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第六章 セスランの章(セスランEDルート)

80.触れ合う心

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  白虎の里は、ゲルラの南の端、険しい山に囲まれた辺境にある。
 遠い昔、そこよりさらに険しく荒れた土地で、セスランは母と暮らした。
 気の遠くなるほどの年月が流れ、今はもう知り人は1人もいない。
 けれどその寂しい景色は、記憶にあるまま少しも変わっていない。
 幼い子供の背丈ほどの茅が生い茂り、雑穀の畑がぽつぽつと見えた。
 空腹で空腹で仕方なくて、茅の実を集めて食べたこともあったと、セスランはほろ苦く思い出す。

「こんなとこに住める人、いるんですか?」

 相変わらず無神経なエリーヌは、感じたまま「ほんとうのこと」を口にする。
 ため息をつく気力も失せていた。
 黙殺して、天幕を張る平地を探した。
 ここは既に白虎の支配地で、危険地帯である。
 そこにあえて野営するのは、早くに白虎の王族と極秘裏に接触するためだった。
 白虎の都から少し離れたここなら、それがかなう。そうセスランは判断した。

「ごはんの準備、わたししますね!」

 持ってきた荷物の中から、エリーヌは彼女おすすめの携帯食を取り出した。
 彼女いわく、「非常時でも贅沢でおいしく」が宣伝文句の、一流料理店の携帯食らしい。

「それはまたにせよ」

 贅沢はまずい。
 既に白虎の支配地で、あちこちから冷たい監視の目がセスランたちに向けられている。
 そこで危機感、緊張感もなく、贅沢な食事をとるなど自殺行為だ。
 できるだけ質素に控えめにしているが良策だろう。
 ここは少々味気なくとも、非加熱の携帯固形食でしのぐか。
 そうセスランが思いを巡らしていると、ぱちぱちと薪のはぜる音がした。
 火の前に座り込んだパウラが、鍋に蓋をしている。
 強火の炎の上に吊り下げられた鉄鍋は、すぐにグラグラと煮立ったようで、パウラは薪を数本取り除いて中火に調整してのけた。
 穀類の煮立つ、ほの甘い香りが辺りに漂った。

「茅の実のお粥です。
 白虎の方々がおいでになるかもしれませんでしょう?
 少し多めに作っておきましたわ」

 ヘルムダールの姫君が、茅の実の調理方法を知っているのか。
 セスランの驚きは顔に出ていたのだろう。くすりとパウラは小さく笑った。

実家ヘルムダールは豊かではありませんの。
 家格だけはやたらに高いのですけれど、それに見合う財力はありませんから。
 普段はとても質素に……と言えば聞こえは良いですけれど、雑穀をいかにおいしく調理できるかが、料理上手と言われる決め手になるんですのよ」

 こんなところで役にたつとは思わなかったと言いながら、パウラはぐつぐつと音を立てる鍋の蓋を少しだけずらした。
 しゅうと白い蒸気が上がり、甘い香りが強くなる。

「わたくし、なんでも負けるのは嫌いなんですの」

 料理でもなんでも、「できない」と言われるのが嫌なのだそうだ。
 
「でも今回は、少しだけズルをしましたわ。
 茅の実、あらかじめふやかしたものを持ってきましたから。
 だって時間がないの、わかっていましたもの。
 ズルはズルですけれど……」

 仕方なかったのだと、紅い唇を尖らせて言い訳をする顔に、セスランは笑ってしまう。
 なんとかわいらしい。
 つんと澄ました竜の姫。
 垣間見た姫の素顔が、セスランの胸を温かくする。

「パウラは、そんな表情かおもするのだな」

 思わずこぼれ出た。
 
「パウラは白虎を疎ましく思わぬのか?」

 パウラは静かに首を振った。

「お目にかかったことがありませんもの。
 会ったこともない方を嫌ったり好いたり、できませんでしょう?」

 人は皆平等だとか、等しく尊い存在だとか、絵空事を言われればなるほどヘルムダールの姫らしいと思ったことだろう。
 けれどそうではなかった。
 この瞬間。
 セスランは自分に引導を渡した。
 パウラに惹かれている。
 セスランの心が、パウラを求めていることを素直に認めた。
 どうして惹かれずにいられよう。
 おのが目で見たものだけを信じると、そう言い切ったその人に。

「パウラの目に、私はどう見えている」

 だから聞いた。
 パウラの目に映る自分は、卑しい半竜ではなくアルヴィドと同じ竜に映るのかと。

「セスラン様に見えますわ」

 不思議そうに、パウラは首を傾げた。
 他意のない仕草に、セスランの胸の中に在る熱がさらに上がる。
 在るがまま、そのままの自分しか、パウラには見えていない。
 それがとても嬉しかった。
 ここにいても、存在しても良いと認められたようで。

「そう……か」

 多分今、きっと自分は緩み切った表情かおをしているのだろう。
 もう少し気のきいたことは言えないのか。
 内心でもんどりうって葛藤するセスランを前に、パウラはあっと小さく声をあげた。

「もうそろそろですわ。
 火からおろさないと!」

 茅の実の粥ができあがったらしい。
 急いで火から下ろして、鉄鍋を乾いた厚手の布でぐるぐると包む。

「良い感じですわね」
 
 彼女の注意は、もうすっかり茅の実の粥に移ったらしい。
 満足げに鉄鍋を眺めている。
 切ない記憶を呼び起こす茅の粥であったが、今日ばかりは恨めしい。
 後少し、少しだけで良い。
 もう少し後に炊き上がってくれていたら……。
 茅の実粥。
 嫌いになりそうだと、セスランは思った。
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