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その日の夜、僕は菜摘さんと初めて出会ったあの春の日のように、自分の部屋で彼女について考えていた。

改めて考えると、本当にこの一年で、僕自身や僕を取り巻く環境が大きく変化したことを実感せざるを得ない。

あの日は突然現れた美しい妖精を思い出し呆気にとられているような感覚だった…。

だけどこの一年の間に、その妖精は僕の隣を常に舞い、時にはフワリとどこかへ飛んでいくようなポーズをして僕をどぎまぎさせながら、最終的には僕の肩に優しく止まってくれるという、そんな関係になっていた。


それなのに……



今日の放課後に昭恵さんから聞いたこと…。


僕は未だに信じたくなかった。


菜摘さんに、僕以外の彼氏がいる可能性……



昭恵さんの言葉をもう一度一字一句思い出そうとした。

いや実は、昭恵さんと別れた後も、何度も同じような試みをしているのだ。

少しでも僕の解釈違いがないか。言葉を聞き誤っていないか。


だけど何度それを繰り返してみても、無残にも僕の頭に響く昭恵さんの言葉は同じだった。




『菜摘さんの彼氏は、菜摘さんよりも大分年上の人よ。……この間、その人が菜摘さんと腕を組んで歩いてるのを見たもの。もし信じられないっていうなら、私の友達に聞いてみてもいいわよ。あの子たちも一緒にいたんだから…。』



どこか僕の目に色がなくなっていくのを期待するかのような、そんな表情のまま、昭恵さんはこう言った。

菜摘さんを決して諦めないと言い張る僕の気持ちが折れることを期待しているというのを、彼女は一切隠さない素振りだった。


しかしだからと言って、彼女の言葉が狂言であるとは思えなかった。


実は僕も前に1度、菜摘さんのアパートから30~40代くらいの男性が出てくるのを見たことがあったからだ。


その時はまだ、僕と菜摘さんは今のような関係ではなかった。

何気なさを装って菜摘さんにその男性について聞いたときも、菜摘さんは『ただの義兄で、姉と喧嘩したからその相談に乗っていただけ』だと答えていた。


確かに以前から、菜摘さんには年の離れた姉がいることや、その姉の娘(菜摘さんからしたら姪に当たる)が菜摘さんに懐いていて、たまに菜摘さんの家に遊びに来ることなどは聞いていた。

だからその時は菜摘さんを疑う気なんてさらさらなかったし、実際今日昭恵さんから話を聞いたときも、真っ先に頭に浮かんできたのはその義兄のことだった。



だけど、義兄と腕を組んで歩くだろうか…?

義兄からしたら菜摘さんは、自分の娘をよく面倒みてくれる有り難い義妹に過ぎないはずなのに…。


それとも、僕がまだ子供だから分からないだけで、世間の大人は少しでも信頼関係を築けた相手と、案外簡単に肌を寄せ合わせるものなのだろうか…?


こんなあり得ない考えまでもが僕の脳裏を掠める程、今の僕の脳は隙だらけだ。
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