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第二章 設定外が多すぎて

19.婚約者は心配でたまらない(SIDEラーシュ)

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 ジェリオ親子を厄介払いした。
 国王は毎日毎日ぼんやりとして、時々涙をこぼして彼女を恋しがっている。
 周りの近臣たちはどうしてよいかわからず、ただおろおろと国王の顔色を窺っているが、ラーシュの父や兄などは鼻で笑っていた。
 
「いっそ揃っていなくなってくれれば、面倒も一度で済んだものを」

 仮にも現国王に向ける言葉としては不敬極まりないが、それも自業自得というところか。
 50年の長きにわたって、じりじりと弱まる国を放っておいたのだから統治者としては無能。無能の国王は害悪だ。
 けれどそれはラチェス公爵家にも言えることだと、ラーシュは思う。

 我が家門に関わる権益は守った。
 国のことは放っておいて、己が家のことのみ考えて。
 その結果ヴィシェフラドは衰退の一途を辿り、いまや外敵から領土を守る力もない。
 
 ラーシュはリヴシェの婚約者だ。いずれ近いうちに、夫としてこの国を共に支える。
 父や兄とは立場が違う。
 ヴィシェフラドの威勢を取り戻さねば、リヴシェとの未来はない。

 だから受け入れがたい条件を、笑って飲んだ。
 あいつ。
 冷血皇帝、氷の皇帝と呼ばれるラスムスの条件を。
 少なくとも1年に1度、ノルデンフェルトへリヴシェを寄こせと。

 もともとノルデンフェルトに限らず、大陸にあるヴィシェフラド以外の3つの国には、リヴシェを派遣するつもりだった。
 各地にある荘園の収入がヴィシェフラドへ届かないのは、ひとえに影響力の低下が原因だ。100年以上聖女が生まれないなら、ヴィシェフラドの王族への崇拝もなくなろうというもの。俗世の人は現金なものだが、それを責めても問題は解決しない。
 聖女はいる。
 歴代随一の力をもった聖女が、今のヴィシェフラドにはある。
 それを目の前で見せてやれば良い。
 聖女不在で揺らいだ威信なら、一番効果的だ。
 
 もちろんリヴシェの護衛には、ラチェス騎士団の精鋭を付ける。
 近衛の騎士より優秀な彼らは、大陸屈指の魔術騎士だった。剣技魔術共に、最上位の技量を身に着けている。
 
 ノルデンフェルトにだけは、ラーシュも同行するつもりだった。
 最も危険なところへ、彼の愛しいリーヴを一人でやることはできない。
 つがいへの執着は、人には理解できないほど強いと聞いている。
 7年の間手を出してこなかったのは、ラスムスが帝位を狙っていたからで、そして現在は皇帝であるからだ。
 最高権力者はいついかなる時も、己が欲を制御できなければならない。それをヤツは知っている。
 だからこそ油断ならない。
 
 愛しいリーヴ。
 ラーシュにとっても唯一の存在だ。
 負けるわけにはゆかない。




「ハータイネンに行く?」

 愛しいリーヴが少しだけ目を見開いている。
 西のハータイネン王国、ヴィシェフラドから一番離れた領土を持つ国だ。
 行って帰るだけでも、10日はかかるだろう。
 説明はこれからするつもりだが、故国を離れたことのないリーヴにはあまりにもいきなりすぎたのか。
 もう少し気を遣ってやれば良かった。
 リヴシェ以外の人間には全く見せない思いやりだ。

「うん。
 ハータイネンだけじゃないんだ。
 南のセムダールにも行ってもらいたいんだけど」

「ラーシュが言うのですもの。
 必要なのよね。それなら良いわ」

 驚いているくせに、即座にこくんと頷いてくれる。
 全幅の信頼を寄せられて、嬉しくないはずはない。

「あー。
 やっぱり良いよ、行かなくて良い。
 心配だよ。
 リーヴを外へ出すなんて、心配で仕方ない」

 自分から口にしておきながら、いざとなったらどうしても嫌だ。
 こんな美しく愛しい生き物を、どうして他人の目の前にさらせるだろう。
 良からぬ思いを抱く輩がわらわらと湧いてでてきそうで、それを考えるだけでラーシュの眉間に皺が寄る。

「神殿に行くんでしょう?
 寵力を見せてこいって、そういうことよね」

 ものわかりの良いリーヴが、今ばかりは恨めしい。
 心細いから嫌だと泣いてくれたら良いのに。
 実際にそうされたら困るだろうが、こうあっさりと了見されるとそれはそれで嫌だ。
 このあたり、面倒くさい男だと自分でも思う。

「行くわ。
 お父様がしおしおしているの、見てるのも飽きたから」

 冗談めかして明るく言っているが、半ば以上は本音だろう。
 王妃やリーヴが傍にいるのに、自分を見捨てた愛妾親子を恋しがるなど、面白いはずはない。
 
 あの愚王、本当なら今すぐにでも退位を迫って幽閉したいところだが、ヴィシェフラドでは穏やかならざる王の交代はご法度だ。
 女神ヴィシェフラドの血を継ぐ王族、特に国王は神聖不可侵だ。
 ただの人が害を与えてよい対象ではない。もしあえてそれをする者があれば、女神ヴィシェフラドの怒りをかう。
 実際に神罰が下るとは思えないが、長く信じられていることには力があった。
 だからラーシュはじっと我慢する。
 愚王が自ら政務を放棄して、もう国王など辞めたいと言い出すのを待つ。
 辞めたいと言い出しやすいように、追い込みはするけれど。

「ごめんね、リーヴ。
 汚いこと、嫌なことはみんな僕が片づけるなんて言ったのに。
 リーヴに助けてもらわなきゃならない。
 情けないね」

 破たんしかけた財政は、荘園からの収入が回復すれば少しはマシになる。
 それには神殿への帰依をもっと篤くしなければ。
 聖女であるリーヴにお出ましいただかなければ、どうしようもない。
 本音を言えば、行かせたくはない。
 女神ヴィシェフラドの寵を得たリーヴは、花なら蕾の可憐な美少女だ。不埒なことを考える輩は、何もラスムスだけではないだろう。
 
 だが、金がない。
 
 海を隔てた東の国が良からぬことを企んでいると知っていても、このままでは防御陣を敷くこともできないのだ。
 兵を養うのには金がかかる。
 ヴィシェフラドに攻め入る愚か者はいないだろうと、あの愚王は軍備に割く金を一番に減額した。当時まだ生まれてもいなかったラーシュには何もできなかったが、それを黙って見ていた父にはかなり皮肉を言ってやった。
 広大な領土に鉱山や肥沃な地を持つラチェスにしてみれば、国が滅びてもどうということはない。単に頭にする君主が代わるだけだ。そしてその新しい君主も、侮れない力を持つラチェスには手出しできない。
 父も兄もそう思っている。
 ラチェス公爵家のことだけ考えるのならそれで良い。
 結果お花畑脳の愚王がどうなろうとかまわないが、それに巻き込まれる者は悲惨だ。
 巻き込まれる者の中には、最愛のリーヴも入っているのだから。

「ラーシュ一人で被ることないわ。
 わたくしにできることはする。
 だって亡国の王女になるの、わたくしだっていやですもの」

 本当にあの愚王の娘か。あのバカの血が、本当に入っているのか。
 見目も頭も才能も、まるで似ていない。
 リーヴの笑顔が、泣きたいほどに愛おしい。

「やっぱり僕もついて行くよ。
 リーヴのそんな表情かお、他の男に見せるわけにはゆかないからね」

 他の予定を父と兄に押しつけて、なんとしてでもついて行く。
 ラーシュの集めた父や兄の弱みを、いくつかちらつかせてやれば良い。黙って押しつけられるはずだ。
 
「おまえを王配にするの、考え物だな」

 最近父はよく言うが、もう遅い。
 どんなに止めてもラーシュはリーヴを妻にする。
 もし邪魔をするというのなら、肉親と言えど容赦しない。

「安心しててね、愛しいリーヴ」

 愛しい彼のリーヴは、困ったように微笑んでいた。
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