上 下
92 / 302
第8章 ヅカ友タッチと長い夜

No,91 チケット取りに挑戦だ!

しおりを挟む
【これは大学2年のお話】

 僕が上京した翌年、波奈はなは無事大学を卒業し、帰郷して地元の企業に就職した。
 全くの偶然だったけれど、その波奈の大学時代最後の東宝劇場公演が、ご贔屓の雪組だった。正に卒業とかぶる3月公演だった。

 波奈はファン・クラブの一員として、まるでお別れをするがごとく散財して通いつめたけれど、別に観劇をこれで止めるつもりではない。
 たとえ東京を離れても雪組公演だけは見に来るつもりだったし、そのチケットのためにファン・クラブは辞めない。

 ただ東京に残される僕にしたら、帰郷した波奈の人脈をいつまでも頼る訳にも行かなかった。
 取り敢えず4月の星組公演は3月雪組との流れでチケットを取ってもらえた。
 しかし7月の花組、8月の月組と続くそれ以降のチエットは、自分で何とかしなければならない。
──そこから僕の、本当の意味でのファン活動が始まった。


※──────────※


 ところで僕も東宝劇場に通い始めて約一年になる。
 結構な頻度で通い詰めていたからだけど、ここで何度も顔を合わす、気になる男の子が存在した。
 後に親しくなる、タッチこと
──入江いりえ達也たつやだ。

 おそらく彼も相当な回数、ここに通っているのだと思う。そうでなければここまで頻繁に顔を合わせない。

 何が気になるって、彼はいつも例外なく一人なのだ。
 この女性ばかりの劇場は、普通の男子ならかなり居心地が悪いのではないか?
(まあ、僕は普通の男子ではないから、この状況をフルに楽しんではいるけど)

 それに彼は宝塚ファンと言うにはあまりにも地味で、正直パッとしない感じだったから尚さら気になる。
 おそらく向こうも僕の存在を意識しているのかな?と思えないでもない。何となく良く目が合うような気もする。
 でも、やはり中々声は掛けにくかった。

 一人ぼっちで服装も地味なわりに、しっかり出待ちまでしている。
 かなりな「通」だ。
 僕は少しずつ、そしてどんどん彼が気になりだした。
──でも、声を掛けるのにはもうちょっとの切っ掛けが必要だった。


※──────────※


 そして話は、僕が7月の花組公演のチケットを自力で取ろうとするところへ繋がって来る。
 波奈も帰郷し、そのコネにも頼れないと言う一件だ。

 因みに7月公演の前売り開始は5月中旬の頃だったと記憶している。が、ここで当時のチケット取りについての詳細を説明することは控えたい。
 ただ当時はいまだアナログで、とても面倒な「ならび」があった事だけは伝えたい。

 僕は土曜日午前10時配布の前売り整理券を取得するため、前日の夜21時過ぎに劇場正面におもむいた。当然、正面入口にはシャッターが下りている。
 列どころか人だかりも出来ていない。でも、そのシステムについては良く知っていた。

 僕は訳知り顔で、そのシャッター前に立つ数人の女性に声を掛けた。
「済みません。7月公演の列びなんですが」
「はい、私達が1番の○○会です。お名前とおおよその人数をお願いします」
「はい、歴野理久です。一人です」
「個人の方ですね?」
「はい、個人です」
「歴野さんは78番となります」
──と、こうなる。

 ちなみに僕は「あまり無理してもしんどいし、だけどちょっとは頑張りたいし」と、その加減で前夜金曜日の21時過ぎからならび始めた順番が「78番」だった。

(え?それなら結構いいんじゃない?)
 なんて思ったら大間違い!
 なんせ1番の「○○会」だけで何百人いるか分からないのだ!

 そして案内はこう続く。
「システムはご存知ですか?ここに実際に列ぶ必要はありません。近隣にご迷惑ですから。
ただし今後、一時間ごとに点呼を取ります。もし点呼に答えられなければ、その時点での最後尾に順番が落とされます。次の点呼は22時です。よろしいですか?」
──と説明される。

 なるほど、波奈から教えられていた通りだ。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました

フルーツパフェ
大衆娯楽
 とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。  曰く、全校生徒はパンツを履くこと。  生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?  史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

ずっと女の子になりたかった 男の娘の私

ムーワ
BL
幼少期からどことなく男の服装をして学校に通っているのに違和感を感じていた主人公のヒデキ。 ヒデキは同級生の女の子が履いているスカートが自分でも履きたくて仕方がなかったが、母親はいつもズボンばかりでスカートは買ってくれなかった。 そんなヒデキの幼少期から大人になるまでの成長を描いたLGBT(ジェンダーレス作品)です。

女子に虐められる僕

大衆娯楽
主人公が女子校生にいじめられて堕ちていく話です。恥辱、強制女装、女性からのいじめなど好きな方どうぞ

若妻の穴を堪能する夫の話

かめのこたろう
現代文学
内容は題名の通りです。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

【 よくあるバイト 】完

霜月 雄之助
BL
若い時には 色んな稼ぎ方があった。 様々な男たちの物語。

処理中です...