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第21章 スピンオフ・家政婦は見ない──歴野家の諸事情!

No,286 旦那様がご病気とは!

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 お世話様でございます。
 家政婦の皆井みないでございます。

 家政婦の職務として
「守秘義務」は大切な要件でございますが、それと同時に「勤務するお宅の余計なあれこれを詮索しない」と言うのも、基本中の基本なのでございます。
 しかるに私は、どうしても三人分の夕食の不思議が気になり、思い余って旦那様に尋ねてしまった事を、今とても恥じ入っております。

 でもその時は旦那様より「もう一人の息子様」とのお返事を頂いてすっきり致したのでございますが、それからしばらくしたある日のこと、私は理久様の若かりし日のお写真を拝見する機会があったのでございます。
 が、しかし、そのお写真と言うのがご兄弟でのツーショット写真ばかりでございまして、中にはまるで恋人同士かのように頬寄せ合うものもあり、正直、この世の中にはこんなにも仲好しなご兄弟もいらっしゃるのかと、唯々感心するばかりでございました。


※──────────※


 その日は三人揃ってのお昼食でございました。
 はい、これは理久様からのご要望でして、私もご一緒にお昼を頂戴致しております。それはとてもありがたいお申し出でございました。

「旦那様?先ほど理久様から昔のお写真を沢山見せて頂きました」
 食事中はなるべく旦那様との会話に努めるよう、それは理久様からのご依頼でもございました。

「ああそうか。それなら後でプコちゃんとマルちゃんの写真も見せて上げよう」
「夏生様とご一緒の写真が多くて、私、初めて夏生様のお顔を拝見致しました」
「そおか?初めてだったか?
だったら夏生の誕生会でおめかししたプコちゃんの写真もまだ見せていないなぁ?誕生日が近いから毎年プコちゃんと夏生は一緒にお誕生会をするんだ──」
 旦那様はいつもの愛犬自慢が止まりません。理久様はただ黙々とお昼食を召し上がっておられます。

「あの、旦那様?理久様と夏生様と、どちらがお兄様でいらっしるのですか?」
「え…………?」
 なぜか旦那様は、目を丸くしたまま動きが止まってしまわれました。そして同時に、理久様までもが口に箸の先を咥えたまま、石のように固まってしまわれたのでございます。

「ええ~っと、それは……」
 口ごもる旦那様をかばうように、すかさず理久様が割って入られました。
「俺より夏生が1歳下です」
「えっ?そうだったのか?そんなこと気にした事もなかった」
 旦那様は、まるで初めて知ったような反応でした。

(あらまあ!自分の息子達の生まれ順も知らない親なんているのかしら?)
 私は怪訝な顔をしていたかも知れません。

「あ、あの、皆井さん、父は人の生年月日とかが苦手なんです。
一種の発達障害と言うか何と言うか……」
 それを聞いた途端旦那様は
「プコちゃん!201x年4月29日!マルちゃん!201x年8月13日!」
 と、躍起となって愛犬達の生年月日をまくし立て始めました。

「あ、はい、承知致しました!
つかぬことをお伺いした私が悪うございました。理久様と夏生様は年子でいらっしゃると言うことで、はい……」

(ああ…!また私は大失敗をしてしまった!要らぬ無駄話で旦那様に恥をかかせてしまった!
そ、それにしても、まさか旦那様が認知症だったとは…!)

 本当に、口は災いのもとでございます。
 何だかポワ~ンと浮世離れした旦那様とは思っておりましたが、まさか息子様たちの生まれ順まで分からなくなる程の重度の認知症でいらしたとは……!

 理久様、おつろうございましたね?
 これからは、及ばずながらこの皆井が出来る限りフォローさせて頂きます。
 旦那様には残された日々を穏やかに、そして明るく暮らして頂きましょう!

 私はこの胸の奥深く、密やかにお祈り致します。

 ああ、歴野家よ、
とこしえに幸いであれ~!


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