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三章 祐二の過去とこれから

No,64 初めての夜

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 海を見渡す高台の家──

 秘密の入江で祐二と心をひとつにした明彦は、そのまま祐二に誘われ、この高台の家に戻って来ていた。
 すでに日は落ち、潮騒の音だけが辺りを包み込む。
 それは静粛な夜であった。

「祐二」

「アキ兄ちゃん」

 もつれ込むように寝室に入ると、二人はまるで崩れ落ちるようにベッドへとなだれ込んだ 。

 長い道のりだった。
 曲がりくねった複雑な経緯だった。
 そして今、二人はようやくここまでたどり着いた。

「アキ兄ちゃん……
こうしてアキ兄ちゃんと一緒にいられるなんて、離れ離れになってからもう何年?
今日の今日まで、ひとりがむしゃらに生きて来たのが嘘のよう」 

「祐二、好きだ。もう絶対に離さない」

 さらに熱いくちづけを交わす二人に、もはや言葉はいらない。
 二人は激流に身をまかせ、愛する者同士が行う当然の行為に無我の境地で突き進む。

 もどかしげに衣服を取り合い、静かに素肌を合わせる二人。
 祐二は横たわる明彦の胸に顔をうずめ、嬉しさに瞳を潤ませる。

──懐かしい鼓動。

「アキ兄ちゃんの心臓の音が聞こえる。アキ兄ちゃんの心臓の音が好き」

「祐二……」

 明彦は両手で祐二の頬を抱え、飽く事も無く、くちづけへと誘う。

「アキ兄ちゃんの胸、僕が知っていたよりずっと広くて厚い」

 そっと唇を離し、嬉しそうに祐二はそう囁いた。

「祐二だって、俺の知っているよりずっと手足が伸びたじゃないか」

 こみ上げる嬉しさに明るい声でそう囁くと、明彦は祐二の身体に覆い被さった。
 そっとその首筋に唇を這わせる。祐二は耐えきれずに切ない声を漏らした。

「変わらない。何も変わっていない、昔のままの白くて柔らかな肌だ」

 瞬間──祐二の脳裏に自分のしてきた事への後ろめたさが走った。

「アキ兄ちゃん、ごめん。
ぼ、僕は……」

「言うな。
何も言わなくていい……」

 震える祐二の身体をひと際強く抱きしめ、明彦はそっと祐二に囁きかける。

「可愛いよ、祐二。子供の頃からずっとお前の事だけを考えてきたんだ。
運命の行き違いで離れ離れだったけれど、これからはずっと一緒さ」

「アキ兄ちゃん、嬉しい」

 きしむベッド──
 ため息の混じる吐息──
 二人の身体は遠くから響く海鳴りに包まれ、ゆらゆらと陶酔の境地へと吸い込まれていった。

 まるで長い年月に募り募った激しい思いが一気に押し寄せ、爆発したかのような交わりだった。
 そしてそれは祐二にとって、今まで受けた凌辱を全て洗い流すがごとく、聖なる交わりとも思えた。

 明彦とて、今こうして安らかに瞳を閉じ、甘えるようにしがみつく祐二を抱きかかえながら、この長い年月、まるで味わった事も無い幸福感に包まれている。


(祐二?)


 ふと気づくと、祐二の閉じた瞳から一筋の涙がこぼれ落ちた。


(よく泣く奴だな)


 明彦の心に染みじみと優しい感情がわき起こり、愛おしさにそっと祐二の頭を撫でてみる。

「アキ兄ちゃん……」

 瞳を閉じたまま、祐二がそっと呟いた。

「こうしていると、まるで子供の頃に戻ったようだね……」

 明彦に身を委ね、至福の時を漂いながら祐二は自分の決意を自覚した。


(もう後戻りは出来ない。
もう、アキ兄ちゃんと離れ離れになるのは嫌だ!)


 明彦とこうしてやっと結ばれ、幸せを感じる祐二の脳裏に──ふっと昔の記憶がよみがえる。

 優夜となった、
  あの日の記憶が──


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