一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第760話 屋台飯

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 花火にうってつけの場所は、思いのほかあっさりと見つかった。
 じいちゃんが真野さんに話をしてくれたらしく、うちで見るといい、と快く言ってくれたのだ。確かに、あの場所からは花火もよく見えるし、花火をしても大丈夫そうだ。
 四人で真野さんの家に行き、挨拶を済ませる。夕方とはいえ、花火をするにはまだ明るい。となると、やることといえば……
「屋台巡り、行くぞー!」
 咲良がやる気満々といった様子で右腕を突き上げて言った。
 会場から離れた場所ではあるが、この辺りにもいくつか屋台が出ているようだった。行きがけにお菓子は買ってきたが、屋台巡りも醍醐味の一つだろう。
「向こうの、神社に続く道に、たくさん並んでいると思いますよ」
 と、真野さんが教えてくれたので、四人で歩いていく。
 大きく育った木々と夏の暑さで伸びまくった雑草、人の気配が一つもないアスファルトの道を行く。本当に屋台なんてあるのだろうか。
「なんか、音、聞こえない?」
 他愛のない話をしながらだらだらと歩いていたら、ふいに百瀬が言ったので皆口をつぐむ。
 セミの鳴き声と草木のざわめき、民家からの生活音、川を挟んだ向こう側の道路を走る車のエンジン音。それにまぎれて、確かに、非日常じみた音が聞こえた。祭囃子とはまた違う、人のざわめきと賑やかな音楽だ。
「もうそろそろかも」
 朝比奈がそう言ったのが早いか否か、屋台が建ち並ぶ通りが見え始めた。
 おお、思ったよりも賑やかだな。
「すげー、めっちゃあるじゃん!」
 と、咲良が楽しげに言う。
「えー、まずどこ行く? 射的?」
「何で射的なんだ」
「なんとなく」
 屋台の並びに近づいていくにつれて、音が増していく。熱気と照明の明るさに、思わず目をすぼめた。
 あ、なんかいいにおいする。ソースの匂いだな、これ。甘い香りもする。
「食べ物は帰りがけに買った方がいいな……」
 朝比奈はあたりを見回しながら言った。
「そうだな、あいつら、遊び回りたいみたいだからな」
 咲良と百瀬はさっそく、人波に飛び込んでいた。人波、といっても会場ほどではないが、それなりの人出である。
「おーい、二人とも、早く来いよー」
「色々あるよー!」
 咲良と百瀬の呼びかけに、朝比奈と顔を合わせ、ふと笑う。さて、俺たちもこの喧騒に足を踏み入れるとしましょうか。
「射的あるぞ! こっちはヨーヨー釣り!」
「ヨーヨー釣りかあ、いいな」
「みんなでやろうぜ~」
 各々が好きな色のヨーヨーを釣り、次は射的。なんか、朝比奈が妙に様になっていてかっこよかったな。ゲットしたのはキャラメルのようだった。金魚すくいは遠目に眺める。
 しかしやはり、食べ物の屋台が多いな。
 あちこち見て回っていたらいい感じに薄暗くなってきたし、腹も減った。そろそろ戻った方がよさそうだ。
「俺、たこ焼き食べたいな~。春都は?」
「焼き鳥がめっちゃいいにおいしてたから、それにする」
「お、いいね」
「俺は甘いもの中心にいこうかな。りんご飴とー、綿あめとー、チョコバナナとー……」
「カステラとか……?」
「そう!」
 さて、焼き鳥の屋台はどこだったかな……あ、あったあった。おや、イカ焼きもあったのか。それはラッキーだ。買おう。
 飲み物はサイダーを買ってきていたし、きっと合うだろうなあ。

 暗くはなったが花火が打ちあがるまでは少し時間がある。
「じゃ、花火をやろう!」
 と、咲良が我が物顔で花火の入った袋を掲げた。キャンプ用の椅子を出してくれたので、ありがたい。
 テーブルには屋台で買ったものと、お菓子、ジュースもある。
「腹減ったな」
「食いながらやろう」
「待ってました!」
「おー、食おう食おう!」
 焼き鳥は思ったよりも大ぶりで、食べ応えがありそうだった。
「いただきます!」
 んー、表面はパリッと香ばしく、噛めばジュワッと肉汁があふれてくる。たれが香ばしくて甘辛い。近くの食事処が出している店のようで、行列もできていたからおいしいのだろうと思っていたが、想像以上だ。
「あっつ、たこ焼き、中が熱い!」
 そう言いながら、咲良は片手に花火を持っていた。
「あっお前振り回すな、危ない」
「見てー、片手にりんご飴、片手に花火!」
 と、百瀬もテンションが上がっている。
「夏凝縮スタイル」
「なんだそれ」
 朝比奈は笑って、小さな、何かしらのキャラクターを模したカステラを一つほおばった。
 結構たっぷり花火は残っていたと思ったが、想像よりは少なかったようだ。次々と火をつけ、赤、青、白、黄色、水色に緑色の光を眺めていたら、あっという間である。
 ん、塩だれの方もうまいな。さっぱりしていて、肉の味と香ばしさがよく分かるようだ。パリッパリなのもいいが、少ししっとりとした感じなのもうれしい。
 食べ終わった串を片付け、次の花火に火をつけた時だった。
 どんっと体に響く衝撃と音、まばゆい光。どうやら、花火が打ちあがりだしたらしい。
「おーっ、すげえ!」
「よく見えるねー」
 視線は空にいくが、手元でも花火ははじけている。なんだかとんでもない贅沢をしている気分だ。
 あと残っているのは置いてするタイプの花火だ。咲良は何か思いついたように、その花火を並べ始める。
「これさー、打ち上げ花火と一緒に見たらきれいだと思う」
 セッティングを終え、火をつける。あとは座って眺めるだけだ。じゃ、イカ焼き食べよ。
 こりっとした歯触り、はじけるような食感、みずみずしさもある。たれは焼き鳥のやつと一緒かな。でも、風味がうっすら違うような気もする。同じたれでも、つけるものでこうも違うのか。
 それにしても、イカ焼きってなんでこんなにうれしいんだろう。食感とか、イカのうま味とか、淡白な味わいに濃いタレとか、口いっぱいに含むのがこんなにも楽しい。やっぱり買っといてよかったな。
 げその串は塩味。ん、身よりますますこりっこり。そうそう、これが好きなんだよ。塩味がよく合うのである。
「あ、来た!」
 咲良の声に視線を上げる。
 空に打ちあがる大輪の炎の花に、下から吹き上げるまばゆい光。はは、こりゃすごいや。まぶしい。
 スンと鼻をかすめる火薬の香り、うっすらと湿気を帯びた夜の空気。
 それがじんわりと肌を這って、むずがゆかったので、サイダーを口にした。ぱちぱちとはじける泡に、色とりどりの光が乱反射していた。

「ごちそうさまでした」
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