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僕はその日、珍しく菜摘さんとは予定が合わなかった。
こんな日には会わないでいられることの方が有り難いと思ってしまった。
微妙な雰囲気を残したまま昭恵さんと別れ、僕は一人でいつもの帰路を辿っていた。
いつもの公園の前をふと通り過ぎた。
公園を囲む木々を過ぎるたびに、僕の頭には紙芝居のように一枚一枚菜摘さんとの思い出が映し出される。
ありふれた桜の季節における出会い。
陽炎と熱気の中で少しずつ融解し広がっていった気持ち。
朧気な月の下で確信した彼女への思慕。
そして11回目の誕生日に起きた奇跡。
そこからはあっという間だった。
あっという間に長袖を着るようになり、日が短くなって、そして雪の中で熱い恋をした。
また春になって同じ季節を違う気持ちで過ごす楽しさに浮かれていた矢先、突如目の前に立ちはだかった二人の問題。
きっと僕らは、お互いにそうだったんだ。
昭恵さんの言う通り、僕も菜摘さんも、お互いにお互いを偶像のように、イデアのように扱っていたんだ。
見てみぬふりや思考停止を何度二人の間で交したのだろう。
これまでの僕たちは誰にも邪魔されず、二人の楽園に浸かっていた。
しかし春になって、外からの刺激によって、その楽園を囲う甘美な壁の脆さに直面しているのだ。
僕はふと、昭恵さんとの会話を記憶の中で辿る間、ついこの間菜摘さんから借りた谷崎潤一郎の『春琴抄』という作品を思い出していた。
美しい春琴の美しい姿を、佐助は自分の目の内胸の内に焼き付け、一生それを追うことにした。
目の前にいる実際の春琴は、大火傷のせいで皮膚が爛れ、見るに耐えない顔面の持ち主になったというのに。
両目を潰した佐助の目の内側には、美しき日の春琴のみが浮かんでいるのだった。
もし僕が佐助のような立場に立ったら、彼のような決意ができるだろうか…?
見るに耐えない現実を突きつけられた時、二人が辿った一種の破壊的な恋愛の結末を、迎える覚悟が僕にはあるのだろうか……。
これはもしかしたら、菜摘さん次第かもしれない。
菜摘さんが望むのなら、僕も多数の女性と関係を持ち、菜摘さんの身が…菜摘さんの身のみが穢れ乱れているのではないということを証明して、彼女の持つ孤独を埋めようとするのかもしれない…。
そして二人でと手を繋いだまま、破滅へと喜んで落ちていくのかもしれない…。
ここまで考えた僕は、矢張り今の仮説はもっともっと先の話であると、心のどこかでそう考えていることに気がついた。
今の僕が今のまま、昭恵さんの言うような菜摘さんの知りたくない面を知ってしまったら、一体どうなってしまうのか…
今すぐにさっき考えたような「破滅」への行動を取れと言われたら、自分にできるのだろうか…
それはやっぱり見当も付かなかった。
こんな日には会わないでいられることの方が有り難いと思ってしまった。
微妙な雰囲気を残したまま昭恵さんと別れ、僕は一人でいつもの帰路を辿っていた。
いつもの公園の前をふと通り過ぎた。
公園を囲む木々を過ぎるたびに、僕の頭には紙芝居のように一枚一枚菜摘さんとの思い出が映し出される。
ありふれた桜の季節における出会い。
陽炎と熱気の中で少しずつ融解し広がっていった気持ち。
朧気な月の下で確信した彼女への思慕。
そして11回目の誕生日に起きた奇跡。
そこからはあっという間だった。
あっという間に長袖を着るようになり、日が短くなって、そして雪の中で熱い恋をした。
また春になって同じ季節を違う気持ちで過ごす楽しさに浮かれていた矢先、突如目の前に立ちはだかった二人の問題。
きっと僕らは、お互いにそうだったんだ。
昭恵さんの言う通り、僕も菜摘さんも、お互いにお互いを偶像のように、イデアのように扱っていたんだ。
見てみぬふりや思考停止を何度二人の間で交したのだろう。
これまでの僕たちは誰にも邪魔されず、二人の楽園に浸かっていた。
しかし春になって、外からの刺激によって、その楽園を囲う甘美な壁の脆さに直面しているのだ。
僕はふと、昭恵さんとの会話を記憶の中で辿る間、ついこの間菜摘さんから借りた谷崎潤一郎の『春琴抄』という作品を思い出していた。
美しい春琴の美しい姿を、佐助は自分の目の内胸の内に焼き付け、一生それを追うことにした。
目の前にいる実際の春琴は、大火傷のせいで皮膚が爛れ、見るに耐えない顔面の持ち主になったというのに。
両目を潰した佐助の目の内側には、美しき日の春琴のみが浮かんでいるのだった。
もし僕が佐助のような立場に立ったら、彼のような決意ができるだろうか…?
見るに耐えない現実を突きつけられた時、二人が辿った一種の破壊的な恋愛の結末を、迎える覚悟が僕にはあるのだろうか……。
これはもしかしたら、菜摘さん次第かもしれない。
菜摘さんが望むのなら、僕も多数の女性と関係を持ち、菜摘さんの身が…菜摘さんの身のみが穢れ乱れているのではないということを証明して、彼女の持つ孤独を埋めようとするのかもしれない…。
そして二人でと手を繋いだまま、破滅へと喜んで落ちていくのかもしれない…。
ここまで考えた僕は、矢張り今の仮説はもっともっと先の話であると、心のどこかでそう考えていることに気がついた。
今の僕が今のまま、昭恵さんの言うような菜摘さんの知りたくない面を知ってしまったら、一体どうなってしまうのか…
今すぐにさっき考えたような「破滅」への行動を取れと言われたら、自分にできるのだろうか…
それはやっぱり見当も付かなかった。
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