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三粒目 黄金李 ~『貪欲は必ず身を食う』の巻~
その四 金の李の誘惑に、負けてなんかいられません!
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「金の李――、どう思いますか、老夏?」
「まあ、友德殿の話から察するに、天空花園から落ちた種が育ったものである可能性が高いな」
わたしは今、呂老師の家の小さな中庭にいる。
厠を借りたいと言って、部屋を出てきた。
もちろん、こっそり夏先生と話をするためである。
夏先生は、ようやく虫籠から出られたので、首をゆっくり伸ばしていた。その姿も可愛い! でも、あまり長居はできないわね。
「わたしも金の李を見たら、どうしても欲しくなって岩棚に上ってしまうでしょうか?」
「そうじゃなあ……、深緑よ、おまえ、今、何か抑えきれぬ欲があるか?」
「欲ですか? そりゃ、ありますよ! 美味しいものをたくさん食べたいとか、ゆっくりお昼寝したいとか――。わたしも、いつの間にか、欲にまみれた身となりました……」
「フォッ、フォッ、フォッ! まだまだ可愛いものよ! その程度の欲なら、金の李に手を出そうとは思うまい。安心して見に行くが良いぞ!」
夏先生は、おかしそうに笑いながら、虫籠の中に戻っていった。
夏先生がそう言うのなら、大丈夫だろう。
それに、天空花園の種核から育ったものならば、浄めて天へ返さなくてはならない。
金の李の誘惑を恐れて、関わりを避けているわけにはいかないのだ。
わたしは、心を決めると部屋に戻り、友德様と二人で李畑へ出かけた。
◇ ◇ ◇
「今から、半年ほど前、李畑の後方にある山の岩棚に、一本の李の木が芽を出しました。不思議なことに一週間ほどで、子どもの背丈ぐらいに育ち、小さな蕾を一つだけつけたのです。やがて、白い花が咲き、その後、金色の実がなりました」
「李の木が、たった一週間でそこまで生長したのですか?」
「ええ、あり得ぬことですよね。何かまがまがしい気配を感じて、はじめは皆、近づかないようにしていたのです。山肌がむきだしになった場所ですし、地面から五丈近く上になりますので、近づきたくとも近づけなかったということもあります」
二人でそんな話をしているうちに、李畑に着いた。
忠良さんのことがあったので、仕事は取りやめになったのだろう。畑には誰もいなかった。
わたしが、広い畑を見回していると、友德様にトントンと肩を叩かれた。
「あれです! あの岩棚を見てください!」
友德様が指さす方を見ると、崖の中腹の岩がむき出しになったところに岩棚があり、その上に小さな李の木が生えていた。
葉陰にきらりと光るものが見えたが、それがどうやら金の李らしい。
「四月ほど前のことです――。風がたいそう強い日でした。岩棚には、風を遮るものがありませんので、李の木は大きく揺れて、一つだけなっていた金の李が落ちてしまいました。崖の下で李畑の囲いをなおしていて、落ちてきた金の李を拾ったのが、志勇と静帆の父親である勇仁でした」
「まあ、志勇たちのお父さんが?!」
「ええ。金の李の扱いに困った勇仁は、呂老師を訪ねました。あの岩棚のある山は、誰かのものというわけではないので、落ちてきた金の李は、勇仁のものにしてかまわないだろうと老師は答えました。金の李は間近で見れば、ありふれた黄色い李にすぎなかったそうです」
今日も、岩棚の辺りは、風が吹いているらしい。
枝が風にあおられると、金の李ははっきりとその姿を見せた。
磨き上げられた黄金でできているのではないかと思うほど、まぶしく輝いている。
「それならばと、その場で勇仁は李をかじったのですが、中からとんでもないものが出てきました――。黄金でできた大きな種です。いや、種の形をした黄金といったほうがいいかもしれません。表面には、精巧な龍の図柄が浮き出ていたそうです。
驚いた勇仁は、それを持って邸にいた父を訪ねてきました。勇仁の話に興味を持った父は、それを買い取りました。種と引き替えに大金を手に入れた勇仁は、それきり姿を消してしまったのです」
「姿を消した? なぜですか?!」
「わかりません。大金を手にしたので、つまらない里の暮らしも子どもたちも捨て、大きな町へ行ったのだという噂が流れました。五年前に妻を亡くしてから、男手一つで志勇と静帆を育ててきた勇仁は、違う暮らしをしてみたくなったのだろうと――」
本当に、そんな理由で子どもたちのもとを離れたのだろうか?
友德さんは、勇仁さんが金の李をかじったと言っていた。
もしかしたら、そのせいで体に何か恐ろしいことが起きたのかもしれない。
彼は、子どもたちや里の人に迷惑をかけないように、どこかへ身を隠したのだろうか?
「わたしが、呂老師や父から聞き出した、最初に稔った金の李を巡る話は、今、お聞かせしたとおりです。
ひと月前、再び花が咲き、金の李がなりました。風が強い日は、実が落ちてくるのではないかと、崖の下に人が集まることもあります。どうしても李を手に入れたいと思った者が、岩棚に上ろうとして酷い目に遭いました。
あんな木は、切ってしまった方がいいのです。しかし、岩棚に近づくことが難しいので、それすらもできません」
これほどの災いをもたらす金の李は、夏先生の想像通り、天空花園から落ちた種核から育ったものに違いないだろう。
早く天水をかけて、天へ戻してやるべきなのだけれど、どうやってあの岩棚へ行けばいいのだろうか――。
夏先生のような蛙なら、時間をかければ上れるかもしれないけれどね。
蛙をうらやましいと思うのは、これで三回目――かな?
突然、たくさんの蹄の音が聞こえてきた。
里の前の広い道から、馬に乗った私兵風の一団が李畑に近づいてくる。
兵たちに囲まれるようにして、馬車も一台走ってきた。
「友德! なぜ、黙っていたのだ?! 新たな金の李が実を結んだというではないか! もしや、わたしに内緒で、自分のものにするつもりだったのか?!」
上等な衣をまとった若い男の人が、馬車を降りるや否や、わたしたちに近づいてきて、友德様にくってかかった。
だ、誰なの、この人?!
「まあ、友德殿の話から察するに、天空花園から落ちた種が育ったものである可能性が高いな」
わたしは今、呂老師の家の小さな中庭にいる。
厠を借りたいと言って、部屋を出てきた。
もちろん、こっそり夏先生と話をするためである。
夏先生は、ようやく虫籠から出られたので、首をゆっくり伸ばしていた。その姿も可愛い! でも、あまり長居はできないわね。
「わたしも金の李を見たら、どうしても欲しくなって岩棚に上ってしまうでしょうか?」
「そうじゃなあ……、深緑よ、おまえ、今、何か抑えきれぬ欲があるか?」
「欲ですか? そりゃ、ありますよ! 美味しいものをたくさん食べたいとか、ゆっくりお昼寝したいとか――。わたしも、いつの間にか、欲にまみれた身となりました……」
「フォッ、フォッ、フォッ! まだまだ可愛いものよ! その程度の欲なら、金の李に手を出そうとは思うまい。安心して見に行くが良いぞ!」
夏先生は、おかしそうに笑いながら、虫籠の中に戻っていった。
夏先生がそう言うのなら、大丈夫だろう。
それに、天空花園の種核から育ったものならば、浄めて天へ返さなくてはならない。
金の李の誘惑を恐れて、関わりを避けているわけにはいかないのだ。
わたしは、心を決めると部屋に戻り、友德様と二人で李畑へ出かけた。
◇ ◇ ◇
「今から、半年ほど前、李畑の後方にある山の岩棚に、一本の李の木が芽を出しました。不思議なことに一週間ほどで、子どもの背丈ぐらいに育ち、小さな蕾を一つだけつけたのです。やがて、白い花が咲き、その後、金色の実がなりました」
「李の木が、たった一週間でそこまで生長したのですか?」
「ええ、あり得ぬことですよね。何かまがまがしい気配を感じて、はじめは皆、近づかないようにしていたのです。山肌がむきだしになった場所ですし、地面から五丈近く上になりますので、近づきたくとも近づけなかったということもあります」
二人でそんな話をしているうちに、李畑に着いた。
忠良さんのことがあったので、仕事は取りやめになったのだろう。畑には誰もいなかった。
わたしが、広い畑を見回していると、友德様にトントンと肩を叩かれた。
「あれです! あの岩棚を見てください!」
友德様が指さす方を見ると、崖の中腹の岩がむき出しになったところに岩棚があり、その上に小さな李の木が生えていた。
葉陰にきらりと光るものが見えたが、それがどうやら金の李らしい。
「四月ほど前のことです――。風がたいそう強い日でした。岩棚には、風を遮るものがありませんので、李の木は大きく揺れて、一つだけなっていた金の李が落ちてしまいました。崖の下で李畑の囲いをなおしていて、落ちてきた金の李を拾ったのが、志勇と静帆の父親である勇仁でした」
「まあ、志勇たちのお父さんが?!」
「ええ。金の李の扱いに困った勇仁は、呂老師を訪ねました。あの岩棚のある山は、誰かのものというわけではないので、落ちてきた金の李は、勇仁のものにしてかまわないだろうと老師は答えました。金の李は間近で見れば、ありふれた黄色い李にすぎなかったそうです」
今日も、岩棚の辺りは、風が吹いているらしい。
枝が風にあおられると、金の李ははっきりとその姿を見せた。
磨き上げられた黄金でできているのではないかと思うほど、まぶしく輝いている。
「それならばと、その場で勇仁は李をかじったのですが、中からとんでもないものが出てきました――。黄金でできた大きな種です。いや、種の形をした黄金といったほうがいいかもしれません。表面には、精巧な龍の図柄が浮き出ていたそうです。
驚いた勇仁は、それを持って邸にいた父を訪ねてきました。勇仁の話に興味を持った父は、それを買い取りました。種と引き替えに大金を手に入れた勇仁は、それきり姿を消してしまったのです」
「姿を消した? なぜですか?!」
「わかりません。大金を手にしたので、つまらない里の暮らしも子どもたちも捨て、大きな町へ行ったのだという噂が流れました。五年前に妻を亡くしてから、男手一つで志勇と静帆を育ててきた勇仁は、違う暮らしをしてみたくなったのだろうと――」
本当に、そんな理由で子どもたちのもとを離れたのだろうか?
友德さんは、勇仁さんが金の李をかじったと言っていた。
もしかしたら、そのせいで体に何か恐ろしいことが起きたのかもしれない。
彼は、子どもたちや里の人に迷惑をかけないように、どこかへ身を隠したのだろうか?
「わたしが、呂老師や父から聞き出した、最初に稔った金の李を巡る話は、今、お聞かせしたとおりです。
ひと月前、再び花が咲き、金の李がなりました。風が強い日は、実が落ちてくるのではないかと、崖の下に人が集まることもあります。どうしても李を手に入れたいと思った者が、岩棚に上ろうとして酷い目に遭いました。
あんな木は、切ってしまった方がいいのです。しかし、岩棚に近づくことが難しいので、それすらもできません」
これほどの災いをもたらす金の李は、夏先生の想像通り、天空花園から落ちた種核から育ったものに違いないだろう。
早く天水をかけて、天へ戻してやるべきなのだけれど、どうやってあの岩棚へ行けばいいのだろうか――。
夏先生のような蛙なら、時間をかければ上れるかもしれないけれどね。
蛙をうらやましいと思うのは、これで三回目――かな?
突然、たくさんの蹄の音が聞こえてきた。
里の前の広い道から、馬に乗った私兵風の一団が李畑に近づいてくる。
兵たちに囲まれるようにして、馬車も一台走ってきた。
「友德! なぜ、黙っていたのだ?! 新たな金の李が実を結んだというではないか! もしや、わたしに内緒で、自分のものにするつもりだったのか?!」
上等な衣をまとった若い男の人が、馬車を降りるや否や、わたしたちに近づいてきて、友德様にくってかかった。
だ、誰なの、この人?!
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こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
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