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三章 祐二の過去とこれから

No,66 椿姫は頷かない

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「あれ?やっぱりアキ兄ちゃんには僕の T シャツ、きつそうだね」
「ああ、でも綿だから平気だよ。こんな事になるんだったらちゃんと着替えを持って来れば良かった」

「アキ兄ちゃんが着ていたの、洗濯機に入れといたから明日アイロンかけといてあげる」
「おまえ、本当に何でも出来るんだな」
 
 明彦の入浴中に、祐二は手際よく食事の用意を済ませていた。
「これ、全部おまえがこしらえたのか?」
「すごいだろ?こう見えて、ただ綺麗に着飾ってワルツを踊ってるだけじゃないんだ」 

 祐二の言葉にドキリとする明彦。

(あえて、それを言うか?)

 何事もなく、平然とした表情の祐二。

(あえて、それを言うよ…)

 瞬間、二人の間に沈黙が走る。

「僕の手料理だって言いたいところだけど、本当はいつもタキさんが作ってくれているんだ。ご飯のタイマーもタキさんが入れてくれてる。
さぁ、食べよう?」

 陽気な笑顔を見せる祐二に合わせ、明彦も明るく相づちを打った。
 二人は久々に楽しい食事の時間を過ごしながら、しばし懐かしき子供時代の思い出話に花を咲かせる。
 屈託のない声の飛び交う食卓──しかしそれが表面上の事である事に、二人はとうに気付いていた。
 実は内心、それぞれに複雑な思いを胸に含んでいる。

 食事もおおむね済んだ頃、あんなにも盛り上がっていた筈の二人の間に、ふと沈黙の時が流れた。
 押し黙った二人の表情に、何か思い詰めた緊張の色が走った。

「祐二……俺は……」
「アキ兄ちゃん、僕はこれからどうすればいい?」

 何か語ろうとした明彦の言葉を遮り、逆に祐二が口火を切った。

「そうだな、まず、今の仕事はやめるべきだと思う」

「そうだね、僕もこうなった以上、アキ兄ちゃん以外の誰とも嫌だよ。僕は到底、椿姫のようには出来そうにないから……」

──椿姫の物語。
 青年アルマンと純粋な恋に堕ちた高級娼婦マルグリッドは、それでもなお現在の贅沢で奔放な生活を変える事ができず、また状況もそれを許さず、二人はパトロンの目を盗み密かな情事に身を焦がす。
 しかしアルマンにはそんな二人の関係が辛く、とても割り切って考える事が出来ない。
 彼は恋人がパトロンに抱かれ続けることに嫉妬し、納得できず、激しい心の葛藤に苦悩しながらも、どうしようもない日陰の恋に身をやつし、やがて二人は悲しい恋の軌跡を辿るのだった。

「そうだな、俺もアルマンのような思いはごめんだ」
「……だけど、僕には椿姫の気持ちが分かるよ」

「祐二?」
 明彦は意外な思いに祐二の顔を覗き込んだ。


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