一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第742話 自家製ポテトチップス

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 クーラーって、ありがたいものだなあ、と教室に入った瞬間に実感する。直ったんだな、よかった。
「お、来た来た。おはよー、春都」
「おう、おはよう……って、なんでお前がいるんだ、咲良」
 机の持ち主より先に席についているとは何事だ。
 咲良は両手で机をパタパタと叩き、にこにこと笑った。まったくこいつときたら、無遠慮というか図太いというか……
「春都早く来ないかなーって、待ってた!」
「そうか、じゃあどけ」
「でさー、春都に聞きたいことあるんだけどー」
「スルーすんのか、すごいな」
 仕方ない、ここは諦めて立っておくか。とりあえず荷物片付けよ。
「ちょっと、引き出し入れさせて」
「ん」
 咲良は身をよじって少し隙間を空ける。そこまでするなら立てばいいのに。
「花火いつやんのかなーと思ってさ」
「あー、花火なあ」
 父さんの実家にも帰るらしいし、いつできるんだろう。こいつらもいろいろ予定あるだろうから、早めに決めないと……
「ま、俺は夏休み中ずっと暇だからいいんだけど」
「……あ、そう」
「早くやりたいなー」
 そう言って咲良は、やっと立ち上がった。
「はいどうぞ、温めといてやったぜ」
「そりゃどうも」
 人がさっきまで座っていた椅子のぬくもりって、なんか変な感じだ。出来れば今の時期は、冷やしといていただきたい。
「朝比奈と百瀬にも聞いたほうがいいよなー」
「そうだな」
「じゃ、ちょっと連れてくる」
「は?」
 咲良は、「待ってて」とだけ言い残すと、足取り軽やかに廊下に出ていってしまった。せわしないやつだなあ。
 さて、一時間目は英語か。辞書取ってこよう。
「お? 待っとかなくていいのか?」
 と、前の席に座る勇樹が、からかうように聞いてくる。
「廊下にいたら分かるだろ」
「はっは、お前の周りは朝から賑やかだなあ」
 本当にな……
 涼しい室内もいいものだが、廊下のこの暑さも夏らしくて嫌いじゃない。
「あっ、春都~。ちょうどよかった」
 咲良が朝比奈を引っ張り、百瀬を引き連れて戻って来た。
「早く決めようぜー、花火の日程!」
「楽しそうだなあ、お前……」
 暑さにやられている朝比奈が、買ったばかりのスポーツドリンクのペットボトルを首元に当てる。
「小学生かよ……」
「いくつになっても夏は楽しいもんだろー」
「治樹と変わんねえ……」
 そうぼそっとつぶやいた朝比奈の言葉が届いたかどうかは分からないが、咲良は百瀬を振り返った。
「百瀬も楽しみだろ?」
「そりゃあね! 花火なんて、買わないからさあ~」
 きょうだいが小さい頃はやってたけど、と百瀬は笑った。
「じゃあ、いつにする?」
「俺はいつでもいいよ~」
 と、百瀬が言う。朝比奈はしばらくの沈黙の後に言った。
「多分、八月の最初と最後なら……」
「朝比奈んち忙しそうだもんなー」
 咲良がそう言ったところで、予鈴が鳴った。
「ありゃ、もうこんな時間? あっ、やべ! 予習やってない!」
「今かよ……」
 咲良は慌てた様子で走り出したが、途中で立ち止まり、振り返ると言った。
「またあとで連絡するからな!」
 ほんと、こいつは人生楽しそうだなあ……
「井上ってさ、人生楽しんでるよね」
「……ずっと小学生って感じ?」
 朝比奈と百瀬の言葉に、思わず笑ってしまった。

 さんさんと日が照る中、なんとか家に帰りついたら、汗だくの制服から涼しい部屋着に着替える。昼飯までは時間があるから、何かちょっと食べたいな。
「春都ー、着替えたー?」
「着替えたー」
「じゃあ、こっち来てー」
 母さんに呼ばれ、台所に行く。
「なに?」
「これ食べてていいよ」
 そう言って渡されたのは、山盛りのポテトチップスがのった皿だった。キッチンペーパーに油が広がっていて、ほんのり温かい。
「揚げたて?」
「そうよー。あ、塩足りないなら追加してね」
 へへ、自家製ポテトチップスか。これは嬉しい。じゃあ、サイダーも飲もう。
「いただきます」
 氷を入れたグラスにサイダーを注ぎ入れる。からん、と涼しげな音がして、しゅわっと炭酸がきらめいた。
 まずはどれから食べようか。薄いやつかな。
 パリッパリで、サックサク。市販のものよりもじゃがいもそのものの味が分かる。噛みしめるほどに滲み出すのは塩気と甘み。これはいくらでも食べられそうだ。向こうが透けるような薄いのもある。ほんのりオレンジがかっていてきれいだ。
 少し分厚いと、ほくっとしている。柔らかい食感と、サクサクッとした食感が相まって面白い。これが家のポテチの醍醐味だ。
 このほんのりやわらかいところ、好きなんだよなあ。フライドポテトとポテトチップスのいいとこどりっていうか。
 指についた塩も舐めてしまう。これ、何気にうまい。
 そこにサイダー。塩と油と、じゃがいも、甘いパチパチ……合わない訳がない。
 キッチンペーパーの上に広がる塩をこすりつけて食べてみる。んん、しょっぱい。でもなんか癖になってしまいそうだ。
 あとの楽しみに取っておこう……とも思ったが、あっという間に食べてしまった。
「そんなにおいしかったなら、またあとで作るよ」
 心を見透かしたかのように、母さんが言った。
「食べたい」
「ふふ、いいよ」
 楽しいことは早く来てほしい気もするし、後にとっておきたい気もする。
 両方だったら、一番うれしいなあ。

「ごちそうさまでした」
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