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一日目その5、招く
間違った休日の過ごし方
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意外と時間がかかった。5匹もいれば十分だろう・・・・・・と帰って見たら彼は地面に突っ伏していた。
「・・・・・・」
釣れてきた雑魚は刺身にしていただいた。腹の足しにもならなかった。固形物好まない。
「・・・・・・」
蹴飛ばしてみた。返事がない。こういう時なんというのだっただろうか?ただの屍のようだ?
「ミッションクリア?」
また疑問符が付いてしまった。嬉しくないのはどうしてだろう。毎回これだから困る。ご主人様ではないのにこう感じるのは思考回路のどこかに欠陥がある証拠だ。
「・・・・・・」
この世界には消滅は合っても物理的な死はほとんどないことが不覚にもレベルアップしてわかった。彼の状態は仮死状態と言い換えられる。ダンジョンクリア時に仮死状態にいる人物に対してのみ、現実世界での死が確定する。迷子は事例がないのでわからない。
「後処理をしよう」
ダンジョンで出現した敵ではないので、死亡しても自然消滅しない。運が良いことに今日のクリエーターは自分だ。この辺にドンと巨大なオブジェを建てれば隠れるだろう。残りポイントはないからこっそり保留しておいたポイントを使うしかない。
こういうのを何と言っただろうか?神隠し?不可思議事件?どっちでもいいか。
「製造開始」
簡単なのでいいだろう。ステージモデルは海だ。珊瑚礁の岩場にしよう。自分が構成するステージは水属性が多いので形成される空間はそれを関連付けると構成が容易になる。バックアップはあるので、その分消費ポイントは減少する。
エコって素晴らしい。
PPPPPP・・・・・・
電子通話が入った。彼女からだ。
「はい」
『もうすぐ最下層に着くからって連絡いたしましたわ』
珍しいことがある。今まで一度もなかった。もしかして、連絡する相手を間違えているのだろうか?あの人宛てだとしたら、合点が行く。
「御かけに鳴った電話番号は」
『違いません』
自分に用事?
「増援依頼?」
『似たようなものです。掃除が終わりましたし、彼を連れて最下層手前までいらっしゃいな』
え?
「復唱を要求する」
『もうすぐ最下層に着くから連絡いたしました。違いません。似たようなものです。掃除が終わりましたし、彼を連れて最下層手前までいらっしゃいな』
綺麗な復唱ありがとうございます。
しかし、困った。いくら敵が雑魚でも自分より大きな体を担いでいきたくない。
「拒否する」
『させません』
ですよね。
『彼に頼み事がありますの。か・な・ら・ず、連れて来てくださいね』
「・・・・・・はい」
ポイント消費損となってしまった。SPも無駄になった。二重の意味で痛い。
「解き水の法“生”」
蘇生術が使えてよかったと思う。こちらの能力に感謝することも多くなった。致命的なことだ。それに彼のHPだと満タンになって復活する。低コストだ。
「うわ~、死んだかと思った」
死んでいた。
「あの魚、地味に痛い」
「当然」
噛み付き寄生も立派な攻撃だ。レベルが上がれば、行動を邪魔する雑魚と化す。さらに上がると巻き添えを食らって倒れる悲しい雑魚となる。その光景を幾度となく傍観してきた。
雑魚といって放置した探索者がそいつに邪魔されたあげく大型モンスターの一撃で無残に戦闘不能に陥ることも多いので油断ならない。
「んで、急に目の前が真っ暗になったんだ」
行動不能に陥った瞬間だ。
「行こう」
「へ、どこへ?」
事情を説明する必要はないだろう。助かることにボス部屋までの直通通路は螺旋階段だ。
突き落とせばことは足りる。後は最速で終点に到着して待つだけ。
ドスン
予想通りの場所に落ちてきた。たったあれだけの距離で墜落死とは。受身を取れずに頭から落ちたのだろう。情けない。
「“生”」
瀕死なら蘇生は可能だ。現実世界ではそうもいかないが、仮想現実に近いこの世界ならではのシステムである。知り合いはここをRPGゲームのようだと表現していた。
「死ぬかと思った」
「死亡した」
「死んでおったぞ」
「即死だったな」
「やっぱり俺死んだんじゃないか!?」
わからない。彼はどこに文句があるのだろうか?
「殺されたことにだよ。生き返れるって知ってても怖いっつうの。痛いっつうの。てか、向こうに道あるじゃないか!?お前何考えているんだよ!」
最短距離。
「最安全ルートで行ってくれよ」
時間短縮。
「・・・後で話し合いが必要だよな?」
「わかればよろしい」
もしかして彼女はそれを伝えたくてわざわざ自分に彼を届けさせたのだろうか。手間を省くために最上階から落とすのを見越して。
「痛い?通常痛覚とどれくらいの差があるのだ?」
「比べようがないって。俺死亡しかしてないんだぞ」
「それはそうだな」
刑事まで同意しているということはあの痛みは通常では比べようのないものなのか。
「痛覚は変わらぬ。ただ、負傷による動作制限は緩和されていよう。出血量を気に留めぬと突如動けなく、なんてこともありうるので慢心はならぬ」
つくづく不便だと思う。
「そういう訳ですから。私は彼らに説明しなければなりません。現場を見学できれば理解も早まるでしょう」
嫌な予感しかしない。
「ですから、頑張ってくださいね」
そうなる。なら、最初から任せてほしかった。1分で終わらせられる。
イヤーマイクを渡された。単身突入、とのことらしい。難しい注文ではない。
「あ、でも、その前に。稼いだポイントでここに窓をつけてくれぬか。そう、ショーウィンドーみたいなのが好ましいんじゃがのう」
道すがら雑魚との戦闘ボーナスと設置宝箱からのポイントを掻き集めたのだろう。このレベルにしてはそこそこの数値が集まっている。このくらいあれば、
「ボス部屋の壁面加工開始、透化」
「うわ~、すげ~」
全面ガラス張りにすることも可能だ。二人が殲滅しながら進んだからポイントが余っている。これくらいなんということはない。
「完璧じゃの」
満足頂けて何より。
ボス部屋に入らずに最終戦の相手の形状を知れることはありがたい。対策が取れる。
タイプ:触手系。類似形:イソギンチャク。ご主人様感想:キモイ。
またこれか・・・・・・記録は残っている。先輩のような情報欠損タイプではない。
回遊魚タイプよりは戦い易い。実体分散可能なボスなど初心者レベルではまず現れない。
始めてもよさそうだ。
部屋に飛び込むと触手から距離が取れる岩場に着地した。ボス部屋にはカラクリが施されていることが多い。自分がゆっくり降下したのはこのステージ特有の浮力が働いているからだ。天井に空気層があるのはここで呼吸しなさいといいたいのだろう。
切れる前に仕留める。
アイテムから小太刀を選択する。装備すると前方に質素な小太刀が具現化される。使い易さが考慮されていて、本物よりも軽くて握りやすい作りとなっている。
向かってきた紫色の触手を全て切り落とす。傷口から噴き出した緑色の液体に触れないように、さらに場所を移動する。あまり能力を見せるわけにもいかない。初期装備品の小太刀一本で倒して御覧に入れよう。
「・・・・・・」
武器まで初期化されている。攻撃力が低い。このような事態も考慮して予備の装備データを作るべきだった。だが、手数で押せるので問題ではない。問題は武器に刃がないことだ。初期武器は初心者向けに剣でも刃が潰され、先端も丸く加工されている。この小太刀も鉄製だが、鋭利な部分はどこにもない。
基礎攻撃力の低い自分には痛いのだが、そこは手数で勝負すればいいので問題ない。
それにしてもこの敵は弱い。動きも遅いし、判断力もない。ただ闇雲に単調な攻撃をしてくる。近距離中距離が攻撃方法も触手のみと単純な相手だ。所詮は初心者向けダンジョンのボスである。
「・・・・・・」
余計なことをしなければいいだけだ。疑われる理由はまだないはずだ。急いでCUTしよう。
軟体動物は刃に優しい。堅い骨は刃欠けの原因となる。ただし、腐食性の体液でない時に限る。十数本切っただけで刃が錆びてきた。最後まで使用できるだろうか?
スピードアップしよう。ギャラリーにばれない程度に、加速。
一撃離脱が基本戦闘スタイルなので突きでは合わない。暫を多用していたところ、何故か一撃滅殺が座右の銘になってしまった。自分よりもっと相応しい人物がいると思う。すでに知人で二人ほどいらっしゃる。
などと考えている間にも自分の身体は俊敏に動き、テキパキと触手を切り離していく。外野の応援がやかましい。壁を元に戻したい。いつも通りに罵声と驚声と銃声etcのBGMで戦わせてほしい。
それももうすぐ終わる。最後の一本を落とせば、この仕事完了である。意図が見えない面倒な仕事であった。
上で何か音がした。視界だけ動かすと、そこには拳銃を構える刑事の姿があった。イソギンチャクも彼の姿に気がついたようだ。彼の方が狙い易いと、入り口に目掛けて大量の消化液を吐き出した。消化液なのは見ればわかる。紫色のスミかもしれないが、完全に水中仕様ではないので拡散することはない。
壁に身を隠しながら標準を合わせようとするが、連続で吐き出されて打てないでいる。
自分に当たると思っているのだろうか?それくらい心配無用なのだが、彼はそう思えないらしい。職業柄もあるのだろう。なかなか撃とうとしない。
あの口を塞ぐ何かがあればいいのだが、手ごろな岩すらない。地道に待つか。待つことは慣れている。
三時間後、イソギンチャクはようやく姿を止めた。動かせたのは胴体と口だけ、やっていたことは紫色の液体を吐き出すだけ。こんなに待たされることなのか。
「さてと、ようやくゆっくり説明できるのう」
「時間切れ」
渦潮がすべてを飲み込む。撃ち抜かれた巨大イソギンチャクも障害物も背景も高速回転していく。動いていないのは人だけ。そう、これが現実に戻るための処理である。
そしえ全員は駅室に戻った。移動したので位置が違う。壁にめり込んでなければいいのだが・・・・・・心配はなかった。少年がサラリーマンにぶつかっていることくらいだ。喧嘩になっているが、床に埋まっていないのなら問題ない。
「問題ありまくりじゃ」
「聞くが、あの空間に行けたということは、あの男が犯人ということでいいのだな」
この刑事は空間のことを少しは知っていたようだ。経験者なのだろう。大人だからもあるだろうが、少年ほど動揺していなかった。
「その話は後でじゃ。先にあの男を逮捕すべきであろう。痴漢の常習犯であるぞ」
「証拠はあるか?」
「どこかに隠し持っている切符を調べれば一発じゃ。定期もあるのに買う必要はないはず。財布カードもあるようじゃがあれは使用時間が記されるから使っとらんじゃろ」
「手に入れている」
上着の内ポケットに入っていたこの切符のことだろう。3つ前の駅名が記されている。
「元に戻しておきなさい」
「了解です」
購入した時間は二時間前。名刺の住所から最寄駅を検索したところ、すぐ隣の駅にある会社だとわかった。罪を犯すなら時と場所は最低でも整えるべきだと思う。それでも未遂にしなければならない状況が多いのに。
「とりあえず、あの男を警察に連れて帰る。再度の合流は早くて夜中だろう」
新米刑事を小突くとサラリーマンを言いくるめると引っ張っ行った。
「今後の予定は?」
「彼の家に行く」
「私も共にしていいかのう?」
「え?え?何の話?てか、どうなったんだ?」
少年は話についていけないようだ。先程までサラリーマンと再び喧嘩していたのだから無理はない。連行された時はザマーミロという顔をしていた。
「そなたの家に行こうと言っておるのだ」
「え、お前もくるのか?」
「当たり前である。我々はチームであるぞ」
「俺何時所属したんだよ!?」
「巻き込まれた時点」
「拒否権は」
「ある」
「発動してもいいよな」
「構わぬぞ。代償は必要じゃけど」
「・・・何が起こるんだ?」
起こることではない。起こすことである。自分の実力で口止めをするだけ。意味がわかったのだろうか。少年は青ざめていらしてくださいと消えそうな声で呟いた。
「さて、本人の了解が得られましたわ」
脅しの片棒を担がされた。声真似が上手い。
「いつまでもお邪魔している訳にいかんか。そろそろ移動しようかのう。早う案内せい」
「はいはい、と言ってもまだ二駅先なんですけれど」
特に事件もなかったので、省略
「ここが俺ん家だ」
「なかなか広そうじゃのう」
「低い」
「そんな感想言った奴初めてだ」
基準が御主人様だから・・・・・・スキャン終了。自宅と比べると下がなく、仕事場と比べると高さが十分の一未満。広さは畑より狭い。
「変な家だけど、ゆっくりしていってくれ」
そんなこと言っていると強制で拠点にされる。少年が仲間になるのは確定事項のようだ。困ったことになった。いや、逆に考えてみよう。機会が増える、増えてどうなる。
二階の西部屋に通された。ありふれた高校生の部屋のデータとよく似ていた。
「姉貴を探すついでに何か持ってくるから待っててくれ」
階段を下りた音を確認して、二人は動いた。本の分析を任せて通常視力を赤外線視力に変えて辺りを見回す。本棚と机の引き出しを一息にあさり、押入れの天井上を確認し、絨毯の裏を探る。次に超音波を視覚化して再度探索する。
本棚の後ろとベッドの下に本とDVDを数点発見した。隠してあったということは彼の私物だろう。指の上で回転させ、そこからデータを読み込む・・・・・・止めた。これもこれも御主人様がロードを強制中止された内容に一致している。深部検索禁止ワードも多々見られる。これ以上は調査続行不可能なディスクばかりだ。
ため息を一つ吐くと勉強机の傍らに置いてあったパソコン内にドライブする。こちらにも大した情報がない。インターネットの観覧履歴も動画サイトや漫画アニメばかり。
そんな愕然としたところに聞こえてくる。
「片付ける」
彼女も作業を中断し、元に戻し始めた。パソコン停止が間に合わないので強制シャットアウトを実行する。シャットダウンではないので5割の確率で起動不能になるが、大抵はコンピューターウイルスと誤認される・・・・・・というよりも、一般的に起こりうる事象で症状が酷似しているのがこれしかないのだ。
「おまたせって何出してんだよ!?」
彼女の指示でベッドの下にあった本とDVDは放置された。本棚の裏にあった本と並んで展示品のように床に置かれている。タイトルに関連性はないが、どれも裸もしくはそれに近い女性の写真が表紙にある。
盆を投げ出して少年は本とDVDを隠そうとした。さすが閲覧禁止と言われたワードが多々ある雑誌である。重要機密らしい。
「弱みを握るのは交渉の常とう手段じゃろ」
「そんな訳あるか!」
そうなのか?自分にとって常識だが、彼の言動から察するに、かなりの溝が存在するらしい。
「協力せい。でないと恥をかくのはそなたじゃぞ」
「何をさせたいんだよ」
「我々が調査する間フォローじゃ。こちらの常識には疎くてのう。じゃが、そちにとっては大したことではないことであろう」
「全然大したことあるって」
「それに」
彼女がこっちを見て不敵に微笑んだ。そのまま彼を手招きすると扇で隠してなにやらコソコソと話し出す。最初こそ驚いていたが、何か思い当たったことがあるのかある時点から真剣に内緒話をし出した。
なんだか深部が棘棘する。
「わかった。そういうことなら協力するぜ」
「わかってくれて何よりじゃ」
イゲイゲする。
「そう拗ねるなって」
拗ねてない。
「ならば宿を何とかしなければ」
ここに泊まるわけにはいかないのか?
「無理無理無理。俺が親に怒られるって」
「それに関してはこれらでも無理じゃろうな~」
ベッドの下に隠されたあれらの物でも無理なことらしい。領土権がないと命令権もないのか。
「年下からそう思われてるって複雑」
「仕方あるまい。さて、私はリジィを訪ねるとして、そちはどうする?」
野宿する。
「止めろ。また襲われたらどうすんだよ」
「しかし、宿の当てはない」
「さっきのカード見せればすぐ用意してくれるって」
どこで使用するかわからないのだが、これを話すと面倒になりそうだ。適当なホテル街まで案内させて適当に休息場所を探そう。
「姉貴、知り合いが宿探してんだけど、今すぐ空いてるとこ知らねーかー」
やはり、こいつ只者じゃない。
結局ビジネスホテルのシングルルームを紹介してもらった。明日チェックアウトの後に集まると約束し、解散となった。日本のホテルなので布団を期待したのだが、ベッドだった。ベッドは苦手なので壁とベッドの隙間を利用して眠ることにした。もちろん、枕や部屋着で膨らみを偽装するのも忘れない。これで入り口からも窓からも自分の姿を瞬間に見ることができなくなった。
「これで安眠できる」
染み付いた習性とは恐ろしいもので平和とわかっていてもこれ以上しないと落ち着いて眠れない。フカフカ掛布団にくるまりながら、今日の夢は誰に会うのだろうとちょっとだけ思って眠りについた。
黒い猫が出てきた・・・・・・久しぶり。
「・・・・・・」
釣れてきた雑魚は刺身にしていただいた。腹の足しにもならなかった。固形物好まない。
「・・・・・・」
蹴飛ばしてみた。返事がない。こういう時なんというのだっただろうか?ただの屍のようだ?
「ミッションクリア?」
また疑問符が付いてしまった。嬉しくないのはどうしてだろう。毎回これだから困る。ご主人様ではないのにこう感じるのは思考回路のどこかに欠陥がある証拠だ。
「・・・・・・」
この世界には消滅は合っても物理的な死はほとんどないことが不覚にもレベルアップしてわかった。彼の状態は仮死状態と言い換えられる。ダンジョンクリア時に仮死状態にいる人物に対してのみ、現実世界での死が確定する。迷子は事例がないのでわからない。
「後処理をしよう」
ダンジョンで出現した敵ではないので、死亡しても自然消滅しない。運が良いことに今日のクリエーターは自分だ。この辺にドンと巨大なオブジェを建てれば隠れるだろう。残りポイントはないからこっそり保留しておいたポイントを使うしかない。
こういうのを何と言っただろうか?神隠し?不可思議事件?どっちでもいいか。
「製造開始」
簡単なのでいいだろう。ステージモデルは海だ。珊瑚礁の岩場にしよう。自分が構成するステージは水属性が多いので形成される空間はそれを関連付けると構成が容易になる。バックアップはあるので、その分消費ポイントは減少する。
エコって素晴らしい。
PPPPPP・・・・・・
電子通話が入った。彼女からだ。
「はい」
『もうすぐ最下層に着くからって連絡いたしましたわ』
珍しいことがある。今まで一度もなかった。もしかして、連絡する相手を間違えているのだろうか?あの人宛てだとしたら、合点が行く。
「御かけに鳴った電話番号は」
『違いません』
自分に用事?
「増援依頼?」
『似たようなものです。掃除が終わりましたし、彼を連れて最下層手前までいらっしゃいな』
え?
「復唱を要求する」
『もうすぐ最下層に着くから連絡いたしました。違いません。似たようなものです。掃除が終わりましたし、彼を連れて最下層手前までいらっしゃいな』
綺麗な復唱ありがとうございます。
しかし、困った。いくら敵が雑魚でも自分より大きな体を担いでいきたくない。
「拒否する」
『させません』
ですよね。
『彼に頼み事がありますの。か・な・ら・ず、連れて来てくださいね』
「・・・・・・はい」
ポイント消費損となってしまった。SPも無駄になった。二重の意味で痛い。
「解き水の法“生”」
蘇生術が使えてよかったと思う。こちらの能力に感謝することも多くなった。致命的なことだ。それに彼のHPだと満タンになって復活する。低コストだ。
「うわ~、死んだかと思った」
死んでいた。
「あの魚、地味に痛い」
「当然」
噛み付き寄生も立派な攻撃だ。レベルが上がれば、行動を邪魔する雑魚と化す。さらに上がると巻き添えを食らって倒れる悲しい雑魚となる。その光景を幾度となく傍観してきた。
雑魚といって放置した探索者がそいつに邪魔されたあげく大型モンスターの一撃で無残に戦闘不能に陥ることも多いので油断ならない。
「んで、急に目の前が真っ暗になったんだ」
行動不能に陥った瞬間だ。
「行こう」
「へ、どこへ?」
事情を説明する必要はないだろう。助かることにボス部屋までの直通通路は螺旋階段だ。
突き落とせばことは足りる。後は最速で終点に到着して待つだけ。
ドスン
予想通りの場所に落ちてきた。たったあれだけの距離で墜落死とは。受身を取れずに頭から落ちたのだろう。情けない。
「“生”」
瀕死なら蘇生は可能だ。現実世界ではそうもいかないが、仮想現実に近いこの世界ならではのシステムである。知り合いはここをRPGゲームのようだと表現していた。
「死ぬかと思った」
「死亡した」
「死んでおったぞ」
「即死だったな」
「やっぱり俺死んだんじゃないか!?」
わからない。彼はどこに文句があるのだろうか?
「殺されたことにだよ。生き返れるって知ってても怖いっつうの。痛いっつうの。てか、向こうに道あるじゃないか!?お前何考えているんだよ!」
最短距離。
「最安全ルートで行ってくれよ」
時間短縮。
「・・・後で話し合いが必要だよな?」
「わかればよろしい」
もしかして彼女はそれを伝えたくてわざわざ自分に彼を届けさせたのだろうか。手間を省くために最上階から落とすのを見越して。
「痛い?通常痛覚とどれくらいの差があるのだ?」
「比べようがないって。俺死亡しかしてないんだぞ」
「それはそうだな」
刑事まで同意しているということはあの痛みは通常では比べようのないものなのか。
「痛覚は変わらぬ。ただ、負傷による動作制限は緩和されていよう。出血量を気に留めぬと突如動けなく、なんてこともありうるので慢心はならぬ」
つくづく不便だと思う。
「そういう訳ですから。私は彼らに説明しなければなりません。現場を見学できれば理解も早まるでしょう」
嫌な予感しかしない。
「ですから、頑張ってくださいね」
そうなる。なら、最初から任せてほしかった。1分で終わらせられる。
イヤーマイクを渡された。単身突入、とのことらしい。難しい注文ではない。
「あ、でも、その前に。稼いだポイントでここに窓をつけてくれぬか。そう、ショーウィンドーみたいなのが好ましいんじゃがのう」
道すがら雑魚との戦闘ボーナスと設置宝箱からのポイントを掻き集めたのだろう。このレベルにしてはそこそこの数値が集まっている。このくらいあれば、
「ボス部屋の壁面加工開始、透化」
「うわ~、すげ~」
全面ガラス張りにすることも可能だ。二人が殲滅しながら進んだからポイントが余っている。これくらいなんということはない。
「完璧じゃの」
満足頂けて何より。
ボス部屋に入らずに最終戦の相手の形状を知れることはありがたい。対策が取れる。
タイプ:触手系。類似形:イソギンチャク。ご主人様感想:キモイ。
またこれか・・・・・・記録は残っている。先輩のような情報欠損タイプではない。
回遊魚タイプよりは戦い易い。実体分散可能なボスなど初心者レベルではまず現れない。
始めてもよさそうだ。
部屋に飛び込むと触手から距離が取れる岩場に着地した。ボス部屋にはカラクリが施されていることが多い。自分がゆっくり降下したのはこのステージ特有の浮力が働いているからだ。天井に空気層があるのはここで呼吸しなさいといいたいのだろう。
切れる前に仕留める。
アイテムから小太刀を選択する。装備すると前方に質素な小太刀が具現化される。使い易さが考慮されていて、本物よりも軽くて握りやすい作りとなっている。
向かってきた紫色の触手を全て切り落とす。傷口から噴き出した緑色の液体に触れないように、さらに場所を移動する。あまり能力を見せるわけにもいかない。初期装備品の小太刀一本で倒して御覧に入れよう。
「・・・・・・」
武器まで初期化されている。攻撃力が低い。このような事態も考慮して予備の装備データを作るべきだった。だが、手数で押せるので問題ではない。問題は武器に刃がないことだ。初期武器は初心者向けに剣でも刃が潰され、先端も丸く加工されている。この小太刀も鉄製だが、鋭利な部分はどこにもない。
基礎攻撃力の低い自分には痛いのだが、そこは手数で勝負すればいいので問題ない。
それにしてもこの敵は弱い。動きも遅いし、判断力もない。ただ闇雲に単調な攻撃をしてくる。近距離中距離が攻撃方法も触手のみと単純な相手だ。所詮は初心者向けダンジョンのボスである。
「・・・・・・」
余計なことをしなければいいだけだ。疑われる理由はまだないはずだ。急いでCUTしよう。
軟体動物は刃に優しい。堅い骨は刃欠けの原因となる。ただし、腐食性の体液でない時に限る。十数本切っただけで刃が錆びてきた。最後まで使用できるだろうか?
スピードアップしよう。ギャラリーにばれない程度に、加速。
一撃離脱が基本戦闘スタイルなので突きでは合わない。暫を多用していたところ、何故か一撃滅殺が座右の銘になってしまった。自分よりもっと相応しい人物がいると思う。すでに知人で二人ほどいらっしゃる。
などと考えている間にも自分の身体は俊敏に動き、テキパキと触手を切り離していく。外野の応援がやかましい。壁を元に戻したい。いつも通りに罵声と驚声と銃声etcのBGMで戦わせてほしい。
それももうすぐ終わる。最後の一本を落とせば、この仕事完了である。意図が見えない面倒な仕事であった。
上で何か音がした。視界だけ動かすと、そこには拳銃を構える刑事の姿があった。イソギンチャクも彼の姿に気がついたようだ。彼の方が狙い易いと、入り口に目掛けて大量の消化液を吐き出した。消化液なのは見ればわかる。紫色のスミかもしれないが、完全に水中仕様ではないので拡散することはない。
壁に身を隠しながら標準を合わせようとするが、連続で吐き出されて打てないでいる。
自分に当たると思っているのだろうか?それくらい心配無用なのだが、彼はそう思えないらしい。職業柄もあるのだろう。なかなか撃とうとしない。
あの口を塞ぐ何かがあればいいのだが、手ごろな岩すらない。地道に待つか。待つことは慣れている。
三時間後、イソギンチャクはようやく姿を止めた。動かせたのは胴体と口だけ、やっていたことは紫色の液体を吐き出すだけ。こんなに待たされることなのか。
「さてと、ようやくゆっくり説明できるのう」
「時間切れ」
渦潮がすべてを飲み込む。撃ち抜かれた巨大イソギンチャクも障害物も背景も高速回転していく。動いていないのは人だけ。そう、これが現実に戻るための処理である。
そしえ全員は駅室に戻った。移動したので位置が違う。壁にめり込んでなければいいのだが・・・・・・心配はなかった。少年がサラリーマンにぶつかっていることくらいだ。喧嘩になっているが、床に埋まっていないのなら問題ない。
「問題ありまくりじゃ」
「聞くが、あの空間に行けたということは、あの男が犯人ということでいいのだな」
この刑事は空間のことを少しは知っていたようだ。経験者なのだろう。大人だからもあるだろうが、少年ほど動揺していなかった。
「その話は後でじゃ。先にあの男を逮捕すべきであろう。痴漢の常習犯であるぞ」
「証拠はあるか?」
「どこかに隠し持っている切符を調べれば一発じゃ。定期もあるのに買う必要はないはず。財布カードもあるようじゃがあれは使用時間が記されるから使っとらんじゃろ」
「手に入れている」
上着の内ポケットに入っていたこの切符のことだろう。3つ前の駅名が記されている。
「元に戻しておきなさい」
「了解です」
購入した時間は二時間前。名刺の住所から最寄駅を検索したところ、すぐ隣の駅にある会社だとわかった。罪を犯すなら時と場所は最低でも整えるべきだと思う。それでも未遂にしなければならない状況が多いのに。
「とりあえず、あの男を警察に連れて帰る。再度の合流は早くて夜中だろう」
新米刑事を小突くとサラリーマンを言いくるめると引っ張っ行った。
「今後の予定は?」
「彼の家に行く」
「私も共にしていいかのう?」
「え?え?何の話?てか、どうなったんだ?」
少年は話についていけないようだ。先程までサラリーマンと再び喧嘩していたのだから無理はない。連行された時はザマーミロという顔をしていた。
「そなたの家に行こうと言っておるのだ」
「え、お前もくるのか?」
「当たり前である。我々はチームであるぞ」
「俺何時所属したんだよ!?」
「巻き込まれた時点」
「拒否権は」
「ある」
「発動してもいいよな」
「構わぬぞ。代償は必要じゃけど」
「・・・何が起こるんだ?」
起こることではない。起こすことである。自分の実力で口止めをするだけ。意味がわかったのだろうか。少年は青ざめていらしてくださいと消えそうな声で呟いた。
「さて、本人の了解が得られましたわ」
脅しの片棒を担がされた。声真似が上手い。
「いつまでもお邪魔している訳にいかんか。そろそろ移動しようかのう。早う案内せい」
「はいはい、と言ってもまだ二駅先なんですけれど」
特に事件もなかったので、省略
「ここが俺ん家だ」
「なかなか広そうじゃのう」
「低い」
「そんな感想言った奴初めてだ」
基準が御主人様だから・・・・・・スキャン終了。自宅と比べると下がなく、仕事場と比べると高さが十分の一未満。広さは畑より狭い。
「変な家だけど、ゆっくりしていってくれ」
そんなこと言っていると強制で拠点にされる。少年が仲間になるのは確定事項のようだ。困ったことになった。いや、逆に考えてみよう。機会が増える、増えてどうなる。
二階の西部屋に通された。ありふれた高校生の部屋のデータとよく似ていた。
「姉貴を探すついでに何か持ってくるから待っててくれ」
階段を下りた音を確認して、二人は動いた。本の分析を任せて通常視力を赤外線視力に変えて辺りを見回す。本棚と机の引き出しを一息にあさり、押入れの天井上を確認し、絨毯の裏を探る。次に超音波を視覚化して再度探索する。
本棚の後ろとベッドの下に本とDVDを数点発見した。隠してあったということは彼の私物だろう。指の上で回転させ、そこからデータを読み込む・・・・・・止めた。これもこれも御主人様がロードを強制中止された内容に一致している。深部検索禁止ワードも多々見られる。これ以上は調査続行不可能なディスクばかりだ。
ため息を一つ吐くと勉強机の傍らに置いてあったパソコン内にドライブする。こちらにも大した情報がない。インターネットの観覧履歴も動画サイトや漫画アニメばかり。
そんな愕然としたところに聞こえてくる。
「片付ける」
彼女も作業を中断し、元に戻し始めた。パソコン停止が間に合わないので強制シャットアウトを実行する。シャットダウンではないので5割の確率で起動不能になるが、大抵はコンピューターウイルスと誤認される・・・・・・というよりも、一般的に起こりうる事象で症状が酷似しているのがこれしかないのだ。
「おまたせって何出してんだよ!?」
彼女の指示でベッドの下にあった本とDVDは放置された。本棚の裏にあった本と並んで展示品のように床に置かれている。タイトルに関連性はないが、どれも裸もしくはそれに近い女性の写真が表紙にある。
盆を投げ出して少年は本とDVDを隠そうとした。さすが閲覧禁止と言われたワードが多々ある雑誌である。重要機密らしい。
「弱みを握るのは交渉の常とう手段じゃろ」
「そんな訳あるか!」
そうなのか?自分にとって常識だが、彼の言動から察するに、かなりの溝が存在するらしい。
「協力せい。でないと恥をかくのはそなたじゃぞ」
「何をさせたいんだよ」
「我々が調査する間フォローじゃ。こちらの常識には疎くてのう。じゃが、そちにとっては大したことではないことであろう」
「全然大したことあるって」
「それに」
彼女がこっちを見て不敵に微笑んだ。そのまま彼を手招きすると扇で隠してなにやらコソコソと話し出す。最初こそ驚いていたが、何か思い当たったことがあるのかある時点から真剣に内緒話をし出した。
なんだか深部が棘棘する。
「わかった。そういうことなら協力するぜ」
「わかってくれて何よりじゃ」
イゲイゲする。
「そう拗ねるなって」
拗ねてない。
「ならば宿を何とかしなければ」
ここに泊まるわけにはいかないのか?
「無理無理無理。俺が親に怒られるって」
「それに関してはこれらでも無理じゃろうな~」
ベッドの下に隠されたあれらの物でも無理なことらしい。領土権がないと命令権もないのか。
「年下からそう思われてるって複雑」
「仕方あるまい。さて、私はリジィを訪ねるとして、そちはどうする?」
野宿する。
「止めろ。また襲われたらどうすんだよ」
「しかし、宿の当てはない」
「さっきのカード見せればすぐ用意してくれるって」
どこで使用するかわからないのだが、これを話すと面倒になりそうだ。適当なホテル街まで案内させて適当に休息場所を探そう。
「姉貴、知り合いが宿探してんだけど、今すぐ空いてるとこ知らねーかー」
やはり、こいつ只者じゃない。
結局ビジネスホテルのシングルルームを紹介してもらった。明日チェックアウトの後に集まると約束し、解散となった。日本のホテルなので布団を期待したのだが、ベッドだった。ベッドは苦手なので壁とベッドの隙間を利用して眠ることにした。もちろん、枕や部屋着で膨らみを偽装するのも忘れない。これで入り口からも窓からも自分の姿を瞬間に見ることができなくなった。
「これで安眠できる」
染み付いた習性とは恐ろしいもので平和とわかっていてもこれ以上しないと落ち着いて眠れない。フカフカ掛布団にくるまりながら、今日の夢は誰に会うのだろうとちょっとだけ思って眠りについた。
黒い猫が出てきた・・・・・・久しぶり。
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