799 / 846
日常
第746話 とんかつ
しおりを挟む
今日は図書館の当番の日である。
「いや~……連日、暑いなあ」
漆原先生は言いながら、扇子で首元を仰いでいる。さらさらとした髪がふわっとなびき、その風のおこぼれをもらう。
やっぱり、扇子が似合うなあ、先生。
「その扇子、自前ですか?」
「ああ、そうだよ」
先生は言うと、パチンッ、と扇子をたたみ、手のひらに軽く叩きつけた。なんかこういうシーン、アニメとか漫画とか、ネットの広告で見たことある。
黒を基調としたその扇子は、よく見ると薄く模様が入っているようだった。おしゃれだなあ。
「なんか、似合いますね」
「そうかい?」
「胡散臭さが増すだろう?」
「お?」
この遠慮のない物言い、やっぱり、石上先生だ。
「ひどい言い様だな、石上先生や」
「はは。まあ、暑いからな」
石上先生は資料を漆原先生に渡す。
漆原先生はそれを受け取ると、中身を見て詰所に持っていった。
「冷房つけていても、暑い時があるもんな」
石上先生がシャツをパタパタとさせながら言う。
「先生は扇子、持っていないんですか」
「実は持ってる」
「お前の方が胡散臭く見えるぞ」
と、漆原先生が戻ってくる。
「失敬な」
石上先生は笑って言い返す。
ふと、二人が扇子を持っているところを想像してみる。扇子ってだけで、自動的に服が着物になるな。着物着て扇子持ってる二人、か。うーん、胡散臭いというか、シンプルに似合うと思うんだけどなあ。
飄々としたかっこいいキャラとクールなかっこいいキャラって感じ。二人並んでたら、映えそうだ。
「何の話してんの?」
「咲良」
暑い~、と言いながらやってきた咲良はカウンターに入ってくると、隣に座った。ペン立てになぜか置いてあるうちわであおいでやりながら、事の顛末を話すと、咲良は言った。
「二人とも似合うのになあ」
「だろ、俺も思う」
「俺は?」
咲良がそわそわした様子でそう聞いてくる。咲良が扇子かあ……似合わんこともないだろうが、どっちかっていうと……
「ん」
咲良にうちわを渡す。
「なんだ、あおいでほしいのか?」
「こっちのが似合う」
「えー? 男前だろ~、扇子を持つ俺!」
「そういうとこだぞ」
おりゃーっと、咲良は猛烈な勢いでうちわを動かす。おお、いいな。扇風機みたいだ。
「あー、腹減ったー!」
「そーだなあ」
いつもであれば、今頃は昼飯を食い終わっている頃だ。弁当を持って来てもよかったんだが、一時間くらいだし、帰って食いたいなーと思って持ってこなかった。
「あとちょっとだ、耐えろ」
「うう~、今日の昼飯何かなあ~、かつ丼食いてぇ~」
「えっ、かつ丼?」
驚きの声を上げるのは、漆原先生と石上先生だ。咲良は笑って振り返ると頷いた。
「暑いし、元気出ません?」
「若いなあ……この暑さで、かつ丼だと」
と、石上先生が心底理解できないといった様子で言う。漆原先生はしみじみと、苦笑というか生ぬるいというか、そういう笑みを浮かべて言った。
「食えるうちに食っとくんだぞ」
「? はい!」
咲良はよく分かっていない様子のまま笑ってごまかした。
「帰りに弁当屋寄ろうかな」
「スーパーとか、コンビニにもあるんじゃないか」
「さっぱりしたのばっかりなんだよなー、最近。それか、ハワイアン」
ああ、確かに。そうかもしれない。思えば、がっつり系の商品が減ったような気もする。
うちの昼飯は、何だろうなあ。
家に帰ると昼飯が準備してある。夏休みの醍醐味だなあ、これは。
「いただきます」
しかも、とんかつだ。
皿の上には揚げたてのとんかつと、千切りキャベツ、プチトマトがのっている。それにご飯とみそ汁付きだ。
キャベツにドレッシング、とんかつにソース。ごまも忘れちゃいけない。それと、からしも。
やっぱりまずは、揚げたてのとんかつからだな。
サクッとした衣に噛み応えがありつつもやわらかい豚肉、ジュワッとあふれる肉汁。脂身のほのかな甘みと、肉の淡白な味わい。それにソースの酸味と甘みがよく合う。
ごまもプチッとはじけて香ばしい。
ソースにごまが混ざると、トロッとした感じが増す。からしはつけすぎると辛いから、ちょっとだけ。ツーンとした辛さがいい刺激になる。
ドレッシングがかかったキャベツは少ししんなりしていて、食べやすい。濃いとんかつを食べると、キャベツがよりおいしく感じる気がする。
ん、プチトマトが甘い。
揚げたてのとんかつをご飯と一緒にほおばる。いいなあ、このがっつりした感じ。チキンカツもうまいけど、とんかつにはとんかつにしかない味わいというものがある。
それにすみっこ。うま味が凝縮しているような気がする。サクサク感もあるし、油もジュワッとして、肉の噛み応えもある。
すみっこって、何かと魅力的だ。
グイッと麦茶を飲み干す。よく冷えた麦茶、うまい。
咲良はかつ丼食えたかな。ふふ、俺はとんかつを食ったぞ。悪いな。
はー、満腹、すごい勢いで食べてしまった。うまかった。
「ごちそうさまでした」
「いや~……連日、暑いなあ」
漆原先生は言いながら、扇子で首元を仰いでいる。さらさらとした髪がふわっとなびき、その風のおこぼれをもらう。
やっぱり、扇子が似合うなあ、先生。
「その扇子、自前ですか?」
「ああ、そうだよ」
先生は言うと、パチンッ、と扇子をたたみ、手のひらに軽く叩きつけた。なんかこういうシーン、アニメとか漫画とか、ネットの広告で見たことある。
黒を基調としたその扇子は、よく見ると薄く模様が入っているようだった。おしゃれだなあ。
「なんか、似合いますね」
「そうかい?」
「胡散臭さが増すだろう?」
「お?」
この遠慮のない物言い、やっぱり、石上先生だ。
「ひどい言い様だな、石上先生や」
「はは。まあ、暑いからな」
石上先生は資料を漆原先生に渡す。
漆原先生はそれを受け取ると、中身を見て詰所に持っていった。
「冷房つけていても、暑い時があるもんな」
石上先生がシャツをパタパタとさせながら言う。
「先生は扇子、持っていないんですか」
「実は持ってる」
「お前の方が胡散臭く見えるぞ」
と、漆原先生が戻ってくる。
「失敬な」
石上先生は笑って言い返す。
ふと、二人が扇子を持っているところを想像してみる。扇子ってだけで、自動的に服が着物になるな。着物着て扇子持ってる二人、か。うーん、胡散臭いというか、シンプルに似合うと思うんだけどなあ。
飄々としたかっこいいキャラとクールなかっこいいキャラって感じ。二人並んでたら、映えそうだ。
「何の話してんの?」
「咲良」
暑い~、と言いながらやってきた咲良はカウンターに入ってくると、隣に座った。ペン立てになぜか置いてあるうちわであおいでやりながら、事の顛末を話すと、咲良は言った。
「二人とも似合うのになあ」
「だろ、俺も思う」
「俺は?」
咲良がそわそわした様子でそう聞いてくる。咲良が扇子かあ……似合わんこともないだろうが、どっちかっていうと……
「ん」
咲良にうちわを渡す。
「なんだ、あおいでほしいのか?」
「こっちのが似合う」
「えー? 男前だろ~、扇子を持つ俺!」
「そういうとこだぞ」
おりゃーっと、咲良は猛烈な勢いでうちわを動かす。おお、いいな。扇風機みたいだ。
「あー、腹減ったー!」
「そーだなあ」
いつもであれば、今頃は昼飯を食い終わっている頃だ。弁当を持って来てもよかったんだが、一時間くらいだし、帰って食いたいなーと思って持ってこなかった。
「あとちょっとだ、耐えろ」
「うう~、今日の昼飯何かなあ~、かつ丼食いてぇ~」
「えっ、かつ丼?」
驚きの声を上げるのは、漆原先生と石上先生だ。咲良は笑って振り返ると頷いた。
「暑いし、元気出ません?」
「若いなあ……この暑さで、かつ丼だと」
と、石上先生が心底理解できないといった様子で言う。漆原先生はしみじみと、苦笑というか生ぬるいというか、そういう笑みを浮かべて言った。
「食えるうちに食っとくんだぞ」
「? はい!」
咲良はよく分かっていない様子のまま笑ってごまかした。
「帰りに弁当屋寄ろうかな」
「スーパーとか、コンビニにもあるんじゃないか」
「さっぱりしたのばっかりなんだよなー、最近。それか、ハワイアン」
ああ、確かに。そうかもしれない。思えば、がっつり系の商品が減ったような気もする。
うちの昼飯は、何だろうなあ。
家に帰ると昼飯が準備してある。夏休みの醍醐味だなあ、これは。
「いただきます」
しかも、とんかつだ。
皿の上には揚げたてのとんかつと、千切りキャベツ、プチトマトがのっている。それにご飯とみそ汁付きだ。
キャベツにドレッシング、とんかつにソース。ごまも忘れちゃいけない。それと、からしも。
やっぱりまずは、揚げたてのとんかつからだな。
サクッとした衣に噛み応えがありつつもやわらかい豚肉、ジュワッとあふれる肉汁。脂身のほのかな甘みと、肉の淡白な味わい。それにソースの酸味と甘みがよく合う。
ごまもプチッとはじけて香ばしい。
ソースにごまが混ざると、トロッとした感じが増す。からしはつけすぎると辛いから、ちょっとだけ。ツーンとした辛さがいい刺激になる。
ドレッシングがかかったキャベツは少ししんなりしていて、食べやすい。濃いとんかつを食べると、キャベツがよりおいしく感じる気がする。
ん、プチトマトが甘い。
揚げたてのとんかつをご飯と一緒にほおばる。いいなあ、このがっつりした感じ。チキンカツもうまいけど、とんかつにはとんかつにしかない味わいというものがある。
それにすみっこ。うま味が凝縮しているような気がする。サクサク感もあるし、油もジュワッとして、肉の噛み応えもある。
すみっこって、何かと魅力的だ。
グイッと麦茶を飲み干す。よく冷えた麦茶、うまい。
咲良はかつ丼食えたかな。ふふ、俺はとんかつを食ったぞ。悪いな。
はー、満腹、すごい勢いで食べてしまった。うまかった。
「ごちそうさまでした」
24
お気に入りに追加
252
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
妹に傷物と言いふらされ、父に勘当された伯爵令嬢は男子寮の寮母となる~そしたら上位貴族のイケメンに囲まれた!?~
サイコちゃん
恋愛
伯爵令嬢ヴィオレットは魔女の剣によって下腹部に傷を受けた。すると妹ルージュが“姉は子供を産めない体になった”と嘘を言いふらす。その所為でヴィオレットは婚約者から婚約破棄され、父からは娼館行きを言い渡される。あまりの仕打ちに父と妹の秘密を暴露すると、彼女は勘当されてしまう。そしてヴィオレットは母から託された古い屋敷へ行くのだが、そこで出会った美貌の双子からここを男子寮とするように頼まれる。寮母となったヴィオレットが上位貴族の令息達と暮らしていると、ルージュが現れてこう言った。「私のために家柄の良い美青年を集めて下さいましたのね、お姉様?」しかし令息達が性悪妹を歓迎するはずがなかった――
お父様、ざまあの時間です
佐崎咲
恋愛
義母と義姉に虐げられてきた私、ユミリア=ミストーク。
父は義母と義姉の所業を知っていながら放置。
ねえ。どう考えても不貞を働いたお父様が一番悪くない?
義母と義姉は置いといて、とにかくお父様、おまえだ!
私が幼い頃からあたためてきた『ざまあ』、今こそ発動してやんよ!
※無断転載・複写はお断りいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる