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第21章 スピンオフ・家政婦は見ない──歴野家の諸事情!
No,295 西日に染まる姫と騎士
しおりを挟む恐れ入ります。
家政婦の皆井でございます。
私が事務所のドアをノックしようとしたその瞬間、中から理久様の悲鳴のようなお声が聞こえたのでございます!
「痛っ!!」
「どうした理久?!」
「あ、紙で指先を切っちゃった……」
そのやり取りに驚き、私は思わず、ノックもせずにドアを開けてしまったのです。
(あ!あら、まあ………………!)
黄昏時──
事務所の出窓から射し込む西日を受けて、室内はオレンジ色に染まっておりました。
椅子に腰掛け、小首を傾げながら左手をゆったりと差し出す理久様。
そして片ひざを立て、跪きながらその手を両手で受け止め、理久様の人差し指をそっと口にくわえる夏生様──。
私は思わず見入ってしまったのでございます。
(なんと美しい光景でしょう)
それは一瞬、まるで姫にかしずく騎士の姿にも見えたのでございます。
(まあ……こ、これは…………)
夏生様は呆然と立ち尽くす私に慌てる様子もなく、ゆっくりと理久様の指から口を離しておっしゃいました。
「皆井さん、キッチンにある救急箱を持って来てくれますか?」
「あ、はい、かしこまりました!」
取り急ぎ救急箱を持って事務所に戻りますと、夏生様は変わらず理久様の指をくわえたままなのでございます。
「理久様、お手当てを致します」
「いえ…それはオレの役目ですから」
と、夏生様は私から救急箱を受け取ると、手際良く理久様の指先の消毒を始めるのでございます。
「……ざっくり切れているな……縫って貰わなくて大丈夫かな」
夏生様が心配そうにつぶやきました。
理久様はお怪我をなさっているにもかかわらず、なぜだかうっとりとしたお顔で微笑んでいるのでこざいます。
「大袈裟だよ夏生、こんな指先くらいの切り傷で……」
「だってこれは、ピアノを弾く指だろう?」
「大丈夫。カットバンを巻いておけば直ぐに治るよ」
「そうか?心配だな……」
夏生様は、その美しい眉間に縦じわを浮かべるのでございます。
(キャ、キャーーッ!!)
これは、声には出さぬ私の心の叫びでございます!
(こ、これは一体、な、何なので
こざいましょう?)
そして私の、この動揺は?!
あの、夏生様に指をくわえられた理久様の恍惚とした表情と、そして傅くように跪いて理久様の指をくわえる夏生様の伏せ目がちな長いまつ毛。
──オレンジ色の西日に包まれたこの絵のような光景が、私の目に焼き付いて離れないのでございます。
あ!
私、今度こそ分かりました!
今までの愚かな勘違いを乗り越
えて、ようやく私、真相にたどり
着きました!
この熱い胸のざわめきは、そしてこの激しいばかりのときめきは──。
あれは、まだ私が無垢な少女だった頃でございます。
胸をドキドキさせながらページをめくったあの少女雑誌。
──美少年だけが許される、あの官能のめくるめく愛の世界。
思い出しました。
もう私、決して「勘違い」も「誤解」も致しません!
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