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七粒目 野茨闇 ~『落花流水の情』の巻~

その三 秀女選抜が終わりました……。さて、その結果は?

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 複選には、八十名あまりが進んだ。
 性別を偽った者や夫から逃げてきた既婚者など、年齢以外のことで弾かれた者もいたようだ。係の女官に、泣きついている人もいた。
 それぞれ事情を抱えているのだろうが、選抜する側の女官たちも、なかなか大変そうだ。

「さあ、一休みして、次は複選よ!」

 貞海チェンハイ様はそう言うと、余裕綽々という感じで、休憩所となる建物の一つに入っていった。
 複選は、はじめに手芸や書画などの技能の試験があって、その後、各自が特技を披露する時間が設けられているということだった。

 建物の中へ入ると、ぐったりと疲れて横になっている人もいれば、特技の披露に備えて、楽器や歌の練習にいそしんでいる人もいた。
 先ほど、貞海様を露骨に敵視してきた、謝綺珊シェチーシェン様は、侍女たちと一緒に、舞の衣装の点検をしていた。
 わたしたちが来たことに気づくと、貞海様をちらりと見て、不敵な笑みを浮かべた。

涛超タオチャオさん、どうして、綺珊様は貞海様に、ああまで敵対心を露わにするんですか?」

 わたしが問いかけると、涛超さんは少し困った顔をして、貞海様の方を見た。
 貞海様が、小さくうなずくと、涛超さんは苦笑しながら話し始めた。

「綺珊様は、若旦那様――貞海様の下のお兄様、凌風リンフェン様の奥様になりたかったのでございますよ。歳は十ぐらい違うのですけど、憧れていらしたようです。でも、若旦那様は、甘やかされて育ったずっと年下の豪商の娘より、気配りができて堅実で、後宮で働いたこともある心慈シンチー様を選ばれたのです」

 涛超さんの話が終わると、退屈そうに刺繍道具を並べながら貞海様が言った。

「あの子ったら、わたしが『秀女選抜』に参加すると聞いて、後宮でわたしよりも出世して、杜家や兄を見返そうと思って参加したらしいわ」

 そういう動機で、「秀女選抜」に参加する人もいるのね!
 でも、それって、帝に対しては、ずいぶんと失礼な話よね。
 侍女たちに楽器を奏でさせながら、舞の稽古を始めた綺珊様を、わたしは少しあきれながら眺めていた。

 ◇ ◇ ◇

 技能の試験は、二組に分かれ一斉に行われた。
 時間の制限があり、手際の良さも求められていたようだ。
 複選で何が行われるかはわかっていたはずだが、刺繍にせよ書画にせよ、あまりにも拙い者がいたようで、ここでも二十名近くがふるい落とされた。

 貞海様はもちろん、綺珊様も無事に技能の試験を通過した。
 そして、残った候補者とその侍女や付き添いの身内が、大きな建物に集められ、最後の選抜が始まった。

「八十九番、謝綺珊!」
「はい!」

 上座に居並ぶ女官たちの前に、綺珊様は粛々として進み出た。
 白い衣の上に、鳥の刺繍を施した黄色い薄衣を羽織っていた。
 彼女の後ろでは、二人の侍女が、古箏と笛を構えて控えている。
 綺珊様が、手を上に伸ばすと、それを合図に、侍女たちは楽器を奏で始めた。

 優雅な舞だった。
 清らかな水辺で遊ぶ、水鳥を表現しているようだ。
 音曲とも良く合っていて、女官たちもうっとりと見惚れていた。

 その後、歌と二胡を披露する者が続き、いよいよ貞海様の番が来た。

「百七番、杜貞海!」
「はい!」

 貞海様が振り向き、後ろに控えていたわたしに目配せした。
 わたしは、水を張ったたらいを捧げ持ち、貞海様の横へ進み出た。
 シャ先生による「水嬉」を、わたしではなく貞海様が披露するのだ。
 もちろん、夏先生も承知しているし、何度も練習を重ねてきた。

老夏ラオシャ! お願いいたします!」

 貞海様の呼びかけに、「ケロロ!」と鳴きながら、虫籠から夏先生が這い出してきた。
 三色の玉を使った、世にも珍しい「水嬉」は、夏先生の愛らしさと貞海様の巧みな話術によって、碧巌城の女官たちを大いに魅了したのだった。

 全員が特技を披露し終わると、候補者たちは建物全体に広がりひれ伏した。
 これから「秀女選抜」の結果が、係の女官から伝えられる。
 はじめに、今年は六名が宮女に選ばれたと告げられた。
 受け付けの数字が小さい者から、順番に名前が呼ばれていき――。

 ◇ ◇ ◇

 貞海様は、見事に「秀女選抜」を通過し、後宮に迎え入れられることになった。
 綺珊様も選ばれたので、二人の争いは、この先も後宮を舞台として続いていくことになるはずだ。
 と言っても、闘志をむき出しにしているのは綺珊様だけで、貞海様は気にもとめていない感じだけれどね――。

 宮女に選ばれた六名には、それぞれ、貴人の位が与えられた。
 貞海様は、杜貴人として、後宮に上がることになった。自前の侍女であるわたしたちとは別に、教育係を兼ねた女官が二人付けられた。

 貴人たちは、城内にそれぞれ宿舎を与えられた。
 そこは、まだ後宮内ではなく、家族を呼んで祝いの宴を開くこともできる場所だ。
 水入らずの一夜をそこで過ごし、翌朝後宮へ輿入れするのだそうだ。

 わたしたちも、さっそく割り当てられた宿舎へと移動した。
 宿舎にはいくつもの部屋があり、一番広い居間では、早くも女官たちから貞海さまへ、明日の儀式についての説明が始まった。
 涛超さんとわたしは、ほかの部屋を見て回り、自分の寝室を選んだり、寝具を確認したりした。
 
「明日の朝、後宮から宿舎へ輿が寄越されるのですが、乗るのをお断りして家に帰ることもできます。今夜、もう一度家族と会い、よく語り合って、その結果、後宮へ上がるのを辞すことに決めてもかまわないのです。滅多に、そんな人はいないでしょうけれどね――」

 部屋の窓を開けて風を通しながら、涛超さんが教えてくれた。
 貞海様は、十五歳だ。十三歳で、宮女に選ばれた少女もいた。
 家族に会ったら急に不安になって、宮女を辞退したくなることもあるかもしれない。

「昔のことなので、嘘か本当かわかりませんけれど――。三代ぐらい前の皇帝陛下の『秀女選抜』で、輿入れの前の晩に、家族と一緒にやってきた幼なじみの少年と駆け落ちしてしまった少女がいたそうですよ。もっと前に、思いを伝え合っておけばよかったのにねぇ……。切羽詰まって、ようやくお互い心の内を明かせたのでしょうか? その後、当人たちは幸せになったようですが、周りはずいぶんと迷惑したことでしょうね」

 少年と少女は、いつもそばにいて、お互いに、「たぶん相手は同じ気持ちだろう」と思っていたに違いない。
 でも、はっきりと言葉にして、思いを伝え合ったことがなかったから、本人の憧れか家族の薦めか理由はわからないが、少女は、「秀女選抜」を受けてしまったのだろう。
 思いを言葉にするって、大事なことなのね――。

「そろそろ、ここまで送ってきてくれた輿と男衆たちが、良い知らせを持って本邸へ戻っている頃ですよね。貞海様のご家族は、こちらにいらっしゃるのですか?」
「いいえ。ご両親や上のお兄様、お姉様方とは、廣武グァンウーでお別れしてきましたし、凌風リンフェン様とも、昨日、本邸へ伺ってご挨拶はすませましたから、もう、会う必要はないと貞海様はおっしゃっていました」
「えっ?! じゃあ、ここへは、どなたもお見えにならないのですか?」
「そうですね。ああ、でも、晩餐は届くようですから心配いりませんよ、深緑さん!」

 やだ、恥ずかしい! こんな所へ来ても、お腹の心配をされるなんて……。
 わたしって、そんなに、食いしん坊だと思われているのかしら?
 まあ、わたしのことは、どうでもいいのだけど――。
 誰にも会わずに、このまま輿入れするなんて、貞海様は寂しくないのだろうか?

 わたしの心の声が聞こえてしまったのか、涛超さんが微笑みながら言った。

「真意はわからないのですが、貞海様に言わせると、杜家のご家族は仮のご家族なのだそうです。後宮へ行かせるために、天帝様が自分を預けた家族なのだと」
「天帝様が預けた?」
「はい。そして、『本当の家族は、後宮にいるはずなのよ』と、おっしゃっておられました――」

 はっ?! 本当の家族が後宮にいる?! それに、天帝様が預けたって話も、聞き捨てなりませんよ!

 いったい、どういう意味なのですか、貞海様―っ?!
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