その傘をはずして

みたらし

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第一章

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 夏休みに入ってからも入試対策の特別補習があったので、一週間ほど学校に通わなくてはならなかった。

 補習の後、伊織と都合が合う時は一緒に雅田家に行くこともあった。もっとも僕は終始暇なので、主にそれは彼女の予定に左右された。彼女は十月にある文化祭の実行委員も務めていたため忙しいのだ。

 雅田家では特別なことをするわけではなく、ただ縁側でスイカを食べたり、布団を干すのを手伝ったり、近所のスーパーに夕飯の買い物に行ったりした。最初に感じていた他人の家の独特な匂いにも慣れて、いつしかおばあちゃんも僕のことを歩くんと呼んでくれるようになった。

 伊織が学年で極めて上位の学力の持ち主なのは知っていたので、たまに勉強を教えてもらったりもした。

「また間違えてるじゃない! 何回言えば分かるのよ。覚える気あるの?」

 課題を解いていると、度々伊織の罵声が飛んできた。もちろん、おばあちゃんが部屋にいない時に限ってだ。おばあちゃんの前での僕は頼れる恋人を演じないといけないので、彼女の尻に敷かれている光景を見せるわけにはいかない。

 伊織もそれが判っているようで、おばあちゃんがいるときは笑顔で静かに僕の二の腕をつねった。彼女は地獄のアドラメレクのように狡猾な女性である。

一つの問題が終わると休むまもなく次の問題を指示され、少しでも間違えると彼女は目を吊り上げた。

「一度間違えたら、ちゃんと次間違えないように学習しなさい!」

「……自分は皿も洗えないくせに」

「何? ひっぱたくわよ」

 振り上げた右手に萎縮し、僕は平謝りして再びペンを動かす。受験の天王山は思いのほか険しい。

 補習期間が終わると、あっという間に八月になり、インターンシップの日がやってきた。当日の朝はが少し曇っていて、雨が降る前に香るあの独特の匂いがアスファルトから立ち昇っていた。

 バスに二十分程揺られていると、車窓から四角い建物の上に設置されているJAの看板が見えた。今日から二日間、朝から夕方まで職場体験をしなければならない場所である。

 参加者は、僕と一組の井坂という男子だけだった。井坂はいわゆる今風の男子で、僕よりも背が高く、流れるような短髪で狐のような細い目つきをしていた。ベルトからシャツの裾が飛び出ており、制服を着崩すことがかっこいいと思っている部類の男子で、僕の苦手なタイプの人間だった。

 応接室で叔父と所長と面談をした後に、二日間のスケジュールが印字されたプリントをもらい、早速実際の業務に携わることになった。

 僕と井坂は交代で主張所の内勤業務と、スーパーでの業務を行うことになった。最初は僕がスーパーの業務で、井坂が内勤業務に配属された。スケジュールを見る限り、僕らが交わるのは昼食の時と帰宅する時のみで、それだけが不幸中の幸いだった。

 所長に教育係を担当してくれる、片山という女性を紹介してもらった。

 片山さんは母と同じくらいの年恰好で、どこにでもいそうなおばさんという風貌だったが、ちょっと心配になるくらい声がしゃがれていた。片山さんは農協と書かれた四角い帽子と緑色のエプロンを着用しており、僕も同じ作業着に着替えた。

 倉庫の中にはいろいろな機材があり、ダンボールが多く積み上げられていた。シャッターの近くには野菜を運んで来たトラックが駐車されており、僕はそれらを搬出、仕分けをする作業を行うことになった。大変な力仕事で、あっという間に汗が噴き出てきた。
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