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第17章 恋愛不毛症候群

No,211 僕は単なる排泄相手?

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【これは30代前半のお話】

 二回戦が終わって程なく──。

「そろそろ帰るよ」
 彼が帰り支度を始めた。
 僕は慌てて名刺を一枚差し出した。

「え?名刺なんて困るよ。オレは何も用意していないし」
「いいんです。普通だったら名刺交換なんてしないって知ってます。ただ、これは僕の気持ちなんです。卓也さんとはこれっ切りにしたくない」

 卓也さんは微笑んだ。
 でも、その笑顔の奥に何となく困惑の色が見えてしまった。

「分かった、オレが携帯の番号を教えるよ。だからその名刺は仕舞っておいて?」
 卓也さんがメモ用紙にササッと携帯番号を書いてくれた。
 それを僕に手渡しながら──
「やりたくなったらいつでも電話して?」って──やっぱり僕はたまたまハッテンしただけの排泄の相手?

(優しげなはにかみ顔で、何をきついこと言ってくれるわけ?)

 普通ハッテン場で出来た相手に対し、いちいち自己紹介したりしない事は良く弁えている。電話番号を教え合ったりも稀かも知れない。

 でも、ここは僕の部屋だよ?
 行きずりのサウナや深夜の公園じゃない。僕は躊躇なく貴方を自分の部屋に招き入れたんだよ?
──何だか心が傷付いた。頭から冷水を掛けられた気分だ。

(それに僕の名刺が要らないって事は、貴方から僕に電話してくれる気は無かった……って事なんだよね……)

 ゲイにとって(男にとって?)SEXする理由に愛だの恋だの全く必要無いって、よく知っている。
 それに彼が普段、どこで何をしているのかまでは分からないけど、でもSEXに不自由していない事だけは十分に察する事が出来る。

 それでも僕は卓也さんのことが好きだった。
 堪らなく大、大、大好きだった。

「卓也さん、電話してもいいんですね?また会ってくれるんですね?」
 僕は思わず畳み掛けてしまった。

「うん、もちろんだよ」
 彼は微笑みながら帰って行った。


※──────────※


 数日後、僕は恐る恐る卓也さんに電話を掛けた。本当はあの日直ぐにも電話したかったけれど我慢したんだ。
 だって──「重い」と思われるのが怖かった。彼には絶対に嫌われたくなかったのだ。


 そしてそれから、僕と卓也さんの逢瀬が始まった。


 連絡をすれば、彼は僕の部屋まで来てくれた。でもそれはSEXをするため──食事をしたり会話を楽しんだり、ましてデートっぽい事は何も無かった。

 あれ?
 これって最近、似たような話を書いた気がする。
 そうだ。
 時期こそ離れていたから気が付かなかったけれど、プールで知り合ったマモルとの関係にとてもよく似ている。
 どこがどう似ているのかここでは分析しないけど、ただひとつ確実に言えるのは「僕の方が一方的に卓也さんに惚れ込んでいた」と言うこと。

 僕はすんなりと彼の恋人にはなれないらしいけれど、でも頑張って尽くしていればいつか報われる日も来るかも知れない、と願っていた。

 卓也さんとの付き合いはどのくらい続いたんだっけ?
 確か半年は無理だったような記憶だ──。
 しかもその数ヶ月の密度は薄い。僕が遠慮して回数をセイブしてしていたから──彼に飽きられるのか怖かった。そんな不安定な関係がずるずると続いた。

 分かっていた。 
 卓也さんにとって僕なんてハッテン相手の延長でしかない。
 一回こっきりでなかったのは、辛うじて僕が部屋に呼んだしがらみ──。

 そう、もし彼が僕を「SEXフレンド」と思ってくれていたなら、それは排泄目的のハッテン相手よりはワン・ランク上なのかな?と思えるだけ。
 決して付き合っているなんて言えない。恋人だなんて到底言えない。

 それでも僕は彼が好きだった。理屈じゃない、好きになってしまったのだから仕方がない。
 それに彼には邪気が無かった。言動が優しくておっとりしている。はにかんだ笑顔も自然に溢れる。


(彼は一体、どう言う気持ち?僕の事をどう思ってる?)


 僕が電話すれば来てくれる。
 嫌な顔ひとつせずに抱き締めてくれる。
 SEXはとても上手──不快な接触は一切無い。
 でも、愛の言葉も一切無い。

 卓也さんが好き。
 どうしようもなく好き。
 でも、いくら僕が願っても関係は好転しなかった──理屈じゃない。彼が僕を「愛してはいない」って、はっきり伝わってしまう。


(僕とのSEXとSEXの間=その数日間に卓也さんは、どこで誰と何をやってる?)


 やがて僕は、目にも見えない、知り得ない相手に嫉妬するようになってしまった。
 これはとても辛かった。


(このままじゃダメだ。このままの関係を続けていても、僕は決して幸福にはなれない……)


 出会ってから数カ月後、僕はけじめを付ける決心をした。


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