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第三章

02 占い①

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 一九時〇七分。

「え、優一郎の馬鹿が来たの!? ここに!?」

 アイリは音を立ててローテーブルに茶碗を置いた。

「そう。アイリが来る三〇分くらい前にね」

「え、それで何だって?」

「やり直したいって。後から付き合った女には騙されていたとか、別れてからわたしの良さに気付いたとか何とかって」

「馬鹿じゃん! ウケるんだけど」

 アイリは小さく笑ったが、すぐに真面目な顔付きに戻り、

「いや笑い事じゃないか。で、どうしたの」

「断って帰らせたよ。しつこかったんだけど、お隣の英田さんが助けに入ってくれて。頭くるやら情けないやらだったけど、おかげで完全に吹っ切れたわ。あ、母さんたちには言わないでよ。面倒だから」

「うん、わかった。でも心配だな……また来るんじゃ……」

「そうなったら警察と救急車を呼ぶから」

 何故救急車も呼ぶのか気になったアイリだったが、骨付きチキンに齧り付き、肉と一緒に軟骨をバリバリと噛み砕くケイを見て、聞くのはやめにしておいた。

「そういえばアイリは? 何か話したい事があるんじゃないの?」

「え? ううん、わたしは特に何も。……何もない時に来ちゃ駄目?」

「そんな事はないわよ。いつでもおいで」

 アイリが点けたテレビから、若手俳優とお笑い芸人二人の食レポが聞こえてくる。浜波市内の中華街で食べ歩きをしており、今はサイズの大きな肉まんを口にしているようだ。

「この肉汁! うわ堪らない!」

「今まで食べてきた肉まんの中で一番美味しい!」

 芸能人二人が本心ともお世辞とも取れる感想を述べると、湯気の出ている肉まんをスタッフがゆっくり半分に千切った映像がアップになり、ナレーションによる食材の説明が始まった。

「美味しそうだね」

「そうね」

 食レポが終わると、今度は同じ中華街内の占い店特集になった。芸能人二人が入った店の名前は〈インヤン〉。今年で創業三五年、年間三〇万人以上の客が訪れる人気店だとナレーションが告げる。

「ケイちゃん、今度中華街行こうよ! わたし前から本格的な占いが気になってたんだ! 受験生なのにどーのこーのって両親あの二人に言われかねないから、出来れば近いうちに」

「いいわよ」

「ケイちゃんも占って貰ったら? その、色々とさ」

 ケイは曖昧に頷いた。占いは元々それ程興味もなければ信用していたわけでもなかったし、今年の西洋占星術なんてハズレもいいところだ。
 しかし、全く気にならないと言えば嘘になる。未だに働く気にはなれないが、いつまでも無職で半引きこもりというわけにもいかない。恋愛なんてもう充分だと思いながらも、心の奥底ではいつか本当に素晴らしい男性と巡り合える事を期待している。

「いつがいい? あ、いきなりだけど明日にしちゃう?」

「土曜日なのは仕方ないとして、ハロウィンでもあるのよ。混みそう」

「中華街はいつでも混んでるよ。今度の三日の祝日とかは? あ、せっかくなら予約してからの方がいいかな。食べ終わったらスマホで調べてみるね」

 テレビの向こうでは、男性っぽい少々がさつな喋り方をする化粧の濃い中年女性占い師が、四柱推命を用いて若手俳優を鑑定している。

「来年以降、更なる飛躍が望めるね」

「やった!」

 小さくガッツポーズする若手俳優に、占い師は「ただし」と続ける。

「ただし……女性関係のトラブルには充分気を付けな。最初から陥れるのが目的で近付いて来る人間もいるかもしれない。ハニートラップってやつだね」

「マジっすか!? うわあ、気を付けまあっす!」

 ──ありきたりじゃない。

「……ケイちゃん今、ありきたりだって思わなかった?」

「あら、よくわかったわね」

「だって、顔に出てたもん」アイリは笑いながら答えた。

「これからもっと活躍出来ます、異性とのスキャンダルに気を付けて……これって、ほとんどの若手俳優に言えそうじゃない」

「うーん、まあ確かに……」

 お笑い芸人の鑑定結果は、本業よりも監督業や俳優業の方で活躍するだろう、但しその結果増えた収入を投資やギャンブルに注ぎ込むと大損するので絶対にやめるように、との事だった。

「これもありきたりっちゃ、ありきたりなのかな」

「まあ、占いなんてそんなものよ」

「えー、それじゃあケイちゃんは占いしない?」

「どうしようかしらね。ところでアイリは何を占って貰うつもりなの? 恋愛? 進路?」

「えー……それは秘密!」

 照れ臭そうに笑うアイリを見ながらケイは思った──優一郎と交際していた頃、二人の未来を占ってもらっていたら、一体どんな結果が出ていたのだろう、と。
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