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第一章 セルメシア編
第22話 ナギ国首都 リンメイ
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列車に乗ってベーネの街を出発したロベルト一行は、改めて今回の任務の目的地の一つであるナギ国首都、リンメイへと向かっていた。
しかし先ほどの戦闘もあって彼らは会話する気力もなかったのか、ただ座って揺られていた。
ロベルトも今は何も考えたくないのか、寝ているわけではないが目を閉じて腕を組みながら、この列車が終点のナギ国に着くまで待っていた。
しばらく列車が線路の上を音を立てながら走っていると、突然激しい音が彼の耳に響く。
何事かと思い目を開けて窓を見ると、彼の視界に広がったのはエルヴェシウス兄妹の瞳と同じくらいに透き通った綺麗なコバルトブルーの大きな川であり、列車はその川の上に建てられた鉄橋の上を走っている。
先ほどロベルトの耳に聞こえた激しい音は列車が鉄橋の上を通過したためである。
「お兄様。この川とても大きいですね」
「俺もこんなに大きな川は初めてだな……」
「ローウェンズ川ね。アルメスタ王国とナギ国の国境となる川よ」
「国境? ということは……」
「そう、いよいよナギ国に入るわ。鉄橋を超えたらもっといい風景が見れるよ」
シャルロットがそういった直後、列車は鉄橋を渡り終えて緑一面の場所へと移り変わる。
最初は森に入ったのかと思ったのだが、よく見ると地面から生えているのは木々ではない。
そしてその生えているものはロベルトにとってはよく知っているものであった。
「……これは、竹か」
地面から生えている数々の細くて緑の竹が、列車の走行とともに激しく揺れる。
この列車は今を持ってナギ国へと突入し、竹の生えた林……竹林が彼らを歓迎した。
異世界といえば森はよくある設定ではあるが、竹林はあまり聞かない。
(……懐かしいな。京都を思い出す)
前世の日本にも竹林の名所はいくつかあるものの、特に有名なのは京都の嵐山、嵯峨野にある竹林の道だ。
通称、竹林の小怪とも言われており、知名度も高く日本中だけではなく、世界各地からの外国人観光客からも絶賛されるほど。
ここでロベルトはあることを思い出す。
確かあの竹林の道には縁結びや子宝安産で有名な小さな神社があり、生前中学の修学旅行で嵐山を訪れた際、アイリ……華蓮と共にあの神社に連れていかれてことを。
撫でながら祈ると願いが叶う神石を彼女は熱心に撫でていたのが、彼の脳裏に再生され思わず笑みを浮かべる。
大人になってから京都に行きたいと思っていたロベルトだったが、死んでしまってそれは既に叶わなくなってしまった。
3分ほど列車は竹林の中を走り続けて、ようやく開けた場所へと出た。
すると……
「うおおおおおおおおお!!」
「これはすごいな!」
シャルロット以外の全員が窓に張り付くように広がる光景に大声を上げて歓喜する。
連なる山脈に空を見上げれば広がる雲海、山の山頂にいくつも建てられている寺院によく見ると万里の長城に似たようなものまである。
見たことのない新世界に彼らは先ほどまで低かったテンションとは真逆の、終始興奮気味であった。
「こらこらはしゃがないの」
「ごめんって。でもこんな光景見たらテンションあがっちゃって」
シャルロットの言う通りアルトとリナリーはしょうがないとして、ロベルトとアイリは実年齢は30を超えているので、いい歳した大人が子供相応のリアクションで驚くのはみっともない。
「ここがナギ国……随分とフインキが変わったな」
異世界といえば西洋のイメージが強いがまさか川を渡って竹林を抜け、その先に広がる光景が古代中国のような世界とは思わなかっただろう。
アルメスタ王国のすぐ隣だというのにこんなにいい物が見れるのであればなぜ、もっと前からいかなかったのだろうとロベルトは少しだけ後悔する。
「おっ、アレがリンメイじゃないか?」
「あれが……」
アルトの指さす先には、赤一色の建物が集まった異国情緒漂うアジア風の街が遠くに見える。
街の大きさはメランシェルと同等で、列車が近づくにつれて街の規模がいかに大きいのかよく分かる。
あれこそが今回の目的地の一つであるナギ国の首都、リンメイだ。
10分ほど列車は車輪を回し、ようやくリンメイの街中へと入っていく。
窓から見えるリンメイの街並みは西洋風のメランシェルとは真逆の東洋風の街。
中国建築に似た建物が特徴であり、街の至るところには木造建築の寺院も建てられている。
「ここがリンメイ……お兄様、ついに来ちゃいましたね」
「俺も少し楽しみだよ。だけど任務だからね。気を引き締めていかないと」
初めて訪れる隣国だけあってリナリーも楽しそうだがロベルトの言う通り、これは任務。
しかも国王であるオスカー直々の勅命任務であって遊びではない。
だが今回の任務は明日は自由時間でもあるため、少しだけ羽目を外しても問題はなかろう。
『本日はセルメシア鉄道をご利用いただき、誠にありがとうございます。この列車はまもなく終点、ナギ国リンメイへと到着いたします。お降りの際は忘れ物がござらぬようにお願いいたします』
車内にアナウンスが鳴り響き、いよいよ降車する時が来た。
それを聞いた彼らは気を引き締めて、列車を降りる準備を始める。
アルメスタ王国王都メランシェルからおよそ3時間、本来であれば11時につく予定が道中アムレアン盗賊団の襲撃という事態もあり、一時間遅れてようやく隣国ナギ国の首都、リンメイへと到着した。
列車は駅に近づくにつれて少しずつ速度を落とし、駅構内に入って完全に止まると汽笛を鳴らした。
『終点、リンメイ駅に到着いたしました。ご利用いただき、まことにありがとうございます。次の出発時刻は……』
駅に到着した列車から次々と乗客や騎士たちが降車する。
その中にはロベルト一行も含まれており、初めて訪れる隣国の大地にその足跡をつけることとなる。
「ようやくついたなー!」
最初にアルト、次にシャルロットにアイリ、そしてリナリーと最後にロベルトが列車から降りる。
初めて目にしたリンメイの駅構内。
レンガで作られたメランシェルの駅とは違って木造建築の寺院風の駅で、いたるところに赤い提灯がいくつもぶら下がっている。
さらに構内のいたるところにお香が焚かれており、独特の香りがロベルトの鼻を刺激させる。
新しい刺激に心躍らせていると……
「アルメスタ王国騎士団の皆さん。ようこそナギ国へ。よくお越しになられました」
突如横から可愛らしい女性の声が聞こえたので、彼らは振り向くと一人の少女がいた。
ひらひらとピンク一色の美しい衣装を着た10代の少女であり、まだあどけなさが残っていが彼女が纏うフインキが只者ではない。
完全に貴族のそれである
「あら、シンイー様。お久しぶりです」
「はい。シャルロット副団長。最近お忙しいと聞きますが」
「そうですね。アムレアン盗賊団の件で特に忙しくなってしまいまして……」
「先ほど電話で連絡をいただきました。よく彼らを撃退してくれましたね。流石アルメスタの騎士様たちです」
シンイー様と呼ばれた少女はシャルロットと随分と親し気に話している。
その様子からして、彼女とは知り合いのようだ。
「ご挨拶が遅れました。私はこのナギ国の大王であるバン・ハオランの娘、バン・シンイーと申します。以後、お見知りおきを」
そう言って彼女は衣装の裾を軽くつまみ上げて会釈する。
バン・シンイー……ナギ国大王の娘が護衛もなしに自らアルメスタ王国騎士団一行を迎えてくれたのだ。
ロベルト達も失礼のないように彼女に一人一人、自己紹介をする。
だがリナリーの自己紹介が終わったとき……
「リナリー……ねぇリナリー。貴方、私と友達になってくださらないかしら!?」
「ふぇ!?」
「えぇ!?」
シンイーはリナリーに近づき、彼女の両手を握って笑顔でそう問いかける。
いきなりの出来事にロベルトやアイリも大層驚いている。
まさか初めて訪れた国の姫様が友達になってくれと頼まれたら、誰だって驚くだろう。
しかしシンイーに至っては目が本気であり、決してふざけてなどいない。
「貴方を見て私の中で何かを感じ取ったの。貴方とは友達になるべきだって! ねぇ、どうかしら!?」
「え、えーと……」
迫力ある彼女の笑顔に思わずリナリーは戸惑ってしまう。
だが少し悩んで考えた末……
「わ、分かりました! シンイー様! こんな私でよければ!」
「様はいらないわリナリー。シンイーで結構よ」
「ではシンイー。よろしくお願いいたしますね!」
リナリーはそう言ってシンイーと握手をして交友関係を築くことになった。
予想だにしなかった事態にびっくりしてしまったが、これにて一件落着である。
「凄いじゃないかリナリー。まさか隣国のお姫様と友達になれるなんて」
「はい! 私も正直驚きました! 知らない土地を訪れるのもこんな楽しみがあるんですね!」
流石に国の姫様と友達になるなんてのは、普通はない。
だが彼女の言う通り、世界を見て回るというのは決して悪いことではない。
未知なる世界に勇気をもって足を踏み入れてこそ、人間というのは内面的にも成長できる。
この任務がリナリーにとっても今後の人生にプラスになるように、願うばかりだ。
「あ、そういえば父様から皆さまをお連れするように頼まれたんです! では皆さま、これより父様と母様のいるゲンブ宮へとご案内します! 荷物は後程使いの者をよこして取りにこさせますので私についてきてくださいませ」
シンイーは着ている服を風になびかせるように後ろを振り向き、駅の出口のほうに向かって歩いていく。
ロベルト一行も彼女の後ろについていき、お香の匂いが漂う駅を出ていく、
「ここがリンメイ……」
「すっご!」
新しい国の大きな街を始めて訪れた彼らは各々の感想を口に出す。
ナギ国の首都リンメイ……前世の古代中国、漢王朝時代のフインキを漂わせる街。
オリエンタルという言葉がふさわしい街で看板には前世でいう漢字によく似た言葉が書かれている。
行き交う人々もアルメスタ王国で見られるスーツやドレスとは違い、独特の民族衣装を着た人たちが買い物を楽しんだり仕事に勤しんだりしている。
建物も窓には中国格子と呼ばれる模様が入った窓に、軒先には駅にもあった赤い提灯がいくつもぶら下がっていた。
(……まるで三国志の世界に来た気分だな)
駅を出て街に一歩踏み出したロベルトの第一の感想はそれだった。
異世界イコール西洋という考えは絶対ではない。
こういう世界もまた面白いと思えた瞬間だ。
「皆さま、こちらをご覧ください」
シンイーはそう言ってあるものを指をさす。
それはロベルトが生前に見たことがあるものだった。
「あれって……人力車か」
「人力車? それって何ですか?」
「馬ではなく人の力で動かす車の事だ。確か以前ナギ国の歴史が書かれている本を見たら人力車は人を乗せて車夫と呼ばれる人が引っ張るものなんだ」
「そうなんですか? お兄様詳しいんですね!」
実際のところ、ナギ国の歴史が書かれている本を昔に読んだのは事実だが人力車についての知識は生前のものである。
そもそも異世界では馬車が基本となるため、人力車というのはあまり見ないものだ。
ロベルトの前世でも人力車なんてものは東京では浅草、京都では嵐山や祇園にあるくらいのものであり、彼も前世では一度も乗ったことがない。
彼らの目の前にある人力車は3人乗りで今回は5人いるため、二台用意してくれたのだろう。
当然ではあるが人力車の傍には動かす人……車夫が腕を組みながら待機しており、リナリーは初めて見る人力車に興味津々で目を輝かせていた。
「誰がどこに乗ります?」
「そうねぇ……じゃあ私はアイリとアルトと乗ろうかしら」
「じゃあ俺はリナリーとシンイー様と一緒ですね」
一台目の人力車にはシャルロットとアイリ、そしてアルトの3人が乗ることになり、二台目の人力車にはロベルトとリナリー、シンイーが同席することになった。
「ロベルトさん、失礼しますね」
「構いませんよ。気を付けてくださいね」
乗り込む際に落ちてしまわないように細心の注意を払い、ロベルトはシンイーを隣に座らせる。
ちなみにリナリーが右端、シンイーが真ん中でロベルトが左端である。
「では参りましょう。車夫さん、お願いします」
「了解っす!」
ガタイのいい車夫が支木と呼ばれる取っ手を両手でつかみ、持ちあげる。
「きゃっ!?」
「大丈夫? 最初はびっくりはするけど慣れるモノよ」
慣れない人力車に初めて乗ったせいで、いきなり後ろに傾いて軽く悲鳴を上げるリナリー。
少しびっくりした表情はなかなかに可愛いものだ。
彼らを乗せた人力車は車夫が引き始め、リンメイの奥にあるこの国の城……ゲンブ宮へと車輪が回りだした。
人力車が動き始めて5分が立ったころ、ロベルト一行を乗せた人力車はリンメイの中央地区の大通りをゆっくり走行していた。
この国の大通りということもあり、さらに時間帯は既に12時であるため多くの人たちがこの道を行き交う。
「さあーよってらっしゃい見てらっしゃい! さぁ兄さんどうぞどうぞ!」
「そこのねーさん! あんたアルメスタから来たんでしょ!? 帰るときにお土産にこれ買っていきな!」
店頭にいるおじさんやおばさんが自分の店の商品を売りたいがために必死になって、客に呼び込みをしている。
このリンメイという街が熱気にあふれているのは彼らがいるからだろう。
「さぁそこのお嬢さん! 出来立てのパイラン買っていってよ!」
パイランという気になる単語を耳にしたロベルトは、軒先に出されている屋台に視線を送ると、その正体が分かった。
名前こそは違うものの、パイランとはロベルトの前世での肉まんのことだった。
「パイラン……なんでしょうか?」
「気になる? ナギ国名物のとっても美味しいお饅頭なの! 車夫さんすいませーん! ちょっと止まってくださーい!」
シンイーの言葉で車夫は足を止め、その場で降りてパイランを売っている店員に近づく。
「さあ寄ってらっしゃい……ってあら! シンイー様じゃないですか!」
「こんにちはおばさま! パイランを6個ほどくれませんか? はい、これお代です!」
彼女は6個分のパイランを購入するために小さな財布を取り出し、一枚の紙幣を店員に渡す。
店員は料金を確認すると蒸し器から6個分のパイランを一個一個、紙袋に入れていってシンイーに渡した。
「あらあらありがとうね! はいこれ。熱いから気を付けてくださいねー!」
「ありがとうございます!」
パイランが纏めて入った紙袋を店員から受け取ったシンイーは一言礼を言ってから人力車に戻る。
欲しいものを得られて嬉しそうな表情をする彼女は、姫といえどやはり年相応の女の子だ。
買ったばかりパイランをシンイーはロベルトたちに手渡していく。
「皆さま! ぜひ食べてみてください!美味しいですよ!」
「あらあら、じゃあせっかくなのでいただきますか」
「じゃあいっただきまーすって、あぢぢぢぢ!!」
「あっ! 言い忘れていましたけど、とてもお熱いので気を付けてください!」
何も知らないアルトがパイランをそのまま片手でとってしまったため、出来立てのパイランの熱を肌でそのまま受け取り熱がる。
その勢いでパイランを落としかけるが、なんとか落とさずに済んだ。
ロベルトもシンイーからパイランを受け取り、そのままかじる。
「……うん、とてもおいしい。懐かしいな」
口に入れた瞬間、もっちりとした餡の中に入ったジューシーな肉汁が口の中に溢れ、ロベルトの中に眠る生前の記憶を思い出させる。
忘れもしない、学生時代にアイリと一緒に帰っているときにコンビニによって、そこで買った肉まんの味を。
今食べているものとコンビニの肉まんを比べるのは失礼ではあるが。
「さて、それじゃ改めてゲンブ宮へと向かいましょう!」
シンイーの指示で車夫が再び人力車に力を入れ始め、彼らの乗った人力車は街の奥にあるゲンブ宮へと向かっていった。
20分ほどでようやく目的地であるナギ国の城、ゲンブ宮へとたどり着いた。
正確に言うとゲンブ宮へと続く大階段の下に彼らの姿はあった。
大階段の上には赤の丹塗で塗られた大きな門が鎮座しており、資格なきものはこの門を潜ることは許されぬと言わんばかりに堂々としていた。
「では人力車はここまでです。車夫のお二方、ありがとうございました」
「いえいえ! ではあっしは仕事もありますでこれにてご免!」
車夫の二人はシンイーに礼を言うと人力車をそのまま引っ張って街のほうへと消えていった。
ロベルトは大階段の上にある門をずっと見ている。
門というものは入る者を選び、拒む役目を持っている。
ナギ国の長い歴史の中でこの赤い大きな門は高い位置から、このリンメイの街が歩んできた歴史を大階段の上から見守っていたのだろう。
「では皆さま、私についてきてくださいませ」
シンイーの言葉で彼らは彼女の後ろをついていく。
一歩一歩、階段を上るたびに感じる歴史の重み、ゲンブ宮へと近づくにつれて早くなる心臓の鼓動。
これより向かうはこの国の大王、バン・ハオランのいる謁見の間。
どんなお方なのだろうかと、ロベルトの中で期待と不安が混じる。
数歩階段を上っていくと、彼らの耳に何やら覇気がこもった声が聞こえてきた。
「ん? なんの声ですか?」
「気になりますか?」
シンイーはこの声の正体に気づいているようだが、彼女自らそれを語るつもりはないらしい。
直接この目で確かめろ、ということだ。
彼女の言葉通り、階段を上がりきったロベルトたちは驚きの光景を目撃することになる。
「これはっ……!」
門の先に広がる大きな広場、そこにいる数多の男女。
武術服を身に纏い、彼らは気合を上げながら声を張り上げる。
彼らの様子を見る限り、何やら武術の訓練をしているようだ。
「どうでしょうか! あれこそが、我がナギ国の誇る首都警備治安部隊「ローファン」のお方たちです!」
アルメスタ王国にも騎士団があるように、ナギ国にも街や人を守る治安部隊が存在する。
それがローファン……武術を極めんと、日々鍛錬に励み朝から晩まで骨がきしむまで腕を磨く。
広場にいるローファンの者たちの表情は見ただけでもこちらに熱気を感じさせるほど、覇気があった。
この光景を見たロベルトたちは何か感想を言おうにも、彼らから感じる圧に口をあんぐりと開けて言葉を失っている。
もっともシャルロットは仕事柄、ナギ国の事情にも詳しいので彼らローファンの事は知っており、隣で少しだけ笑っていた。
「みなさーん、大丈夫ですかー?」
「えっ!? あ、大丈夫ですよ。なんか……この人たち凄い迫力を感じますね」
「もちろんです! でもセイランのほうがもっと凄いんですから!!」
「セイラン?」
シンイーの口から吐き出されたセイランという名前。
気になったロベルトは聞きなおす。
「ロウ・セイランと言ってローファンの総隊長であり、私にとっては兄のような存在です。今はちょっと任務に行っていていないんですけどね」
「そうなんですか。ちょっとタイミングが悪かったですね。この機会に一度挨拶をしておこうと思ったのですが、残念です」
この覇気溢れる軍団を率いている男、ロウ・セイラン。
一体誰なのか気になったものの、任務でいないのであれば仕方ない。
気を取り直して彼らは広場を通り抜け、ゲンブ宮内部へと上がりこむ。
ゲンブ宮はロベルトの前世でいう中国の紫禁城に似た城であり、内部もアルメスタのエドワード城に負けずと豪華絢爛であった。
だがアジア風の城のため中のフインキは真逆であり、中には木で彫られた大仏が廊下の至るところに鎮座している。
この城の中にも至るところに駅と同じようにお香が焚かれており、最初は慣れない匂いに気持ち悪くしたものの段々と慣れてきた。
「皆さま、この扉の先が謁見の間です」
シンイーの案内で彼らは大きな扉の前にたどり着く。
目の前の大きな扉には躍動感あふれる龍が描かれており、まるで生きているかのような印象を受ける。
近くで見ると、今にも飛び出してきてしまいそうだ。
「では、扉を開きます。あっ、それと挨拶の仕方ですがアルメスタ流で結構ですよ」
アルメスタ王国では王であるオスカーに謁見する際、玉座に座っている王の前まで歩き、止まったらその場で片膝をついて頭を下げる。
そして左腕を左足の膝の上にのせて右手を胸に添えるのがアルメスタ流の挨拶。
だがナギ国では王の前に来たら膝をつかずに右手で拳を作り、左手を開いて胸の前で両手を合わせながら軽く頭を下げる。
国も違えば文化や礼儀、挨拶の仕方まで何から何まで違うのだ。
前世でいう郷に入れば郷に従えというやつだが、シンイーがアルメスタ流で構わないというので彼らは自国の挨拶で謁見することになった。
シンイーは扉の脇にあるレバーを下に下げると、壁に埋め込まれている無数の歯車がかみ合いながら回りだし、金属の軋む音が一帯に響く。
おそらくは扉を開くための仕掛けなのだろうが長い年月のせいで歯車も錆びているため、音を聞いているだけでなんとも不愉快な気分になる。
一度点検をしたほうがいいのかもしれない。
歯車が回りだすとそれに連動して大扉もゆっくりと開き始め、ついにゲンブ宮の謁見の間が彼らの瞳に映し出される。
「おぉ……これはなんとも豪華な……」
「エドワード城の謁見の間も豪華でしたけど、こちらも凄いですね」
西洋風のエドワード城とは真逆の東洋のフインキが強くにじみ出ており、壁の至るところには虎や龍、鯉といった動物や生き物が色鮮やかな絵が描かれている。
「ねぇ翼。上を見て」
「上? ……うわっ、あれって霊獣じゃないか」
アイリに言われてロベルトは首を上に向けて天井を見ると、またもや驚くものを目にした。
天井にはある4匹の動物が大きく描かれており、その動物は彼にとっては非常によく知っているもの。
北の玄武に南の朱雀、東の青龍に西の白虎……中国由来の方角を司る霊獣だった。
そして……この謁見の間の奥に座っている人物をロベルトたちは目撃することになる。
いかつい顔つきをした男性と、隣で水連の花のように可憐で美しい女性が並んで玉座に座っている。
男性は見たところオスカーと同年代くらいで、頭にはかつての古代中国の皇帝がかぶっていた冕冠と呼ばれる帽子をかぶっており、既に遠くから見てわかるほどの王としての風格がにじみ出ている
服装もそれに相応しく、昔の中国の豪族が着ている服が彼を王として立派に飾っている。
彼こそがこのナギ国の頂点に立つ男、バン・ハオラン。
隣に座っているのはおそらくバンの妻……王妃であり、シンイーの母親であろう。
この国に来てから、ありとあらゆるものに彼らは驚かされてばかりだ。
「ついてきてくださいませ」
シンイーに従い、彼らは謁見の間に一歩足を進める。
一歩一歩、歩くたびに近づくナギ国の大王。
彼からは王としてのオーラが出ており、それを目撃しているロベルトは既に冷や汗が流れていた。
粗相を働けば首が飛びかねないという覚悟を持ちながら、勇気をもって王に近づく。
バンは鋭い視線で玉座に座りながらロベルト達を見下ろす。
「父様、母様。アルメスタ王国の騎士様たちをお連れいたしました」
「ごくろう」
たった一言だけ放った言葉ながらも王としての言葉は非常に重く、意味のあるものだ。
ここまで案内を務めた娘に礼を言ったバンはロベルトたちに視線を向ける。
そして、バンに近づいたロベルトたちはアルメスタ流の挨拶でバンに向けて膝をついて右手を胸に当てる。
シャルロットを先頭に、後ろにロベルトとアイリ、アルトにリナリーと、今……大王との謁見が始まった。
「アルメスタ王国騎士団副団長、シャルロット・カタルーシア以下数名、オスカー・スタンリー・アルメスタ国王陛下の命により、参上いたしました」
シャルロットの言葉で彼らは膝をついて王に頭を垂れる。
許しが出るまでは上げてはならない。
「いいだろう。頭をあげるがいい」
バンから許しが出た。
この言葉を聞いたロベルトたちは頭を上げて立ち上がり、姿勢を戻す。
が……この瞬間、バンはいかつい顔でにかっと笑って笑顔を作る。
「シャルロット副団長! 久しいな! いつ以来だ!?」
「確か……半年くらい前でしょうか? シンイー様にも申し上げましたが、最近は盗賊団絡みの事件が多くて忙しくなってしまいました」
「あぁ、俺も一時間ほど前に電話で報告を聞いた。列車が襲われたそうじゃないか。だが荷物を守り切った辺り、流石はアルメスタの騎士だな! お前たちに任せてよかったよ」
最初にしていた厳しめの表情から一転、笑顔で大笑いをする大王。
さきほどまで見せていた威圧感や王としての風格などどこかに消え去り、テンションが完全に一人のおっさんである。
オスカーとの長い付き合い故に、似た者同士というやつなのだろう。
類は友を呼ぶとはよく言ったものだ。
「改めて、アルメスタ王国の騎士団諸君よ。よくぞ参られたな! 俺こそがこのナギ国の王、バン・ハオランだ! かたっ苦しいのはなしな! そういうのは嫌いだからな!! ガハハハ!! それと隣にいるのは俺の妻であるリーフェンだ」
「皆さま初めまして。私は隣にいるバン・ハオランの妻でありこの国の王妃を務めているバン・リーフェンと申します。以後、お見知りおきを」
玉座から立ち上がった王妃……バン・リーフェンは聖母のほうは笑みを浮かべながら軽く頭を下げてロベルトたちに挨拶をする。
母エミリーに負け劣らずの美人であり、月下美人という言葉がふさわしい王妃様。
親子ということもあって、近くにいるシンイーも外見は母親に似ている。
「さて、副団長は仕事柄よく会うが、他のものは初めて見る顔だな。せっかくだから貴殿らの事を聞こうではないか」
つまり、今から自己紹介しろということだ。
ここで最初にアイリは先陣を切る。
「ではまず私から。私はシャルロット・カタルーシアの妹のアイリ・カタルーシアと申します」
アイリがバンの前に出て頭を下げながら挨拶をする。
「おぉ! 貴殿が副団長の妹か! なるほど……どうりで似ていると思ったわ! 副団長よ、可愛い妹を持ったな!」
「ありがとうございます」
身長と髪の長さ、あとは性格が違う程度で二人は姉妹で似ている。
今度はアルトが前に出てバンに挨拶をする。
「では次は私が。アルメスタ王国八貴族が一つ、レイフェルス家のアルト・レイフェルスと申します」
「同じくアルメスタ王国八貴族が一つ、エルヴェシウス家のロベルト・エルヴェシウスと申します。女みたいな顔をしていますが男です」
「アルメスタ王国八貴族が一つ、エルヴェシウスの長女にしてロベルト・エルヴェシウスの妹のリナリー・エルヴェシウスと申します。初めましてバン大王様、お会いできて光栄ですわ」
ロベルトは見た目からしてよく女と間違えられるので、念を入れて自分は男だと言っておく。
リナリーは挨拶の際にスカートの端を軽く摘まんで会釈するなど、可愛らしさもアピールする。
彼女がするからこそ、上品に見える。
だがロベルトたちが自己紹介した途端、バンの表情が少しだけ真剣になる。
「ほぅ……お前たちが……なるほど。見た目は母上に似たがその瞳から感じるもの……父親に似たな」
「父親? あの、バン大王。父をご存じなんですか?」
「知っているも何も、俺とオスカー。レイフェルス……アルトの父のダミアンとお前たちの親父のシリウスとはな。ガキの頃のからの付き合いなんだよ。いやー懐かしいな! もう30年くらい前になるか? 皆でエドワード城の中で走り回っていたあの頃をな!」
「「「えっ……」」」
バンの口から飛び出した衝撃の情報。
それを聞いたロベルト、リナリー、アルトの3名は一旦思考停止に陥った後……
「「「えええええええええええぇ!?」」」
リンメイ全域に響き渡るほどの雄叫びを上げる。
まさか自分の父が二国の王と知り合いとは思わないだろう。
悲鳴を上げたくなるもなる。
「一昨日にオスカーの奴から連絡があってな。一度会ってみたいと思ってたんだよ。やっぱり面影がシリウスに似ているな!」
「あ、ありがとうございます……」
王という人物はもう少し厳格な人だとロベルトの中で創られていたのだが、オスカーやバンを見ると彼の理想の王としての概念が崩れていく。
こういうフランクな王も悪くはないのだが、こうも王が軽い人物だとよく国が長く持ったものだと思わず関心してしまう。
だが王というのは民から信頼されてこそ確固たる地位を確立できる。
民から信頼され、民から愛され、民を脅威から守る……そういう素質を持っているからこそ、このバン・ハオランという人物は玉座に座る資格があるのだろう。
「父様、そういえばセイランですけど帰ってくるのが遅いですよね」
「言われてみればそうだな。いつもであればこの時間に帰ってきてもおかしくはないが……珍しいな」
先ほどシンイーが軽く話していたロウ・セイランという人物。
シンイーにとっては兄のような存在で現在は任務で出かけているが、なかなか帰ってこないロウに二人は不安の表情がにじみ出る。
と、直後……何やらこちらに向かって足音が激しく聞こえてきて、この謁見の間にその音は近づいてきた。
そしてその足音を出していた人物は何やら険しい表情をして慌てて謁見の間に転がり込んできた。
「だ、だ、大王様!! た、大変です!!」
「なんだぁ!! こっちは今客人が来てるって……あれ? チョウじゃねぇか。帰ってきてたのか」
「それどころじゃありません! 緊急事態が発生しました!」
いきなり駆け込んできたチョウという人物が発した緊急事態という単語に、アルメスタの騎士たちも一瞬にして真剣な表情になる。
どうやら、ただ事ではないことが起こったようだ。
先ほどまで軽いノリで接していたバンも、すぐさま国王モードに切り替わる。
「……今客人が来ている。要件は手短に言え」
「はい! 先ほど任務で向かっておりましたスー・ヤンの竹林にて魔獣の群れと遭遇しました! その数は300体近く!」
「さっ、300体だと!?」
とんでもない魔獣の多さにバンも驚きを隠せなかった。
小型の魔獣は群れをなしていることが多いが、せいぜい5体から10体まで。
そのため一人で魔獣の群れと遭遇したときは真っ先に逃げろと騎士学校で学ぶ。
だがいくらなんでも300体は多すぎる。
「と、父様! 確かセイランが向かった場所って……」
「スー・ヤンの竹林だ! あいつはどうした!?」
「それが……親父は俺を逃がすために一人であの竹林に残って魔獣の相手をしております! 私はこのことを大王様に伝えて援軍をよこせと親父に申されました」
「おいマジかよ……」
「セイラン……」
今の話を纏めると、ローファンの総隊長であるロウ・セイランはスー・ヤンの竹林へ任務に赴いていたが、道中魔獣の群れ300体と遭遇。
同席していたチョウという人物を逃がすためにロウは一人で魔獣の群れと戦っており、チョウはこのことをバンに伝えるために急いで帰ってきた、ということになる。
この話を聞いたシンイーは今にも泣きそうな顔をしてしまう。
自分にとって兄のような存在が今危険な状況に置かれているのだから。
「……………」
それを近くで見たロベルトは何とかできないのかと少しだけ悩む。
だがシンイーの悲しげな顔は彼の心に強く突き刺さり、すぐに悩みが吹き飛ぶ。
自分はなぜ騎士団に入ったのか、それはこういう人がいるから助けたい。
今こそ、それを実行に移す時だ。
「副団長。ロウさんを助けに行きましょう」
「そうね、私も同じことを思っていたわ。シンイー様、大丈夫ですよ。私たちがロウさんを助けに行きます。だから涙を流さないでください。誰も貴方の悲しむ顔を見るのは望んでいません」
「そうですよ。貴方は笑顔が一番似合っているんですから」
「皆さま……」
彼らがロウを助けに行ってくれる。
それを聞いたシンイーの表情に希望が灯る。
もしかしたらまだ助けられるかもしれない、と。
「と、いうわけでバン大王。これよりロウさんの援護に向かいます。よろしいですね?」
「本当か!? それは助かる! スー・ヤンの竹林はここより西側の離れたところにある。チョウ! 案内してやれ!」
「分かりました! 皆さま、私はロウ総隊長の部下でナギ国大王直属近衛部隊「高坂組」のチョウ・リキョウと申します!!」
「こっ、高坂組!?」
チョウという人物が発したとんでもない言葉、高坂組。
前世では建築関係の会社の名前か……いわゆるヤのつく職業の組の名前だ。
「では皆さん、私についてきてください! 西に厩舎がありますのでそこから馬に乗っていきましょう!」
「わ、分かりました」
「お前たち!頼むぞ!!」
チョウの案内で彼らは急いで謁見の間を出ていき、そのままゲンブ宮も出ていって街の西側へと向かう。
街は以前として人の喧騒で賑やかだが、今のロベルトたちからしたらそれどころではない。
人並みをよけるように走って彼らは西側に向かうと、とある建物へとたどり着く。
馬の管理、調教をする厩舎という建物である。
「選んでいる時間はありません! この厩舎の馬は人になれているのでどれを選んでも構いません!」
「わかりました!」
「じゃあ俺はこれだ!」
「あたしはこれ!」
アルトやアイリがすぐ近くにいた白い馬と茶色の馬に近づいて、左手で手綱と鬣を掴みつつ姿勢を整えながら乗馬する。
実を言うと馬というのは乗るのはかなりコツがいる。
よくゲームやアニメのキャラは簡単そうに馬に乗ってはいるものの、実際は結構難しい。
ロベルトも騎士学校時代は何度も乗馬するのに失敗し、今ではなんとか乗れるようになったほどだ。
「よし! リナリーも準備いいな!?」
「もちろんです!いつでも行けます!」
これで全員乗馬した。
向かうはローファンの総隊長、ロウ・セイランが多くの魔獣と戦っているスー・ヤンの竹林。
急がなければ彼の命が危ないだろう。
厩舎を出た彼らはチョウが先頭の元、馬を走らせて目的地であるスー・ヤンの竹林へと向かっていった。
この時ロベルトはチョウが先ほど発した言葉が気になっていた。
だが今は馬を走らせることに集中し、到着したら聞こうと思った。
しかし先ほどの戦闘もあって彼らは会話する気力もなかったのか、ただ座って揺られていた。
ロベルトも今は何も考えたくないのか、寝ているわけではないが目を閉じて腕を組みながら、この列車が終点のナギ国に着くまで待っていた。
しばらく列車が線路の上を音を立てながら走っていると、突然激しい音が彼の耳に響く。
何事かと思い目を開けて窓を見ると、彼の視界に広がったのはエルヴェシウス兄妹の瞳と同じくらいに透き通った綺麗なコバルトブルーの大きな川であり、列車はその川の上に建てられた鉄橋の上を走っている。
先ほどロベルトの耳に聞こえた激しい音は列車が鉄橋の上を通過したためである。
「お兄様。この川とても大きいですね」
「俺もこんなに大きな川は初めてだな……」
「ローウェンズ川ね。アルメスタ王国とナギ国の国境となる川よ」
「国境? ということは……」
「そう、いよいよナギ国に入るわ。鉄橋を超えたらもっといい風景が見れるよ」
シャルロットがそういった直後、列車は鉄橋を渡り終えて緑一面の場所へと移り変わる。
最初は森に入ったのかと思ったのだが、よく見ると地面から生えているのは木々ではない。
そしてその生えているものはロベルトにとってはよく知っているものであった。
「……これは、竹か」
地面から生えている数々の細くて緑の竹が、列車の走行とともに激しく揺れる。
この列車は今を持ってナギ国へと突入し、竹の生えた林……竹林が彼らを歓迎した。
異世界といえば森はよくある設定ではあるが、竹林はあまり聞かない。
(……懐かしいな。京都を思い出す)
前世の日本にも竹林の名所はいくつかあるものの、特に有名なのは京都の嵐山、嵯峨野にある竹林の道だ。
通称、竹林の小怪とも言われており、知名度も高く日本中だけではなく、世界各地からの外国人観光客からも絶賛されるほど。
ここでロベルトはあることを思い出す。
確かあの竹林の道には縁結びや子宝安産で有名な小さな神社があり、生前中学の修学旅行で嵐山を訪れた際、アイリ……華蓮と共にあの神社に連れていかれてことを。
撫でながら祈ると願いが叶う神石を彼女は熱心に撫でていたのが、彼の脳裏に再生され思わず笑みを浮かべる。
大人になってから京都に行きたいと思っていたロベルトだったが、死んでしまってそれは既に叶わなくなってしまった。
3分ほど列車は竹林の中を走り続けて、ようやく開けた場所へと出た。
すると……
「うおおおおおおおおお!!」
「これはすごいな!」
シャルロット以外の全員が窓に張り付くように広がる光景に大声を上げて歓喜する。
連なる山脈に空を見上げれば広がる雲海、山の山頂にいくつも建てられている寺院によく見ると万里の長城に似たようなものまである。
見たことのない新世界に彼らは先ほどまで低かったテンションとは真逆の、終始興奮気味であった。
「こらこらはしゃがないの」
「ごめんって。でもこんな光景見たらテンションあがっちゃって」
シャルロットの言う通りアルトとリナリーはしょうがないとして、ロベルトとアイリは実年齢は30を超えているので、いい歳した大人が子供相応のリアクションで驚くのはみっともない。
「ここがナギ国……随分とフインキが変わったな」
異世界といえば西洋のイメージが強いがまさか川を渡って竹林を抜け、その先に広がる光景が古代中国のような世界とは思わなかっただろう。
アルメスタ王国のすぐ隣だというのにこんなにいい物が見れるのであればなぜ、もっと前からいかなかったのだろうとロベルトは少しだけ後悔する。
「おっ、アレがリンメイじゃないか?」
「あれが……」
アルトの指さす先には、赤一色の建物が集まった異国情緒漂うアジア風の街が遠くに見える。
街の大きさはメランシェルと同等で、列車が近づくにつれて街の規模がいかに大きいのかよく分かる。
あれこそが今回の目的地の一つであるナギ国の首都、リンメイだ。
10分ほど列車は車輪を回し、ようやくリンメイの街中へと入っていく。
窓から見えるリンメイの街並みは西洋風のメランシェルとは真逆の東洋風の街。
中国建築に似た建物が特徴であり、街の至るところには木造建築の寺院も建てられている。
「ここがリンメイ……お兄様、ついに来ちゃいましたね」
「俺も少し楽しみだよ。だけど任務だからね。気を引き締めていかないと」
初めて訪れる隣国だけあってリナリーも楽しそうだがロベルトの言う通り、これは任務。
しかも国王であるオスカー直々の勅命任務であって遊びではない。
だが今回の任務は明日は自由時間でもあるため、少しだけ羽目を外しても問題はなかろう。
『本日はセルメシア鉄道をご利用いただき、誠にありがとうございます。この列車はまもなく終点、ナギ国リンメイへと到着いたします。お降りの際は忘れ物がござらぬようにお願いいたします』
車内にアナウンスが鳴り響き、いよいよ降車する時が来た。
それを聞いた彼らは気を引き締めて、列車を降りる準備を始める。
アルメスタ王国王都メランシェルからおよそ3時間、本来であれば11時につく予定が道中アムレアン盗賊団の襲撃という事態もあり、一時間遅れてようやく隣国ナギ国の首都、リンメイへと到着した。
列車は駅に近づくにつれて少しずつ速度を落とし、駅構内に入って完全に止まると汽笛を鳴らした。
『終点、リンメイ駅に到着いたしました。ご利用いただき、まことにありがとうございます。次の出発時刻は……』
駅に到着した列車から次々と乗客や騎士たちが降車する。
その中にはロベルト一行も含まれており、初めて訪れる隣国の大地にその足跡をつけることとなる。
「ようやくついたなー!」
最初にアルト、次にシャルロットにアイリ、そしてリナリーと最後にロベルトが列車から降りる。
初めて目にしたリンメイの駅構内。
レンガで作られたメランシェルの駅とは違って木造建築の寺院風の駅で、いたるところに赤い提灯がいくつもぶら下がっている。
さらに構内のいたるところにお香が焚かれており、独特の香りがロベルトの鼻を刺激させる。
新しい刺激に心躍らせていると……
「アルメスタ王国騎士団の皆さん。ようこそナギ国へ。よくお越しになられました」
突如横から可愛らしい女性の声が聞こえたので、彼らは振り向くと一人の少女がいた。
ひらひらとピンク一色の美しい衣装を着た10代の少女であり、まだあどけなさが残っていが彼女が纏うフインキが只者ではない。
完全に貴族のそれである
「あら、シンイー様。お久しぶりです」
「はい。シャルロット副団長。最近お忙しいと聞きますが」
「そうですね。アムレアン盗賊団の件で特に忙しくなってしまいまして……」
「先ほど電話で連絡をいただきました。よく彼らを撃退してくれましたね。流石アルメスタの騎士様たちです」
シンイー様と呼ばれた少女はシャルロットと随分と親し気に話している。
その様子からして、彼女とは知り合いのようだ。
「ご挨拶が遅れました。私はこのナギ国の大王であるバン・ハオランの娘、バン・シンイーと申します。以後、お見知りおきを」
そう言って彼女は衣装の裾を軽くつまみ上げて会釈する。
バン・シンイー……ナギ国大王の娘が護衛もなしに自らアルメスタ王国騎士団一行を迎えてくれたのだ。
ロベルト達も失礼のないように彼女に一人一人、自己紹介をする。
だがリナリーの自己紹介が終わったとき……
「リナリー……ねぇリナリー。貴方、私と友達になってくださらないかしら!?」
「ふぇ!?」
「えぇ!?」
シンイーはリナリーに近づき、彼女の両手を握って笑顔でそう問いかける。
いきなりの出来事にロベルトやアイリも大層驚いている。
まさか初めて訪れた国の姫様が友達になってくれと頼まれたら、誰だって驚くだろう。
しかしシンイーに至っては目が本気であり、決してふざけてなどいない。
「貴方を見て私の中で何かを感じ取ったの。貴方とは友達になるべきだって! ねぇ、どうかしら!?」
「え、えーと……」
迫力ある彼女の笑顔に思わずリナリーは戸惑ってしまう。
だが少し悩んで考えた末……
「わ、分かりました! シンイー様! こんな私でよければ!」
「様はいらないわリナリー。シンイーで結構よ」
「ではシンイー。よろしくお願いいたしますね!」
リナリーはそう言ってシンイーと握手をして交友関係を築くことになった。
予想だにしなかった事態にびっくりしてしまったが、これにて一件落着である。
「凄いじゃないかリナリー。まさか隣国のお姫様と友達になれるなんて」
「はい! 私も正直驚きました! 知らない土地を訪れるのもこんな楽しみがあるんですね!」
流石に国の姫様と友達になるなんてのは、普通はない。
だが彼女の言う通り、世界を見て回るというのは決して悪いことではない。
未知なる世界に勇気をもって足を踏み入れてこそ、人間というのは内面的にも成長できる。
この任務がリナリーにとっても今後の人生にプラスになるように、願うばかりだ。
「あ、そういえば父様から皆さまをお連れするように頼まれたんです! では皆さま、これより父様と母様のいるゲンブ宮へとご案内します! 荷物は後程使いの者をよこして取りにこさせますので私についてきてくださいませ」
シンイーは着ている服を風になびかせるように後ろを振り向き、駅の出口のほうに向かって歩いていく。
ロベルト一行も彼女の後ろについていき、お香の匂いが漂う駅を出ていく、
「ここがリンメイ……」
「すっご!」
新しい国の大きな街を始めて訪れた彼らは各々の感想を口に出す。
ナギ国の首都リンメイ……前世の古代中国、漢王朝時代のフインキを漂わせる街。
オリエンタルという言葉がふさわしい街で看板には前世でいう漢字によく似た言葉が書かれている。
行き交う人々もアルメスタ王国で見られるスーツやドレスとは違い、独特の民族衣装を着た人たちが買い物を楽しんだり仕事に勤しんだりしている。
建物も窓には中国格子と呼ばれる模様が入った窓に、軒先には駅にもあった赤い提灯がいくつもぶら下がっていた。
(……まるで三国志の世界に来た気分だな)
駅を出て街に一歩踏み出したロベルトの第一の感想はそれだった。
異世界イコール西洋という考えは絶対ではない。
こういう世界もまた面白いと思えた瞬間だ。
「皆さま、こちらをご覧ください」
シンイーはそう言ってあるものを指をさす。
それはロベルトが生前に見たことがあるものだった。
「あれって……人力車か」
「人力車? それって何ですか?」
「馬ではなく人の力で動かす車の事だ。確か以前ナギ国の歴史が書かれている本を見たら人力車は人を乗せて車夫と呼ばれる人が引っ張るものなんだ」
「そうなんですか? お兄様詳しいんですね!」
実際のところ、ナギ国の歴史が書かれている本を昔に読んだのは事実だが人力車についての知識は生前のものである。
そもそも異世界では馬車が基本となるため、人力車というのはあまり見ないものだ。
ロベルトの前世でも人力車なんてものは東京では浅草、京都では嵐山や祇園にあるくらいのものであり、彼も前世では一度も乗ったことがない。
彼らの目の前にある人力車は3人乗りで今回は5人いるため、二台用意してくれたのだろう。
当然ではあるが人力車の傍には動かす人……車夫が腕を組みながら待機しており、リナリーは初めて見る人力車に興味津々で目を輝かせていた。
「誰がどこに乗ります?」
「そうねぇ……じゃあ私はアイリとアルトと乗ろうかしら」
「じゃあ俺はリナリーとシンイー様と一緒ですね」
一台目の人力車にはシャルロットとアイリ、そしてアルトの3人が乗ることになり、二台目の人力車にはロベルトとリナリー、シンイーが同席することになった。
「ロベルトさん、失礼しますね」
「構いませんよ。気を付けてくださいね」
乗り込む際に落ちてしまわないように細心の注意を払い、ロベルトはシンイーを隣に座らせる。
ちなみにリナリーが右端、シンイーが真ん中でロベルトが左端である。
「では参りましょう。車夫さん、お願いします」
「了解っす!」
ガタイのいい車夫が支木と呼ばれる取っ手を両手でつかみ、持ちあげる。
「きゃっ!?」
「大丈夫? 最初はびっくりはするけど慣れるモノよ」
慣れない人力車に初めて乗ったせいで、いきなり後ろに傾いて軽く悲鳴を上げるリナリー。
少しびっくりした表情はなかなかに可愛いものだ。
彼らを乗せた人力車は車夫が引き始め、リンメイの奥にあるこの国の城……ゲンブ宮へと車輪が回りだした。
人力車が動き始めて5分が立ったころ、ロベルト一行を乗せた人力車はリンメイの中央地区の大通りをゆっくり走行していた。
この国の大通りということもあり、さらに時間帯は既に12時であるため多くの人たちがこの道を行き交う。
「さあーよってらっしゃい見てらっしゃい! さぁ兄さんどうぞどうぞ!」
「そこのねーさん! あんたアルメスタから来たんでしょ!? 帰るときにお土産にこれ買っていきな!」
店頭にいるおじさんやおばさんが自分の店の商品を売りたいがために必死になって、客に呼び込みをしている。
このリンメイという街が熱気にあふれているのは彼らがいるからだろう。
「さぁそこのお嬢さん! 出来立てのパイラン買っていってよ!」
パイランという気になる単語を耳にしたロベルトは、軒先に出されている屋台に視線を送ると、その正体が分かった。
名前こそは違うものの、パイランとはロベルトの前世での肉まんのことだった。
「パイラン……なんでしょうか?」
「気になる? ナギ国名物のとっても美味しいお饅頭なの! 車夫さんすいませーん! ちょっと止まってくださーい!」
シンイーの言葉で車夫は足を止め、その場で降りてパイランを売っている店員に近づく。
「さあ寄ってらっしゃい……ってあら! シンイー様じゃないですか!」
「こんにちはおばさま! パイランを6個ほどくれませんか? はい、これお代です!」
彼女は6個分のパイランを購入するために小さな財布を取り出し、一枚の紙幣を店員に渡す。
店員は料金を確認すると蒸し器から6個分のパイランを一個一個、紙袋に入れていってシンイーに渡した。
「あらあらありがとうね! はいこれ。熱いから気を付けてくださいねー!」
「ありがとうございます!」
パイランが纏めて入った紙袋を店員から受け取ったシンイーは一言礼を言ってから人力車に戻る。
欲しいものを得られて嬉しそうな表情をする彼女は、姫といえどやはり年相応の女の子だ。
買ったばかりパイランをシンイーはロベルトたちに手渡していく。
「皆さま! ぜひ食べてみてください!美味しいですよ!」
「あらあら、じゃあせっかくなのでいただきますか」
「じゃあいっただきまーすって、あぢぢぢぢ!!」
「あっ! 言い忘れていましたけど、とてもお熱いので気を付けてください!」
何も知らないアルトがパイランをそのまま片手でとってしまったため、出来立てのパイランの熱を肌でそのまま受け取り熱がる。
その勢いでパイランを落としかけるが、なんとか落とさずに済んだ。
ロベルトもシンイーからパイランを受け取り、そのままかじる。
「……うん、とてもおいしい。懐かしいな」
口に入れた瞬間、もっちりとした餡の中に入ったジューシーな肉汁が口の中に溢れ、ロベルトの中に眠る生前の記憶を思い出させる。
忘れもしない、学生時代にアイリと一緒に帰っているときにコンビニによって、そこで買った肉まんの味を。
今食べているものとコンビニの肉まんを比べるのは失礼ではあるが。
「さて、それじゃ改めてゲンブ宮へと向かいましょう!」
シンイーの指示で車夫が再び人力車に力を入れ始め、彼らの乗った人力車は街の奥にあるゲンブ宮へと向かっていった。
20分ほどでようやく目的地であるナギ国の城、ゲンブ宮へとたどり着いた。
正確に言うとゲンブ宮へと続く大階段の下に彼らの姿はあった。
大階段の上には赤の丹塗で塗られた大きな門が鎮座しており、資格なきものはこの門を潜ることは許されぬと言わんばかりに堂々としていた。
「では人力車はここまでです。車夫のお二方、ありがとうございました」
「いえいえ! ではあっしは仕事もありますでこれにてご免!」
車夫の二人はシンイーに礼を言うと人力車をそのまま引っ張って街のほうへと消えていった。
ロベルトは大階段の上にある門をずっと見ている。
門というものは入る者を選び、拒む役目を持っている。
ナギ国の長い歴史の中でこの赤い大きな門は高い位置から、このリンメイの街が歩んできた歴史を大階段の上から見守っていたのだろう。
「では皆さま、私についてきてくださいませ」
シンイーの言葉で彼らは彼女の後ろをついていく。
一歩一歩、階段を上るたびに感じる歴史の重み、ゲンブ宮へと近づくにつれて早くなる心臓の鼓動。
これより向かうはこの国の大王、バン・ハオランのいる謁見の間。
どんなお方なのだろうかと、ロベルトの中で期待と不安が混じる。
数歩階段を上っていくと、彼らの耳に何やら覇気がこもった声が聞こえてきた。
「ん? なんの声ですか?」
「気になりますか?」
シンイーはこの声の正体に気づいているようだが、彼女自らそれを語るつもりはないらしい。
直接この目で確かめろ、ということだ。
彼女の言葉通り、階段を上がりきったロベルトたちは驚きの光景を目撃することになる。
「これはっ……!」
門の先に広がる大きな広場、そこにいる数多の男女。
武術服を身に纏い、彼らは気合を上げながら声を張り上げる。
彼らの様子を見る限り、何やら武術の訓練をしているようだ。
「どうでしょうか! あれこそが、我がナギ国の誇る首都警備治安部隊「ローファン」のお方たちです!」
アルメスタ王国にも騎士団があるように、ナギ国にも街や人を守る治安部隊が存在する。
それがローファン……武術を極めんと、日々鍛錬に励み朝から晩まで骨がきしむまで腕を磨く。
広場にいるローファンの者たちの表情は見ただけでもこちらに熱気を感じさせるほど、覇気があった。
この光景を見たロベルトたちは何か感想を言おうにも、彼らから感じる圧に口をあんぐりと開けて言葉を失っている。
もっともシャルロットは仕事柄、ナギ国の事情にも詳しいので彼らローファンの事は知っており、隣で少しだけ笑っていた。
「みなさーん、大丈夫ですかー?」
「えっ!? あ、大丈夫ですよ。なんか……この人たち凄い迫力を感じますね」
「もちろんです! でもセイランのほうがもっと凄いんですから!!」
「セイラン?」
シンイーの口から吐き出されたセイランという名前。
気になったロベルトは聞きなおす。
「ロウ・セイランと言ってローファンの総隊長であり、私にとっては兄のような存在です。今はちょっと任務に行っていていないんですけどね」
「そうなんですか。ちょっとタイミングが悪かったですね。この機会に一度挨拶をしておこうと思ったのですが、残念です」
この覇気溢れる軍団を率いている男、ロウ・セイラン。
一体誰なのか気になったものの、任務でいないのであれば仕方ない。
気を取り直して彼らは広場を通り抜け、ゲンブ宮内部へと上がりこむ。
ゲンブ宮はロベルトの前世でいう中国の紫禁城に似た城であり、内部もアルメスタのエドワード城に負けずと豪華絢爛であった。
だがアジア風の城のため中のフインキは真逆であり、中には木で彫られた大仏が廊下の至るところに鎮座している。
この城の中にも至るところに駅と同じようにお香が焚かれており、最初は慣れない匂いに気持ち悪くしたものの段々と慣れてきた。
「皆さま、この扉の先が謁見の間です」
シンイーの案内で彼らは大きな扉の前にたどり着く。
目の前の大きな扉には躍動感あふれる龍が描かれており、まるで生きているかのような印象を受ける。
近くで見ると、今にも飛び出してきてしまいそうだ。
「では、扉を開きます。あっ、それと挨拶の仕方ですがアルメスタ流で結構ですよ」
アルメスタ王国では王であるオスカーに謁見する際、玉座に座っている王の前まで歩き、止まったらその場で片膝をついて頭を下げる。
そして左腕を左足の膝の上にのせて右手を胸に添えるのがアルメスタ流の挨拶。
だがナギ国では王の前に来たら膝をつかずに右手で拳を作り、左手を開いて胸の前で両手を合わせながら軽く頭を下げる。
国も違えば文化や礼儀、挨拶の仕方まで何から何まで違うのだ。
前世でいう郷に入れば郷に従えというやつだが、シンイーがアルメスタ流で構わないというので彼らは自国の挨拶で謁見することになった。
シンイーは扉の脇にあるレバーを下に下げると、壁に埋め込まれている無数の歯車がかみ合いながら回りだし、金属の軋む音が一帯に響く。
おそらくは扉を開くための仕掛けなのだろうが長い年月のせいで歯車も錆びているため、音を聞いているだけでなんとも不愉快な気分になる。
一度点検をしたほうがいいのかもしれない。
歯車が回りだすとそれに連動して大扉もゆっくりと開き始め、ついにゲンブ宮の謁見の間が彼らの瞳に映し出される。
「おぉ……これはなんとも豪華な……」
「エドワード城の謁見の間も豪華でしたけど、こちらも凄いですね」
西洋風のエドワード城とは真逆の東洋のフインキが強くにじみ出ており、壁の至るところには虎や龍、鯉といった動物や生き物が色鮮やかな絵が描かれている。
「ねぇ翼。上を見て」
「上? ……うわっ、あれって霊獣じゃないか」
アイリに言われてロベルトは首を上に向けて天井を見ると、またもや驚くものを目にした。
天井にはある4匹の動物が大きく描かれており、その動物は彼にとっては非常によく知っているもの。
北の玄武に南の朱雀、東の青龍に西の白虎……中国由来の方角を司る霊獣だった。
そして……この謁見の間の奥に座っている人物をロベルトたちは目撃することになる。
いかつい顔つきをした男性と、隣で水連の花のように可憐で美しい女性が並んで玉座に座っている。
男性は見たところオスカーと同年代くらいで、頭にはかつての古代中国の皇帝がかぶっていた冕冠と呼ばれる帽子をかぶっており、既に遠くから見てわかるほどの王としての風格がにじみ出ている
服装もそれに相応しく、昔の中国の豪族が着ている服が彼を王として立派に飾っている。
彼こそがこのナギ国の頂点に立つ男、バン・ハオラン。
隣に座っているのはおそらくバンの妻……王妃であり、シンイーの母親であろう。
この国に来てから、ありとあらゆるものに彼らは驚かされてばかりだ。
「ついてきてくださいませ」
シンイーに従い、彼らは謁見の間に一歩足を進める。
一歩一歩、歩くたびに近づくナギ国の大王。
彼からは王としてのオーラが出ており、それを目撃しているロベルトは既に冷や汗が流れていた。
粗相を働けば首が飛びかねないという覚悟を持ちながら、勇気をもって王に近づく。
バンは鋭い視線で玉座に座りながらロベルト達を見下ろす。
「父様、母様。アルメスタ王国の騎士様たちをお連れいたしました」
「ごくろう」
たった一言だけ放った言葉ながらも王としての言葉は非常に重く、意味のあるものだ。
ここまで案内を務めた娘に礼を言ったバンはロベルトたちに視線を向ける。
そして、バンに近づいたロベルトたちはアルメスタ流の挨拶でバンに向けて膝をついて右手を胸に当てる。
シャルロットを先頭に、後ろにロベルトとアイリ、アルトにリナリーと、今……大王との謁見が始まった。
「アルメスタ王国騎士団副団長、シャルロット・カタルーシア以下数名、オスカー・スタンリー・アルメスタ国王陛下の命により、参上いたしました」
シャルロットの言葉で彼らは膝をついて王に頭を垂れる。
許しが出るまでは上げてはならない。
「いいだろう。頭をあげるがいい」
バンから許しが出た。
この言葉を聞いたロベルトたちは頭を上げて立ち上がり、姿勢を戻す。
が……この瞬間、バンはいかつい顔でにかっと笑って笑顔を作る。
「シャルロット副団長! 久しいな! いつ以来だ!?」
「確か……半年くらい前でしょうか? シンイー様にも申し上げましたが、最近は盗賊団絡みの事件が多くて忙しくなってしまいました」
「あぁ、俺も一時間ほど前に電話で報告を聞いた。列車が襲われたそうじゃないか。だが荷物を守り切った辺り、流石はアルメスタの騎士だな! お前たちに任せてよかったよ」
最初にしていた厳しめの表情から一転、笑顔で大笑いをする大王。
さきほどまで見せていた威圧感や王としての風格などどこかに消え去り、テンションが完全に一人のおっさんである。
オスカーとの長い付き合い故に、似た者同士というやつなのだろう。
類は友を呼ぶとはよく言ったものだ。
「改めて、アルメスタ王国の騎士団諸君よ。よくぞ参られたな! 俺こそがこのナギ国の王、バン・ハオランだ! かたっ苦しいのはなしな! そういうのは嫌いだからな!! ガハハハ!! それと隣にいるのは俺の妻であるリーフェンだ」
「皆さま初めまして。私は隣にいるバン・ハオランの妻でありこの国の王妃を務めているバン・リーフェンと申します。以後、お見知りおきを」
玉座から立ち上がった王妃……バン・リーフェンは聖母のほうは笑みを浮かべながら軽く頭を下げてロベルトたちに挨拶をする。
母エミリーに負け劣らずの美人であり、月下美人という言葉がふさわしい王妃様。
親子ということもあって、近くにいるシンイーも外見は母親に似ている。
「さて、副団長は仕事柄よく会うが、他のものは初めて見る顔だな。せっかくだから貴殿らの事を聞こうではないか」
つまり、今から自己紹介しろということだ。
ここで最初にアイリは先陣を切る。
「ではまず私から。私はシャルロット・カタルーシアの妹のアイリ・カタルーシアと申します」
アイリがバンの前に出て頭を下げながら挨拶をする。
「おぉ! 貴殿が副団長の妹か! なるほど……どうりで似ていると思ったわ! 副団長よ、可愛い妹を持ったな!」
「ありがとうございます」
身長と髪の長さ、あとは性格が違う程度で二人は姉妹で似ている。
今度はアルトが前に出てバンに挨拶をする。
「では次は私が。アルメスタ王国八貴族が一つ、レイフェルス家のアルト・レイフェルスと申します」
「同じくアルメスタ王国八貴族が一つ、エルヴェシウス家のロベルト・エルヴェシウスと申します。女みたいな顔をしていますが男です」
「アルメスタ王国八貴族が一つ、エルヴェシウスの長女にしてロベルト・エルヴェシウスの妹のリナリー・エルヴェシウスと申します。初めましてバン大王様、お会いできて光栄ですわ」
ロベルトは見た目からしてよく女と間違えられるので、念を入れて自分は男だと言っておく。
リナリーは挨拶の際にスカートの端を軽く摘まんで会釈するなど、可愛らしさもアピールする。
彼女がするからこそ、上品に見える。
だがロベルトたちが自己紹介した途端、バンの表情が少しだけ真剣になる。
「ほぅ……お前たちが……なるほど。見た目は母上に似たがその瞳から感じるもの……父親に似たな」
「父親? あの、バン大王。父をご存じなんですか?」
「知っているも何も、俺とオスカー。レイフェルス……アルトの父のダミアンとお前たちの親父のシリウスとはな。ガキの頃のからの付き合いなんだよ。いやー懐かしいな! もう30年くらい前になるか? 皆でエドワード城の中で走り回っていたあの頃をな!」
「「「えっ……」」」
バンの口から飛び出した衝撃の情報。
それを聞いたロベルト、リナリー、アルトの3名は一旦思考停止に陥った後……
「「「えええええええええええぇ!?」」」
リンメイ全域に響き渡るほどの雄叫びを上げる。
まさか自分の父が二国の王と知り合いとは思わないだろう。
悲鳴を上げたくなるもなる。
「一昨日にオスカーの奴から連絡があってな。一度会ってみたいと思ってたんだよ。やっぱり面影がシリウスに似ているな!」
「あ、ありがとうございます……」
王という人物はもう少し厳格な人だとロベルトの中で創られていたのだが、オスカーやバンを見ると彼の理想の王としての概念が崩れていく。
こういうフランクな王も悪くはないのだが、こうも王が軽い人物だとよく国が長く持ったものだと思わず関心してしまう。
だが王というのは民から信頼されてこそ確固たる地位を確立できる。
民から信頼され、民から愛され、民を脅威から守る……そういう素質を持っているからこそ、このバン・ハオランという人物は玉座に座る資格があるのだろう。
「父様、そういえばセイランですけど帰ってくるのが遅いですよね」
「言われてみればそうだな。いつもであればこの時間に帰ってきてもおかしくはないが……珍しいな」
先ほどシンイーが軽く話していたロウ・セイランという人物。
シンイーにとっては兄のような存在で現在は任務で出かけているが、なかなか帰ってこないロウに二人は不安の表情がにじみ出る。
と、直後……何やらこちらに向かって足音が激しく聞こえてきて、この謁見の間にその音は近づいてきた。
そしてその足音を出していた人物は何やら険しい表情をして慌てて謁見の間に転がり込んできた。
「だ、だ、大王様!! た、大変です!!」
「なんだぁ!! こっちは今客人が来てるって……あれ? チョウじゃねぇか。帰ってきてたのか」
「それどころじゃありません! 緊急事態が発生しました!」
いきなり駆け込んできたチョウという人物が発した緊急事態という単語に、アルメスタの騎士たちも一瞬にして真剣な表情になる。
どうやら、ただ事ではないことが起こったようだ。
先ほどまで軽いノリで接していたバンも、すぐさま国王モードに切り替わる。
「……今客人が来ている。要件は手短に言え」
「はい! 先ほど任務で向かっておりましたスー・ヤンの竹林にて魔獣の群れと遭遇しました! その数は300体近く!」
「さっ、300体だと!?」
とんでもない魔獣の多さにバンも驚きを隠せなかった。
小型の魔獣は群れをなしていることが多いが、せいぜい5体から10体まで。
そのため一人で魔獣の群れと遭遇したときは真っ先に逃げろと騎士学校で学ぶ。
だがいくらなんでも300体は多すぎる。
「と、父様! 確かセイランが向かった場所って……」
「スー・ヤンの竹林だ! あいつはどうした!?」
「それが……親父は俺を逃がすために一人であの竹林に残って魔獣の相手をしております! 私はこのことを大王様に伝えて援軍をよこせと親父に申されました」
「おいマジかよ……」
「セイラン……」
今の話を纏めると、ローファンの総隊長であるロウ・セイランはスー・ヤンの竹林へ任務に赴いていたが、道中魔獣の群れ300体と遭遇。
同席していたチョウという人物を逃がすためにロウは一人で魔獣の群れと戦っており、チョウはこのことをバンに伝えるために急いで帰ってきた、ということになる。
この話を聞いたシンイーは今にも泣きそうな顔をしてしまう。
自分にとって兄のような存在が今危険な状況に置かれているのだから。
「……………」
それを近くで見たロベルトは何とかできないのかと少しだけ悩む。
だがシンイーの悲しげな顔は彼の心に強く突き刺さり、すぐに悩みが吹き飛ぶ。
自分はなぜ騎士団に入ったのか、それはこういう人がいるから助けたい。
今こそ、それを実行に移す時だ。
「副団長。ロウさんを助けに行きましょう」
「そうね、私も同じことを思っていたわ。シンイー様、大丈夫ですよ。私たちがロウさんを助けに行きます。だから涙を流さないでください。誰も貴方の悲しむ顔を見るのは望んでいません」
「そうですよ。貴方は笑顔が一番似合っているんですから」
「皆さま……」
彼らがロウを助けに行ってくれる。
それを聞いたシンイーの表情に希望が灯る。
もしかしたらまだ助けられるかもしれない、と。
「と、いうわけでバン大王。これよりロウさんの援護に向かいます。よろしいですね?」
「本当か!? それは助かる! スー・ヤンの竹林はここより西側の離れたところにある。チョウ! 案内してやれ!」
「分かりました! 皆さま、私はロウ総隊長の部下でナギ国大王直属近衛部隊「高坂組」のチョウ・リキョウと申します!!」
「こっ、高坂組!?」
チョウという人物が発したとんでもない言葉、高坂組。
前世では建築関係の会社の名前か……いわゆるヤのつく職業の組の名前だ。
「では皆さん、私についてきてください! 西に厩舎がありますのでそこから馬に乗っていきましょう!」
「わ、分かりました」
「お前たち!頼むぞ!!」
チョウの案内で彼らは急いで謁見の間を出ていき、そのままゲンブ宮も出ていって街の西側へと向かう。
街は以前として人の喧騒で賑やかだが、今のロベルトたちからしたらそれどころではない。
人並みをよけるように走って彼らは西側に向かうと、とある建物へとたどり着く。
馬の管理、調教をする厩舎という建物である。
「選んでいる時間はありません! この厩舎の馬は人になれているのでどれを選んでも構いません!」
「わかりました!」
「じゃあ俺はこれだ!」
「あたしはこれ!」
アルトやアイリがすぐ近くにいた白い馬と茶色の馬に近づいて、左手で手綱と鬣を掴みつつ姿勢を整えながら乗馬する。
実を言うと馬というのは乗るのはかなりコツがいる。
よくゲームやアニメのキャラは簡単そうに馬に乗ってはいるものの、実際は結構難しい。
ロベルトも騎士学校時代は何度も乗馬するのに失敗し、今ではなんとか乗れるようになったほどだ。
「よし! リナリーも準備いいな!?」
「もちろんです!いつでも行けます!」
これで全員乗馬した。
向かうはローファンの総隊長、ロウ・セイランが多くの魔獣と戦っているスー・ヤンの竹林。
急がなければ彼の命が危ないだろう。
厩舎を出た彼らはチョウが先頭の元、馬を走らせて目的地であるスー・ヤンの竹林へと向かっていった。
この時ロベルトはチョウが先ほど発した言葉が気になっていた。
だが今は馬を走らせることに集中し、到着したら聞こうと思った。
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