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一章 黄昏のパリは雪に沈む

No,21 そして仮面が外れた

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 押し黙る明彦の前で優夜はドレスの裾を優雅にあしらい、くるりと一回転するとまるで西洋の姫君のように腰を落とし、お辞儀して見せる。

「ふふっ、ごらんあそばせ?
わたくし、こんな立ち居振る舞いだって出来ますのよ?」

 ひときわ軽やかな声でそう言うと、優夜は崩れ落ちるようにひざまずき、両手で泣き顔を覆い隠した。

「ははっ……笑えば……?」

「…………」

「だから笑えよ!滑稽なこの姿を気が済むまで笑えばいい!」

「もういい!分かった!それ以上言うな……!
もう……分かったから……」

 明彦はひざまずく優夜の後ろにしゃがみ込み、その細い背中を抱きすくめる。
 明彦の熱い吐息を首筋に受けて、優夜は止めど無く涙を溢れさせた。

「祐二……」

 明彦の胸はやり場の無い悔しさで一杯だった。絞り出すように悔恨の思いが口を衝く。

「俺が辛い決心をし、豪田家に入ったのはおまえをこんな目に合わせる為では絶対にない!
何故……?どうして連絡もくれなかった?」

「何度も何度も手紙を書いたよ!たとえあんたが返事なんてくれなくても!僕にはあんたしかいなかった……!だから何度も……何度も手紙を書いたのに……」

 強がり、悪ぶっていた優夜の口から思わず弱音が吐き出される──気丈に振る舞っていた優夜の仮面がついに外れた。

「本当か?確かに俺宛に送ったのか?」

「あんたの住所……僕は今でも暗唱出来るよ」

「そんな……」

 明彦は愕然とした。
 何故なら祐二からの手紙など、一度たりとも届いた事が無かったのだから──。
 そんな不条理な状況に、明彦はふと思い当たる。


「俺からの手紙……祐二には届かなかったんだろうな……」


 そんな明彦の反応に優夜もはっと閃く。


「届かなかったよ……一通も……」


──それは、二人が一緒に状況を認知した瞬間だった。


「あの人だ……豪田の父が俺への手紙を止めていたに違いない」

「え?……そんな……」

「きっと園長先生にも手を回して、俺からの手紙もおまえに渡らないように止めていたんだ……」

 溢れる涙を拭いもせず、優夜は明彦に顔を向けた。驚きに目を見開いている。

「それじゃあ……あの……
もしかして……僕を見捨てた訳じゃないの?」

「祐二、どうして俺がおまえを見捨てる?俺が豪田家に入ったのも、そして今の今まで懸命に努めて来たのも、全てはおまえの為だったのに!」

「アキ兄ちゃん、本当?」

 優夜の口から思わず懐かしい呼び名が漏れた。明彦はそう呼ばれて胸が高鳴ったが、今はそれを口に出す場合ではない。

「ああ、どうして気が付かなかったんだ!おまえが一通も手紙をくれないだなんて、そんなこと有るはずも無いのに!」

「それは僕だって一緒だ……
アキ兄ちゃんが僕を見捨てるはずなんて無いのに……どうして僕はそんな当たり前のことを忘れてしまった?」

──それは、ようやく二人の気持ちが寄り添った瞬間だった。


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