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80年代の宝塚チケット争奪戦事情

第8章からの削除部分②

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 そして6時の点呼。
 劇場の前にはかなりの人だかりが出来ている。明らかに5時と違ってる。
 仕切り人もメガホンを使用する。
「6時の点呼の方はこちらに集まって下さ~い!
この点呼の終了後、1番の○○会は直ぐに列び始めま~す!
次の7時の点呼は行列の最後尾にて行いますので、お間違えのないように願いま~す!
では点呼を行いま~す!
私が1番の○○会で~す!」
 と、そこから毎度の点呼が始まる。

 僕達は点呼を終えてからも、その後の様子を眺めていた。
 明らかな緊張感と高揚感が場を占めており、とてもお茶飲みなんかの気にはなれない。
 幹部の誘導でどんどん○○会員が整列して行く。
 東宝劇場を越え、近隣のビルの前へ続き、大通りへぶつかると日比谷公園へ向かって折れ曲がる。
 良識的なのは、ちゃんと各ビルの出入口は塞がないよう、きちんとクラブ幹部が整備する。  
 道路の広さ、歩道の狭さに合わせ、二列から四列へと相応しい列び方を指示して行く。

──これだけの事を東宝は一切関与せず、全てファン・クラブが自主的に行っている、との体なのだから恐ろしい統率力だ。
 その光景と後から後から駆け付ける○○会員の多さに驚き眺めているとあっという間に7時の点呼だ。

 行列の最後尾で点呼との事だったが、もはや直ぐそこは日比谷公園ではないか!
 仕切り人がメガホン大音量で宣言する。
「これより7時の最終点呼を行います!これは最後の点呼ですから、みなさんにはそのまま整理券配付時間の10時まできちんと自己責任で列んでいただきます!
私が1番の○○会です。会員には七時までに到着するよう指示して折りましたが、若干名、遅れて来ましたらご容赦下さい。
それではここから2番の△△会さん」と呼ばれると、その2番もぞろぞろと結構な人数だ。
これはもはや、点呼と言うより行列の整備だ。
そして個人になると、やはり三人、四人の小グループが多いようだ。

 思えば僕は無謀だった。
 一時間ごとの点呼のうちは良かったけれど、最終的にはこの行列で10時まで、3時間も列ばなければならない。
 一人だったら、トイレなんてどうしていたんだろう?
 あ、そうか。
 タッチは今まで一人でこれをこなしていたのか。タッチに対して、急に尊敬の念が湧いてきた。

 そこからの3時間は長かった。
「ここに列べ」と指定され、場所を固定しての3時間だ。しかも徹夜明けで意識も朦朧。
 でも……前後にいる人達の顔ぶれになんだか親しみを感じる。
 口を利いた事もない人達なのだけれど、そりゃ一晩、一時間ごとに顔を合わせ、同じ目的に頑張った同志と言えば同志だ。
 僕は寝不足の顔に精一杯の笑顔を作って、列の前後にご挨拶した。
「お疲れ様です。あと3時間、
よろしくお願いします」タッチは僕の言動に驚いたようだが、それでも僕に追従して一緒に笑顔を振りまいてくれた。

 待ってましたとばかりに反応があった。
「男の人達なのに頑張ってましたね。誰のファンさんでしたか?」
「あら、お二人とも劇場でよくお見掛けしますよね。宝塚がお好きなんですね?」と会話も華やぐ。
(なるほど、こうして人脈が出来るのか)と納得する。

 やがてクラブ幹部からの伝令が走る。
「大行列のため、東宝さんが30分予定を早めてくれました!今、先頭から整理券が配られています!みなさんはその場に立ち上り、列を乱さずお待ちください!」
 タッチがつぶやく。
「これ、いつものお約束だから」
 なるほど、東宝とファン・クラブの間に一切のやり取りはないとの体だが、毎回こんな風に同じ要領が慣例化しているのか。
 そしてそのまま待機していると、行列が前へ進むと言うより、行列の前方から徐々に人がばらけて行く。
 どうやら僕達が前へ進むのではなく、整理券配りがこちらへと移動しているらしい。
 
 それがまた慣例と言うか儀式と言うか茶番と言うか……。
 東宝も整理券を手渡す人とそれを補佐する人の数人グループ。列んでいる人、一人一人に整理券を手渡す。
 その後ろにファン・クラブの幹部数人がピッタリくっ付き、会員が受け取った整理券を順次そのまま回収する。
 次々と手渡される整理券。
 そして次々と回収される整理券。
 なるほど、こんな凄まじい方法で1番の○○会は、何百人分の整理券をまとめて手に入れているのだ!
 凄い手口、いや方法だ!

 やがて僕達もそれぞれ一枚ずつ整理券を手に入れた。昨夜21時過ぎから列んだ功績だ。
 僕達の後ろにはまだまだ長蛇の列が出来ている。

 僕とタッチは明日を約束して帰路についた。
 これで終わりなのではない!
 明日が前売り初日の本番だ!
 僕とタッチは、この一夜で親友になった。



 翌日。
 僕は無駄だと知りながらも様子が見たくて、あえて「前売り開始」の10時に来てみた。
 定時になり「前売り会場」の扉が開くと、係員が口上を述べる。
「お待たせ致しました。これより7月公演の前売りを開始いたします。まず整理券50番までの皆様、ご入場下さい」
 と案内されると、○○会の幹部数人が50枚の整理券をまとて係員に手渡し、前売り会場へと入って行く。
(何が50番までの皆様だ。全くの茶番だ)と僕は思ってしまう。
 が、こうして○○会はゆっくりと計画的に、大量の前売り券を購入するのだ。

 やがて「それでは整理券100番までの方どうそお入り下さい」との案内に、またぞろ数人の○○会が50枚の整理券をまとめて渡して入って行く。
──それの繰り返しだ。
 とにかくこれこそ、1番の○○会がたっぷりと時間をかけて1ヶ月全公演の特等席を完璧に買い占め出来る方法なのだ。
 特に千秋楽は○○会だけで殆ど売り切れてしまうのが通例らしい。

 このために彼らは一年365日、昼夜を問わず列び続けているのだ。
 でも僕はそれを責める気にはならなかった。それだけの事をこの人達はやっている。
 一年間列び続けるだけでなく、2番以降の列びの管理、点呼、行列の整備、何よりも秩序の維持。
 僕はここ数日、一連の列び活動でそれらを目の当たりとした。
 驚くべきは、この一連の統制に東宝は一切の関与をしていないとの事実!(本当か?)
 全ては「今は昔」のお話である。

 今にして思うと、観劇もさる事ながらこのチケット取りも楽しかった。チエット取りが切っ掛けで新たな女友達も数人出来た。

 この方式はやがて「東宝テレザーブ」と言う電話予約方式に取って変わられ、さらに幾多の変遷を経て、現在のネット販売へと変化してきた。
 しかしいつの世にも、なぜかトップ・スターのファン・クラブにさえ入っていれば、取り合えずチケットは手に入ると言う不思議現象。
──蛇のみちはヘビ。
 ファン・クラブの得体の知れない底力を感じる。

 そして現在、僕の宝塚熱は冷めている。
 忘れた訳ではないし、勿論嫌いになった訳でもない。
 ただ、若かった時ほどの情熱は無くなった。それは僕の中では自然な流れ。
 ただ、懐かしい作品の再演や、お勧めの作品は時々観ている。

 え?誰のお勧めって?

 もちろんタッチのお勧めだ。
 タッチはいまだに、結構良い席を取ってくる。
 さすがだね!タッチ……。


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