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第四章 オリヴェルの章(オリヴェルEDルート)

48.わたしがイヤだからだよ

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 わぁー--------!

 歓声が上がると、大きな競技場がぐわんと揺らいだ。
 黒い鎧とヘルムの魔術騎士は、競技場の女性すべてを魅了した。
 最初の剣の打ち合いは、黒騎士のサービスらしかった。
 いきなり決めたのでは、見世物にならないからとでも思ったか。
 鈍色の鎧をつけた騎士の得物は大剣で、ぶんと振り下ろす度砂煙が上がる。
 かするだけでも骨の1本や2本、楽にもっていかれそうだ。
 その攻撃を、黒騎士は難なくよける。
 僅かに顔を背けたり、脚を右に開いたり身体を傾けて。
 まるで舞踏会でダンスを踊っているようなステップに、ギャラリーはため息をつく。
 けれどその後すぐに。

 ぼうっっっー------!

 青白い炎が上がって、「それまで!」審判の制止が入った。

 ほとんど瞬殺に近い。
 
「あの方はどなた?」

 まるで人気の歌劇役者を語る時のように、その場にいる女達は皆、黒騎士に熱狂した。
 おそらくはこのうえもなく高貴な身分であるだろう騎士。
 けれどこの一夜だけは特別だ。
 彼女たちの誰もが皆、その騎士を恋い慕う資格がある。
 今宵はカーニバル、仮装の一夜。
 誰を好きになっても許される晩だった。

 
 それは男たちも同様で。

「自由騎士アンナ・シュタイン殿」

 明らかに偽名だと、皆すぐにわかる。
 銀のヘルムに揃いの鎧。
 ヘルムからこぼれる銀の髪、騎士にしては華奢すぎる身体つき。
 輝くように美しい立ち姿の、こんな自由騎士がいるものか。
 彼女こそ大会の目玉、ヘルムダールの公女に違いない。
 
 細身の剣を細腰に佩いた彼女は、それを抜いて構えるでもない。
 屈強の騎士を相手に、素手で対峙する。
 
「高貴の姫君とお見申し上げる。
 だが私も騎士のはしくれ。
 負けて差し上げることもできぬ。
 お許しあれ」

 対峙する騎士は、剣を交えるにあたってパウラにそっと言上した。

「祭りの余興です。
 お気遣い無用」

 模擬戦とはいえ、久々の実戦形式の打ち合いだ。
 手加減などされてはつまらない。

「参る!」

 パウラの3倍はあろうかというガタイが、意外な俊敏さをもってパウラに襲いかかる。
 得物は両刃の大きな斧だった。
 
 瞬間。
 パウラの姿が消える。

 瞬く間の後、パウラは騎士の右腕を掴んで、その華奢な背に背負っていた。

 ずどん!

 大きな音がして、騎士の身体が地面に叩きつけられる。
 頭を振りながら立ち上がろうとする騎士の前で、パウラの唇が動いた。

 完成された詠唱が放たれると、きらきらと細かな氷の粒が降り注ぎ、降り積もり。
 首から上を残して、騎士の身体は氷漬けになる。

「まいった」

 あっという間に降参させられた騎士は、驚きながらも嬉しそうに見えた。

「姫君はお強い。
 噂にたがわぬ騎士のお血筋でいらっしゃる」

 歓声が上がる。
 
「パウラ様ー----!!」

 もう偽名もなにもあったものじゃない。
 競技場の観客は総立ちで、口々に彼女の名を叫ぶ。
 勝ち抜きの宣言を受けてパウラが退場しても、熱狂的な歓声はしばらく止むことはなかった。


 控室に続く通路に入ると、オリヴェルとイェーリクが待っていた。

「姫様、お見事でした。
 予想以上の人気で、これは次が楽しみです」

 レプリカの鎧の売上を皮算用しているらしい。
 イェーリクは上機嫌である。

 けれど。

「次はないよ。
 パウラはここまで」

 表情のない声が冷水を浴びせた。

「これ以上は許可できないね。
 パウラに何かあったら、取り返しがつかない」

 今更なにをと言いかけるパウラの腕を、イェーリクがそっと抑える。
 首を振って、あきらめろと促しているようだ。
 おさまりのつかないパウラは、それでも口を開いた。

「模擬戦ではありませんの!?
 大けがはありませんわ。
 それにケガをしたとしても、治療すればすむことですわ」

 今更止めるのなら、最初から言っておくべきだ。
 参加の許可を出した時、1度だけとは言わなかった。
 今になって、急に。
 どうして気が変わったのか。

「わたしがダメと言ったらダメなんだよ。
 後はもう、黙ってみておいで」

「なぜですの?
 なぜ急に」

「………………からだよ」

 不機嫌まるだしの低い声が、ぼそりと何かをつぶやいた。

「オリヴェル様?」

 聞き取れなかった。
 オリヴェルは何を言ったのか。

「姫様、お気持ちはお察ししますが、オリヴェル様は正試験官です。
 退くしかありませんよ」

 イェーリクの言うとおりだ。
 ここで出場をあきらめるのは、もう仕方ない。
 だが聞き取れなかったオリヴェルの言葉が、気になった。

「さぁ姫様。
 次はアルヴィド様とリューカス公子ですよ。
 お早くお着替えを」

 なんだか丸め込まれるようにして、控室に誘導される。
 そのパウラの背に、不機嫌な声がかけられた。

「わたしがイヤだからだよ。
 これ以上誰かの目にさらすの、わたしがイヤなんだ」

 振り返ると、オリヴェルがふいっと顔を背ける。

「アルヴィドや公子たちが、どんな目でパウラを見ていたか。
 気分が悪くなったよ。
 だからこれ以上はもうダメ。
 わたしが許さない」

 どうしてこうなる?
 パウラにはわけがわからない。
 模擬戦に参加して戦って、そして勝った。
 ただそれだけのことだ。
 多少騒がれはしたが、それは予想の範囲内で、そんなことは大会参加を決めた時からわかっていただろう。
 けれど今、オリヴェルが口にした辞退の理由は、パウラの予想の斜め上をいくものだ。
 
 まるで……。

 まるで嫉妬しているように聞こえてしまう。

「早く着替えておいで。
 今日はずっと、わたしの隣がパウラの席だからね」

 決定事項になってしまった?
 いつの間に?

 心あたりの全くない変わりように、パウラはただただ振り回されるばかりだった。
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