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三粒目 黄金李 ~『貪欲は必ず身を食う』の巻~

その六 思阿さんの出世を邪魔するつもりはありません! でもね……。

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 ―― ズンッ!

「おおーっ!!」

 矢は、見事に金の李が下がる小枝に命中した。
 李は、空中に差し出されるように枝から離れ、崖を転がり落ちた。
 近くにいた兵士が、慌てて崖下に駆け寄り、地面から李を拾い上げた。

「は、早く、早くこれへ!」

 偉強ウェイチャン様が、待ちきれない様子で柵から手を伸ばし、金の李を受け取った。
 両手で優しく李を包み、偉強様は、矯めつ眇めつ眺めていたが、何を思ったか、突然、李にかぶりついてしまった。

「兄上―!!」
「偉強様―!!」

 皆が驚きの声を上げる中、偉強様は金の李から顔を離すと、満足そうに微笑んで言った。

「見ろ! あったぞ!」

 彼は、果肉を半分近くかじりとった金の李を高く掲げ、わたしたちに見せた。
 果肉の奥に、きらきらと光り輝くものが埋まっていた。
 黄金の種だ!
 感動と驚愕が入り交じった兵士たちの顔を嬉しそうに見回した後、偉強様は、取り出した手巾で大事そうに金の李を包み懐にしまった。
 そして、李畑へ戻ってきた思阿シアさんに言った。

「思阿……と申したかな? いや、たいした腕前だ。感服した。もし、おぬしが望むなら、我が家の私兵としてすぐにでも雇おう。私兵団の副団長でどうだろう? 家を用意してやるし、給金もはずむぞ! わたしは、明日まで邸にいるので訪ねてきてくれ。父上にも話を通しておく。
では、皆、邸へ戻るぞ! まったく、旅の武芸者にも叶わぬとは、おまえたち、鍛錬が足りぬようだな! 戻ったら、すぐに弓と剣の稽古だ! 急げ!」
「ははっ!」

 兵士たちは、手早く帰り支度を整えると、次々と馬に跨がり、偉強様の馬車と共に李畑から去っていった。
 友德ヨウデ様と思阿さんとわたしは、挨拶することすら忘れて、慌ただしく出発する彼らを見送った。
 友德様とわたしの間に、割り込むようにして(?)立っていた思阿さんが振り向いた。

深緑シェンリュさん、遅くなってすみませんでした。ご老人のお宅で歓待を受けまして、ついつい――」
「また、底知らずぶりを発揮してしまったんですね……」
「はい……。あ、でも、一切酔ってはいませんので――。心配はいりません」
「心配なんてしませんよ! さっきまで大酒を飲んでいたくせに、ひょいっと現れて、一矢で金の李を射落としてしまうような人のことは! 私兵にでも何にでもなればいいんです!」

 なんだか、思阿さんのことがとても腹立たしかった。
 わたしを置いて、ご老人の家に行ってしまい、戻ってきたと思ったら大活躍して――。
 本当は、ウェン家の私兵が誰一人できなかったことを思阿さんがやり遂げて、とても誇らしくて嬉しいはずなのに――。
 思阿さんは、少し戸惑った様子で、わたしを見つめながら言った。

「俺は、私兵になどなりませんよ。深緑さんをきちんとお姉さんの所へ送り届けるまで、途中で用心棒の仕事を投げ出したりしません。きちんと、燕紅ヤンホン様との約束を守ります」
「本当ですか? 偉強様は、とんでもない好条件で思阿さんを雇ってくれるみたいですよ。こんなにいいお誘いは、二度とないかもしれません。お断りして、後悔しませんか?」
「後悔なんかしません。俺が用心棒を辞めるのは、深緑さんが、もう俺を必要ないと思ったときです。そのときが来るまでは、俺はずっとあなたのそばにいますから――」

 えっ?……、当たり前のことを言われただけなのに……、ドキドキしてきた。
 大地主から、私兵団の副団長に望まれるような人が、わたしのそばにいてくれるのだ。
 わたしが彼を必要としなくなるまで、ずっと――。

「えーっと、よろしいですか、お二人とも――。」
「あっ、……は、はい!」

 存在を忘れていたわけではないけれど、何となく友德様を無視してしまっていた……。
 三人で照れ笑いを浮かべ黙ってしまったが、この沈黙は気まずい。
 わたしは急いで、気になっていたことを友德様に尋ねてみた。
 
「あの、思阿さんが、金の李を射落としてしまいましたが、良かったのでしょうか? 最初になった実と同じように、自然に落ちるのを待つべきだったのではないかと思ったのですが――」
「射落としていただいて、感謝しています。兄は、どうしても金の李を手に入れるつもりで来たようでした。もし、射落とせなければ、崖の上から籠で人を下ろしたり、足場を組んで人を上らせたりすることになったでしょう。そうなれば、また、死人や怪我人が出たかもしれません。思阿さんのおかげで、そうならずにすんだのです。ありがとうございました」

 そう言って、友德様は、わたしたちに頭を下げた。
 これでしばらくの間は、誰かが金の李に惑わされ、無茶をすることもないだろう。
 だが、いつかまた蕾がつき花が咲く。そして、新たな金の李がなる――。
 そうなる前に、あの李の木を始末するのが、わたしの役目なのだが……。

「よろしければ、今夜は、ルウ老師の家にお泊まりになりませんか? 以前は、もっと書生がたくさんいたこともあるので、離れの部屋もあります。わたしも泊まるつもりですので、一緒に晩餐でもいかがですか? 昭羽チャオユウは、なかなか料理上手なのですよ」
「ありがたいお話ですけれど、そんなこと、勝手に友德様が決めてしまってもいいのですか? 呂老師が、お許しくださらないかもしれませんよね?」
「それは、大丈夫です」

 えっ? 大丈夫? どういうことかしら? そう言えば友德様と呂老師って――。
 友德様が、愉快そうに笑いながら、わたしに理由を教えてくれた。

「呂老師は、わたしの祖父です。わたしの母は、呂老師の娘なのですよ」

 ◇ ◇ ◇

 わたしたちが、呂老師の家に戻ったときには、忠良ジョンリャンさんは、すでに自分の家に帰った後だった。
 近所の人が、荷車にわらを敷き、忠良さんを乗せていったそうだが、荷車には自分で歩いて乗ったそうだ。薬水の効き目に改めて驚かされたと、呂老師は言った。

 楽しい晩餐だった。
 川魚の揚げ料理や瓜の炒め物、干した貝で風味をつけた麺料理など、昭羽の作ったものは、どれもおいしかった。
 書生などしているより、県城の大きな料理屋や酒楼などで、料理人の修業をした方がいいのではないかと思うほどだった。

 食事が終わり片付けも済むと、昭羽が、思阿さんとわたしを離れに案内してくれた。

「一部屋だけは、いつでも使えるように掃除をしてあるのですが、残りの二部屋は、手を入れていません。一つの部屋をお二人で使っていただけますか?」
「それは、かまいませんけど――」
「良かった! 部屋には、寝台は一台しかないのですが、長椅子があります。枕や上掛けも置いてあるので、上手く使ってください。では、ゆっくりお休みください」

 昭羽は、あいさつをして、家の方へ戻っていった。
 扉を開けて中に入り、持ってきた手燭を卓の上に置いた。
 こざっぱりとした部屋だった。寝台には、清潔な寝具が用意されていた。

「あのう、わりと大きな長椅子ですけど、思阿さんにはきっと窮屈ですよね? わたしが長椅子で寝ますから、寝台は思阿さんが使って――、えっ、えぇーっ?!」

 てっきり、後ろに思阿さんがいるものと思って振り向いたら、影も形もなかった……。
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