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第一章 それは終わりから始まった

9. パウラ、水竜の聖使に会う

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いったいどうして、公子のフリをしているのか。
しかも実の姿より、ずっと幼い少年の姿に化けて。
そしてその化けっぷりの、不完全なこと!
緑の瞳をそのままにしたのは、気づけと言っているようなものではないか。


「こちらへ来て、パウラ様にご挨拶をしなさい」

ヴァースキー大公に呼ばれて、3人の少年公子がパウラの前に並んだ。
緑の瞳をした少年が、胸に腕を引き寄せ左足を引いて、優雅に頭を下げる。

「シモンと申します、姫君」

わずかに上げた唇、からかうような表情は、見覚えのあるもので。
懐かしさに思わず、元気だったかと口にしそうになって、いやいやと内心で首を振る。
今のパウラは6歳で、シモンを知っているはずもない。
これは初対面のヴァースキー公子だと言い聞かせて、にっこり笑顔を作る。

「パウラでございます」

ヘルムダール直系女子らしいプラチナの髪に、母アデラ譲りの美貌、幼いながら十分魅力的な外見であるはず。
笑顔までおまけにつければ、そう悪くない第1印象を作れたはずだ。
前世、この笑顔は無敵であった。
悔しいことに、愛だの恋だのには効かなかったけれど。

(ほんとに全く、全然、これっぽっちも、役にたたなかったわ)

小さなため息をつく。
瞬間、目の前のシモンがくすりと笑った。

「ため息とはね」

しまった!
つい気を抜いてしまった。
かぁっと、頬に血が上る。

「こういうのが素なんだ?」

パウラの動揺を楽しむような口調。
ああ、なんて嫌なやつだ。
まるで変わっていない。

「でも悪くないね。
うん、こっちの方がずっとかわいい」

かわいい?
コイツに限って、そんな言葉を吐くはずはない。
聞き間違いか、空耳か。
ああそうか。
身分詐称の擬態に違いない。
本物のヴァースキー公子なら、ヘルムダールの姫であるパウラに、社交辞令の1つくらいは言うだろうから。
相変わらずやっかいなヤツ。
仕掛けてきたイタズラへの対応を間違えれば、秋の空のように変わるコイツのご機嫌は、たちまち雷雨になるだろう。
さて、なんと返したものか。

「悩んでる?
僕がどういうつもりかって?」

不意に耳元で囁かれ、身体が固まる。

「ひどいな、君は。
目の前に僕がいるのに、他のことを考えてるんだから」

くすりと柔らかく笑う顔は、ただのヴァースキー公子であるはずもない。
10歳ほどの少年に、こんな色気がでるものか。
化けるつもりなら、何事もソツのないシモンのこと。
もっと完璧に、10才そこそこの少年になりきるだろう。
試されている?
いったいなんのために。
パウラは小さな頭を忙しく回転させたが、彼の考えていることがまるでわからない。
全然、わからない。

(逃げるしかないわね)

前世のパウラなら、真正面から真面目に受け答えをしただろう。
生真面目に相手の思惑がわからないと伝えて、どういう意味なのかをおそらく聞いた。
けれどそれではダメなのだということだけは、わかっている。

「マジメだよね~、パウラって」

前世、シモンはバカにしたように笑って言ったものだ。
そんな顔をされる度、怯んでなんだか落ち着かない気分になった。
2度目の今生は、そうはさせない。
相手の思惑がわからないなら、スルーするだけだと思う。
取り合おうと思うから混乱する。
聞こえなかったフリをして、シモンの左隣りに控える緑の瞳の少年に柔らかい視線を向けた。

「はじめまして、パウラと申します」

おとなしく順番を待っていた少年は、頬を染めて綺麗なお辞儀を作る。

「リューカスと申します、姫君。
どうぞリューカスとお呼びください」

こちらこそ本物の、ヴァースキー公家の跡継ぎ公子。
透明度の高い薄い緑の瞳には、素直な歓迎と興奮がある。
パウラより少しばかり年上だろう彼は、パウラの手袋をした右手をとって、指の付け根にそっと唇を落とした。
駆け引きを必要としない素直な反応が、パウラの心に落ち着きを返してくれる。

「リューカス様、それではわたくしのこともパウラと。
どうぞそうお呼びくださいませ」

母の微笑を意識した。
唇の両端を上げて、小首を傾ける。
成功!
リューカスの頬の赤みが、さらに増した。
シモンの視線の色が変化したのは感じていたが、けしてそれには応えない。
辺りの温度が下がったような気がする。
勝手に氷点下の世界にいるが良いと、知らん顔を続けた。

「ふう…ん。
悪くないね」

リューカス公子の隣に立った弟公子の挨拶を受けながら、パウラの聴覚はどこか嬉しそうなその声をしっかり捉えていた。
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