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「好きな人」

そう聞かれて、頭に思い浮かぶのはたった一人。

だけど、僕はまだ、本当の意味で「好き」や「恋」をしているかすら分からない。


……いや、分かりたくないのかもしれない。


夏休み中にその人と話したこと。

恋とは、小説や映画のような美しいだけのものじゃない。

辛くて苦しくて醜くて、だけど気がついたら相手のことばかり考えてしまう……。


それが、恋だと言っていた。



僕が最近感じるこの気持ちは…

その話をしてくれた人に対して抱いているこの気持ちは……

まさにその人が語っていた「恋」にとても似ている。



学校で授業を受けているとき。

昼休みに一人ぼんやり給食を食べながら窓の外を眺めるとき。

家に帰って、のんびりお風呂に入ったり寝る前にベッドでウトウトするとき。


必ずと言っていい程、僕の頭の中に浮かんでくる顔。


学校でいじめられたり悪口を言われたり蹴られたりしても、放課後に会えると思えば耐えられること。

たまに予定が合わなくて遊べないときに、心が苦しくなること。

土日に遊ぶ友達がほぼいない僕が、みんなの人気者と二人きりで遊んでとてつもない優越感に浸ること。


そして、誰かに恋をしていると聞いたとき、今まで生きてて感じたことがないくらい頭が真っ白になって、すごく胸が痛くて、苦くて、締め付けられたこと……


あの人の言う通り、幸せと苦しみの比が2:8くらい。

あの人と出会ってから、あの人と過ごす時間が、2:8くらいの割合で、辛いことばっかりだ。

恥ずかしい思いばっかり。

醜くて幼くて、どうしようもない自分ばっかり。


だけどもし、この気持ちを認めてしまえば……

僕はこれからもあの人と関わる限り、こんな自分をも認めなければいけなくなるんだ…。

今まで見ないふりをしてきた。

自分がこんなに独り善がりで幼稚で情けないと思い知りたくなかったから。

でも……



教室のベランダの窓から、晩夏の風が吹き込んだ。

暖かくもどこか冷涼なその風は、僕の心の中の葛藤を嘲笑うかのように僕の体を包み込んだ。

空には夜を待ち構えるかのように佇む白い月。

恋と月とを結びつける歌や詞はこの世に溢れている。

だけど僕が今見ている白昼の月は、まるで僕の心をそのまま映したかのように、とても朧気で曖昧で、心許ないものだった。

でも……


(認めよう……もう。)


今はまだ自覚と認識が足りていなかったとしても、僕の心の真ん中にいつもあるのは、あの人への紛れもない思慕。

僕はきっと今…

菜摘さんに、恋しているんだ。
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