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第一章 セルメシア編
第21話 殺める覚悟
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シャルロット率いる弓部隊が盗賊団を迎撃している頃、ロベルトとリナリーは騎士専用車両にていつでも戦闘開始できるように準備をしていた。
窓から見える光輝く矢が音速の速さで盗賊団に命中し、彼らは次々と落馬していく。
「お兄様。シャルロットさんって凄いですね」
「あぁ……まさか姉さん、あんなに強いとは……」
これまでロベルトはシャルロットのプライベートの事しか知らなかったため、騎士団員としての彼女の強さを目の当たりにし、驚きを隠せずにいた。
(っていうか姉さん、弓の扱いがものすごくうまいな。生前は弓道部にでもいたのか?)
ロベルトは生前の記憶をたどるが、シャルロットは生前の学生時代に弓道部にいたという情報は彼の頭の中にはなかった。
だが先ほどから彼女が放つ矢はすべて盗賊団に命中しており、その腕はまさに百発百中という言葉しか出ない。
一体彼女はどこで弓を技術を磨いたのだろうかとロベルトは疑問に思ったが、今はそんなことを考えている暇はない。
「あっ! 盗賊団が後ろのほうに!」
シャルロットの活躍である程度盗賊団は数を減らせたものの、20人近くが彼女の矢の嵐をかいくぐり、列車の後部車両へと侵入する。
いずれ、奴らがここにも侵入するだろう。
「リナリー! 準備はいいか!?」
「はい!!」
ロベルトは再度、リナリーに確認をする。
気合の入った声に揺るがない覚悟を決めた瞳を見てもう何も言うまいと判断し、ロベルトも思わず右手に持ったクロスを再度強く握る。
やがて……その時は来た。
扉が大きな音を立てて開かれ、いい意味でいえば野性的、悪く言えば野蛮な格好をした男たちが騎士専用車両に侵入した。
「騎士様よぉ! この列車は俺たちアムレアン盗賊団が頂くぜ! 命が欲しければ武器を捨てな!」
「おっ! 可愛い子ちゃんが二人もいるじゃねぇか! これは帰った後のお楽しみだぜぇ!」
下衆な笑みを浮かべた男がロベルトとリナリーを見てそう言った。
ロベルトは女性にしか見えないため間違えられても仕方ないが、こういう男たちに言われるとなぜかムカつく気持ちが強く湧き出てくる。
しかし騎士足る者、相手の挑発などに乗ってペースを乱されるなど、あってはならない。
男に言われた言葉を己の中でスルーしたロベルトは、男たちに向き直る。
「リナリー。俺から離れるなよ」
「はい!」
「よし……行くぞ!!」
ロベルトは目の前の男たちに向かって走り出し、リナリーもロエムを構えながら後をついていく。
「おいおい? 俺たちとやるってのか?女だからって手加減は――」
「ふんっ!」
「ぶほぉ!」
男が言葉を言い終える前にロベルトはすぐさま男の懐に飛び込み、顔面に強烈な右ストレートをお見舞いする。
戦闘モードに入った彼は鋭い目つきを残った男たちに向ける。
見かけより案外男は弱かった。
「なっ!? テメェ! よくも!」
倒れた仲間の仇と言わんばかりに、倒れた男の後ろにいたもう一人の男が腰に差していた剣を引き抜く。
引き抜いた剣をロベルトに向かって力強く振り下ろすも、彼はクロスでうまいこと防ぐ。
「リナリー!」
「はい!」
ロベルトのクロスが男の剣を受け止めている間、隙を見計らってリナリーは男の腹に向かってロエムを突き刺す。
細い腕から繰り出された攻撃ながらも彼女の一撃は見事なもので、突き刺さったロエムは根元まで刺さり、それを引き抜く。
傷口の栓となっていた短剣が抜かれたことで、大量の血が腹から出血し、列車の床を赤い池へと変える。
「ぐっ……よ、よくも……」
リナリーの一撃で片膝をついた男は恨めしそうにリナリーを睨むが、そこにロベルトがとどめと言わんばかりに男の顔面に膝蹴りを食らわせる。
「てめぇ! これでも――」
「遅いっ!」
男が攻撃するよりも早くロベルトのほうが早く動き、クロスを相手に投げる。
矢の如く放たれたクロスは一寸の狂いもなく男の右肩に突き刺さる。
「いだぁ!!」
突然襲った痛みに悶絶する男だが、すぐさまロベルトが接近してクロスを抜き取り、傷口から血が噴き出す。
「ついでにもう一丁!」
「ぎゃあああ!!」
ロベルトがとどめの一撃を当てた場所――それは男の急所である股間である。
肩に加えて股間に強烈な痛みをもらった男は、白目をむきながら口から泡を吹いてそのまま気絶した。
やはり以前人を殺したトラウマが未だ彼の中で残っているらしく、命を奪わない程度に痛めつけている。
これで騎士専用車両に乗り込んできた盗賊団は撃退できたが、残りの車両には未だ奴らが残っている。
「よし、次に行くぞ」
「はい!」
リナリーはロベルトについていくように、連結している他車両を向かう。
扉を開けた瞬間やはり他車両も盗賊団によって占領されており、彼らを倒さなければナギ国は騎士団を歓迎しないだろう。
かの国もこのような犯罪者たちを入れるのはお断りだからだ。
「お兄様! ここは私に任せてください!」
「えっ?ちょ、リナリー!?」
この言葉と共にリナリーは通路をふさぐように立っている男に向かって走り出す。
何の指示にもなしにいきなり動くのは無謀であり、流石のロベルトも止めようとするも彼女は既に行動に移していた。
「おいおい。こんな小娘が俺に勝てるとでも……っ!?」
自分の相手は小娘だと知った男は呆れるように鼻で笑ったが、リナリーが目の前に接近した瞬間に彼の顔つきが変わる。
いつの間にか彼女は懐に飛び込んで、右手に持ったロエムの刃先が男の胸に接近していた。
男は驚きつつ剣ではじくが、リナリーの怒涛の攻撃が男の腕を休ませはしなかった。
「えいっ! やぁっ! とぉっ!」
「くそっ!? なんだこのガキ!? 強っ……ぐぼぉ!?」
攻撃しようとしても彼女の的確かつ素早い攻撃のせいで、男の剣はリナリーには届かなかった。
そして隙を見てリナリーは男の胸にロエムを奥深く突き刺し、そのまま引き抜く。
みるみるうちの男の服が赤く染め上がり、床にもその血が垂れては男は倒れる。
「おい! しっかりしろ! このガキが!! ぶっ殺してやる!!」
仲間が死んだことに怒りを抱いた他の男がリナリーに接近し、彼女に剣を振り下ろす。
だがリナリーは恐怖を感じるどころか、彼女の瞳には既に覚悟が宿っており、その顔に一切の迷いはなかった。
大丈夫、やればできると自分に何度も言い聞かせて、学校で学んだことを体で思い出す。
「畜生! なんだこいつ!? 剣が当たらねぇ!」
男は怒り任せに剣を振るも、空を斬るばかりでリナリーには全く当たっていない。
それどこか彼女は冷静に剣が振られるであろう場所を予測し、その小さな体を自在に動かして男の攻撃をのらりくらりとかわす。
激しく攻撃をよけるたびに彼女の長い髪の毛も揺れ、可愛くもどこか凛々しく感じる。
「そこです!」
その瞳で勝機を見つけたのか、男の攻撃をよけながらすかさず右手に握ったロエムを男の首を切り裂く。
男が体勢を崩したところで彼女は隙をついて頸動脈を切り裂き、大量の血が噴き出して席を血で汚す。
致命傷だったようで、男は何も言えずにそのまま倒れて絶命した。
「……すげぇ」
妹の予想外の活躍にロベルトが思わず唖然としていた。
あの動きを見る限りリナリーは戦闘のセンスがあり、そのあたりは兄顔負けである。
「お兄様、どうでしたか?」
「えっ!? あぁ、なかなかすごかったな。だが勝手に行動しないでくれよ」
「申し訳ありません。少しでもお兄様のお役に立ちたかったものですから」
「怒ってはいないよ。これからは気を付けてくれ」
彼女としては悪意は全くなく、ただ純粋に兄を手伝いをしたかったのだろう。
だが騎士足る者、勝手な行動は仲間の命を危険にさらすことを彼女は騎士学校で習ったはず。
今回は大目に見ることにしたロベルトであった。
「さて、アルトと華蓮が心配だ。ここはもう大丈夫だから次の車両に行くぞ!」
「はい!」
まだ他車両には盗賊団が残っており、他の団員も迎撃にあたっている。
当然、アルトやアイリだって今も戦っている。
心配になったロベルトはリナリーを連れて、次の車両への扉を開いて奥に進んでいく。
一方、貨物車両に連結している車両ではアルトとアイリが手に持った武器で盗賊団と対峙していた。
盗賊団の目的はこの貨物車両の中にある荷物であり、ここはいわばその貨物車両の最終防衛ラインである。
「あーもう! 何でこんな時に限ってこの列車を襲うんだよ。空気読めよまったく」
「うだうだ言うな!! 口より手を動かさんかい!!」
愚痴ばかりを言っているアルトにアイリが興奮しているせいか、なぜか関西弁で返す。
二人は互いに背中を合わせて手に持った武器を男に向けていた。
アルトの武器は彼が騎士団に入団した際に記念に兄レオンから送られた剣、ジルベスタ。
アイリは自身のラグナであり、前世の北欧神話に出てくる戦乙女の名を冠した聖槍、エルルーン。
穢れが一つもなく、輝かしい光を浴びて反射するエルルーンはこれより、目の前にいる悪しき男に制裁を下す。
「さーて。ちょっくら暴れようかねぇ!」
その言葉と共にアイリは自身の目の前にいる男に向かって、両手に構えたエルルーンで何度も突きを繰り返す。
「うおおおっ! そんな槍を持ちだすなんて卑怯じゃねぇか!」
「人様の物を奪おうとする奴が卑怯とか言うな!!」
アイリの言うことはごもっともである。
ちなみに狭い車内に置いて、剣などの長物は振り回しにくいため不利になることが多いが、何事も例外がある。
その一つがアイリの持つ槍だ。
槍は他の武器よりリーチが長いうえ、突くという攻撃方法があるためこういった列車では有利になることだってある。
「ほらほらほらほらぁ!!」
「ちょ、何だこの女。ヤバいぞ!うぎゃぁ!」
アイリは鬼のような形相をしながら嵐のような突き攻撃を繰り出す。
顔面真っ青になりながら避けていた男だったが、穂先が脇腹を抉りその場で片膝をついてしまう。
「はーい一名様ノックダウン! というわけであんたは退場!!」
「ぐべぇ!!」
そのままアイリは男の顔面に向けて強烈な膝蹴りを繰り出し、男は鼻血を出しながらその場で意識を失った。
(……アイリ、怖ぇ)
普段はあまり見ない知り合いの意外な一面にアルトは、言葉が出なかった。
生前から付き合いがあるロベルトですらも、彼女のこんな場面はそうそう見たことないだろう。
「おいこらぁ! よそ見してんじゃねぇ!」
「ちっ!? おらぁ!!」
アイリの事で気が散ってしまったが、アルトも自分に向けて剣をふるってくる男に対して手に持ったジルベスタで対応する。
狭い車内でありながら、器用に剣をふるうその様はロベルトにも負けておらず、隙を見つけては攻撃し防御するの攻防を繰り返す。
剣と剣がぶつかり合って鉄の音が響くが、戦いに意識を集中しているとそんなものは意外と気にならない。
「よしっ! そこだぁ!」
「ぐはぁ!」
一瞬のスキを見つけて男の体を、握ったジルベスタで斜め上から切り裂く。
当然の如く血が噴き出して、返り血がアルトにかかるも赤い制服のおかげであまり目立つことはない
「よっし! いっちょうあがり!」
「次! 来るよ!」
「あいよ!!」
倒しても次がきてまた次が来る。
なんとしてもこの最終防衛ラインを守りきるために二人は手に持った武器を振るい、野蛮な盗賊団を撃退する。
武器を振るうたびに血が舞っては彼らの制服を血で汚す。
制服自体が赤色で血が目ただないが、やはり血で染まった服というのはべたつく。
後から時間があれば洗うべきであろう。
気づけばアルトとアイリの周りには盗賊団が次々と倒れていく。
アルトは問答無用で相手を切り裂くが、生前が日本人であるアイリもロベルトと同じく人を殺すのに抵抗感はあるようで、致命傷を与えないように一撃を与えては顔面に蹴りをお見舞いして気絶させる。
一体いつになれば収まるのやらと、アイリは今にもため息をつきたいくらいに悪態をついていると、不意に車両の扉が開かれる
まさかまた来るのかと、武器を再び構えた彼らだが来たのはよく知った顔だ。
「アルト! 華蓮! 無事か!?」
「うん! なんとかね!」
ロベルトがリナリーを連れてやってきたのだ。
知った顔を見てすぐさま警戒を解き、武器を下す。
だが周りに転がっている数々の死体を見て、ロベルトは若干驚く。
もっとも、彼らを死体に変えていたのは大半はアルトである。
「うわぁ……お前たち、よくもここまで暴れおったな……」
「もう聞いてよ翼ー! こいつらいやらしい目をしてあたしを襲ってきたんだよ! こんなか弱いあたしを!」
「何言ってるんだよ。お前鬼のような顔をして一方的に――」
これ以上言うなといわんばかりに、アイリはロベルトたちのほうに顔と体を向けながら、背後にいたアルトの足を強く踏みつける。
彼女の渾身の一撃がアルトの足に一気に襲い掛かり、彼は苦悶の表情を浮かべて言葉すらも出せず、そのまま蹲って悶絶した。
「さーて、ここはもう大丈夫かな。じゃあお姉ちゃんのところに行こうか」
「待てよ。勝手に動くなって」
蹲っているアルトを無視し、アイリは姉を探すためにエルルーンを消して他車両へと向かおうとする。
ちょうど扉の前に来たところで、その扉が開かれる。
シャルロットが来たのか、と思ったが……
「おいおいおい! いい女を見つけちまったぜ! こりゃ帰ってからお楽しみだなぁ!!」
「――え」
突然の事でアイリは頭が真っ白になり、体が硬直してしまう。
姉だと思ったらまだ生き残っていた盗賊団がこの車両に入ってきてしまった。
アイリよりも一回り大きく、服の上からでも分かるほど鍛えている体。
男がその気になればアイリの腕や足など、簡単に折ってしまえるだろう。
男は寒気がするほどの不気味な笑みを浮かべながら、筋肉の塊である太い腕を目の前にいる彼女に向かって伸ばす。
「華蓮! 伏せろ!!」
背後からロベルトの大声が聞こえ、アイリは考える間もなく己の本能のままに体を動かす。
彼の指示通り床に伏せた瞬間、アイリの頭上に何かが回転しながら飛んできた。
「ぐべぇ!!」
飛んできたもの……それはロベルトのラグナ、白竜の鞘だ。
ロベルトはアイリに大声で指示を出した後、すぐさま白竜を鞘ごと腰から外して引き抜き、鞘だけを男に向かって投げ飛ばす。
空を舞うように鞘に彫られた竜が浮雲の間を通り抜けるように飛び、その先にいる男という獲物に向かって喰らいついた。
鞘は男の顔面に見事命中し、その反動で半歩下がる。
「てめぇ!! よくも……」
「華蓮に……」
「手ぇ出すなああああああ!!」
大事な幼馴染を決して野蛮な男に触れさせはしないという、ロベルトの確固たる強き意志。
右手に持った白竜を強く握りしめ、ロベルトは狭い車両の通路を走っては伏せているアイリを飛び越えながら、男に向かってそのまま袈裟切りを繰り出す。
いくら鍛えていようと、神の力であるラグナの前にはそんな筋肉など無意味であった。
斬られた男は傷口から大量の血を噴き出してそのまま後ろに倒れて絶命し、ロベルトは男の血を浴びたことで着ている制服もろとも血に染まる。
「………………」
刀身が血にまみれて切っ先から一滴、また一滴と血が床に落ちて床を汚すも、何も言わずに白竜を一振りして血を払う。
ロベルトの前には、既に何も言わぬ死体となり果てた男が倒れている。
大切な人を守るために彼は覚悟を決め、その手で再び人を殺めたのだ。
もう、これで後戻りは許されない。
「つ、翼……」
「……大丈夫か?」
「え? あ、う……うん。ありがとう」
自分を助けてくれたロベルトにお礼を言うアイリ。
だが自分を助けるためにロベルトが人を殺めてしまったことに、彼女は己の中に罪悪感を抱えてしまう。
その時、連結している隣の車両の扉が開く。
「みんな、大丈夫!?」
血相を変えてシャルロットがやってきた。
その様子からロベルト達の事が心配になり、急いでやってきたようだ。
「はい。なんとか」
「あの……お姉ちゃん。翼があたしを守るために……」
「華蓮。言わなくても分かるわ」
傍に倒れている男の死体を見て、シャルロットはアイリが何を言おうとしているのか、すぐに予想できた。
だが無理して言葉を出す妹を心配し、シャルロットは彼女の肩に手を置いてこれ以上の言葉は言わせないようにした。
男の死体にすぐ近くには右手に刀を持ったロベルト。
この状況を見てシャルロットはこの場で何が起こったのか、すぐに分かった。
「翼君。華蓮を守ってくれてありがとね」
「いえ。ですが……」
「貴方は騎士として当然の事をしただけ。ここで貴方がその刀を振るっていなかったら私の大切な妹は今頃死んでいたし、もしかしたらリナリーちゃんやアルトだって死んでいたかもしれない。貴方はみんなを守ったのよ」
人を殺めてしまったものの、シャルロットの言い分は正しい。
ロベルトは自分を身を、そして仲間の命を守るためにその刀を振るった。
無論、人を殺めることは許されることではない、
騎士として一度その刀を握った以上、彼らはこれからも築くであろう屍の道を歩いていかなければならない。
「シャルロット副団長! ここにいましたか」
「どうしたの?」
車両の扉から一緒に同乗していた騎士団員が入ってきた。
「列車に侵入した盗賊団全員の撃退を確認しました。こちらの被害ですが団員の負傷者が数十名ほどおり、命には別状はありません」
「ありがとう」
どうやらこちら側の人的被害はほとんどなく、団員のほうも死者はいなかったようだ。
特に今回の件は盗賊団をいち早く見つけたリナリーのおかげであろう。
「副団長。これからどうします?」
「一度機関士と話をしてくるわ。みんなは隔離車両の乗客に安全を教えてきてあげて」
「わかりました」
列車に乗り込んできたアムレアン盗賊団との戦いは、これにて幕を閉じた。
今回の事件は多くの盗賊団の死者を出す事態となり、このことはメランシェルの騎士団本部にも情報が行くだろう。
ロベルトは傍に転がっていた白竜の鞘を拾い上げ、刀を納刀して腰に戻す。
右手を開いて彼は少しの間、その手を何も言わずに見つめる。
(……これで、よかったのだろうか)
答えが返ってくることのない自問に、ロベルトの心の中で迷いが生まれた。
本来であればナギ国へと行くはずだったが、アムレアン盗賊団の襲撃のせいもあって多数の死者を出し、車両も床や座席が血に汚れてボロボロになってしまったため予定にはなかったベーネの街へ緊急停車することになった。
メランシェルほど大きくはないものの、このベーネの街は鉄道の街とも呼ばれており、駅のすぐ近くには大きな工場が建てられている。
この工場では日夜新しい車両が作られたり、セルメシア大陸各地に新しい線路を敷いていたりと、この街はセルメシアの鉄道網の要ともいえる街だ。
大きな工場があるということで、街に住む人も多くその数は5万人にも上り、ほとんどの人はこの町の工場で働いている。
アルメスタ王国の領土だけに当然、この街にも騎士団員が在籍しており場合によってはメランシェルから派遣されることもある。
そして現在ロベルトとアイリはこのベーネの街の騎士団警備署にある遺体安置室へと赴いていた。
「「……………」」
二人そろって何も言葉を交わさず、ただ目の前に広がっている光景を目に焼き付けている。
彼らの視界に映っているもの……それは先ほどまで共に列車に乗っていたアムレアン盗賊団の男たち。
だが男たちは既に息をしておらず、体を血まみれにしていながらも表情は安らかな顔をして無数のベッドの上で寝かされていた。
先ほどの騎士の報告では列車に乗り込んできた盗賊団は20名でそのうち13名が死亡、残りの7人が重軽傷を負ったとのこと。
ほとんどはシャルロットやアルト、他の団員たちが彼らの命を奪ったが、ロベルトとアイリは極力殺さないように努力をしていた。
しかしつい先ほどロベルトはアイリを守るために、一人の男の命をその手で奪った。
「……翼、ごめん……あたし……」
今にも泣き出しそうな顔をしてアイリがロベルトに何かを言おうとするも、彼はアイリの肩に手を置く。
「何も言わないでくれ。お前が無事でよかった」
「でも!」
「華蓮。ここは異世界だ。日本じゃない。確かに前世では人殺しはいかなる理由があろうと許されるものじゃない。だがここでは前世の常識は通用しないんだ。場合によっては、これからも任務で人を殺すかもしれない」
アイリの瞳から涙が次々と流れ出す。
ロベルトに抱き着いて、彼の血にまみれた制服を涙で濡らす。
自分の身勝手な行動のせいで大切な幼馴染が人を手にかけてしまった。
その事に彼女の心の中には計り知れない罪悪感が積もり、大切な人を殺人鬼にしたくない彼女の思いが涙となって零れ落ちる。
「……言っていなかったことがあるんだが、実は俺……騎士団に入った直後、一度人を殺してるんだ」
「え――」
とある任務での出来事をロベルトはアイリに語る。
実はあの時の出来事はアイリに言っておらず、ついにロベルトは彼女にその時を語る。
それを聞いたアイリはさらに目を真っ赤にして涙を流す。
彼女は何か言いたそうだが、ロベルトは言葉を続ける。
「それ以降、俺は剣を握るのが怖くなって一時期ふさぎ込んでいた時があった。けど……母さんが教えてくれたんだよ」
「エミリーさんが?」
「決して人を殺すことを楽しまないこと。そして、剣を持って人を殺めた以上、覚悟を決めろとね」
「覚悟……」
ロベルトはそう言って今度は死体となり果てたアムレアン盗賊団の男たちのほうに顔を向ける。
「彼ら盗賊団にだって事情はあったのかもしれない。例えばそこの男にはもしかしたら家族や兄弟がいたのかもしれないし、盗賊団にならざるを得なかったのかもしれない。だから人を殺めた以上、俺たちは誰かに命を狙われる覚悟を持たなければならない」
「翼……」
「大丈夫だ。俺は決して、人を殺すことを楽しむ殺人鬼になったりはしない」
列車の中で男を殺した直後に感じた心の迷いはどこかに消え去り、ロベルトの表情には覚悟が現れていた。
自分に抱き着くアイリをやさしく体から剥がし、体を死体へと向ける。
そして両手を合わせて目を閉じる。
アイリもそれを見て、ロベルトと同じように両手を合わせて目を閉じた。
(……すまない)
死者に対する祈り……ルナティールでは右腕で拳を作って胸に当てるというのが本来の祈り方だが、ロベルトはあえて日本流の祈りを彼らに手向けとして捧げる。
これは自分が前世が日本人であったということを忘れないため、そして決して人を殺すことを楽しまないように自分に言い聞かせるためだ。
殺してしまって済まなかったと、既に何も言わぬ死体に向かって二人は心の中で謝罪をする。
「……さて、行こうか。姉さんたちも駅で待っている」
「そうだね」
二人はそう言って遺体安置室の扉を開けて、部屋を後にした。
警備署を出たロベルトとアイリはベーネの街の駅にある駅舎室へと入る。
大きな部屋の中では制服を着た機関士たちや駅員たちが忙しそうにしながら右往左往としている。
先ほどアムレアン盗賊団の襲撃もあったせいでこの後の列車のダイヤが大きく乱れて、その調整に悪戦苦闘していたからだ。
部屋の隅にあるソファーに目を向けるとアルトとリナリーが座っており、近くにはシャルロットが電話で誰かと会話をしていた。
おそらくは騎士団本部にいるハイドに向けて報告をしているのだろう。
「おっ、二人とも戻ってきたか」
「アルト、リナリーの様子は?」
「なんとか大丈夫だ。初めての任務だから慣れない戦いで少し心も疲れたんだろうな」
アルトの横に座っていたリナリーはなんとか平然を装っているものの、よく見ると少しだけ表情に疲れが見えている。
さらに初めて人を殺したこともあって、これらがトラウマになって今後につながる可能性もあるとロベルトは危惧する。
一応騎士団に所属している団員は任務で人を殺しても正当性があると判断されれば、罪に問われることはない。
襲撃してきたのが盗賊団という危険分子でもあったため、彼らは自分やほかの乗客、積荷を守るという大義名分もあって今回の殺傷行為は正当性が認められる。
無論それは任務中での出来事であり、騎士だろうとプライベートで人を殺せば当然、罪に問われる。
「大丈夫か?」
「はい。問題ありません。ですが……人を殺めるというのはこんなにも気持ちが重くなるんですね」
「そうだ……俺も前はそうだった。なぁリナリー。もし無理なら――」
「お兄様」
何かを言おうとしたロベルトだったが、リナリーは兄の言葉を遮り自分の口から言葉を述べる。
「私は決してこの任務を投げ出す気はありません。お父様やお母様とも約束をしました。必ずこの任務をやり遂げてみせると」
そういうリナリーの瞳は真っすぐ、兄に向けられる。
濁り一つもなく、どこまでも清々しい覚悟を秘めた青い瞳。
同じ瞳を持つロベルトと彼女の瞳が交わり、強い意志を言葉に出さずとも感じ取った。
「……そうか、分かった。でも無理だけはするなよ。お前に何かあったら俺が親父に怒られちゃうからな」
「はい! 私も気をつけますね!」
ロベルトはメランシェルの駅を出発する前に父と約束をしたこと、リナリーを守るという言葉を思い出す。
彼女に何かがあれば、シリウスに顔向けができなくなる。
兄として、妹を必ず守らなければという気持ちがより一層強くなった。
と、ここで近くのデスクで電話をしていたシャルロットが戻ってきた。
「みんな。今大丈夫?」
「問題ないっすよ。ところでこの後どうします? まさかここで引き返せとか?」
「ハイド団長とさっき電話をして列車を交換したのち、私たちはそのままナギ国へと向かうように言われたわ」
この町には列車の車両を作る工場の他に、大きな車両基地がある。
今回襲撃を受けた車両が盗賊団によってダメージを受けたので修理する必要があり、車両基地に待機している予備の車両を連結させてこのままナギ国へと向かうことになった。
無論、オスカーから頼まれた積荷である蓄音機と試作品が積まれた貨物車両も連結させる必要がある。
連結するために時間がかかるため、彼らはこうして駅で待機しているのだ。
その時、先ほどの騎士団員が再びシャルロットに近づいてきた。
「シャルロット副団長。頼まれていた件ですが、乗客の被害は一切ありませんでした。積荷もすべて無事であり、被害を受けたのは車両のみです」
「ありがとう。それじゃああなたは自分の仕事に戻ってくれる?」
「了解しました」
そう言って敬礼した騎士団員は駅舎室を出ていき、列車のホームへと戻っていった。
「あ、そういえば団長が一つ電話で気になることを言ってきたのよ」
「気になる事?」
「あまり大声じゃ言えないんだけど……ラマー王子が城からいなくなったって」
その言葉を聞いた彼らは、分かりやすいほどに驚いて目を大きく開く。
「はぁ!? あのクソ王子が!?」
「コラ華蓮!」
駅舎という公共の場で王子を罵倒する単語を言っては不敬罪にあたるため、ロベルトはアイリを叱る。
「実はあのパーティー以降、王子は陛下から外出禁止令を出されていたらしくてね。なんでも部屋にメモが残っていたらしいの。運命の出会いを感じたから旅にでるとかなんとか」
「旅って……」
あれだけロベルトに痛めつけられたうえ、父であるオスカーから怒りの鉄拳を食らったのにも関わらず、あの王子は懲りていないようだ。
「あれ? 王子がいなくなったっていうことは、あの冒険者たちも?」
「一緒にいなくなったって。今手が空いている団員が王都中を探し回っているらしいけど、未だに見つかっていないって」
「この街には……いませんよね。あの王子、割と目立ちますから」
駅を降りて騎士団警備署に行く道中、ロベルトはラマーの姿など見なかった。
無論、彼に同行している全員鎧の冒険者の姿も。
「シャルロット副団長。出発の準備が完了しました」
「わかりました。それじゃみんな、準備はいい?」
「問題ありません!」
「大丈夫です。華蓮もいいな?」
「問題なし!」
「俺もいつでも!」
この場にいる全員から確認をとり、彼らは再び駅のホームに向かう。
既に車両交換が完了したようでホームについた途端、真新しい車両がロベルトたちを出迎える。
そして彼らは騎士専用車両に乗り込んで今度こそナギ国の首都、リンメイへと向かっていった。
窓から見える光輝く矢が音速の速さで盗賊団に命中し、彼らは次々と落馬していく。
「お兄様。シャルロットさんって凄いですね」
「あぁ……まさか姉さん、あんなに強いとは……」
これまでロベルトはシャルロットのプライベートの事しか知らなかったため、騎士団員としての彼女の強さを目の当たりにし、驚きを隠せずにいた。
(っていうか姉さん、弓の扱いがものすごくうまいな。生前は弓道部にでもいたのか?)
ロベルトは生前の記憶をたどるが、シャルロットは生前の学生時代に弓道部にいたという情報は彼の頭の中にはなかった。
だが先ほどから彼女が放つ矢はすべて盗賊団に命中しており、その腕はまさに百発百中という言葉しか出ない。
一体彼女はどこで弓を技術を磨いたのだろうかとロベルトは疑問に思ったが、今はそんなことを考えている暇はない。
「あっ! 盗賊団が後ろのほうに!」
シャルロットの活躍である程度盗賊団は数を減らせたものの、20人近くが彼女の矢の嵐をかいくぐり、列車の後部車両へと侵入する。
いずれ、奴らがここにも侵入するだろう。
「リナリー! 準備はいいか!?」
「はい!!」
ロベルトは再度、リナリーに確認をする。
気合の入った声に揺るがない覚悟を決めた瞳を見てもう何も言うまいと判断し、ロベルトも思わず右手に持ったクロスを再度強く握る。
やがて……その時は来た。
扉が大きな音を立てて開かれ、いい意味でいえば野性的、悪く言えば野蛮な格好をした男たちが騎士専用車両に侵入した。
「騎士様よぉ! この列車は俺たちアムレアン盗賊団が頂くぜ! 命が欲しければ武器を捨てな!」
「おっ! 可愛い子ちゃんが二人もいるじゃねぇか! これは帰った後のお楽しみだぜぇ!」
下衆な笑みを浮かべた男がロベルトとリナリーを見てそう言った。
ロベルトは女性にしか見えないため間違えられても仕方ないが、こういう男たちに言われるとなぜかムカつく気持ちが強く湧き出てくる。
しかし騎士足る者、相手の挑発などに乗ってペースを乱されるなど、あってはならない。
男に言われた言葉を己の中でスルーしたロベルトは、男たちに向き直る。
「リナリー。俺から離れるなよ」
「はい!」
「よし……行くぞ!!」
ロベルトは目の前の男たちに向かって走り出し、リナリーもロエムを構えながら後をついていく。
「おいおい? 俺たちとやるってのか?女だからって手加減は――」
「ふんっ!」
「ぶほぉ!」
男が言葉を言い終える前にロベルトはすぐさま男の懐に飛び込み、顔面に強烈な右ストレートをお見舞いする。
戦闘モードに入った彼は鋭い目つきを残った男たちに向ける。
見かけより案外男は弱かった。
「なっ!? テメェ! よくも!」
倒れた仲間の仇と言わんばかりに、倒れた男の後ろにいたもう一人の男が腰に差していた剣を引き抜く。
引き抜いた剣をロベルトに向かって力強く振り下ろすも、彼はクロスでうまいこと防ぐ。
「リナリー!」
「はい!」
ロベルトのクロスが男の剣を受け止めている間、隙を見計らってリナリーは男の腹に向かってロエムを突き刺す。
細い腕から繰り出された攻撃ながらも彼女の一撃は見事なもので、突き刺さったロエムは根元まで刺さり、それを引き抜く。
傷口の栓となっていた短剣が抜かれたことで、大量の血が腹から出血し、列車の床を赤い池へと変える。
「ぐっ……よ、よくも……」
リナリーの一撃で片膝をついた男は恨めしそうにリナリーを睨むが、そこにロベルトがとどめと言わんばかりに男の顔面に膝蹴りを食らわせる。
「てめぇ! これでも――」
「遅いっ!」
男が攻撃するよりも早くロベルトのほうが早く動き、クロスを相手に投げる。
矢の如く放たれたクロスは一寸の狂いもなく男の右肩に突き刺さる。
「いだぁ!!」
突然襲った痛みに悶絶する男だが、すぐさまロベルトが接近してクロスを抜き取り、傷口から血が噴き出す。
「ついでにもう一丁!」
「ぎゃあああ!!」
ロベルトがとどめの一撃を当てた場所――それは男の急所である股間である。
肩に加えて股間に強烈な痛みをもらった男は、白目をむきながら口から泡を吹いてそのまま気絶した。
やはり以前人を殺したトラウマが未だ彼の中で残っているらしく、命を奪わない程度に痛めつけている。
これで騎士専用車両に乗り込んできた盗賊団は撃退できたが、残りの車両には未だ奴らが残っている。
「よし、次に行くぞ」
「はい!」
リナリーはロベルトについていくように、連結している他車両を向かう。
扉を開けた瞬間やはり他車両も盗賊団によって占領されており、彼らを倒さなければナギ国は騎士団を歓迎しないだろう。
かの国もこのような犯罪者たちを入れるのはお断りだからだ。
「お兄様! ここは私に任せてください!」
「えっ?ちょ、リナリー!?」
この言葉と共にリナリーは通路をふさぐように立っている男に向かって走り出す。
何の指示にもなしにいきなり動くのは無謀であり、流石のロベルトも止めようとするも彼女は既に行動に移していた。
「おいおい。こんな小娘が俺に勝てるとでも……っ!?」
自分の相手は小娘だと知った男は呆れるように鼻で笑ったが、リナリーが目の前に接近した瞬間に彼の顔つきが変わる。
いつの間にか彼女は懐に飛び込んで、右手に持ったロエムの刃先が男の胸に接近していた。
男は驚きつつ剣ではじくが、リナリーの怒涛の攻撃が男の腕を休ませはしなかった。
「えいっ! やぁっ! とぉっ!」
「くそっ!? なんだこのガキ!? 強っ……ぐぼぉ!?」
攻撃しようとしても彼女の的確かつ素早い攻撃のせいで、男の剣はリナリーには届かなかった。
そして隙を見てリナリーは男の胸にロエムを奥深く突き刺し、そのまま引き抜く。
みるみるうちの男の服が赤く染め上がり、床にもその血が垂れては男は倒れる。
「おい! しっかりしろ! このガキが!! ぶっ殺してやる!!」
仲間が死んだことに怒りを抱いた他の男がリナリーに接近し、彼女に剣を振り下ろす。
だがリナリーは恐怖を感じるどころか、彼女の瞳には既に覚悟が宿っており、その顔に一切の迷いはなかった。
大丈夫、やればできると自分に何度も言い聞かせて、学校で学んだことを体で思い出す。
「畜生! なんだこいつ!? 剣が当たらねぇ!」
男は怒り任せに剣を振るも、空を斬るばかりでリナリーには全く当たっていない。
それどこか彼女は冷静に剣が振られるであろう場所を予測し、その小さな体を自在に動かして男の攻撃をのらりくらりとかわす。
激しく攻撃をよけるたびに彼女の長い髪の毛も揺れ、可愛くもどこか凛々しく感じる。
「そこです!」
その瞳で勝機を見つけたのか、男の攻撃をよけながらすかさず右手に握ったロエムを男の首を切り裂く。
男が体勢を崩したところで彼女は隙をついて頸動脈を切り裂き、大量の血が噴き出して席を血で汚す。
致命傷だったようで、男は何も言えずにそのまま倒れて絶命した。
「……すげぇ」
妹の予想外の活躍にロベルトが思わず唖然としていた。
あの動きを見る限りリナリーは戦闘のセンスがあり、そのあたりは兄顔負けである。
「お兄様、どうでしたか?」
「えっ!? あぁ、なかなかすごかったな。だが勝手に行動しないでくれよ」
「申し訳ありません。少しでもお兄様のお役に立ちたかったものですから」
「怒ってはいないよ。これからは気を付けてくれ」
彼女としては悪意は全くなく、ただ純粋に兄を手伝いをしたかったのだろう。
だが騎士足る者、勝手な行動は仲間の命を危険にさらすことを彼女は騎士学校で習ったはず。
今回は大目に見ることにしたロベルトであった。
「さて、アルトと華蓮が心配だ。ここはもう大丈夫だから次の車両に行くぞ!」
「はい!」
まだ他車両には盗賊団が残っており、他の団員も迎撃にあたっている。
当然、アルトやアイリだって今も戦っている。
心配になったロベルトはリナリーを連れて、次の車両への扉を開いて奥に進んでいく。
一方、貨物車両に連結している車両ではアルトとアイリが手に持った武器で盗賊団と対峙していた。
盗賊団の目的はこの貨物車両の中にある荷物であり、ここはいわばその貨物車両の最終防衛ラインである。
「あーもう! 何でこんな時に限ってこの列車を襲うんだよ。空気読めよまったく」
「うだうだ言うな!! 口より手を動かさんかい!!」
愚痴ばかりを言っているアルトにアイリが興奮しているせいか、なぜか関西弁で返す。
二人は互いに背中を合わせて手に持った武器を男に向けていた。
アルトの武器は彼が騎士団に入団した際に記念に兄レオンから送られた剣、ジルベスタ。
アイリは自身のラグナであり、前世の北欧神話に出てくる戦乙女の名を冠した聖槍、エルルーン。
穢れが一つもなく、輝かしい光を浴びて反射するエルルーンはこれより、目の前にいる悪しき男に制裁を下す。
「さーて。ちょっくら暴れようかねぇ!」
その言葉と共にアイリは自身の目の前にいる男に向かって、両手に構えたエルルーンで何度も突きを繰り返す。
「うおおおっ! そんな槍を持ちだすなんて卑怯じゃねぇか!」
「人様の物を奪おうとする奴が卑怯とか言うな!!」
アイリの言うことはごもっともである。
ちなみに狭い車内に置いて、剣などの長物は振り回しにくいため不利になることが多いが、何事も例外がある。
その一つがアイリの持つ槍だ。
槍は他の武器よりリーチが長いうえ、突くという攻撃方法があるためこういった列車では有利になることだってある。
「ほらほらほらほらぁ!!」
「ちょ、何だこの女。ヤバいぞ!うぎゃぁ!」
アイリは鬼のような形相をしながら嵐のような突き攻撃を繰り出す。
顔面真っ青になりながら避けていた男だったが、穂先が脇腹を抉りその場で片膝をついてしまう。
「はーい一名様ノックダウン! というわけであんたは退場!!」
「ぐべぇ!!」
そのままアイリは男の顔面に向けて強烈な膝蹴りを繰り出し、男は鼻血を出しながらその場で意識を失った。
(……アイリ、怖ぇ)
普段はあまり見ない知り合いの意外な一面にアルトは、言葉が出なかった。
生前から付き合いがあるロベルトですらも、彼女のこんな場面はそうそう見たことないだろう。
「おいこらぁ! よそ見してんじゃねぇ!」
「ちっ!? おらぁ!!」
アイリの事で気が散ってしまったが、アルトも自分に向けて剣をふるってくる男に対して手に持ったジルベスタで対応する。
狭い車内でありながら、器用に剣をふるうその様はロベルトにも負けておらず、隙を見つけては攻撃し防御するの攻防を繰り返す。
剣と剣がぶつかり合って鉄の音が響くが、戦いに意識を集中しているとそんなものは意外と気にならない。
「よしっ! そこだぁ!」
「ぐはぁ!」
一瞬のスキを見つけて男の体を、握ったジルベスタで斜め上から切り裂く。
当然の如く血が噴き出して、返り血がアルトにかかるも赤い制服のおかげであまり目立つことはない
「よっし! いっちょうあがり!」
「次! 来るよ!」
「あいよ!!」
倒しても次がきてまた次が来る。
なんとしてもこの最終防衛ラインを守りきるために二人は手に持った武器を振るい、野蛮な盗賊団を撃退する。
武器を振るうたびに血が舞っては彼らの制服を血で汚す。
制服自体が赤色で血が目ただないが、やはり血で染まった服というのはべたつく。
後から時間があれば洗うべきであろう。
気づけばアルトとアイリの周りには盗賊団が次々と倒れていく。
アルトは問答無用で相手を切り裂くが、生前が日本人であるアイリもロベルトと同じく人を殺すのに抵抗感はあるようで、致命傷を与えないように一撃を与えては顔面に蹴りをお見舞いして気絶させる。
一体いつになれば収まるのやらと、アイリは今にもため息をつきたいくらいに悪態をついていると、不意に車両の扉が開かれる
まさかまた来るのかと、武器を再び構えた彼らだが来たのはよく知った顔だ。
「アルト! 華蓮! 無事か!?」
「うん! なんとかね!」
ロベルトがリナリーを連れてやってきたのだ。
知った顔を見てすぐさま警戒を解き、武器を下す。
だが周りに転がっている数々の死体を見て、ロベルトは若干驚く。
もっとも、彼らを死体に変えていたのは大半はアルトである。
「うわぁ……お前たち、よくもここまで暴れおったな……」
「もう聞いてよ翼ー! こいつらいやらしい目をしてあたしを襲ってきたんだよ! こんなか弱いあたしを!」
「何言ってるんだよ。お前鬼のような顔をして一方的に――」
これ以上言うなといわんばかりに、アイリはロベルトたちのほうに顔と体を向けながら、背後にいたアルトの足を強く踏みつける。
彼女の渾身の一撃がアルトの足に一気に襲い掛かり、彼は苦悶の表情を浮かべて言葉すらも出せず、そのまま蹲って悶絶した。
「さーて、ここはもう大丈夫かな。じゃあお姉ちゃんのところに行こうか」
「待てよ。勝手に動くなって」
蹲っているアルトを無視し、アイリは姉を探すためにエルルーンを消して他車両へと向かおうとする。
ちょうど扉の前に来たところで、その扉が開かれる。
シャルロットが来たのか、と思ったが……
「おいおいおい! いい女を見つけちまったぜ! こりゃ帰ってからお楽しみだなぁ!!」
「――え」
突然の事でアイリは頭が真っ白になり、体が硬直してしまう。
姉だと思ったらまだ生き残っていた盗賊団がこの車両に入ってきてしまった。
アイリよりも一回り大きく、服の上からでも分かるほど鍛えている体。
男がその気になればアイリの腕や足など、簡単に折ってしまえるだろう。
男は寒気がするほどの不気味な笑みを浮かべながら、筋肉の塊である太い腕を目の前にいる彼女に向かって伸ばす。
「華蓮! 伏せろ!!」
背後からロベルトの大声が聞こえ、アイリは考える間もなく己の本能のままに体を動かす。
彼の指示通り床に伏せた瞬間、アイリの頭上に何かが回転しながら飛んできた。
「ぐべぇ!!」
飛んできたもの……それはロベルトのラグナ、白竜の鞘だ。
ロベルトはアイリに大声で指示を出した後、すぐさま白竜を鞘ごと腰から外して引き抜き、鞘だけを男に向かって投げ飛ばす。
空を舞うように鞘に彫られた竜が浮雲の間を通り抜けるように飛び、その先にいる男という獲物に向かって喰らいついた。
鞘は男の顔面に見事命中し、その反動で半歩下がる。
「てめぇ!! よくも……」
「華蓮に……」
「手ぇ出すなああああああ!!」
大事な幼馴染を決して野蛮な男に触れさせはしないという、ロベルトの確固たる強き意志。
右手に持った白竜を強く握りしめ、ロベルトは狭い車両の通路を走っては伏せているアイリを飛び越えながら、男に向かってそのまま袈裟切りを繰り出す。
いくら鍛えていようと、神の力であるラグナの前にはそんな筋肉など無意味であった。
斬られた男は傷口から大量の血を噴き出してそのまま後ろに倒れて絶命し、ロベルトは男の血を浴びたことで着ている制服もろとも血に染まる。
「………………」
刀身が血にまみれて切っ先から一滴、また一滴と血が床に落ちて床を汚すも、何も言わずに白竜を一振りして血を払う。
ロベルトの前には、既に何も言わぬ死体となり果てた男が倒れている。
大切な人を守るために彼は覚悟を決め、その手で再び人を殺めたのだ。
もう、これで後戻りは許されない。
「つ、翼……」
「……大丈夫か?」
「え? あ、う……うん。ありがとう」
自分を助けてくれたロベルトにお礼を言うアイリ。
だが自分を助けるためにロベルトが人を殺めてしまったことに、彼女は己の中に罪悪感を抱えてしまう。
その時、連結している隣の車両の扉が開く。
「みんな、大丈夫!?」
血相を変えてシャルロットがやってきた。
その様子からロベルト達の事が心配になり、急いでやってきたようだ。
「はい。なんとか」
「あの……お姉ちゃん。翼があたしを守るために……」
「華蓮。言わなくても分かるわ」
傍に倒れている男の死体を見て、シャルロットはアイリが何を言おうとしているのか、すぐに予想できた。
だが無理して言葉を出す妹を心配し、シャルロットは彼女の肩に手を置いてこれ以上の言葉は言わせないようにした。
男の死体にすぐ近くには右手に刀を持ったロベルト。
この状況を見てシャルロットはこの場で何が起こったのか、すぐに分かった。
「翼君。華蓮を守ってくれてありがとね」
「いえ。ですが……」
「貴方は騎士として当然の事をしただけ。ここで貴方がその刀を振るっていなかったら私の大切な妹は今頃死んでいたし、もしかしたらリナリーちゃんやアルトだって死んでいたかもしれない。貴方はみんなを守ったのよ」
人を殺めてしまったものの、シャルロットの言い分は正しい。
ロベルトは自分を身を、そして仲間の命を守るためにその刀を振るった。
無論、人を殺めることは許されることではない、
騎士として一度その刀を握った以上、彼らはこれからも築くであろう屍の道を歩いていかなければならない。
「シャルロット副団長! ここにいましたか」
「どうしたの?」
車両の扉から一緒に同乗していた騎士団員が入ってきた。
「列車に侵入した盗賊団全員の撃退を確認しました。こちらの被害ですが団員の負傷者が数十名ほどおり、命には別状はありません」
「ありがとう」
どうやらこちら側の人的被害はほとんどなく、団員のほうも死者はいなかったようだ。
特に今回の件は盗賊団をいち早く見つけたリナリーのおかげであろう。
「副団長。これからどうします?」
「一度機関士と話をしてくるわ。みんなは隔離車両の乗客に安全を教えてきてあげて」
「わかりました」
列車に乗り込んできたアムレアン盗賊団との戦いは、これにて幕を閉じた。
今回の事件は多くの盗賊団の死者を出す事態となり、このことはメランシェルの騎士団本部にも情報が行くだろう。
ロベルトは傍に転がっていた白竜の鞘を拾い上げ、刀を納刀して腰に戻す。
右手を開いて彼は少しの間、その手を何も言わずに見つめる。
(……これで、よかったのだろうか)
答えが返ってくることのない自問に、ロベルトの心の中で迷いが生まれた。
本来であればナギ国へと行くはずだったが、アムレアン盗賊団の襲撃のせいもあって多数の死者を出し、車両も床や座席が血に汚れてボロボロになってしまったため予定にはなかったベーネの街へ緊急停車することになった。
メランシェルほど大きくはないものの、このベーネの街は鉄道の街とも呼ばれており、駅のすぐ近くには大きな工場が建てられている。
この工場では日夜新しい車両が作られたり、セルメシア大陸各地に新しい線路を敷いていたりと、この街はセルメシアの鉄道網の要ともいえる街だ。
大きな工場があるということで、街に住む人も多くその数は5万人にも上り、ほとんどの人はこの町の工場で働いている。
アルメスタ王国の領土だけに当然、この街にも騎士団員が在籍しており場合によってはメランシェルから派遣されることもある。
そして現在ロベルトとアイリはこのベーネの街の騎士団警備署にある遺体安置室へと赴いていた。
「「……………」」
二人そろって何も言葉を交わさず、ただ目の前に広がっている光景を目に焼き付けている。
彼らの視界に映っているもの……それは先ほどまで共に列車に乗っていたアムレアン盗賊団の男たち。
だが男たちは既に息をしておらず、体を血まみれにしていながらも表情は安らかな顔をして無数のベッドの上で寝かされていた。
先ほどの騎士の報告では列車に乗り込んできた盗賊団は20名でそのうち13名が死亡、残りの7人が重軽傷を負ったとのこと。
ほとんどはシャルロットやアルト、他の団員たちが彼らの命を奪ったが、ロベルトとアイリは極力殺さないように努力をしていた。
しかしつい先ほどロベルトはアイリを守るために、一人の男の命をその手で奪った。
「……翼、ごめん……あたし……」
今にも泣き出しそうな顔をしてアイリがロベルトに何かを言おうとするも、彼はアイリの肩に手を置く。
「何も言わないでくれ。お前が無事でよかった」
「でも!」
「華蓮。ここは異世界だ。日本じゃない。確かに前世では人殺しはいかなる理由があろうと許されるものじゃない。だがここでは前世の常識は通用しないんだ。場合によっては、これからも任務で人を殺すかもしれない」
アイリの瞳から涙が次々と流れ出す。
ロベルトに抱き着いて、彼の血にまみれた制服を涙で濡らす。
自分の身勝手な行動のせいで大切な幼馴染が人を手にかけてしまった。
その事に彼女の心の中には計り知れない罪悪感が積もり、大切な人を殺人鬼にしたくない彼女の思いが涙となって零れ落ちる。
「……言っていなかったことがあるんだが、実は俺……騎士団に入った直後、一度人を殺してるんだ」
「え――」
とある任務での出来事をロベルトはアイリに語る。
実はあの時の出来事はアイリに言っておらず、ついにロベルトは彼女にその時を語る。
それを聞いたアイリはさらに目を真っ赤にして涙を流す。
彼女は何か言いたそうだが、ロベルトは言葉を続ける。
「それ以降、俺は剣を握るのが怖くなって一時期ふさぎ込んでいた時があった。けど……母さんが教えてくれたんだよ」
「エミリーさんが?」
「決して人を殺すことを楽しまないこと。そして、剣を持って人を殺めた以上、覚悟を決めろとね」
「覚悟……」
ロベルトはそう言って今度は死体となり果てたアムレアン盗賊団の男たちのほうに顔を向ける。
「彼ら盗賊団にだって事情はあったのかもしれない。例えばそこの男にはもしかしたら家族や兄弟がいたのかもしれないし、盗賊団にならざるを得なかったのかもしれない。だから人を殺めた以上、俺たちは誰かに命を狙われる覚悟を持たなければならない」
「翼……」
「大丈夫だ。俺は決して、人を殺すことを楽しむ殺人鬼になったりはしない」
列車の中で男を殺した直後に感じた心の迷いはどこかに消え去り、ロベルトの表情には覚悟が現れていた。
自分に抱き着くアイリをやさしく体から剥がし、体を死体へと向ける。
そして両手を合わせて目を閉じる。
アイリもそれを見て、ロベルトと同じように両手を合わせて目を閉じた。
(……すまない)
死者に対する祈り……ルナティールでは右腕で拳を作って胸に当てるというのが本来の祈り方だが、ロベルトはあえて日本流の祈りを彼らに手向けとして捧げる。
これは自分が前世が日本人であったということを忘れないため、そして決して人を殺すことを楽しまないように自分に言い聞かせるためだ。
殺してしまって済まなかったと、既に何も言わぬ死体に向かって二人は心の中で謝罪をする。
「……さて、行こうか。姉さんたちも駅で待っている」
「そうだね」
二人はそう言って遺体安置室の扉を開けて、部屋を後にした。
警備署を出たロベルトとアイリはベーネの街の駅にある駅舎室へと入る。
大きな部屋の中では制服を着た機関士たちや駅員たちが忙しそうにしながら右往左往としている。
先ほどアムレアン盗賊団の襲撃もあったせいでこの後の列車のダイヤが大きく乱れて、その調整に悪戦苦闘していたからだ。
部屋の隅にあるソファーに目を向けるとアルトとリナリーが座っており、近くにはシャルロットが電話で誰かと会話をしていた。
おそらくは騎士団本部にいるハイドに向けて報告をしているのだろう。
「おっ、二人とも戻ってきたか」
「アルト、リナリーの様子は?」
「なんとか大丈夫だ。初めての任務だから慣れない戦いで少し心も疲れたんだろうな」
アルトの横に座っていたリナリーはなんとか平然を装っているものの、よく見ると少しだけ表情に疲れが見えている。
さらに初めて人を殺したこともあって、これらがトラウマになって今後につながる可能性もあるとロベルトは危惧する。
一応騎士団に所属している団員は任務で人を殺しても正当性があると判断されれば、罪に問われることはない。
襲撃してきたのが盗賊団という危険分子でもあったため、彼らは自分やほかの乗客、積荷を守るという大義名分もあって今回の殺傷行為は正当性が認められる。
無論それは任務中での出来事であり、騎士だろうとプライベートで人を殺せば当然、罪に問われる。
「大丈夫か?」
「はい。問題ありません。ですが……人を殺めるというのはこんなにも気持ちが重くなるんですね」
「そうだ……俺も前はそうだった。なぁリナリー。もし無理なら――」
「お兄様」
何かを言おうとしたロベルトだったが、リナリーは兄の言葉を遮り自分の口から言葉を述べる。
「私は決してこの任務を投げ出す気はありません。お父様やお母様とも約束をしました。必ずこの任務をやり遂げてみせると」
そういうリナリーの瞳は真っすぐ、兄に向けられる。
濁り一つもなく、どこまでも清々しい覚悟を秘めた青い瞳。
同じ瞳を持つロベルトと彼女の瞳が交わり、強い意志を言葉に出さずとも感じ取った。
「……そうか、分かった。でも無理だけはするなよ。お前に何かあったら俺が親父に怒られちゃうからな」
「はい! 私も気をつけますね!」
ロベルトはメランシェルの駅を出発する前に父と約束をしたこと、リナリーを守るという言葉を思い出す。
彼女に何かがあれば、シリウスに顔向けができなくなる。
兄として、妹を必ず守らなければという気持ちがより一層強くなった。
と、ここで近くのデスクで電話をしていたシャルロットが戻ってきた。
「みんな。今大丈夫?」
「問題ないっすよ。ところでこの後どうします? まさかここで引き返せとか?」
「ハイド団長とさっき電話をして列車を交換したのち、私たちはそのままナギ国へと向かうように言われたわ」
この町には列車の車両を作る工場の他に、大きな車両基地がある。
今回襲撃を受けた車両が盗賊団によってダメージを受けたので修理する必要があり、車両基地に待機している予備の車両を連結させてこのままナギ国へと向かうことになった。
無論、オスカーから頼まれた積荷である蓄音機と試作品が積まれた貨物車両も連結させる必要がある。
連結するために時間がかかるため、彼らはこうして駅で待機しているのだ。
その時、先ほどの騎士団員が再びシャルロットに近づいてきた。
「シャルロット副団長。頼まれていた件ですが、乗客の被害は一切ありませんでした。積荷もすべて無事であり、被害を受けたのは車両のみです」
「ありがとう。それじゃああなたは自分の仕事に戻ってくれる?」
「了解しました」
そう言って敬礼した騎士団員は駅舎室を出ていき、列車のホームへと戻っていった。
「あ、そういえば団長が一つ電話で気になることを言ってきたのよ」
「気になる事?」
「あまり大声じゃ言えないんだけど……ラマー王子が城からいなくなったって」
その言葉を聞いた彼らは、分かりやすいほどに驚いて目を大きく開く。
「はぁ!? あのクソ王子が!?」
「コラ華蓮!」
駅舎という公共の場で王子を罵倒する単語を言っては不敬罪にあたるため、ロベルトはアイリを叱る。
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駅を降りて騎士団警備署に行く道中、ロベルトはラマーの姿など見なかった。
無論、彼に同行している全員鎧の冒険者の姿も。
「シャルロット副団長。出発の準備が完了しました」
「わかりました。それじゃみんな、準備はいい?」
「問題ありません!」
「大丈夫です。華蓮もいいな?」
「問題なし!」
「俺もいつでも!」
この場にいる全員から確認をとり、彼らは再び駅のホームに向かう。
既に車両交換が完了したようでホームについた途端、真新しい車両がロベルトたちを出迎える。
そして彼らは騎士専用車両に乗り込んで今度こそナギ国の首都、リンメイへと向かっていった。
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