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二、違いにご用心
2ー18、すでに心臓は沈黙していた。
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日頃の鍛錬の賜物か、スピードで狙いが狂ったのか。慎司が駆け寄った時、幸い小龍は微かだが息があった。意識はあるが、かなりの重症で肩以外からも出血していた。特に出血が多いのは撃たれた左肩。咄嗟に受身を取ったため、衝突の方は大怪我にならなかったようだ。だが、止め処もなく流れ出る血が慎司の服を赤く染め上げていく。額からも血が出ている。どうやら、頭を強打したようだ。慌てて道場で習った止血法を施し、小龍の意識を確認してから俺は電話ボックスに走った。息はあるが、急がないとこのままでは大量出血で死ぬ恐れがある。一度も押すことはないと思っていた救急ボタンを押し、救急だと告げ、現住所と小龍の状態を述べる。
一通り必要なことを話して小龍のところへ戻って唖然とした。そこには小龍の姿はなく、小さな緋色の水溜りが月明かりを浴びて静輝していた。
「あの馬鹿。あんな大怪我でどこ行った」
道路に点々と血痕が残っているため、小龍がどこを通ったかは明らかだった。
しかし、いくら走っても追いつかない。血痕を確認しながらなので普段よりスピードは出せなかったが、怪我人の足取りよりは速いはずである。なのに、行けど行けど血痕が残っているだけで小龍の姿は全然見えなかった。
「このままじゃ、マジで出血多量で危ないのに」
ピッチを上げると血が一軒の中に入っていくのが見えた。あそこは白馬家だ。そうか、シャオは自分が感じた不安を確認するために・・・・・・。それだけのために・・・・・・。
「あいつ、あの身体でこの距離を走ったのか!?」
玄関へ駆け寄って唖然とした。綺麗に整えられた庭が見るに無残な姿に変わってしまっていた。屋敷の中はもっと悲惨で、質の悪い空き巣や強盗でもここまで荒らさないだろうと思うほど物という物が壊れて散らばっている。食器棚や冷蔵庫まで倒れていて、まるでここだけ大地震が襲ったような惨事だ。
「どうなってんだっ・・・・・・うわっ!」
中はさらに酷かった。血の臭いが充満し、花火をした跡みたいに所々からこげた臭いが漂う。この臭い、小龍の傷から流れた血の量だけではない。
「じょ、冗談だよな」
とても現実とは思えない光景が広がる。しかし、白馬家の人たちはこういった人を悲しませる冗談はしない。だったら目に飛び込んできた平和ボケした日本人にキツイこの光景も現実だと受け取らざるを得ない。壁や床に飛び散った血の持ち主は座敷に転がっていた。
「師範!おばさん!」
穴だらけの襖のそばに倒れているおばさんを逃がそうとしたのか、師範は部屋の真ん中で血の池の中央に伏し、その手には鞘から抜かれた日本刀が、切っ先は畳に刺さっていた。鈍く光る刃には師範の血が幾重にも筋を作って畳に吸収されていく。駆け寄って体を揺するが全く反応がない。触れた肌は人間の暖かさが消えかかっていた。
「嘘だろ。ドッキリカメラとか言って飛び出されたほうがまだ質がいいぜ」
などと現実逃避しつつ見当たらない小龍を探す。ここにいないならきっと師範代のところにいるにちがいない。見慣れなくなってしまった屋敷を歩くと、血が階段の上から流れてくることに気がついた。見上げると階段の上で人が蹲っていた。
「師範代!」
「・・・慎・・・司・・・・・・」
右肩や腹、その他数箇所に弾丸を受けている。
「すぐに救急車がくる。しっかりしてくれ」
タオルを裂き、止血しようとすると止められた。
「無駄・・・だ・・・・・・。悪い・が・・自分・・・の体のこ・・・とは・・・わかってい・・・る」
「そんな、あんたは俺の憧れだ。弱気にならないでくれ。助かると思っていたら助かるんだ。ほら、言うだろ、『病は気から』って。しっかりしてくれよ」
使い方が違うと突っ込む余裕はなかった。むしろこっちのほうが彼らしいと思う。
「・・・慎司・・・・・・無・・事・・・か・・・・・・」
「帰る途中でシャオが交通事故、いや、射殺されかけた。救急車を呼んでる間にここに向かったらしいんだが、知らないか」
「知っ・・てる・・・さ・・・・・・」
体を動かすとそこには小龍が血まみれで倒れていた。師範代の血と自らの血で白かったシャツは赤く染まる。体も動かず、瞳も閉じたまま、まるで眠っているようだ。
「シャオは・・・まだ、微・・・かだ・・が息・・があ・・・る。頼んでも・・・いい・・・・か」
だが、もはや風前の灯。望みは血痕を発見した救急隊員が一刻も早く辿り着いてくること。
「あんたが生かせ!こいつの兄なんだろ!!」
「ああ、シャオにと・・ってもそ・・・うで・・・あ・て・・い。こうし・・て、話・・せるの・も・・・、・・・の・・お陰・・だ・・・・・・」
あのとき、逃げ場がなくなり、絶望した自分に呼びかけてくれた希望の光。こんなところで失いたくなかった。だから、体が動いたのは無意識だった。おかげで侵入者の攻撃から即死だけは免れた。そして聞こえてきたサイレン。
「おかげで・・・彼・・らに・・私た・・・の死・・亡確・・・認・る・・暇・・・を・・・与え・・・れず・・・・すん・・だ・・・・・・。が、・・・・の息・・・は・・・・・・」
二つのサイレンが近づいて来る。しかし、今の体力ではとてももたない。ならば、彼だけでも・・・・・・。力が抜けていく体を叱咤する。あと一言のために。
「慎・・司、このこ・・とは・・忘・・・れろ・・・・。白・・馬・・・家も・・・この事・・・件も、何・・もか・・・もだ・・・・・・」
「な、何を言って・・・おい、しっかりしてくれ!」
「早く・・行け・・・!おまえ・・まで焼・・・け死ぬ・・・・ぞ」
下から煙が上ってくる。どうやら、火災が発生したらしい。偶然の産物か人為的に起こされたかを考えている暇はなかった。視線を師範代に戻すとすでに心臓は沈黙していた。
続く
一通り必要なことを話して小龍のところへ戻って唖然とした。そこには小龍の姿はなく、小さな緋色の水溜りが月明かりを浴びて静輝していた。
「あの馬鹿。あんな大怪我でどこ行った」
道路に点々と血痕が残っているため、小龍がどこを通ったかは明らかだった。
しかし、いくら走っても追いつかない。血痕を確認しながらなので普段よりスピードは出せなかったが、怪我人の足取りよりは速いはずである。なのに、行けど行けど血痕が残っているだけで小龍の姿は全然見えなかった。
「このままじゃ、マジで出血多量で危ないのに」
ピッチを上げると血が一軒の中に入っていくのが見えた。あそこは白馬家だ。そうか、シャオは自分が感じた不安を確認するために・・・・・・。それだけのために・・・・・・。
「あいつ、あの身体でこの距離を走ったのか!?」
玄関へ駆け寄って唖然とした。綺麗に整えられた庭が見るに無残な姿に変わってしまっていた。屋敷の中はもっと悲惨で、質の悪い空き巣や強盗でもここまで荒らさないだろうと思うほど物という物が壊れて散らばっている。食器棚や冷蔵庫まで倒れていて、まるでここだけ大地震が襲ったような惨事だ。
「どうなってんだっ・・・・・・うわっ!」
中はさらに酷かった。血の臭いが充満し、花火をした跡みたいに所々からこげた臭いが漂う。この臭い、小龍の傷から流れた血の量だけではない。
「じょ、冗談だよな」
とても現実とは思えない光景が広がる。しかし、白馬家の人たちはこういった人を悲しませる冗談はしない。だったら目に飛び込んできた平和ボケした日本人にキツイこの光景も現実だと受け取らざるを得ない。壁や床に飛び散った血の持ち主は座敷に転がっていた。
「師範!おばさん!」
穴だらけの襖のそばに倒れているおばさんを逃がそうとしたのか、師範は部屋の真ん中で血の池の中央に伏し、その手には鞘から抜かれた日本刀が、切っ先は畳に刺さっていた。鈍く光る刃には師範の血が幾重にも筋を作って畳に吸収されていく。駆け寄って体を揺するが全く反応がない。触れた肌は人間の暖かさが消えかかっていた。
「嘘だろ。ドッキリカメラとか言って飛び出されたほうがまだ質がいいぜ」
などと現実逃避しつつ見当たらない小龍を探す。ここにいないならきっと師範代のところにいるにちがいない。見慣れなくなってしまった屋敷を歩くと、血が階段の上から流れてくることに気がついた。見上げると階段の上で人が蹲っていた。
「師範代!」
「・・・慎・・・司・・・・・・」
右肩や腹、その他数箇所に弾丸を受けている。
「すぐに救急車がくる。しっかりしてくれ」
タオルを裂き、止血しようとすると止められた。
「無駄・・・だ・・・・・・。悪い・が・・自分・・・の体のこ・・・とは・・・わかってい・・・る」
「そんな、あんたは俺の憧れだ。弱気にならないでくれ。助かると思っていたら助かるんだ。ほら、言うだろ、『病は気から』って。しっかりしてくれよ」
使い方が違うと突っ込む余裕はなかった。むしろこっちのほうが彼らしいと思う。
「・・・慎司・・・・・・無・・事・・・か・・・・・・」
「帰る途中でシャオが交通事故、いや、射殺されかけた。救急車を呼んでる間にここに向かったらしいんだが、知らないか」
「知っ・・てる・・・さ・・・・・・」
体を動かすとそこには小龍が血まみれで倒れていた。師範代の血と自らの血で白かったシャツは赤く染まる。体も動かず、瞳も閉じたまま、まるで眠っているようだ。
「シャオは・・・まだ、微・・・かだ・・が息・・があ・・・る。頼んでも・・・いい・・・・か」
だが、もはや風前の灯。望みは血痕を発見した救急隊員が一刻も早く辿り着いてくること。
「あんたが生かせ!こいつの兄なんだろ!!」
「ああ、シャオにと・・ってもそ・・・うで・・・あ・て・・い。こうし・・て、話・・せるの・も・・・、・・・の・・お陰・・だ・・・・・・」
あのとき、逃げ場がなくなり、絶望した自分に呼びかけてくれた希望の光。こんなところで失いたくなかった。だから、体が動いたのは無意識だった。おかげで侵入者の攻撃から即死だけは免れた。そして聞こえてきたサイレン。
「おかげで・・・彼・・らに・・私た・・・の死・・亡確・・・認・る・・暇・・・を・・・与え・・・れず・・・・すん・・だ・・・・・・。が、・・・・の息・・・は・・・・・・」
二つのサイレンが近づいて来る。しかし、今の体力ではとてももたない。ならば、彼だけでも・・・・・・。力が抜けていく体を叱咤する。あと一言のために。
「慎・・司、このこ・・とは・・忘・・・れろ・・・・。白・・馬・・・家も・・・この事・・・件も、何・・もか・・・もだ・・・・・・」
「な、何を言って・・・おい、しっかりしてくれ!」
「早く・・行け・・・!おまえ・・まで焼・・・け死ぬ・・・・ぞ」
下から煙が上ってくる。どうやら、火災が発生したらしい。偶然の産物か人為的に起こされたかを考えている暇はなかった。視線を師範代に戻すとすでに心臓は沈黙していた。
続く
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