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第13章 むっつり好青年は必死

No,145 隼人と別れた翌日の夜

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【これは大学4年のお話】

 隼人と別れた翌日の夜。
かなり遅い時間にまたフラッシュのケンちゃんから電話があった。


──以下、電話での会話。


「理久、なんと例の隼人君、直接うちの店に来ちゃったよ~っ!今ようやく帰ったから電話した」
「え?フラッシュに来たんですか?隼人!……いくら何でも昨日の今日ですよね?」

「二丁目自体初めてだった様子でね、うちの店をさがすのにも随分苦労したみたいだよ?
ドア開けた途端、ここは歴野理久の来るフラッシュですか~?って必死の形相だったから、あんまり可哀想でつい、そうですって言っちゃった」
「気遣いさせて申し訳ないです。それでこんな遅い時間までいたんですか?」

「いたよ?三時間、一人でぽつんと、まるで段ボール箱の中の捨てられたワンコみたいな顔して」
「ありゃ~、まさかホントに来るとは思わなかった~。ちょーっと思い詰めてるかもね~。この時間だと、終電ぎりぎりまでねばったって事かなぁ?」

「うん、さすがに可哀そうになっちゃったよ。理久に知らせようかなとも思ったんだけど、うち狭いだろ?こそこそ電話しても聞かれちゃうしね~」(当時はまだ携帯電話が普及していない)
「済みませ~ん、今度また来たらむしろこれ見よがしに電話して下さい。取り次いでくれたら、俺はもう会わないから!ってはっきり言います。てか、言ったはずなんだけどなぁ~」

「え~っ?あんなに一生懸命なのに、ちょっと理久、冷たいんじゃない?実際見てみたら素直そうで爽やかな好青年じゃん。どこでどうして絡んだのか知らないけど、あの子結構マジだと思うな」
 って、あのね~!つい二ヶ月前に浩一を紹介しといて「付き合わせたの誰だ~!」と言いたくなったが我慢した。

「とにかく、また来たら今度は直ぐに電話して下さいね」ってお願いした。



(隼人……)

 知らない二丁目の店にひとりで乗り込むだなんて、かなり勇気が要っただろうな。
 俺だって初めての時はタッチに連れて行ってもらった。知らない店なんて、中々一人じゃ入れないものだ。


(そんなに俺に会いたいか……)


 そう思うと、隼人の事がいじらしく思えた。


(隼人…………可愛い……)


 あ、だめだめ!
 隼人には彼女がいる!
 俺は浩一と付き合っている!

 浩一はちょっと(かなり)重たいけれど、でも俺の事を泣くほど好きでいてくれる。
 ナッキーにも「泣かせずちゃんと向き合ってやれ!」って叱られた。


 だけど隼人って凄いな。
 恥もてらいもなく、俺を求めて体当りしてくる。
 凄いバイタリティーだし、押しの強さは浩一にも劣らない。


(そんなに俺が好きか?)


 それにしても──あのとき俺はどうして「フラッシュ」の事なんて持ち出してしまったんだろう?
 あの時のあの一言が無ければ、隼人とは間違いなく、あれっきりだったに違いない。


(もしかして俺は、隼人が追い掛けてくれるのを心のどこかで望んでいたのか……?)


 その夜も、ふた晩つづけて隼人の夢を見てしまった──。


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