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第6章 片想いは辛すぎるから

No,76 思い出の定期演奏会

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【これは高校3年のお話】

 定期演奏会は毎年恒例の三部構成だ。

 第一部
 =クラシック・ステージ

 第二部
 =ポピュラー・ステージ

 第三部
 =ビッグバンド・ジャズ

 で、第三部のビッグバンド・ジャズだが、ご存知の方も多いだろうけれど、これには吹奏楽に於けるホルン、ユーフォニアム、チューバ等は含まれない。

 だからと言ってそれらの楽器の担当者も遊んではいられない。
 例えばベースギターとか、キーボードとか、様々なパーカッションなどに楽器を持ち替えて参加する。

 俺がホルンを担当したのは偶然だ。そこを狙った訳では決してない。
 しかし結果として、俺は第三部のビッグバンド・ジャズにはピアノで参加する事になる。
 実は、それは1年生の時からそうだった。だから入学して間もない初めての演奏会で、第一部、第二部のホルンは素人で何も吹けなかったけれど、第三部のビッグバンドに於いてはピアノで即戦力だったのだ。

 3年生──最後の演奏会。

 それをもって引退する事を決意した俺は、はからずもホルンではなく、ピアノで最後を飾る事となる。
 これをもって完全引退し、吹奏楽コンクールには参加しないことを、俺は既に表明していた。

 そしてクラリネットの平田は、卒業生恒例のソロをもらった。
──曲目はシドニー・ベシエのジャズの名曲「可愛い花」。
 この曲には日本語の歌詞が付けられ「ザ・ピーナッツ」のデビュー曲としても有名だった。


 ええっ?!可愛い花?!

 可愛い花だよー?!

 可愛い平田にぴったりだ~!


 ピアノ&ベース&ドラム。
 つまりピアノ・トリオのイントロに続く冒頭のワン・コーラス。

(長い……これは長いぞ!)

 そのクラリネット・ソロが平田の仕事だ。

(だ、大丈夫か?)

 これには俺の方がどぎまぎした。

(何が何でも成功させなくっちゃ!)

 俺は俺でガーシュインの
「ラプソディー・イン・ブルー」のソロ・ピアノを弾かなくちゃならないのに、もうそれどころじゃない!
 平田の抜擢に躍起となった。

 確かに平田は頑張った。
 あのクラリネット・パートのお荷物とまで言われた平田がソロを吹くんだ。これは大変なことだ!

(でも、平田に出来るのか?)

 それからはもう、俺は自分の事も放ったらかして、自主練習はもっぱら平田の特訓に全力を当てた。
 幸いしたのは、平田のソロの伴奏がこれまた俺のピアノ・トリオだったから、練習所のピアノを使って本番さながらの練習が出来る。

「悪いよ歴野、何だかオレの練習にばかり付き合わせてる。自分の練習は大丈夫なの?」
「いいからいいから♪こうやって平田と合わせるのが楽しいんだ。それより少しテンポが走る。もっと伸び伸びと、たっぷり歌っていこう」
「あ、うん、自分でも余裕が無くなると急いでしまうって自覚してる。気を付けるよ」
「んじゃ、もう一回」

 俺はピアノを弾きながら胸が熱い。だって、一緒にロング・トーンばかり繰り返していたあの平田が「可愛い花」のソロだなんて……

 なんだか練習なのに込み上げてくる。
 これ、本番にはどうなっちゃう?

 まさに心臓が持たない!


※──────────※


 遂に「定期演奏会」の日がやって来た。プログラムは着々と進む。

 そしていよいよ第三部。
 ビッグバンド・ジャズの幕開けだ。
 聴き馴染みのあるスイング・ジャズに場内も盛り上がる。
──俺にとっては最後のステージ。

 卒業生には、皆それぞれに目立つソロがまかせられる。
 俺はピアノ。
 コンチェルト風にアレンジされた「ラプソディー・イン・ブルー」のカデンッアも無事に弾き終えた。

 そしていよいよ、
次は平田の「可愛い花」──


(大丈夫か?平田……)


 俺は心臓が張り裂けそう!



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