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第4話 縁

01 恋活の誘い

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「ねえ、一緒に縁結び神社行かない?」

 昼休み、大学の食堂。
 同じ学科の友人・石塚いしづかまひろの突然の提案に、理世りよは湯気立つ中辛カレーライスの一口目を、口に入れる直前で止めた。

「縁結びって……あの縁結び?」

「そう、あの縁結び。今度こそまともな彼氏が欲しいんだ、わたし」

 まひろはパキンと小気味好い音を立てて割箸を割ると、日替わり定食の主役であるレバニラ炒めと白米を掴めるだけ掴み、小さな口をガバリと開けて迎え入れた。

「歴代彼氏、そんなに酷かったの?」

 まひろは咀嚼しながら無言で大きく頷いた。

「一人くらいはいなかったの? まひろちゃん曰く、まともな人」

 まひろは少しの間の後にかぶりを振った。

「そう……」

 垂れ目の下に泣きぼくろが二つ、ライトブラウンに染めたフリンジボブが似合うまひろは、恋愛経験豊富のようだ。以前本人から聞いた話では、初めての恋人が出来たのは小学五年生で、それから現在に至るまで、フリーの期間は最長でも半年だったらしい。
 一方で理世は、今のところ恋愛経験がない。何度か──恐らくは人並みに──異性を好きになった事はあるが、いつだって一方通行だったし、自分から積極的に動けなかった。そして反対に、異性から好意を寄せられた事だって一度もなかったはずだ。

 ──モテる人にはモテる人の悩みがあるんだね……。

「で、理世ちゃん。どう?」

「え? ……うーん……」

 すぐに恋人が欲しいというわけでもないので、あまり気乗りはしない。しかし、せっかく誘ってくれているのに断るのも少々気が引ける。
 理世が迷っていると、まひろは箸と茶碗を置き、両手を合わせた。

「というかお願い! 一緒に行って!」

「えっ?」

「実はね、夏休み中に、高校の時からの友達二人と一緒に行くつもりだったの。だけど直前になって、二人に彼氏が出来ちゃってさ!」

 友達に彼氏が出来る事自体は何の問題はないし、むしろ喜ばしい事だと思っている。しかしそれ以来、二人を遊びに誘っても付き合いが悪く、それどころか「まひろも早く新しい彼氏作りなよ~」だの「早く彼氏が出来るように応援してるね!」だのと、どこか見下した発言までするようになった。超ムカつくし、悔しいったらありゃしない! 今度こそ絶対に、まともで、尚且つ二人の彼氏よりハイスペックなイケメンを手に入れてやるんだ!!
 そう熱く語り一人意気込むまひろに適度に相槌を打ちながら、理世はカレーを味わった。

「そうそう、神社だけじゃなくて、街コンにも参加してみようと思ってるんだ。恋活よ、恋活。こっちも一緒に行かない?」

「街コン……正直あんまりいいイメージないなあ……」

 街コンで出会った相手が実は恋人持ちや既婚者だった、ホテルで行為が終わったら逃げられ連絡が取れなくなった……などといったネガティブな話題は、一時期SNSやワイドショーで問題視されていた。

「調べたんだけど、大学生限定の街コンもあるんだって。参加者は事前に主催者側に学生証のコピーを提出する事になってるから、割と安全じゃない?」

「まひろちゃんだったら、街コンなんて行かなくても──」

 まひろは再び両手を合わせた。

「一緒に行ってください理世ちゃん様!」

「ええ……」



「というわけで、今週の土曜日に縁結び神社行って、来週の日曜日に街コンに参加するんだ」

「へえ~、何か面白そうじゃん!」

 夕方、日張ひばり駅近くの〈Remy'sレミーズ〉でモカと待ち合わせた理世は、チョコレートパフェとホットティーを堪能しながら昼食時の出来事を話した。

「おっ、モカもそういうの興味ある?」

「いや、単にあんたとお友達がどういう結果を迎えるのか気になるだけ」

「わたしは全然自信ないけど、まひろちゃんなら上手くいきそうだよね」

「聞いてる限りじゃ、何かその子凄いね、色んな意味で。今まで何人と付き合ったって?」

「いや、人数までは聞いてないけど……でも歴代彼氏、皆何かしら大きな問題があって、それが嫌になると自分からフッてたって」

「へえ……」

 モカは素っ気なく言うと、二杯目のカプチーノと残り少ない白玉あんみつに口を付けた。その冷めた反応からすると、どうやらまひろの言い分を信用していないようだ。

 ──多分、モカとまひろちゃんは性格合わないだろうな……。

「いらっしゃいませーっ!」店員の元気のいい声が聞こえる。「四名様ですか? 空いているお好きな席にどうぞー!」

「そういえばさ……さっきあたしらが店に来た時の店員の反応、覚えてる?」

 理世はパフェから顔を上げ、

「えー……何名様ですか、って聞かれて、モカが『二人』って答えたんだよね」

「そうそう。でさ、その時の店員、一瞬だけどきょとんとしてたよね」モカは声を低くした。「まるで、一緒にいるもう一人は違うのか、とでも言わんばかりに……」

「あー、そうだったね……」

 モカの言う事は大袈裟でも気のせいでもなかった。既に慣れかけているのか、理世は大して気にならなかったが、何も知らない人間からすればやはり異様なのだろう。

「理世が取り憑かれてるの、もうほぼ確定でしょ。やっぱお祓い行った方がいいんじゃない? 縁結びの前にさ」

「ううん、それは平気」

「え、何で」

「だって……」

 ──だって、命の恩人だもん。

「……悪さされてるわけじゃないんだし」

「それ、この間も言ってたけど……本当に平気なわけ?」

「平気平気!」

「ねえ理世、あんた何か隠してない?」

 ガチンッ。

 理世が溶けかけのアイスクリームを掬おうとしたスプーンが、パフェグラスの側面に当たった。

「……何で?」

「いや何となくね」

 ──言えないよ……心配させたくないし。

 何となく気まずくなった理世は、残っていたホットティーを一気に飲み干すとドリンクバーへ向かった。


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