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第四章 オリヴェルの章(オリヴェルEDルート)

49. 嫉妬したんだ

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  熱戦に沸き立つ競技場。
 なのにどうして、ここには冷気が立ちこめる。
 先ほどから黙して語らないオリヴェルに、パウラはとても居心地が悪い。
 間がもたない困惑に、やはり黙りこくるしかない。
 いい加減にしてほしいと、そろそろ思い始めていた。

  オリヴェルは白いシャツに黒のパンツ姿で、シルクの仮面を手にしている。
  いかにもどこかの大店のご子息風だが、いかんせんにじみ出る高貴の気配は隠せない。
  そのうえに不機嫌オーラをゆらゆらと出されては、話しかけることさえ難しい。

 いったい私が何をした?
 聖女オーディアナ候補として、課題に「それなりに」取り組んだだけだ。
 こんな気まずい空気を醸し出される、そんな覚えはない。
 断じてない。
 そう思えば、がぜん腹が立った。
 どうして私が、こんないたたまれない思いに耐えなくてはならない。

「オリヴェル様、私が何かいたしましたか?」

 抗議の思いでそう問えば、さらに腹が立ってきた。



「ごめん。
パウラは何も悪くないよ」

 視線は変わらず競技場に向けたまま、オリヴェルはそう応えた。

「今回の聖女候補、どうして二人だか、パウラは知ってるかい?」

 話題転換の角度が急すぎる。
 突然というか、いきなりというか。

「ヘルムダールの聖紋オディラもちの公女が、代々継いできたものだよね。
 そもそも聖女オーディアナになるのに、試験なんて普通はしない。
 でも今回はエリーヌにも、最近になって聖紋オディラが出た。
 二人の聖女候補、ごく稀にあるんだけど。
 これって偶然だと思うかい?」

 思わず周囲を見回した。
 貴賓席用のバルコニーには、オリヴェルとパウラの他誰もいない。

「大丈夫、誰もいないよ。
 パウラが席に着いたら下がるように、言っておいたからね」

 護衛騎士まで下げたのか。
 少し離れた扉の外にはいるのだろうが。

「エリーヌだけどね、誰が見たってわかるだろう?
 あれじゃ無理だよ。
 聖女オーディアナになんかなったら、この世が滅びてしまう」

 横顔を向けたまま、オリヴェルは苦笑した。

「わかってて、黄金竜オーディはエリーヌを呼んだんだろうね。
 わたしたち聖使のために……さ」

 くすりとオリヴェルは笑う。
 陰鬱な目をして。

「わたしの任期はどうも長いらしくてね。
 数千年は覚悟する必要があるってさ。
 他の3人も、まぁ似たりよったりかな。
 そうなると……、なにかしらの楽しみを与えなきゃと思ったんだろうね」

 省かれた主語は、黄金竜オーディ。
 だがそんなことはどうでも良い。
 
「楽しみと、そうおっしゃいまして?」

 エリーヌのための怒りではない。
 誰かの楽しみのために、パウラ自身も試練の儀に耐えていると言われたのだ。
 本来なら必要のない試験を、黄金竜オーディが聖使4人のために仕組んだものだと。

「ずいぶんバカにされたものですわ」

「そうだね。
 でもそれは、君がではない。
 わたしたち4人が、バカにされたんだよ」

 振り向いたオリヴェルの緑の瞳が、沈んだ寂寞せきばくの色を映す。

「あれくらいで良いだろうと、そう思われたんだ。
 女日照りのわたしたちには、あれで十分だってさ。
 ふざけた話さ。
 極上の本命を隣りに置けば、どちらがわたしたち用かなんて、誰にだってわかる」

 聖使の任期は通常数百年だが、現在の4人に限って言えば数千年は楽に超えたようにパウラも記憶している。
 前世ではセスランがエリーヌと結ばれて、任期が果てた後、共に黄金竜の泉地エル・アディを去った。
 ではそれこそが、オリヴェルの言う「楽しみ」ということか。
 止まったままの時間を共に生きてくれる特別な女を用意して、目の前におくこと。
 彼女には初めから聖女オーディアナとしての期待はしていないのだから、能力など問題ではない。
 美しく愛らしく、男たちの心をそそる魅力さえあればそれで良い。
 
 けれどエリーヌが、愛らしいか?

 控えめに言っても、相当な根性悪だ。
 表裏が激しくて、図々しく品がない。
 自分が努力することはせず、他人を貶めて上にゆこうとする。
 短い時間ならダマせても、少しでも長く付き合えばすぐにバレるのではないか。

黄金竜オーディの趣味が悪いということですわね」

 思わずぽろりと本音がこぼれて、パウラははっと口元を押さえた。
 悪口、陰口は見苦しいから、極力エリーヌに対するコメントを避けてきたというのに、つい。

 ぷ……。

 こちらも思わずといった風に、オリヴェルがふきだした。

「言うね、パウラ。
 でもそうか。
 黄金竜オーディの趣味が、そもそも悪いんだ」

 思い当たるフシでもあるのか、オリヴェルが軽く頷いた。

黄金竜の郷エル・オーディにある風竜がね、前に言ってたよ。
 今の竜后は、あまり関わりたくない方だってね。
 それ以上のことは言わないし、わたしも聞かなかったけれど」

 ふっと力が抜けたように笑って、オレンジ色の頭をオリヴェルは傾ける。

「どうもわたしは、マイナス思考の癖が抜けなくてね。
 ありがとう、パウラ」

 お礼を言われるようなことを言ったつもりはないが。
 けれど確かにオリヴェルには、マイナス思考の傾向がある。
 前世のパウラは、全く気が付かなかった。
 それほど近い距離にいなかったからか、パウラ自身に余裕がなかったからか。
 いつも陽気で粋で、気さくな青年だとしか思わなかった。

「だけどエリーヌが、わたしたち用に呼び出されたってことはホントだろう。
 そしてね、それをセスランもアルヴィドも、シモンも気づいてる。
 気づいていてなお、見ている相手はエリーヌじゃない。
 パウラもわかってるよね?」

「エリーヌと比べたらマシってことですわね?」

 苦しい逃げ口上なのは自覚していた。
 アルヴィドやオリヴェルはそれほどでもないが、セスランやシモンの好意はあからさま過ぎるくらいだったから。
 それでも認めるわけにはいかない。
 好かれるのは良い。
 けれど好かれ過ぎてはならないと、それが最初からパウラの目標だった。

「パウラはそうして距離をとるよね。
 これ以上は近づくな……かな?」

 白いシャツの右腕が伸びて、パウラの肩を抱く。
 左手の指がパウラの頬を捕らえて、そっと撫でた。

「嫉妬だよ」

 低い声は怒っているようで。
 身をかわしたいのに、強い視線に縛られてまるで身動きできない。
 これ以上は危険だ。聞いてはならないとアラームが鳴るのに、遮ることもできない。

「不機嫌の理由、パウラ聞いたよね?
 嫉妬したんだ。
 戦うパウラに見惚れていたあいつらを見て。
 競技場ごと吹き飛ばしてやろう、本気で思った」

 いきなりきた。
 オリヴェルはまだ大丈夫だと思っていたのに。
 防御の準備ができていないから、いきなり攻め込まれると弱い。
 どうしよう、どう答える?
 表情を取り繕う余裕なんて、まるでない。
 
 右の頬が熱い。
 オリヴェルの指が触れるその箇所だけが、かぁっと熱をもって火傷をしたように。
 これが経験不足からくる反応か、もっと違う原因からくるものなのか。
 いや、でも。
 好意をもつほど、オリヴェルと仲良くしてはいないと思うし。
 ぐちゃぐちゃこんがらがった思考の渦の中、オリヴェルの言葉が嫌ではないということだけは、パウラにもわかっていた。
 
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