魔法使い物語

藤里 侑

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はじまりの樹

第7話 集会

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 集会が開催される場所へは、例の扉から行くらしい。
「これが招待状代わりだね」
 そう言って壱護が手にしたのは封筒に入った鍵だった。
 その鍵を扉のカギ穴に差し込みまわす。そうして扉を開けば、向こう側には不思議な空間が広がっていた。
 まるで星屑の散らばる夜空に飛び込んだかのようである。天の川のような道を行けば、足の動きに呼応して光の粒が舞い上がる。差し込んだ鍵は風景に溶け込むように消えていってしまった。
「鍵は消えちゃうの?」
「ああ。たいていの鍵はそうだよ。うちで使っている鍵や、お店が使っている鍵は何度も使えるものだけれど、招待状代わりの鍵は、一度使ってしまったら消える」
 そこまでも続きそうな道を進めば、これまた大きな屋敷が目の前に現れた。
 堅牢なその姿はお城といっても過言ではない。周囲には幻想的な明かりが揺蕩い、その建物を中心に、道が放射状にのびているのが見えた。
 音羽はローブをはたく。埃がついているわけではないが、なんだか落ち着かなかった。
 しかしその緊張はすぐに驚きへと変わった。シャンデリアが豪勢な大広間に入ってすぐ、壱護が声をかけた知り合いの隣にいた人物が、見たことのある顔だったからだ。
「あら」
「げ」
 思いっきり顔をしかめたその人は風観である。
 対する音羽は楽し気に笑っていた。
「まさかこんなところで再会するなんて。世間は狭いのねえ」
「おや、知っているのかい?」
 壱護に聞かれ、音羽は頷いた。
「ええ。同級生よ」
「貴方の後継が、風観と友人だったとはねえ」
 風観と一緒にいるのは彼の祖母らしかった。風観は首を横に振り、丁寧に言ったものだ。
「友人じゃない。顔を知ってるだけ」
「まあまあ、そんなこと言わないの」
 ぶすぶすと文句を垂れる風観を彼の祖母は穏やかにたしなめる。
 それから一通り挨拶をして回った後、壱護は友人に呼ばれたようだった。
「音羽、少し待っていてくれるかい?」
「構わないわ。ゆっくりお話ししてきて。私、ちょっと外に出てるわ」
「ああ。二階にバルコニーがあるから、そこに行くといい」
「ありがとう」
 バルコニーに人はおらず、さあっと吹く風が心地よかった。少し水を含んだような澄み切った空気を、音羽は体いっぱいに吸い込んだ。
 音羽は手すりに寄りかかり遠くに視線をやる。そこからは大きな湖が見え、湖面には月が映っていた。
「まさかこんなに早く再会するとはな。しかも、魔法使いとして」
 背後から声をかけられ、音羽が振り返って見ればそこには風観が立っていた。不機嫌そう、というよりも、釈然としない、というような表情を浮かべている。
「いずれ会うとは思っていたが……」
「あら、未来予知?」
 からかうような音羽の言葉に、風観は今度こそ不機嫌そうな表情を浮かべた。
「違う。お前、旧校舎にいただろう。あそこは、魔力を持った人間しか入れない場所なんだ」
「そんな場所が学校内にあるのね」
 と、その時、先ほどとは感じの違う風が吹いた。ほのかにぬくもりをはらんだ風が、音羽と風観の頬をなでる。
「いたいた。やっほー」
 手すりの向こう、ほうきに座って宙に浮いている人物が、二人に向かってひらひらと手を振っている。風観はあきれたように一つため息をついた。
「何やってるんですか。また怒られますよ、天さん」
「だってさあ、大人の会話おもしろくないんだもん」
 天はふわりとバルコニーに降り立つと、音羽と向かい合った。音羽よりもずっと小柄で、年下と言われてもおかしくない体躯をしている。天は愛想よく笑った。
「初めまして、音羽。僕は天。よろしくね」
「よろしくお願いします」
 あの風観が敬語で話しているところから察して、音羽もかしこまったようにお辞儀をする。天は明るく笑った。
「君らと同じ学校に通ってるし、今後も会うだろうから仲よくしようねぇ」
 天は風観を振り返る。
「で、何してたの?」
「廃校舎の話をしていました」
「ああー、あそこ」
 音羽は天に聞いてみた。
「どうして学校にそんな、魔法使いしか入れないような場所があるんです?」
「それはねえ」
 天は手すりにもたれかかりながら話した。彼が使っていたほうきはゆったりと宙を滑り、天に寄り添うようにして止まった。
「魔法使いってさ、魔力を持たない人たちと比べて五感が鋭いんだよ。もちろん個人差はあって、例えば、風観は視覚がずば抜けてるし、僕はこれといってずば抜けたものはない」
「魔力量は比になりませんけど」
 ぼそっとつぶやいた風観の言葉に「ふふ」と笑い、天は音羽に聞いた。
「君もあるんじゃない? 例えば……人よりも耳がいい、とか」
「あ……」
 音羽には思い当たる節があった。
 小さいころから何かと、雑音の多い中で暮らしてきたように思う。人の声がよく聞こえる、というのもあったが、言葉にもならないような声が聞こえたり、聞きなれない言語の歌が聞こえたり。
 天は音羽を見つめると、にっこりと笑って続けた。
「そういうので疲れた魔法使いが、一時的に避難するような場所なんだ、あそこは」
「へえ……」
「本当に何も知らないんだな、お前」
 今度はからかうようでもあきれたようでもなく、ただ単に疑問に思った様子で風観は音羽に言った。音羽は素直に頷いた。
「そもそも自分が魔力を持ってるって分かったのも最近になってからだもの」
「ああ、そういうことか」
「後継の育成は、先代の裁量によるところが大きいからねえ」
 天は室内の様子を垣間見ながら言う。
「僕らは物心ついた時から魔法という存在が身近だったけど、みんながみんなそういうわけでもないからね。魔力が開花するタイミングが遅かったり、先代が後継探しに焦っていなかったり」
「壱護さんの庭は特殊だからな。見定めるのにも時間がかかったんだろう」
「祖父を知っているの?」
 音羽が聞けば、風観も天も当然というように頷いた。
「壱護さんが育てている魔法植物は質がいいからな」
「いろんな人たちがお世話になってるよ~」
「へえ……」
 自分が知らない祖父の姿に、音羽はぼんやりとしてしまう。
「天様! どこにいらっしゃるのです!」
 鋭く飛んできたその声に、ハッと音羽は我に返った。一方、呼ばれた張本人である天はのんきに「あ、やべ。ばれた」とつぶやくと、そそくさとほうきにまたがりバルコニーの外へ出てしまった。
「それじゃ、これからよろしくねー!」
 音羽が返事をする間もなく、天はあっという間にどこかへ行ってしまった。
「嵐のような人だわ……」
「その点に関しては、同感だ」
 つくづく魔法使いというのは個性的な人ばかりだ、と改めて思い直した音羽であった。
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