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第一章 セルメシア編

第28話 八極拳

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「はっ、八極拳ですか!?」

「あの有名な中国武術の!?」

 八極拳……数ある中国武術の門派の一つで接近戦では無類の強さを誇る武術。
 彼らの前世では漫画やゲームにもよく出ていたので八極拳という単語自体は有名である。
 八極拳で有名なのは中国の偉人、李書文りしょぶんが真っ先に名前が挙がることが多い。

「そうだ。だが俺の使う八極拳はエーテルを使って技を威力を上げたり、オリジナルの要素も含んでいる。言い換えればラグナ流八極拳とでもいえばいいか」

 ロウオリジナルのラグナ流八極拳。
 本来八極拳というのは自分はあまり動かず、八極の名の通り八方からくる敵を迎え撃つ拳法である。
 自分は動かないという理由から陸の船とも形容され、遠距離の的には不利だが逆に近距離の的には絶大な威力を誇る。

「俺の場合はさっきお前らに教えた移動術、雷華を使った八極拳。相手の懐に飛び込んで重い一撃を与えるんだ」

 本家八極拳では離れた距離から一気に相手に近づく技は箭疾歩せんしっぽと言って、腰を落としながら相手の懐に入り込むつつ、足尖からねじり込むように踏み込むことを闖歩ちんほと言う。
 しかしロウの場合はエーテルを使った箭疾歩せんしっぽ……雷華を使って相手に近づき、あえて接近戦に持ち込むという我流八極拳だ。

「本来八極拳というのは套路とうろという空手でいう型があるんだ。一に金剛八式、二に八極小架という感じだ」

「じゃあまずはその金剛八式から学ぶんですね?」

「流派によっては八極小架を教えてから金剛八式を教えるところもある。だが中でも重要なのが八極小架だ。何せこれは基本中の基本の套路だから、これができない奴は八極拳は諦めろと言われるくらいだ」

「そんなに凄いんですね……覚えられるかな……」

 強くなるためにこれから厳しい修行をしなくてはならない。
 話を聞いたたけで自分にできるのか不安になるアイリだが……

「心配するな。さっきも言ったが俺が教えるのはオリジナルとは少し違うラグナ流八極拳だからな。それに……ロベルトとアイリちゃんは見たところ、体は鍛えているみたいだしな」

 ロウは二人の体をまじまじと見る。
 ロベルトはともかく、女性であるアイリは見られるだけでも恥ずかしいのか少しだけ顔を赤くする。
 この男にはデリカシーというものがないのだろうか。
 だがロウの言う通り、二人は騎士学校での訓練や騎士団での任務に度々出ているおかげで、体はそれなりに鍛えられている。

「だからだ……ぶっちゃけた話、基本となる八極小架は今ここでは飛ばしてもいい。後から八極拳について詳しく書かれた本を渡してやるから家に帰ってから自分で訓練しろ。それじゃそろそろやるぞ」

「いいんですか? 基礎もやらずに……」

「本当はよくないけどな。本来八極拳に限らず中国武術というのは、基礎というのを何年も徹底的に体に叩きこんでから技を教えるものだ。だから本来は基礎から教えるべきだが……お前らも騎士団の仕事で忙しいんだろ? それにアリシアの件もある。はっきり言って一から教えている時間がねぇし四六時中俺がくっついて指導するわけにもいかん。けどお前ら二人は体に関しては一応鍛えているみたいだし、ラグナを宿しているということはエーテルがある。大抵の事はエーテルが補ってくれるだろうしな。だが、それでも教えられる技は4つか5つくらいだ。いいな?」

 改めてロウの目が真剣になる。
 ついにロウから強力な八極拳を教えてもらうことになる。
 ロベルトとアイリは深呼吸をし……

「「はい! よろしくお願いします!!」」

 道場全体にその声を轟かせ、気合をさらに入れる。

「よし! じゃあさっそく行くぞ。まず最初は名前くらいは聞いたことあるか? 震脚だ」

「震脚?」

「あれ? 聞いたことないか。じゃあ手本を見せてやるからよく見ておけ」

 そう言ってロウは少しだけ腰を下ろして構える。
 目を閉じて集中し、精神統一をしながら深呼吸をしたのち目を開ける。
 そして、その第一歩を動かす。

「おらよっ!」

 ロウは素早く腰を捻り、右足を踏み込むようにしながら地面に叩き下ろす。
 床に叩きつけたせいで大きな音が鳴り響き、ロベルトとアイリの鼓膜を揺さぶる。
 更に床板に足を叩きつけた衝撃が二人の足にも伝わり、少しだけしびれる。

「これが震脚だ。そしてだ……この震脚を使いながら前方にいる相手に向かって拳を突き出すのがこの……」

 そう言いながらロウは体制を戻しつつ、今度は右手を腰の横、左手を水平の高さにしつつ右足を前に大きく踏み出す。
 そして右足を地面に叩きつけながら同時に腰を回転させて右の拳を前に突き出した。

冲捶ちゅうすいだ。八極拳の中でも基本の技の一つだ」

「あっ!」

「どうした?」

 この技を見た瞬間、ロベルトの脳裏にある光景がフラッシュバックして蘇る。
 ロウが今出したこの沖捶という技……つい最近見たことがある技だからだ。
 先ほどロウがレイシュン亭前で冒険者相手に出したのではなく、それよりも少し前……

『ラマー……お前……歯ぁ食いしばれやああああぁぁぁぁ!!』

『ぶぐわぁぁぁぁぁ!!』

 先日行われたラマーの凱旋パーティーでの出来事。
 ロベルトとの模擬戦で敗北したラマーが逆上に、彼に襲い掛かった際に父であるオスカーがキレ、その際に出した技が今ロウが出した冲捶だ。
 思い出したことをロウにそのまま伝える。

「なるほど……いや待てよ。あり得るな」

「どういうことですか?」

「昔おやっさんから聞いた話だけどな。オスカーのおやっさんも八極拳を少しだけ習っていたらしいぞ」

「そうなんですか!?」

「気になるようなら後から飯の時におやっさんにでも聞けばいい。色々と教えてくれるかもしれないぞ」

 まさかの情報に驚く二人。
 しかしあのパーティーでオスカーが決めた冲捶は見事だった。
 ロウの言う通りオスカーも昔八極拳を習っていたのであれば、あれだけ綺麗な冲捶を決められるのも納得のいく話だ。
 が、ここでロウの纏うフインキが大きく変わる。
 親しい友人から師弟という立場になり、馴れ馴れしいのはここまでだと言わんばかりに目の本気になる。

「さて……無駄話はここまでだ。そろそろ修行を始めるぞ。今俺が教えた冲捶を俺がいいというまで何度もやれ」

「なっ、何度もですか!?」

「そうだ」

 俺がいいというまでというのは、完全にロウの匙加減で終わる時間が決まる。
 もしかしたら30分後かもしれないし、下手したら夜までかもしれない。
 しかし真に拳法を極める者というのは朝から晩まで、それも何年も何十年もかけてやるものだ。
 ロウの少しだけ厳しくなった口調に少しだけ驚く二人だが……

「「……わかりました!」」

 と、彼らの覚悟に揺らぎはなく、再び元気よく気合の入った返事で答えた。

「よし。あそこの壁まで来たら折り返して何度も往復で冲捶をしろ。じゃあまずはエーテルを纏え」

 ロウの言葉で二人は再び体にエーテルを纏う。

「次に壁に体を向け、足を少し開きつつ腰を下ろせ。そして両手に拳を作って前に少し突き出せ。馬の手綱を持って跨っているイメージだ。それを馬歩という」

 彼に言われた通りのポーズをする。
 二人のポーズは現在、他の人から見たら馬に乗っているようなポーズのため、馬歩と呼ばれる。

「………………始めぇ!」

 道場全体にロウの声が轟き、ロベルトとアイリは右足を大きく前へと踏み込みながら、腰を回転させて右手の拳を前に突き出す。

「はぁ!」

「やぁ!」

 人生で初めて繰り出した冲捶。
 素人ながら最初の一歩はまずまずといったところだろう。
 ロウの掛け声に合わせて二人は間髪入れずに今度は左足で踏み込みながら左手の拳を突き出す。
 それを何度も繰り返すのだ。
 ポイントは踏み込み……震脚の際は足を大きく上げる必要はない。
 前に踏み込むときはほんの少しだけ上げ、足を滑らせるようにする。
 中国武術は本来、発勁はつけいと呼ばれる、体の使い方によって打撃力を瞬発させて力を生み出す。
 手や腰の位置や捻り方、動き方などで一つの技の威力が大きく変わるのだ。
 しかしロベルトやアイリ、ロウと言ったラグナを宿している者は発勁の代わりにエーテルを代用することで、大きな威力を出すことができる。
 エーテルを使った八極拳、それがラグナ流八極拳だ。
 だからこそエーテルをうまく使いこなせなければ、この八極拳は極めることはできない。

 あれからどれだけ時間がたったのだろうか。
 もしかしたら一時間がたったかもしれないし、意外と30分くらいしかたっていないかもしれない。
 ロウの気合の入った掛け声のたびにロベルトとアイリは拳を前に突き出す。
 神経を拳の先に集中し、今はただロウの声だけに耳を傾けて次の合図を待つ。

「「………………」」

 互いに言葉を交わすことなく、額から汗が流れて頬を伝い、顎から汗の雫が一滴床にこぼれる。
 外から差し込む日の光が当たっては彼らの肌を焼き、道場の外から聞こえてくる小鳥の鳴き声が聞こえようとも、二人は微動だにしない。
 耳に意識を傾けてロウの指示を待つ。

「……せぃ!!」

「はぁ!」

「やぁ!」

 その掛け声で再度、足を踏み込んで拳を前に突き出した。
 一体いつになれば終わるのだろうか。
 今はまだ光が差し込んでいるため、太陽が昇っている明るい昼間だというのは分かる。
 だがすべてはロウの気まぐれ。
 彼の気が済むまではこの冲捶は終わりを迎えない、のだが……

「よし、いったんここで止めるか。楽にしていいぞ」

 と、頃合を見て判断したのか、ロウはここで終わりを宣言した。

「あれ?もういいんですか?」

「しばらく見ていたが、二人とも随分とうまいな。後は家に帰って功夫くんふーをつければ問題ない」

功夫くんふー?」

「長い時間をかけて練習をすることによって蓄積される力の事だ、つまり日々の鍛錬のことだな。家に帰ってもサボるなってことだよ」

 いくら技を教えてもらったからって、訓練もしなければ意味がない。

「それともう一つ技を教えてやる。見ておけ」

 そう言ってロウは先ほどと同じように腰を少し下げて、右足を前に踏み込むと同時に右手を前に突き出す。
 冲捶を繰り出したのかと思ったが、よく見ると一つだけ違ったものがある。

「手が開いていますね」

 ロベルトが指摘した通り、ロウが突き出した右手が開いていたのだ。
 先ほどの冲捶は拳を作っていたのに対し、今の技は手を開いている。

「その通り。これは川掌せんしょうという。またの名を鶴歩推山かくほすいさんだ」

 拳を作って前に突き出すのが冲捶で掌で打つのが川掌せんしょう、もしくは鶴歩推山かくほすいさん
 ロウの教える八極拳を次々とその目で見て、脳に刻んでは体で覚える。

「よし。じゃあ少し休憩な。ちょっと俺は外に出てくる。すぐに戻ってくるから待っとけ」

 そう言ってロウは道場の出口に向かって歩き、扉を開けて外に出ていった。
 休憩という言葉に甘えることにしたロベルトとアイリはその場に座り込んで、汗を拭って一息つくことにした。
 本来はこういう武道の練習をする際は道着などを着るものなのだが、今の彼らは私服を来ている。
 おかげで私服が汗だらけになっており、こんなに汗まみれになるなら道着の一つでも借りて練習すればよかったと少しだけ後悔した。
 しかしそんな杞憂もすぐ終わった。

 数分後、出て行ったロウが帰ってきて何やら色々と持ってきたのだ。
 その中には……

「おぅお前ら、これ持ってきたぞ」

 ロウの手に握られているのは赤と青の武術服。
 汗だくになっている彼らのためにわざわざ持ってきてくれたのだろう。

「ありがとうございます」

「せっかくだから着替えてみろ」

 ちょうど汗まみれで着替えたいと思ったロベルトは、遠慮くなく私服のベストのボタンをとっていくが……

「あのー……あたしは?」

 女子であるアイリは流石にこの場で着替えるわけにはいかなかった。
 ロベルトならともかく、ロウの前で着替えるのには流石に抵抗がある。

「あそこ更衣室だからそこで着替えてきてくれ」

「はーい」

 道場の隅には扉があり、その奥は更衣室になっている。
 これなら女子も安心して着替えることができるだろう。

 青い武術服を身に纏ったロベルトと、赤い武術服を身に纏ったアイリ。
 ロベルトのはロウと同じデザインの竜に加え蓮の花が刺繍が施されており、アイリは朱雀と牡丹の花の刺繍が入ったチャイナ服を動きやすいようにアレンジした武術服。
 初めて着る服に二人は少しだけ気分が高揚する。

「結構様になっているな。より一層稽古に気合が入りそうだな」

「はい! ありがとうございます!」

「なかなかいいですねこれ!」

「もしサイズが合わなかったら後から言ってくれ。うちの女中が合わせてくれるからな」

 と、ロウはサイズに気を使ったものの二人を見る限り、その様子はなさそうだ。

「よし、じゃあ続き行くぞ! 次は頂肘ちょうちゅうだ」

「頂肘?」

「要は肘撃ちだな。手本を見せてやるからよーく見とけよ」

 そう言ってロウは腰を下ろして再び構える。
 両足を少し曲げて揃えつつ両手に拳を作って前に出す。
 少し経ち右足を大きく前に出し、左の手を胸のあたりに当てながら掌を下に向け、右の掌を上に向けながら右肘を打ち上げた。

「これが頂肘ちょうちゅうだ。正確に言うとこれは裡門頂肘りもんちょうちゅうと言って内側から打つ頂肘だ」

「内側から……外側もあるんですか?」

「鋭いな。外側から打つ頂肘……外門頂肘がいもんちょうちゅうの事だ。今から見せてやる」

 ロウは姿勢を先ほどと同じように戻し、今度は左足を前に大きく踏み込む。
 その際に体を傾けつつ右手を後ろに向けながら、今度は左肘を水平に前に打ち出す。
 先ほどロウが女冒険者に対してとどめを刺した技だ。

「これが外門頂肘だ。本来であればこれは八極拳でも六大開という套路に位置する。本当であればお前たちにはまだ早すぎるんだが……これだけは教えてもいいか」

 六大開……八極拳の套路の一つだが、それなりに熟練したものでないと使いこなせず、そう簡単に会得できない……いわざ八極拳の核心ともいえる套路。
 名前の六大は頂、抱、弾、提、跨、纏の六つの文字を意味する。
 その中でも今ロウが繰り出した裡門頂肘と外門頂肘はその六大開の一つ、頂に当たる。
 本来であればロベルトとアイリには早い套路の技ではあるものの、二人はラグナ所有者でエーテルを使えるため、ロウは教えても問題ないと判断した。

「じゃあ今度は外門頂肘と裡門頂肘を交互に出して特訓だ。二人とも、構えな」

 ロウが繰り出した肘による技……裡門頂肘と外門頂肘。
 使える技が多ければ多いほど、この先の戦いも有利に運べるだろう。
 それにロベルトとアイリのラグナは武器型であり、万が一武器が使えなくなる可能性もゼロではない。
 故に武術を覚えておけば、武器無しでも生き残れる確率が上がる。
 そもそも異世界の人間は武器や魔法に頼りすぎで、素手で戦うという事をほとんど知らない。
 剣といった武器だって手入れもせずに使っていけばいつかは壊れるだろうし、魔法だって魔力切れと言ったトラブルで使えなくなるかもしれない。
 二人にとって八極拳を覚えるということは、戦いの手札を増やすいい機会になる。

 裡門頂肘と外門頂肘の訓練は夕方まで続いた。
 太陽は傾いて夕日の光が道場に差し込み、外では鴉の鳴き声が茜色に染まった空の果てまで木霊する。
 時刻は既に夕方になっていた。
 しかし未だにロウは終わりの合図を出さずにただ号令をかけ続けた。

「ロベルト! 腰をもう少し落とせ!」

「はい!!」

「アイリちゃん! 足をもう少し前に踏み込め!」

「はい!!」

 何時間も稽古をやっていたせいで二人の体には疲れが見え始め、始めの頃と比べて少し動きも荒くなっていた。
 そのためロウからは檄が飛び、二人は指摘された部分を修正する。
 足を前に踏み出しては肘を上に打ち上げては、また足を前に踏み出しては肘を前に突き出す。
 肘を上に打ち上げる裡門頂肘と肘を突き出す外門頂肘。
 何時間とやっているせいで、そろそろ彼らも足と腕に乳酸……疲れが溜まってきており限界が来ていた。
 さらに常時エーテルを纏っているためか、より一層疲労も早く溜まる。
 だがより強くなるために、ここで弱音を吐いているわけにはいかない。
 やがて夕日がほとんど沈み、暗くなった頃……終わりは訪れた。

「ロウ様、ここにおりましたか」

 ゲンブ宮に勤めている女中が扉を開けて入ってきた。

「どうした?」

「お夜食の時間です。そろそろ切り上げたらどうでしょうか?」

「もうそんな時間か。よしお前ら、終わっていいぞ」

 ロウから終わりの許可がもらえ、ロベルトとアイリはエーテルを解除しその場でへたり込んで座ってしまう。
 限界も近づいていたのでいいタイミングで入ってきた女中に感謝すべきだろう。
 既に表情は死にかけており、今すぐにでも休みたいと言葉に出さずとも見れば分かる。

「こりゃやりすぎたか? とにかく、自分の国に帰ってからでいいから功夫は忘れるなよ。それじゃ風呂に入って大食堂に集合な」

 そう言ってロウも林鳴館を後にした。
 後に残ったのはロベルトとアイリの二人のみ。
 既に夜になっており、外では夜の虫の鳴き声が林鳴館の中にまで響いてくる。

「はぁ……はぁ、もうそんな時間か……疲れた」

 と、元気ない声でそう言う。
 苦悶の表情を浮かべ、額から汗が顎に流れて道場の床にひたりと落ちる。
 ここまで汗をかいたのは久しぶりだ。
 本当であればもうここで横になって寝たいが、流石に汗だくで寝たくはない。

「ほらほら、そんなこと言ってないで、さっさとお風呂に入って汗流そう? なんだったら一緒に入る?」

「はぁ!? なっ、何言ってるんだよ!? 入るわけないだろ!」

「ふふっ、冗談冗談。あたし先に行ってくるからね」

 軽い冗談を口にしつつアイリは笑顔を絶やさず、そのまま道場を出ていった。
 本当であれば彼女もかなり疲れ果てているだろうが、幼馴染相手に弱気なところは見せたくないのだろう。
 だが彼女のこうした笑顔は、見ているこちらが恥ずかしくなるほど太陽のように眩しい。
 こうした笑顔こそ、ロベルトが守りたいものだ。
 故に……八極拳の稽古なんかで弱音を吐いている場合ではない。

「そうだ。俺はあいつを守るために強くなるんだ。邪悪なる者を倒すため……こんなところでくじけている場合じゃないな」

 彼女の笑顔のために改めてロベルトは、己の拳を見つめて強く握り、心に誓う。

「さて、俺もさっさと風呂に入るとするか。汗だくで気持ち悪いし」

 既に体じゅう汗だくでこの汗を洗い流したい。
 しかしこの汗は彼にとっても意味のある汗であろう。
 ロベルトとアイリの新たな戦術……八極拳。
 まだまだ未熟ではあるものの、この先彼らにとってこの力はとても大きな力となるだろう。
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