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第二章
07 雪月花
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西区白銀町。
──あった。
繁華街から離れた人気の少ない場所に、ケイの目的地は存在していた。
〈桃源ビル〉四階、開運&魔除け道具専門店〈雪月花〉。
──まだ残っていたとはね。
ケイの中学生時代の友人に、占いやスピリチュアルに傾倒する大山という女子がいた。二年生時に同じクラスになり、それなりに親しくなると、休日に他の友人らも交えて何度か遊びに出掛け、その際に〈雪月花〉に立ち寄った事を思い出したのだ。
「ここの店長、ガチの霊能力者なんだよ! グッズ販売だけじゃなくてね、除霊や浄霊も出来るから、全国から依頼が殺到するみたいで結構有名なの。グッズも評判いいみたいだよ」
大山は興奮気味にそう語っていたが、〈雪月花〉店内で直接お目に掛かった店長は、何処にでもいる普通のおじさんという雰囲気だったし、愛想がいいわけでもなく、当時のケイはあまり信用していなかった。
三年生になり大山とクラスが離れると、廊下ですれ違いざまに挨拶をするだけとなり、一緒に遊びに行く事もなくなった。現状どころか連絡先も知らないし、〈雪月花〉の存在もすっかり忘れていた── 愛陽総合病院を出るまでは。
エレベーターは大人が四人やっと乗れるかどうかの広さだった。鏡が付いていないのを、ケイは残念に思った。
──最初はその逆だったのにね。
四階まで上り、〝営業中〟のプレートが掛けられたガラス戸を開けて店内に足を踏み入れる。
「いらっしゃいませ」
狭い店の奥でこちらに背を向けていた店員が振り返り、愛想良く挨拶した。三〇台半ばくらいの、黒縁眼鏡を掛けた小柄な女性だ。
「あの、すみません。ちょっとご相談が」
「はい、何でしょう」
店員はケイの方へ寄って来た。
「他人に取り憑いた霊を祓えるアイテムなんてのがあれば欲しいのですが……。せめて、その人に二度と近付かないように守ってもらえるような物でもいいんです」
目を丸くする店員にケイは困惑した。
──ここ、そういうお店よね……?
「霊絡みの内容でお困りですと、予約制ですが、うちの先生に視てもらう事も出来ますよ」
先生というのは、祓い屋もしている店長の事だろう。
「今予約するといつ頃になりますか」
「そうですね、ちょっとお待ちください」
店員はケイの横を通り抜け、レジスペースに入るとノートパソコンを操作した。
「そうですね……最短で再来週の金曜日になります」
「再来週……」
当日いきなり依頼するのは難しい事くらいわかっていた。しかし二週間近くも待つだけの余裕はあるだろうか。ゲームセンターで対峙したあのオーラの化け物は、いつ雨野茉美子に危害を加えてもおかしくはなさそうだった。だからこそ効果のあるグッズを購入しにここまで来たのだ。
「すみません、ちょっと急いでいるので。素人にでも扱えそうな、効果のあるアイテムをお願いします」
「一人で対峙なさるのは、正直言ってお勧め出来ませんが……ちなみに、どういった内容ですか?」
「えっと……知人女性が、気味の悪い色合いをしたオーラを放っていて……霊感の強い友人の話だと、どうやら死者の強い負の念らしくって。その霊は知人の命を狙っていて、あまり時間に余裕はなさそうなんです」
「それはそれは……」
店員の反応からすると、深刻に捉えていないどころかあまり信用していない様子だった。
「見殺しにしたくないんです」ケイはカウンター越しに身を乗り出した。「そういうわけで、良さそうなものを売っていただけませんでしょうか」
「は、はい……」店員は気圧されたように小さく頷いた。
約一時間後。
「戻ったよ」
客のいない〈雪月花〉に、店長の比留間が姿を現した。祓い屋稼業のため、朝から東京某所に出張していたのだ。
「先生、お帰りなさい」ケイに接客した店員が笑顔で出迎える。「お疲れ様でした」
「まったく、今日の客には呆れたよ。被害妄想が強いだけで、結局悪霊の仕業でも何でもなかった」
比留間はレジの奥の休憩スペースに入ると、店での業務のために身支度を始めた。
「しかしそれを丁寧に説明してもなかなか納得しやしない。不安だの何だの言っていたが、本心では嫌な事は全部霊のせいにして安心したかったんだろうよ」
「色々な人がいますね」
「やれやれだ」エプロンの紐を結びながら、比留間は店頭に戻った。「おれの留守中、何もなかったか?」
「特に……いえ、一人だけちょっと気になったお客さんが」
店員がケイとの一件を話して聞かせると、比留間は小さく唸った。
「止めた方が良かったですか?」
「というより、それは連絡が欲しかったな。そんでもって、出来ればおれが戻るまでの間、引き留めておいてほしかった。その子の連絡先を聞いたか?」
「いえ、何も」
比留間は顔をしかめた。店員は少々ムッとした様子で、
「そんなにまずそうなんですか?」
「そうだなあ……この目で視てみなきゃはっきりとした事は言えないが、おれの経験上、そういうタイプの霊ってのは結構面倒なのばっかなんだよな。で、どのグッズ売ったの?」
「主にあの中にあったやつです」
店員はレジから見て右の壁際のショーケースを指差した。
「黒水晶だけのブレスレットと、身代わりのお札と、後は〝うまろきゃ〟でしたっけ? あの小さい弓と矢のセット! 全部でいい値段でしたけど、わたしが勧めたら全部買っていってくれましたよ」
「金額はいいんだよ……」
比留間は小さく溜め息を吐いた。
「大事にならなきゃいいんだけどなあ……」
──あった。
繁華街から離れた人気の少ない場所に、ケイの目的地は存在していた。
〈桃源ビル〉四階、開運&魔除け道具専門店〈雪月花〉。
──まだ残っていたとはね。
ケイの中学生時代の友人に、占いやスピリチュアルに傾倒する大山という女子がいた。二年生時に同じクラスになり、それなりに親しくなると、休日に他の友人らも交えて何度か遊びに出掛け、その際に〈雪月花〉に立ち寄った事を思い出したのだ。
「ここの店長、ガチの霊能力者なんだよ! グッズ販売だけじゃなくてね、除霊や浄霊も出来るから、全国から依頼が殺到するみたいで結構有名なの。グッズも評判いいみたいだよ」
大山は興奮気味にそう語っていたが、〈雪月花〉店内で直接お目に掛かった店長は、何処にでもいる普通のおじさんという雰囲気だったし、愛想がいいわけでもなく、当時のケイはあまり信用していなかった。
三年生になり大山とクラスが離れると、廊下ですれ違いざまに挨拶をするだけとなり、一緒に遊びに行く事もなくなった。現状どころか連絡先も知らないし、〈雪月花〉の存在もすっかり忘れていた── 愛陽総合病院を出るまでは。
エレベーターは大人が四人やっと乗れるかどうかの広さだった。鏡が付いていないのを、ケイは残念に思った。
──最初はその逆だったのにね。
四階まで上り、〝営業中〟のプレートが掛けられたガラス戸を開けて店内に足を踏み入れる。
「いらっしゃいませ」
狭い店の奥でこちらに背を向けていた店員が振り返り、愛想良く挨拶した。三〇台半ばくらいの、黒縁眼鏡を掛けた小柄な女性だ。
「あの、すみません。ちょっとご相談が」
「はい、何でしょう」
店員はケイの方へ寄って来た。
「他人に取り憑いた霊を祓えるアイテムなんてのがあれば欲しいのですが……。せめて、その人に二度と近付かないように守ってもらえるような物でもいいんです」
目を丸くする店員にケイは困惑した。
──ここ、そういうお店よね……?
「霊絡みの内容でお困りですと、予約制ですが、うちの先生に視てもらう事も出来ますよ」
先生というのは、祓い屋もしている店長の事だろう。
「今予約するといつ頃になりますか」
「そうですね、ちょっとお待ちください」
店員はケイの横を通り抜け、レジスペースに入るとノートパソコンを操作した。
「そうですね……最短で再来週の金曜日になります」
「再来週……」
当日いきなり依頼するのは難しい事くらいわかっていた。しかし二週間近くも待つだけの余裕はあるだろうか。ゲームセンターで対峙したあのオーラの化け物は、いつ雨野茉美子に危害を加えてもおかしくはなさそうだった。だからこそ効果のあるグッズを購入しにここまで来たのだ。
「すみません、ちょっと急いでいるので。素人にでも扱えそうな、効果のあるアイテムをお願いします」
「一人で対峙なさるのは、正直言ってお勧め出来ませんが……ちなみに、どういった内容ですか?」
「えっと……知人女性が、気味の悪い色合いをしたオーラを放っていて……霊感の強い友人の話だと、どうやら死者の強い負の念らしくって。その霊は知人の命を狙っていて、あまり時間に余裕はなさそうなんです」
「それはそれは……」
店員の反応からすると、深刻に捉えていないどころかあまり信用していない様子だった。
「見殺しにしたくないんです」ケイはカウンター越しに身を乗り出した。「そういうわけで、良さそうなものを売っていただけませんでしょうか」
「は、はい……」店員は気圧されたように小さく頷いた。
約一時間後。
「戻ったよ」
客のいない〈雪月花〉に、店長の比留間が姿を現した。祓い屋稼業のため、朝から東京某所に出張していたのだ。
「先生、お帰りなさい」ケイに接客した店員が笑顔で出迎える。「お疲れ様でした」
「まったく、今日の客には呆れたよ。被害妄想が強いだけで、結局悪霊の仕業でも何でもなかった」
比留間はレジの奥の休憩スペースに入ると、店での業務のために身支度を始めた。
「しかしそれを丁寧に説明してもなかなか納得しやしない。不安だの何だの言っていたが、本心では嫌な事は全部霊のせいにして安心したかったんだろうよ」
「色々な人がいますね」
「やれやれだ」エプロンの紐を結びながら、比留間は店頭に戻った。「おれの留守中、何もなかったか?」
「特に……いえ、一人だけちょっと気になったお客さんが」
店員がケイとの一件を話して聞かせると、比留間は小さく唸った。
「止めた方が良かったですか?」
「というより、それは連絡が欲しかったな。そんでもって、出来ればおれが戻るまでの間、引き留めておいてほしかった。その子の連絡先を聞いたか?」
「いえ、何も」
比留間は顔をしかめた。店員は少々ムッとした様子で、
「そんなにまずそうなんですか?」
「そうだなあ……この目で視てみなきゃはっきりとした事は言えないが、おれの経験上、そういうタイプの霊ってのは結構面倒なのばっかなんだよな。で、どのグッズ売ったの?」
「主にあの中にあったやつです」
店員はレジから見て右の壁際のショーケースを指差した。
「黒水晶だけのブレスレットと、身代わりのお札と、後は〝うまろきゃ〟でしたっけ? あの小さい弓と矢のセット! 全部でいい値段でしたけど、わたしが勧めたら全部買っていってくれましたよ」
「金額はいいんだよ……」
比留間は小さく溜め息を吐いた。
「大事にならなきゃいいんだけどなあ……」
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