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──大学3年・終結の夏
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────ピンポーン♪
呼び鈴が鳴った。
(何だろう?)
七生は特に身構えもせず、玄関ドアを押し開いた。そしてそこには見知らぬ女性──。
「お誕生日おめでとう♪七生君でしょう?」
「え、あの、あなたは?」
「ほら、和志ぃ!」
(え、和志?)
女性に腕を引っ張られ、もじもじと和志が現れた。
「和志……」
「やあ……久し振り……」
顔を赤らめて、恥ずかしそうに笑う和志。
「ねぇ和志、紹介して?」
「ええっと……七生、絵理だよ」
そんな事はとっくに気付いている七生だった。
満面の笑みを浮べ、七生が絵理を招き入れる──とりあえず和志は無視だ。
「ごめんなさい。突然押し掛けて来て。七生君の事は前から聞いていたの。ぜひ会いたいってずっと思っていたのよ?」
「僕の方こそ紹介しろって、いつもこいつには言ってたんですよ」
椅子を勧めながら七生は笑顔を絶やさない──とりあえず和志は無視、と言うかこいつ呼ばわり。
手際よく、冷えた麦茶を絵理に出す──仕方が無いから和志にも出した。
「和志は……絵理さんのところに居たんですか?」
にこやかに、屈託の無い口調でたずねる七生──その言葉遣いは敬語だ。絵理が自分達よりひとつ年上である事を、七生はちゃんと認知していた。
「いいえ、そうじゃないの。何だか、あちこちの友達の所を転々と渡り歩いていたみたいよ?」
──それには七生も突っ込んだ。目ん玉飛び出して驚いた。
「ええっ!ピアノは?和志おまえどこで練習してた?!」
こうなると無視もしてられない。七生は和志に詰め寄った。
「それがねぇ、ちゃっかりピアノのある家にだけ目星を付けて渡り歩いていたみたいなのよ。これはもう、呆れると言うより頼もしいくらいだわね」
「ああ、そうそう。こいつ昔からこうなんです。図々しいと言うか人懐こいと言うか、よくもまぁ、半年もそんな住所不定を、しかもピアノ付きで!全く感心するよ、とっても僕には真似できない」
──そう呆れながら密かに思う。
(そうか……この人のところじゃなかったのか……)
七生は安堵の吐息を吐いた。
「僕はてっきり絵理さんのところにいるもんだと思っていました。だから練習用のピアノは大丈夫だと安心していたのに……」
心にも無い事を言う七生。
「それがねぇ、実は私も最近まで知らなかったの、和志が家出をしていたなんて」
「おい絵理、家出なんて…」
「あら、家出でなくて何なのよ」
和志は落ち着きもなくそわそわしている。七生は、何だかそんな和志が可哀想になって来た。
「本当に、学内の噂話で知ったんだけれど、半年間もそんな生活が出来るなんて信じ難いわ?」
「そうですねぇ、半年分の家賃を鑑みると、これはもう一種の寸借詐欺みたいなもんですよ。随分、あちらこちらに迷惑を掛けたんでしょうねぇ……」
面目無く、無言の和志。
「それはもう、大学中の評判よ?和志って、これでもちょっとした有名人だから」
「え?俺、有名?」
「ピアノは上手いって有名ね」
「ピアノ以外はてんで駄目!って有名なんじゃね?本当に和志は、昔から無神経なところが有りますから」
──と、和志の目をにらみながら言ってやった。
(本当にそうだよ!いきなり彼女と来るなんて!!)
七生は基本、そこに怒りを覚えているのだ──。
「七生君それでね、今日私が来たのは、あなた達に仲直りして欲しいからなの。家出を知って和志に事情を聞いた。そしたら七生君と大喧嘩して、それで後先も考えずに飛び出して来ちゃったって言う
でしょう?私、呆れちゃったわ?どんな大喧嘩か知らないけれど、それで半年も家出だなんて、いくら何でも大人げないわよ?」
(なるほど……和志は彼女にそう話しているのか……)
七生は巧みに話を合わせる。
「ええ、そりゃもう酷い大喧嘩でしたから……」
「そうだったのね…。でもこんな状態、そうそういつまでも続けられないでしょう?」
「そうですね。僕はてっきり絵理さんのところだと思ってある意味安心していたんですが……まさか世を拗ねて流離っていたとなると問題ですね」
「でしょう?それで今日は七生君の誕生日だって聞いたから、それならこれを機会に仲直りしましょうって、和志を強引に引っ張って来たのよ」
「絵理さんが?」
「ええ、和志ったら何故か七生君の事となるとウジウジしているのよ、もう私見ていられなくって」
(そうか、和志は僕の事となると
ウジウジするのか……)
普段はカラッとしている和志の側面を聞いて、何となく悪い気はしない七生だった。
「ところでまさかとは思うけど、七生君は大丈夫よね?もう半年も経ってるんだから…」
「え、ええ……だって、悪いのは僕の方だったんですから」
「違う!悪いのは俺だよ、だから俺が出ていったんだ」
「あらまぁ、やっと和志が口を開いた。だんまりを決めているからどうなのかと思ったけれど、口を開けば庇い合いなんて、やっぱりあなた達仲好しなのね?よく半年も離れていられたものだわ」
絵里のそのひと言に、二人は顔を赤らめて下を向く。
「まあ良かったわ、この様子なら仲直りは決定ね♪七生君に、これバースデー・ケーキよ」
嬉しそうに声を弾ませ、絵理が持参した包みをスッと差し出す。七生は絵里の好意を感じ、素直にそれを受け取った。
「ありがとうございます。まさか誕生日を祝って貰えるなんて思いもしませんでした。でも、なぜ僕の誕生日を?」
「それがね、このごろ何かと口に出すのよ?7月は七生が生まれた月なんだ、だから名前が七生なんだって、そりゃもう気もそぞろ。よっぽど七生君が好きなのねぇ?そんなに気になるなら行きましょ
う!って、私、力ずくで引っ張って来たのよ?」
絵里のそのひと言に、ふたりは再び顔を赤らめて下を向く。
「そうだわ!乾杯するのにワインを買ってくれば良かったわ?」
「あ、僕が買って来ます」
透かさず七生が立ち上がる。
「七生君はいいのよ、主役なんだから。和志?」
「ああ、買ってくるよ」
和志はまるで逃げ出すように、バタバタと部屋を出て行った。
──しばしの沈黙。そして七生は思いを巡らす。彼女は一体、何を思っているのか──。
「七生君、私ね……ずっとあなたに嫉妬していたの」
「え?」
突然口火を切った絵理の口調は、先程までの元気なものから、一転して真面目なものへと変化している。
「私ね、七生君のことなら何でも知ってる。本当に、初めて会った気がしないくらいよ?」
「絵理さん……」
「和志はね、事有るごとにあなたの話を持ち出すの。二人でいる時はいつもそうよ?」
「絵理さん、僕達は……」
「そうね、嫉妬されても困るわね。あなた達は子供のころからの親友なんですもの、女の私が嫉妬するなんて、それこそ筋違いな話よね」
「和志はずっと男子校で、それで女性との付き合いに慣れていなくて……」
「あらら、大喧嘩して半年も絶交していたって言う割にはずいぶん和志をフォローするのね。それが男同士の友情ってやつかしら?」
「そうですね、友情ですね……」
「羨ましかったわ、あなた達の事が。本当に仲好しで、うらめしいくらい」
「………絵理さん、実はそれだけじゃないんです」
「え?」
「これだけは知っておいて欲しいんです。
僕は和志に命を救われた。
一生を掛けても返し切れない……大きな恩が有るんです」
「そうなの?それは聞いた事がないわ?」
「和志はそんな恩着せがましい事を言う奴じゃない。だから僕から話すんです。初等部6年生の時、和志は海に溺れた僕を救ってくれた……駆け付けた大人達が口々に言ったんです、もし和志の適切な
処置が無ければ……救命には間に合わなかったって……」
「そんな事があったのね。それは確かに、普通の親友以上よね…。何だかそれを聞いて納得出来た。あなたは和志を親友以上に思っている、そして和志もそれは同じ。私の嫉妬とは、違った次元のお話だったわ……」
「そうなんです、それを絵理さんには知っていて欲しかった」
「そうね、聞いておいて良かったわ。そんな事も知らずにやきもきしていた私が間違っていた。それを聞いて、心が軽くなったわ」
「絵理さん、分かって貰えて嬉しいです」
「でも……それは今ここで聞いて知ったこと。話を戻していいかしら?」
「はい」
「とにかく私はあなた達の仲好し振りに嫉妬していた。それなのに不思議なのよ?このところ和志がめっきりあなたの話をしなくなったの。そしたら私、嫉妬までしていた筈なのに、何故かあなた達の事が心配になって、そしたら喧嘩しているって言うでしょう?私、放って置けなかったの。お節介でごめんなさい」
「そんな、こうして和志を連れて来て貰って感謝してます」
「そう?なら良かったわ。最近の和志ったらね、私が七生君の話を持ち出すととても悲しそうな目をするの。まるで悲恋に引き裂かれた恋人を想うように……」
「え?」
「お願いよ七生君。何が有ったか知らないけれど、和志の事を許してあげて?あなたの話をしている時の、あの嬉しそうな和志の笑顔が好きなの。私和志の事が好き。だから和志には元気で明るくいて
欲しいの」
「……絵理さん?」
「愛ているのよ?和志の事を……だけど七生君には敵わない。最近の和志の様子を見ていて良く分かったの。そうね、悔しいけれど、和志の幸せを望む私にしたら……ずっと七生君に嫉妬し続ける方を
選ぶしかないのよ?和志を不幸にはしたくなきから……」
「絵理さん、あなたはそれ程までに和志のことを?」
「私、和志のために生きて行こうと思ってるの。和志を決して離したくないから……」
「え!」
(そうだ……そうだった……僕はすっかり忘れていたよ。
海で和志に救われたあの時から、僕は和志の為に生きていこうと、そう決心したはずなのに……!)
「絵理さん、あなたは素敵だよ。本当に、本当に和志の事を思ってる……!」
「七生君……?」
(そう、それなのに僕は自分の事しか頭になくて、自分の気持ちに押し潰されて、和志のことなんて考えてなかった……)
「和志があなたを選んだ気持ち、僕にはすごく良く分かる。
当然だよ、あなたには人を愛する資格が有るもの……」
「ええっ?七生君どうしたの?」
(僕は和志を傷付けた。僕は和志を悲しませた。和志のために生きるって?嘘だよ、全然違う。
僕は和志に……僕のために生きて欲しいとそう望んでた…!まるで逆の事を望んでいたんだ!!)
「絵理さん……和志にとって本当に必要なのは僕じゃない……絵理さん、それはあなただ」
「七生君……」
(思い出したよ、僕は和志のために生きて行くんだ。だから和志、もう僕は君の妨げには決してならない)
「絵理さん、和志を頼みます。
僕はもう、和志とは一緒に暮らせない。どうしても暮らせない事情があるんです。和志を任せられるのは絵理さん、あなただけだ。
どうか和志をお願いします」
「七生君、それはどう言う…」
戸惑う絵理に──七生はまるで崩れ落ちるように頭を下げた。
(僕は自分の欲求の為に、和志と親友には成れなかった。
でも、今なら成れるよ?親友に。今の僕なら、それが和志の為なら親友にも成れる!)
21歳の誕生日──七生は自分を取り戻した。
呼び鈴が鳴った。
(何だろう?)
七生は特に身構えもせず、玄関ドアを押し開いた。そしてそこには見知らぬ女性──。
「お誕生日おめでとう♪七生君でしょう?」
「え、あの、あなたは?」
「ほら、和志ぃ!」
(え、和志?)
女性に腕を引っ張られ、もじもじと和志が現れた。
「和志……」
「やあ……久し振り……」
顔を赤らめて、恥ずかしそうに笑う和志。
「ねぇ和志、紹介して?」
「ええっと……七生、絵理だよ」
そんな事はとっくに気付いている七生だった。
満面の笑みを浮べ、七生が絵理を招き入れる──とりあえず和志は無視だ。
「ごめんなさい。突然押し掛けて来て。七生君の事は前から聞いていたの。ぜひ会いたいってずっと思っていたのよ?」
「僕の方こそ紹介しろって、いつもこいつには言ってたんですよ」
椅子を勧めながら七生は笑顔を絶やさない──とりあえず和志は無視、と言うかこいつ呼ばわり。
手際よく、冷えた麦茶を絵理に出す──仕方が無いから和志にも出した。
「和志は……絵理さんのところに居たんですか?」
にこやかに、屈託の無い口調でたずねる七生──その言葉遣いは敬語だ。絵理が自分達よりひとつ年上である事を、七生はちゃんと認知していた。
「いいえ、そうじゃないの。何だか、あちこちの友達の所を転々と渡り歩いていたみたいよ?」
──それには七生も突っ込んだ。目ん玉飛び出して驚いた。
「ええっ!ピアノは?和志おまえどこで練習してた?!」
こうなると無視もしてられない。七生は和志に詰め寄った。
「それがねぇ、ちゃっかりピアノのある家にだけ目星を付けて渡り歩いていたみたいなのよ。これはもう、呆れると言うより頼もしいくらいだわね」
「ああ、そうそう。こいつ昔からこうなんです。図々しいと言うか人懐こいと言うか、よくもまぁ、半年もそんな住所不定を、しかもピアノ付きで!全く感心するよ、とっても僕には真似できない」
──そう呆れながら密かに思う。
(そうか……この人のところじゃなかったのか……)
七生は安堵の吐息を吐いた。
「僕はてっきり絵理さんのところにいるもんだと思っていました。だから練習用のピアノは大丈夫だと安心していたのに……」
心にも無い事を言う七生。
「それがねぇ、実は私も最近まで知らなかったの、和志が家出をしていたなんて」
「おい絵理、家出なんて…」
「あら、家出でなくて何なのよ」
和志は落ち着きもなくそわそわしている。七生は、何だかそんな和志が可哀想になって来た。
「本当に、学内の噂話で知ったんだけれど、半年間もそんな生活が出来るなんて信じ難いわ?」
「そうですねぇ、半年分の家賃を鑑みると、これはもう一種の寸借詐欺みたいなもんですよ。随分、あちらこちらに迷惑を掛けたんでしょうねぇ……」
面目無く、無言の和志。
「それはもう、大学中の評判よ?和志って、これでもちょっとした有名人だから」
「え?俺、有名?」
「ピアノは上手いって有名ね」
「ピアノ以外はてんで駄目!って有名なんじゃね?本当に和志は、昔から無神経なところが有りますから」
──と、和志の目をにらみながら言ってやった。
(本当にそうだよ!いきなり彼女と来るなんて!!)
七生は基本、そこに怒りを覚えているのだ──。
「七生君それでね、今日私が来たのは、あなた達に仲直りして欲しいからなの。家出を知って和志に事情を聞いた。そしたら七生君と大喧嘩して、それで後先も考えずに飛び出して来ちゃったって言う
でしょう?私、呆れちゃったわ?どんな大喧嘩か知らないけれど、それで半年も家出だなんて、いくら何でも大人げないわよ?」
(なるほど……和志は彼女にそう話しているのか……)
七生は巧みに話を合わせる。
「ええ、そりゃもう酷い大喧嘩でしたから……」
「そうだったのね…。でもこんな状態、そうそういつまでも続けられないでしょう?」
「そうですね。僕はてっきり絵理さんのところだと思ってある意味安心していたんですが……まさか世を拗ねて流離っていたとなると問題ですね」
「でしょう?それで今日は七生君の誕生日だって聞いたから、それならこれを機会に仲直りしましょうって、和志を強引に引っ張って来たのよ」
「絵理さんが?」
「ええ、和志ったら何故か七生君の事となるとウジウジしているのよ、もう私見ていられなくって」
(そうか、和志は僕の事となると
ウジウジするのか……)
普段はカラッとしている和志の側面を聞いて、何となく悪い気はしない七生だった。
「ところでまさかとは思うけど、七生君は大丈夫よね?もう半年も経ってるんだから…」
「え、ええ……だって、悪いのは僕の方だったんですから」
「違う!悪いのは俺だよ、だから俺が出ていったんだ」
「あらまぁ、やっと和志が口を開いた。だんまりを決めているからどうなのかと思ったけれど、口を開けば庇い合いなんて、やっぱりあなた達仲好しなのね?よく半年も離れていられたものだわ」
絵里のそのひと言に、二人は顔を赤らめて下を向く。
「まあ良かったわ、この様子なら仲直りは決定ね♪七生君に、これバースデー・ケーキよ」
嬉しそうに声を弾ませ、絵理が持参した包みをスッと差し出す。七生は絵里の好意を感じ、素直にそれを受け取った。
「ありがとうございます。まさか誕生日を祝って貰えるなんて思いもしませんでした。でも、なぜ僕の誕生日を?」
「それがね、このごろ何かと口に出すのよ?7月は七生が生まれた月なんだ、だから名前が七生なんだって、そりゃもう気もそぞろ。よっぽど七生君が好きなのねぇ?そんなに気になるなら行きましょ
う!って、私、力ずくで引っ張って来たのよ?」
絵里のそのひと言に、ふたりは再び顔を赤らめて下を向く。
「そうだわ!乾杯するのにワインを買ってくれば良かったわ?」
「あ、僕が買って来ます」
透かさず七生が立ち上がる。
「七生君はいいのよ、主役なんだから。和志?」
「ああ、買ってくるよ」
和志はまるで逃げ出すように、バタバタと部屋を出て行った。
──しばしの沈黙。そして七生は思いを巡らす。彼女は一体、何を思っているのか──。
「七生君、私ね……ずっとあなたに嫉妬していたの」
「え?」
突然口火を切った絵理の口調は、先程までの元気なものから、一転して真面目なものへと変化している。
「私ね、七生君のことなら何でも知ってる。本当に、初めて会った気がしないくらいよ?」
「絵理さん……」
「和志はね、事有るごとにあなたの話を持ち出すの。二人でいる時はいつもそうよ?」
「絵理さん、僕達は……」
「そうね、嫉妬されても困るわね。あなた達は子供のころからの親友なんですもの、女の私が嫉妬するなんて、それこそ筋違いな話よね」
「和志はずっと男子校で、それで女性との付き合いに慣れていなくて……」
「あらら、大喧嘩して半年も絶交していたって言う割にはずいぶん和志をフォローするのね。それが男同士の友情ってやつかしら?」
「そうですね、友情ですね……」
「羨ましかったわ、あなた達の事が。本当に仲好しで、うらめしいくらい」
「………絵理さん、実はそれだけじゃないんです」
「え?」
「これだけは知っておいて欲しいんです。
僕は和志に命を救われた。
一生を掛けても返し切れない……大きな恩が有るんです」
「そうなの?それは聞いた事がないわ?」
「和志はそんな恩着せがましい事を言う奴じゃない。だから僕から話すんです。初等部6年生の時、和志は海に溺れた僕を救ってくれた……駆け付けた大人達が口々に言ったんです、もし和志の適切な
処置が無ければ……救命には間に合わなかったって……」
「そんな事があったのね。それは確かに、普通の親友以上よね…。何だかそれを聞いて納得出来た。あなたは和志を親友以上に思っている、そして和志もそれは同じ。私の嫉妬とは、違った次元のお話だったわ……」
「そうなんです、それを絵理さんには知っていて欲しかった」
「そうね、聞いておいて良かったわ。そんな事も知らずにやきもきしていた私が間違っていた。それを聞いて、心が軽くなったわ」
「絵理さん、分かって貰えて嬉しいです」
「でも……それは今ここで聞いて知ったこと。話を戻していいかしら?」
「はい」
「とにかく私はあなた達の仲好し振りに嫉妬していた。それなのに不思議なのよ?このところ和志がめっきりあなたの話をしなくなったの。そしたら私、嫉妬までしていた筈なのに、何故かあなた達の事が心配になって、そしたら喧嘩しているって言うでしょう?私、放って置けなかったの。お節介でごめんなさい」
「そんな、こうして和志を連れて来て貰って感謝してます」
「そう?なら良かったわ。最近の和志ったらね、私が七生君の話を持ち出すととても悲しそうな目をするの。まるで悲恋に引き裂かれた恋人を想うように……」
「え?」
「お願いよ七生君。何が有ったか知らないけれど、和志の事を許してあげて?あなたの話をしている時の、あの嬉しそうな和志の笑顔が好きなの。私和志の事が好き。だから和志には元気で明るくいて
欲しいの」
「……絵理さん?」
「愛ているのよ?和志の事を……だけど七生君には敵わない。最近の和志の様子を見ていて良く分かったの。そうね、悔しいけれど、和志の幸せを望む私にしたら……ずっと七生君に嫉妬し続ける方を
選ぶしかないのよ?和志を不幸にはしたくなきから……」
「絵理さん、あなたはそれ程までに和志のことを?」
「私、和志のために生きて行こうと思ってるの。和志を決して離したくないから……」
「え!」
(そうだ……そうだった……僕はすっかり忘れていたよ。
海で和志に救われたあの時から、僕は和志の為に生きていこうと、そう決心したはずなのに……!)
「絵理さん、あなたは素敵だよ。本当に、本当に和志の事を思ってる……!」
「七生君……?」
(そう、それなのに僕は自分の事しか頭になくて、自分の気持ちに押し潰されて、和志のことなんて考えてなかった……)
「和志があなたを選んだ気持ち、僕にはすごく良く分かる。
当然だよ、あなたには人を愛する資格が有るもの……」
「ええっ?七生君どうしたの?」
(僕は和志を傷付けた。僕は和志を悲しませた。和志のために生きるって?嘘だよ、全然違う。
僕は和志に……僕のために生きて欲しいとそう望んでた…!まるで逆の事を望んでいたんだ!!)
「絵理さん……和志にとって本当に必要なのは僕じゃない……絵理さん、それはあなただ」
「七生君……」
(思い出したよ、僕は和志のために生きて行くんだ。だから和志、もう僕は君の妨げには決してならない)
「絵理さん、和志を頼みます。
僕はもう、和志とは一緒に暮らせない。どうしても暮らせない事情があるんです。和志を任せられるのは絵理さん、あなただけだ。
どうか和志をお願いします」
「七生君、それはどう言う…」
戸惑う絵理に──七生はまるで崩れ落ちるように頭を下げた。
(僕は自分の欲求の為に、和志と親友には成れなかった。
でも、今なら成れるよ?親友に。今の僕なら、それが和志の為なら親友にも成れる!)
21歳の誕生日──七生は自分を取り戻した。
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