上 下
4 / 22

女帝

しおりを挟む
 ほんっと……あの女、大っ嫌い!

 あたしは怒りに任せ、掌をテーブルに叩き付けた。

 あたしの怒りの原因となっている女は、特別美しくもなければ、スタイルがいいわけでもないのに、何故かモテる。
 馬鹿な男(と、一部の女)たちは皆、あの女にデレデレ、ニコニコ、ペコペコ、ヨイショ。
 あの女、片っ端から色目を使い、誰も見ていない所ではもっと際どい事をしているに違いない。魔性の女め。
 
 それだけならまだ良かった。

 問題なのは、あの女があたしの想い人にも手を出そうとしていて、しかも想い人も満更でもないらしいという事だ。

 ヤバイヤバイヤバイヤバイ。

 盗られちゃう盗られちゃう盗られちゃう。

 どうしようどうしようどうしよう。

 あの女! ほんっと腹立つ!

 あの女さえいなければ!!


 どうにも出来ないまま更に数週間が経過した。
 
 行き付けのカフェで偶然、あの魔性の女と遭遇してしまった。しかも席が隣!

「まあ、偶然ね! お元気だった?」

 偽善者ぶりっ子スマイルでご挨拶ね。けっ。

「ええ、まあ。ところで聞きましたよ。最近、彼と仲がいいんですってね……」

 さりげなく聞いたつもりだったけど、バレバレかもしれない。

「そうなの。何気ない話から自然とね」

 余裕たっぷりに微笑む女。

 一瞬、心臓が大きく脈打った。
 この程度でビビってしまったのか、あたし。
 落ち着け、頑張れ、あたし。

「知ってます? 彼、この店のシフォンケーキとアッサムが大好きなんですよ」

 直後、店員があたしの注文したシフォンケーキとアッサムティーを運んで来た。あたしはすぐには手を付けず、女に見せ付けるようにする。

「あら、そうなの? うん、確かに美味しそうね!」

 女の注文した分も運ばれて来た。イチゴたっぷりのショートケーキとコーヒーだ。

「ねえ、一口頂戴!」
 
 何を言い出すかと思いきや。思わずあたしは、「えっ」と声を上げていた。

「わたしのミルフィーユも一口あげるから。交換しましょうよ」

 拝むように両手を顔の前で合わせているし。

「駄目かなあ?」

 上目遣い。

 そうやって周囲の男に媚び売ってんでしょ。馬鹿じゃないの。あたしは女だ。まあ一部の女もこいつには甘いらしいけど、あたしには通用しな──

「いただきぃ~!」

 ──は?

 女の右手があたしのシフォンケーキに伸び、勝手に自分のフォークで一口サイズに切り分けて、自分の口に持ってゆくのはあっという間だった。

「うーん、柔らかくて美味しいっ!」

 ちょ……何なのこいつ……。

「はい、じゃあわたしのも一口あげるわ」

 女は自分のフォークでショートケーキを一口、いや二口くらいのサイズに切り分けると、あたしの口元に運んだ。

「はい、あーん!」

 ちょ、ちょ、ちょ、ちょ……!?

「……どう? 美味しい?」

 あたしが無言で頷くと、女は満面の笑みを浮かべた。

「良かった! あ、クリーム付いちゃったわね」

 女はペーパーナプキンであたしの口元をサッと拭いた。
 この間、あたしはほとんど動けずにいた。
 あまりに唐突で、あまりに予想外だったからだ。

 その後、女が色々と話し掛けてきたから応えはしたけど、その内容はほとんど覚えていない。
 そのうち女の方が先に食べ終わり、コーヒーも綺麗に飲み干した。

「楽しかったわ。今日は沢山お話出来て良かった! あ、これわたしの連絡先。何かあったらいつでも気軽に連絡して! それじゃあまたね!」

 女はメモ用紙をあたしのテーブルに置くと、にこやかに手を振って出て行った。
 しばらくの間、心臓の強いドキドキバクバクが治まらなかった。驚き過ぎておかしくなったに違いない。


 ほんっと……あの女、大っ嫌い!

 あたしは怒りに任せ、拳を壁に叩き付けた。

 あのカフェでの顛末から半年弱。
 あの女は相も変わらず、様々な男や女に色目を使い、愛を振り撒いている。
 この間なんて、別の女にフラれて落ち込みまくって自殺を仄かした、あたしの元想い人の話を何時間も聞いてやったり、子供が二人いるシングルファーザーの家に料理を作りに行ってやったりしたとか。
 高級住宅街の中にあるお高いレストランで貸し切りの誕生日会を開いて貰って、それはもう嬉しそうだったとか。

 ……あたし、呼ばれなかったんだけど。

 ふん、まあいい。
 どうせあの女はいつものように愛のバーゲンセール状態、何を貰っても「やだ嬉しい~!」とか「これ可愛い~!」なんて反応しかしなかったに違いない。そして家に帰ったらその辺にほっぽって、しばらく経ったら捨てるか売るかするのだろう。

 ……あたしが買ったこれも、そうなるのかな。
 ……いや、きっと大丈夫。
 徹底的にリサーチし、あの女が本当に欲しがっているであろうアイテムを選んだのだから。

 あの憎たらしい魔性の女に関しては、今ではどんな奴らよりもこのあたしの方が詳しいんだ。

 さて、どうやって手渡そう……。
 わざわざ家までに押し掛けちゃ迷惑かな。
 誰かに渡して貰う? ……プレゼントってのは自ら渡さないと意味がない。
 呼び出してもいいかな。でもいきなりあたしの家? 駄目、緊張する。というかこの汚部屋、一日二日じゃ綺麗になりそうにない。
 
 そうだ、あのカフェ。

 あのカフェがあるじゃない!

 あの女が注文するケーキとは異なるケーキを注文するんだ。
 そしてあの女が「ねえ、一口頂戴!」と言ったら拒否する。「わたしのショートケーキ(あるいはチョコレートケーキやモンブラン、いやシフォンケーキかもしれない)も一口あげるから。交換しましょうよ」なんて言っても拒否する。「駄目かなあ?」なんて上目遣いしてきても拒否ったら拒否。
 
 そしたらあの女は、きっと……。

 あたしは充電中のスマホを手に取った──無駄に笑顔が可愛くて、誰にでも愛を振り撒く、憎ったらしくて大っ嫌いなあの女宛てに、メッセージを送るために。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

遠き星、遠き過去

園村マリノ
ライト文芸
 霊感占い師によると、今世のわたしに最も影響している過去世は、何と異星人だったらしい。  某公募参加作品。   ※他投稿サイトでも公開しております。 ※矛盾点や誤字脱字、その他変更すべきだと判断した部分は、予告・報告なく修正する事がございますのでご了承ください。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ペンキとメイドと少年執事

海老嶋昭夫
ライト文芸
両親が当てた宝くじで急に豪邸で暮らすことになった内山夏希。 一人で住むには寂しい限りの夏希は使用人の募集をかけ応募したのは二人、無表情の美人と可愛らしい少年はメイドと執事として夏希と共に暮らすこととなった。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします

希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。 国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。 隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。 「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」

処理中です...