25 / 45
第三章
02 占い①
しおりを挟む
一九時〇七分。
「え、優一郎の馬鹿が来たの!? ここに!?」
アイリは音を立ててローテーブルに茶碗を置いた。
「そう。アイリが来る三〇分くらい前にね」
「え、それで何だって?」
「やり直したいって。後から付き合った女には騙されていたとか、別れてからわたしの良さに気付いたとか何とかって」
「馬鹿じゃん! ウケるんだけど」
アイリは小さく笑ったが、すぐに真面目な顔付きに戻り、
「いや笑い事じゃないか。で、どうしたの」
「断って帰らせたよ。しつこかったんだけど、お隣の英田さんが助けに入ってくれて。頭くるやら情けないやらだったけど、おかげで完全に吹っ切れたわ。あ、母さんたちには言わないでよ。面倒だから」
「うん、わかった。でも心配だな……また来るんじゃ……」
「そうなったら警察と救急車を呼ぶから」
何故救急車も呼ぶのか気になったアイリだったが、骨付きチキンに齧り付き、肉と一緒に軟骨をバリバリと噛み砕くケイを見て、聞くのはやめにしておいた。
「そういえばアイリは? 何か話したい事があるんじゃないの?」
「え? ううん、わたしは特に何も。……何もない時に来ちゃ駄目?」
「そんな事はないわよ。いつでもおいで」
アイリが点けたテレビから、若手俳優とお笑い芸人二人の食レポが聞こえてくる。浜波市内の中華街で食べ歩きをしており、今はサイズの大きな肉まんを口にしているようだ。
「この肉汁! うわ堪らない!」
「今まで食べてきた肉まんの中で一番美味しい!」
芸能人二人が本心ともお世辞とも取れる感想を述べると、湯気の出ている肉まんをスタッフがゆっくり半分に千切った映像がアップになり、ナレーションによる食材の説明が始まった。
「美味しそうだね」
「そうね」
食レポが終わると、今度は同じ中華街内の占い店特集になった。芸能人二人が入った店の名前は〈インヤン〉。今年で創業三五年、年間三〇万人以上の客が訪れる人気店だとナレーションが告げる。
「ケイちゃん、今度中華街行こうよ! わたし前から本格的な占いが気になってたんだ! 受験生なのにどーのこーのって両親に言われかねないから、出来れば近いうちに」
「いいわよ」
「ケイちゃんも占って貰ったら? その、色々とさ」
ケイは曖昧に頷いた。占いは元々それ程興味もなければ信用していたわけでもなかったし、今年の西洋占星術なんてハズレもいいところだ。
しかし、全く気にならないと言えば嘘になる。未だに働く気にはなれないが、いつまでも無職で半引きこもりというわけにもいかない。恋愛なんてもう充分だと思いながらも、心の奥底ではいつか本当に素晴らしい男性と巡り合える事を期待している。
「いつがいい? あ、いきなりだけど明日にしちゃう?」
「土曜日なのは仕方ないとして、ハロウィンでもあるのよ。混みそう」
「中華街はいつでも混んでるよ。今度の三日の祝日とかは? あ、せっかくなら予約してからの方がいいかな。食べ終わったらスマホで調べてみるね」
テレビの向こうでは、男性っぽい少々がさつな喋り方をする化粧の濃い中年女性占い師が、四柱推命を用いて若手俳優を鑑定している。
「来年以降、更なる飛躍が望めるね」
「やった!」
小さくガッツポーズする若手俳優に、占い師は「ただし」と続ける。
「ただし……女性関係のトラブルには充分気を付けな。最初から陥れるのが目的で近付いて来る人間もいるかもしれない。ハニートラップってやつだね」
「マジっすか!? うわあ、気を付けまあっす!」
──ありきたりじゃない。
「……ケイちゃん今、ありきたりだって思わなかった?」
「あら、よくわかったわね」
「だって、顔に出てたもん」アイリは笑いながら答えた。
「これからもっと活躍出来ます、異性とのスキャンダルに気を付けて……これって、ほとんどの若手俳優に言えそうじゃない」
「うーん、まあ確かに……」
お笑い芸人の鑑定結果は、本業よりも監督業や俳優業の方で活躍するだろう、但しその結果増えた収入を投資やギャンブルに注ぎ込むと大損するので絶対にやめるように、との事だった。
「これもありきたりっちゃ、ありきたりなのかな」
「まあ、占いなんてそんなものよ」
「えー、それじゃあケイちゃんは占いしない?」
「どうしようかしらね。ところでアイリは何を占って貰うつもりなの? 恋愛? 進路?」
「えー……それは秘密!」
照れ臭そうに笑うアイリを見ながらケイは思った──優一郎と交際していた頃、二人の未来を占ってもらっていたら、一体どんな結果が出ていたのだろう、と。
「え、優一郎の馬鹿が来たの!? ここに!?」
アイリは音を立ててローテーブルに茶碗を置いた。
「そう。アイリが来る三〇分くらい前にね」
「え、それで何だって?」
「やり直したいって。後から付き合った女には騙されていたとか、別れてからわたしの良さに気付いたとか何とかって」
「馬鹿じゃん! ウケるんだけど」
アイリは小さく笑ったが、すぐに真面目な顔付きに戻り、
「いや笑い事じゃないか。で、どうしたの」
「断って帰らせたよ。しつこかったんだけど、お隣の英田さんが助けに入ってくれて。頭くるやら情けないやらだったけど、おかげで完全に吹っ切れたわ。あ、母さんたちには言わないでよ。面倒だから」
「うん、わかった。でも心配だな……また来るんじゃ……」
「そうなったら警察と救急車を呼ぶから」
何故救急車も呼ぶのか気になったアイリだったが、骨付きチキンに齧り付き、肉と一緒に軟骨をバリバリと噛み砕くケイを見て、聞くのはやめにしておいた。
「そういえばアイリは? 何か話したい事があるんじゃないの?」
「え? ううん、わたしは特に何も。……何もない時に来ちゃ駄目?」
「そんな事はないわよ。いつでもおいで」
アイリが点けたテレビから、若手俳優とお笑い芸人二人の食レポが聞こえてくる。浜波市内の中華街で食べ歩きをしており、今はサイズの大きな肉まんを口にしているようだ。
「この肉汁! うわ堪らない!」
「今まで食べてきた肉まんの中で一番美味しい!」
芸能人二人が本心ともお世辞とも取れる感想を述べると、湯気の出ている肉まんをスタッフがゆっくり半分に千切った映像がアップになり、ナレーションによる食材の説明が始まった。
「美味しそうだね」
「そうね」
食レポが終わると、今度は同じ中華街内の占い店特集になった。芸能人二人が入った店の名前は〈インヤン〉。今年で創業三五年、年間三〇万人以上の客が訪れる人気店だとナレーションが告げる。
「ケイちゃん、今度中華街行こうよ! わたし前から本格的な占いが気になってたんだ! 受験生なのにどーのこーのって両親に言われかねないから、出来れば近いうちに」
「いいわよ」
「ケイちゃんも占って貰ったら? その、色々とさ」
ケイは曖昧に頷いた。占いは元々それ程興味もなければ信用していたわけでもなかったし、今年の西洋占星術なんてハズレもいいところだ。
しかし、全く気にならないと言えば嘘になる。未だに働く気にはなれないが、いつまでも無職で半引きこもりというわけにもいかない。恋愛なんてもう充分だと思いながらも、心の奥底ではいつか本当に素晴らしい男性と巡り合える事を期待している。
「いつがいい? あ、いきなりだけど明日にしちゃう?」
「土曜日なのは仕方ないとして、ハロウィンでもあるのよ。混みそう」
「中華街はいつでも混んでるよ。今度の三日の祝日とかは? あ、せっかくなら予約してからの方がいいかな。食べ終わったらスマホで調べてみるね」
テレビの向こうでは、男性っぽい少々がさつな喋り方をする化粧の濃い中年女性占い師が、四柱推命を用いて若手俳優を鑑定している。
「来年以降、更なる飛躍が望めるね」
「やった!」
小さくガッツポーズする若手俳優に、占い師は「ただし」と続ける。
「ただし……女性関係のトラブルには充分気を付けな。最初から陥れるのが目的で近付いて来る人間もいるかもしれない。ハニートラップってやつだね」
「マジっすか!? うわあ、気を付けまあっす!」
──ありきたりじゃない。
「……ケイちゃん今、ありきたりだって思わなかった?」
「あら、よくわかったわね」
「だって、顔に出てたもん」アイリは笑いながら答えた。
「これからもっと活躍出来ます、異性とのスキャンダルに気を付けて……これって、ほとんどの若手俳優に言えそうじゃない」
「うーん、まあ確かに……」
お笑い芸人の鑑定結果は、本業よりも監督業や俳優業の方で活躍するだろう、但しその結果増えた収入を投資やギャンブルに注ぎ込むと大損するので絶対にやめるように、との事だった。
「これもありきたりっちゃ、ありきたりなのかな」
「まあ、占いなんてそんなものよ」
「えー、それじゃあケイちゃんは占いしない?」
「どうしようかしらね。ところでアイリは何を占って貰うつもりなの? 恋愛? 進路?」
「えー……それは秘密!」
照れ臭そうに笑うアイリを見ながらケイは思った──優一郎と交際していた頃、二人の未来を占ってもらっていたら、一体どんな結果が出ていたのだろう、と。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
Dark Night Princess
べるんご
ホラー
古より、闇の隣人は常に在る
かつての神話、現代の都市伝説、彼らは時に人々へ牙をむき、時には人々によって滅ぶ
突如現れた怪異、鬼によって瀕死の重傷を負わされた少女は、ふらりと現れた美しい吸血鬼によって救われた末に、治癒不能な傷の苦しみから解放され、同じ吸血鬼として蘇生する
ヒトであったころの繋がりを全て失い、怪異の世界で生きることとなった少女は、その未知の世界に何を見るのか
現代を舞台に繰り広げられる、吸血鬼や人狼を始めとする、古今東西様々な怪異と人間の恐ろしく、血生臭くも美しい物語
ホラー大賞エントリー作品です
雷命の造娘
凰太郎
ホラー
闇暦二八年──。
〈娘〉は、独りだった……。
〈娘〉は、虚だった……。
そして、闇暦二九年──。
残酷なる〈命〉が、運命を刻み始める!
人間の業に汚れた罪深き己が宿命を!
人類が支配権を失い、魔界より顕現した〈怪物〉達が覇権を狙った戦乱を繰り広げる闇の新世紀〈闇暦〉──。
豪雷が産み落とした命は、はたして何を心に刻み生きるのか?
闇暦戦史、第二弾開幕!
AstiMaitrise
椎奈ゆい
ホラー
少女が立ち向かうのは呪いか、大衆か、支配者か______
”学校の西門を通った者は祟りに遭う”
20年前の事件をきっかけに始まった祟りの噂。壇ノ浦学園では西門を通るのを固く禁じる”掟”の元、生徒会が厳しく取り締まっていた。
そんな中、転校生の平等院霊否は偶然にも掟を破ってしまう。
祟りの真相と学園の謎を解き明かすべく、霊否たちの戦いが始まる———!
知覚変動APP-DL可能な18のコンテンツ-
塔野とぢる
ホラー
大学構内の地下室に放置されていた奇妙なスマートフォン。ソレに内蔵されたアプリは「僕にとっての」世界を改変する力を持っていた。あらゆる人類の知覚と、森羅万象の原理原則。迂闊にも世界の管理者権限を得てしまった僕は、巨大な思惑に巻き込まれていく。
ホラーハウス
七味春五郎
ホラー
姫楠市の高蔵町に建ついわくつきの物件。地元の子どもたちはその家をお化け屋敷だとか、ホラーハウスだとかよんでいた。
金山祥輔は、その家にとりこまれてしまう。
そこでは、六人の子どもたちが最後の一人の到来を待ち構えていた。七人目の子どもを。
狂った看護婦長と、恐怖のドクターに追い回されながら、七人は、ホラーハウスの秘密へと迫っていく。
鬼手紙一現代編一
ぶるまど
ホラー
《当たり前の日常》は一つの手紙を受け取ったことから崩壊した
あらすじ
五十嵐 秋人はどこにでもいる高校1年生の少年だ。
幼馴染みの双葉 いのりに告白するため、屋上へと呼び出した。しかし、そこでとある事件が起き、二人は離れ離れになってしまった。
それから一年…高校二年生になった秋人は赤い手紙を受け取ったことにより…日常の崩壊が、始まったのである。
***
20180427一完結。
次回【鬼手紙一過去編一】へと続きます。
***
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる