかったんだとしても……わたしがあんな事を言ったのがトドメになっちゃったんだとしたら……?
第一図書室には多くの生徒たちがいたが、麗美の脳内の大半は丸崎の件が占めており、あまり気にならなかった。
麗美は生徒たちの間をすり抜け、無意識のうちに[神話・伝説・伝承]コーナーまで向かっていた。
──あ。
お目当ての人物は、こちら側に背を向けていた。僅かに顔を上げ、本棚の上段付近を見ているようだった。
「絵美子」
麗美は少々遠慮がちに声を掛けた。美少女は笑顔で振り返る姿も様になっていて、思わず見とれた。
「麗美。来てくれたのね」
まるでいつも図書室にいるかのような口振りで言うと、絵美子は表情を変え、
「ところで、聞いたわよ。大変だったみたいね」
何と答えたらいいのかわからず、麗美は苦笑を浮かべて曖昧に頷いた。絵美子の口振りからすると、事故だけでなく授業中の言い争いの件も既に知っているのだろう。自分の口から話すつもりではいたものの、麗美は急に恥ずかしさを覚えた。
「丸崎先生って言ったかしら? 怪我の具合は?」
「重体で、当分戻って来られないって」
「そう……」絵美子は眉をひそめ、思案するような素振りを見せた。
「その……昨日色々あったから、後味悪くって。あの時はついカッとなって言い返しちゃったけど、やり過ぎたかなって」
「あなたのせいじゃない」絵美子は真剣な眼差しで麗美を見据えながら、力強い口調で断言した。「わたしにはわかるの。絶対にあなたのせいじゃない。だから気に病まないで、心を強く持って」
「う、うん!」
麗美がつられて力強く答えると、絵美子は微笑んだ。担任や友人たちの言葉では変化がなかったのに、絵美子の言葉では徐々に勇気が湧いてくるから不思議だ。
「ねえ絵美子」
「なあに?」
「絵美子って何処のクラスなの?」
今日一日の間に、二年四組では何度も移動教室があった。ひょっとしたら何処かしらで絵美子を見掛けるのではないかと麗美は期待していたのだが、思った通りにはならなかった。
「何処だと思う?」
質問を返されるとは思わず、麗美は少々困惑した。
「えー……わかんないけど、ひょっとしたら特進コース?」
「どうしてそう思うの?」
「えと……今さっきの絵美子の口振りだと、丸崎先生をほとんど知らないみたいだったから。あの人確か、一般コースしか受け持ってなかったはずだから、特進コースの子は知らなくても不思議じゃないなって……」
「なるほどね! フフッ、まるで探偵みたい。ミステリー小説は読むの?」
「いや、あんまり……」
「そんな感じで推理しながら当ててみて」
麗美は絵美子の反応に違和感を覚えた。
──もしかして……はぐらかされてる?
「別に、今すぐじゃなくてもいいから」絵美子はどこか慌てた様子で付け加えた。「ほら、だってその方が面白いでしょ?」
「た、確かにそうだね……」
麗美は笑ってみせたが、ぎこちなくなってしまった。二人の間に気まずさが漂う。
──答えたくないんだ。
麗美は絵美子との間に見えざる壁を感じた。
──でも、どうして──……
「朝比奈さん、だよね?」
麗美の思案は、第三者の遠慮がちな声によって中断された。振り向くと、一〇メートル程後方に、桜庭萌香がこちらの様子を伺うような素振りで立っていた。
「向井さんがドアの前まで来てるよ。一緒に帰ろうと思って来たんだって」
「あ、有難う」
「どういたしまして」
萌香はうっすら微笑んで答え、チラリと絵美子の方を見やってから去って行った。
「先に帰ったと思ってた……」
麗美はもうしばらく絵美子と図書室で過ごすつもりでいた。しかしせっかく千鶴が探しに来てくれたというのに、断るのも気が引けた。
「あ、絵美子も……一緒に帰らない?」
「ううん、せっかくだけど、わたしは残るわ」
「そ、そっか……」
「有難う。またね」絵美子は小さく手を上げた。
「うん、じゃあまた……」
麗美も同じようにして別れを告げると、千鶴の元へと向かった。読書スペース付近を通り過ぎる際、座席に着いている萌香に怪訝な顔で見られていた事には気付かなかった。
朝のSHRは、何処となく重苦しい雰囲気で始まった。
「丸崎先生は現時点では重体で、当分復帰の見込みはないそうだ」
秋山の前置き通り、二年四組の生徒全員には既に周知の事実だったため、今更驚く者はいなかったが、丸崎の容体が伝えられた時にはどよめきが走った。
「明日の授業からは別の先生が担当になる。引き継ぎがあったわけじゃないから、最初はスムーズにいかないかもしれない。そこんところは、お前たちでフォローよろしくな」
数人の生徒たちが頷いた。
「昨日の授業中に色々あったすぐ後だからな、複雑だとは思うが……お前たちが責任を感じる事はないからな。事故とは関係ない」
秋山は生徒たちを見渡すようにしながらそう言ったが、意図的なものか否か、麗美とは目が合わなかった。
昨日と同じく、麗美は放課後になると第一図書室へ足を運んだ。昼休みもそうするつもりだったのだが、麗美を心配した四組の面々──亜衣、七海、千鶴、るりかに健斗、はたまた普段はまず会話しないような生徒にまで気を遣われ、常に話し掛けられ続けたために、叶わなかったのだ。
──わたしのせい……じゃないよね?
又聞きの目撃証言によると、昨日夕方の丸崎は、不機嫌そうな様子で校舎から出て来たのだが、突然怒り狂ったような叫び声を上げて走り出したかと思えば、そのまま車道へ一直線だったそうだ。
「麗美ちゃんのせいじゃないよ。先生も言ってたけど、全然関係ないって」
「そうだよ朝比奈さん。丸崎の奴、元々頭ヤバかったんだよ」
皆は口々にそう言ってくれたが、麗美は払拭し難い罪悪感に駆られていた。
──元々おかしかったんだとしても……わたしがあんな事を言ったのがトドメになっちゃったんだとしたら……?
第一図書室には多くの生徒たちがいたが、麗美の脳内の大半は丸崎の件が占めており、あまり気にならなかった。
麗美は生徒たちの間をすり抜け、無意識のうちに[神話・伝説・伝承]コーナーまで向かっていた。
──あ。
お目当ての人物は、こちら側に背を向けていた。僅かに顔を上げ、本棚の上段付近を見ているようだった。
「絵美子」
麗美は少々遠慮がちに声を掛けた。美少女は笑顔で振り返る姿も様になっていて、思わず見とれた。
「麗美。来てくれたのね」
まるでいつも図書室にいるかのような口振りで言うと、絵美子は表情を変え、
「ところで、聞いたわよ。大変だったみたいね」
何と答えたらいいのかわからず、麗美は苦笑を浮かべて曖昧に頷いた。絵美子の口振りからすると、事故だけでなく授業中の言い争いの件も既に知っているのだろう。自分の口から話すつもりではいたものの、麗美は急に恥ずかしさを覚えた。
「丸崎先生って言ったかしら? 怪我の具合は?」
「重体で、当分戻って来られないって」
「そう……」絵美子は眉をひそめ、思案するような素振りを見せた。
「その……昨日色々あったから、後味悪くって。あの時はついカッとなって言い返しちゃったけど、やり過ぎたかなって」
「あなたのせいじゃない」絵美子は真剣な眼差しで麗美を見据えながら、力強い口調で断言した。「わたしにはわかるの。絶対にあなたのせいじゃない。だから気に病まないで、心を強く持って」
「う、うん!」
麗美がつられて力強く答えると、絵美子は微笑んだ。担任や友人たちの言葉では変化がなかったのに、絵美子の言葉では徐々に勇気が湧いてくるから不思議だ。
「ねえ絵美子」
「なあに?」
「絵美子って何処のクラスなの?」
今日一日の間に、二年四組では何度も移動教室があった。ひょっとしたら何処かしらで絵美子を見掛けるのではないかと麗美は期待していたのだが、思った通りにはならなかった。
「何処だと思う?」
質問を返されるとは思わず、麗美は少々困惑した。
「えー……わかんないけど、ひょっとしたら特進コース?」
「どうしてそう思うの?」
「えと……今さっきの絵美子の口振りだと、丸崎先生をほとんど知らないみたいだったから。あの人確か、一般コースしか受け持ってなかったはずだから、特進コースの子は知らなくても不思議じゃないなって……」
「なるほどね! フフッ、まるで探偵みたい。ミステリー小説は読むの?」
「いや、あんまり……」
「そんな感じで推理しながら当ててみて」
麗美は絵美子の反応に違和感を覚えた。
──もしかして……はぐらかされてる?
「別に、今すぐじゃなくてもいいから」絵美子はどこか慌てた様子で付け加えた。「ほら、だってその方が面白いでしょ?」
「た、確かにそうだね……」
麗美は笑ってみせたが、ぎこちなくなってしまった。二人の間に気まずさが漂う。
──答えたくないんだ。
麗美は絵美子との間に見えざる壁を感じた。
──でも、どうして──……
「朝比奈さん、だよね?」
麗美の思案は、第三者の遠慮がちな声によって中断された。振り向くと、一〇メートル程後方に、桜庭萌香がこちらの様子を伺うような素振りで立っていた。
「向井さんがドアの前まで来てるよ。一緒に帰ろうと思って来たんだって」
「あ、有難う」
「どういたしまして」
萌香はうっすら微笑んで答え、チラリと絵美子の方を見やってから去って行った。
「先に帰ったと思ってた……」
麗美はもうしばらく絵美子と図書室で過ごすつもりでいた。しかしせっかく千鶴が探しに来てくれたというのに、断るのも気が引けた。
「あ、絵美子も……一緒に帰らない?」
「ううん、せっかくだけど、わたしは残るわ」
「そ、そっか……」
「有難う。またね」絵美子は小さく手を上げた。
「うん、じゃあまた……」
麗美も同じようにして別れを告げると、千鶴の元へと向かった。読書スペース付近を通り過ぎる際、座席に着いている萌香に怪訝な顔で見られていた事には気付かなかった。
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