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日常
第七百三十七話 えびカツ
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夏休み前の一仕事といえば、放送部での活動のほかに、図書委員の仕事がある。
蔵書点検に伴う返却の催促と、本棚の整理である。本格的にやるのはやっぱり、漆原先生なのだが、生徒でできることは、生徒がやる。
「えーっと、次は誰だ……」
普段であれば、職員室前にあるクラス別の、配布プリントが置かれる棚に催促の手紙を置いていればいいのだが、今回は手渡しして、声をかけなければいけない。これが面倒でしょうがないんだなあ。
「あんま話したことないやつばっかり……」
「どうしたんだ? 春都」
「勇樹」
「なーんか、悩んでるっぽいじゃん?」
ひらひらと、手紙を揺らして見せると、勇樹はじっとその内容を見て、「なるほどねえ」と言い、自分の席に座った。
「もうそんな時期か」
「最終通告だぞ、これ。一週間前にもやってる」
「へー、そうだっけ?」
のんきに人ごとのように言い、勇樹は続けた。
「手伝ってやろっか?」
「まあ……どれが誰かを教えてもらえれば」
「オッケー」
「その前に」
ぺし、と勇樹の目の前に一枚の紙を突き付ける。
「お前もだ、勇樹。いい加減、返せ」
「へへ、すんません」
勇樹はへらっと笑って、紙を受け取ったのだった。
「ふむ、結構集まったな」
放課後、漆原先生は本の山を目の前につぶやいた。
「とりあえず返却作業を。これから返しに来るやつもいるかもしれない。一条君、頼めるか?」
「はい」
いやあ、この本の山は、捌くのにだいぶ骨が折れそうだ。でも、ちょっと楽しみでもある。手際よくやれると、なんだか気分がいいのだ。
「そして、手続が終わった本を君たちが片付けてくれ」
「はーい!」
「元気でよろしい」
そう言われるのは咲良だ。朝比奈は隣で静かに頷いた。
「俺はまだ返ってきていない本をチェックする」
何かあったら呼んでくれ、と言って、先生は詰所に戻った。
「さて、やるか」
本の山が崩れないように、てっぺんから一冊ずつ取っていく。やけに重い本や、薄っぺらい本、崩れそうな本に新品の本。いろんな本が交互にやってくるから面白い。
そんで、作業を済ませた本は咲良と朝比奈が即座に片付けていくので、視界がすっきりしていていい。
「こんなに返してなかったんだな、皆」
本がたまるのを待ちながら、咲良が言った。
「まあ、一クラスに五、六人はいたからなあ」
「それが各クラス、三学年……」
咲良は視線を上にやり、ぶつぶつと何かつぶやくと頷いた。
「そうだな、確かにそれくらいあるかも」
「塵も積もれば……」
ぼそっと朝比奈がつぶやく。
「だなー、下手すると、一人二冊借りてるやつもいるんじゃないの?」
「週末は借りていいからな……そのままってのは、あり得る」
「じゃあ二倍になるじゃん、もしみんなそうだったら」
そう考えると恐ろしいものである。まあ、紛失されたものがないだけいいのだろうか。
「夏休みは上限何冊だっけ、五冊?」
「ああ、そうだな」
「じゃあ夏休み明けはもっと大変だなあ!」
はっはっは、と言いながら、咲良は本を抱えて行ってしまった。
「みんながみんな借りるわけじゃないだろうけどね……」
朝比奈も、ハードカバーの本に文庫本をのせて片付けに行った。
夏休みが始まる前から、夏休み明けのことを考えなきゃいけないのか……休みって、何だっけ。
まあ、とにもかくにも、今は目の前の山を攻略するほかない。ハードカバーの新刊を手に取ったとき、図書館の扉が開いた。
「すいませーん、まだ開いてます~?」
「……どうぞ」
山の標高は、高くなるばかりである。
はあ、ずっと座って作業してただけだったが、ずいぶんとくたびれた。肉体労働も大変だが、地道な作業も大変だな。
「お疲れ様、お腹空いたでしょ」
「空いた~」
しかし、くたびれ果てて家に帰って来て、ご飯ができているのはなんと幸せなことだろう。揚げ物は揚げたてで、バランスを考えて野菜もある。涼しい部屋で、皆で食べる、ホカホカご飯……あー、幸せってこういうことなんだなあ、と思う。
「いただきます」
平たい丸のこのカツは……えびカツだ。
えびがたくさんあるからって、母さんが作ってくれたんだ。自家製えびカツなんて、とんでもなく贅沢だなあ。
シャウッと熱々の衣。ホロホロ、サクサクのパン粉が香ばしく、歯に心地よい食感である。揚げたての揚げ物からしか感じられないものだよなあ、この熱と食感は。
そして中身は、魅惑のプリプリ。程よく形が残った部分はプリッと食べ応えがあり、しっかりとつぶれているところは優しい感じの歯触りだ。確かにプリッとしているが、やわらかさもある。
プリプリという食感には、種類があるのだなあ、と思う。
何もかけなくても十分うまいが、ここにオーロラソースをかけてみる。えびにオーロラソースが合うと知ってしまったら、やらずにはおれんのだ。
トマトのほのかな風味にマヨネーズのまろやかさ。このジャンクなような、上品なような、味わい慣れたこの味が、揚げ物の香ばしさとえびの淡白な味に合う。
付け合わせの野菜はキャベツの千切り。一緒に食べると、えびカツバーガーを思い出すが、当然、米も合う。米と食うと、がっつり食ってるーって感じがしてすごくいい。
揚げたてのえびカツなんて、そうそう食べられないぞ。くぅ、うまい。
最後の一枚、最後の一口。とても惜しい気持ちもあるが、食欲は抑えられない。
また食べたいなあ……塩ゆでもうまかったしなあ……えびってこんなにうまいんだなあ、って分かってしまったから。
次は、ガーリックシュリンプなるものも、作ってみたいな。
「ごちそうさまでした」
蔵書点検に伴う返却の催促と、本棚の整理である。本格的にやるのはやっぱり、漆原先生なのだが、生徒でできることは、生徒がやる。
「えーっと、次は誰だ……」
普段であれば、職員室前にあるクラス別の、配布プリントが置かれる棚に催促の手紙を置いていればいいのだが、今回は手渡しして、声をかけなければいけない。これが面倒でしょうがないんだなあ。
「あんま話したことないやつばっかり……」
「どうしたんだ? 春都」
「勇樹」
「なーんか、悩んでるっぽいじゃん?」
ひらひらと、手紙を揺らして見せると、勇樹はじっとその内容を見て、「なるほどねえ」と言い、自分の席に座った。
「もうそんな時期か」
「最終通告だぞ、これ。一週間前にもやってる」
「へー、そうだっけ?」
のんきに人ごとのように言い、勇樹は続けた。
「手伝ってやろっか?」
「まあ……どれが誰かを教えてもらえれば」
「オッケー」
「その前に」
ぺし、と勇樹の目の前に一枚の紙を突き付ける。
「お前もだ、勇樹。いい加減、返せ」
「へへ、すんません」
勇樹はへらっと笑って、紙を受け取ったのだった。
「ふむ、結構集まったな」
放課後、漆原先生は本の山を目の前につぶやいた。
「とりあえず返却作業を。これから返しに来るやつもいるかもしれない。一条君、頼めるか?」
「はい」
いやあ、この本の山は、捌くのにだいぶ骨が折れそうだ。でも、ちょっと楽しみでもある。手際よくやれると、なんだか気分がいいのだ。
「そして、手続が終わった本を君たちが片付けてくれ」
「はーい!」
「元気でよろしい」
そう言われるのは咲良だ。朝比奈は隣で静かに頷いた。
「俺はまだ返ってきていない本をチェックする」
何かあったら呼んでくれ、と言って、先生は詰所に戻った。
「さて、やるか」
本の山が崩れないように、てっぺんから一冊ずつ取っていく。やけに重い本や、薄っぺらい本、崩れそうな本に新品の本。いろんな本が交互にやってくるから面白い。
そんで、作業を済ませた本は咲良と朝比奈が即座に片付けていくので、視界がすっきりしていていい。
「こんなに返してなかったんだな、皆」
本がたまるのを待ちながら、咲良が言った。
「まあ、一クラスに五、六人はいたからなあ」
「それが各クラス、三学年……」
咲良は視線を上にやり、ぶつぶつと何かつぶやくと頷いた。
「そうだな、確かにそれくらいあるかも」
「塵も積もれば……」
ぼそっと朝比奈がつぶやく。
「だなー、下手すると、一人二冊借りてるやつもいるんじゃないの?」
「週末は借りていいからな……そのままってのは、あり得る」
「じゃあ二倍になるじゃん、もしみんなそうだったら」
そう考えると恐ろしいものである。まあ、紛失されたものがないだけいいのだろうか。
「夏休みは上限何冊だっけ、五冊?」
「ああ、そうだな」
「じゃあ夏休み明けはもっと大変だなあ!」
はっはっは、と言いながら、咲良は本を抱えて行ってしまった。
「みんながみんな借りるわけじゃないだろうけどね……」
朝比奈も、ハードカバーの本に文庫本をのせて片付けに行った。
夏休みが始まる前から、夏休み明けのことを考えなきゃいけないのか……休みって、何だっけ。
まあ、とにもかくにも、今は目の前の山を攻略するほかない。ハードカバーの新刊を手に取ったとき、図書館の扉が開いた。
「すいませーん、まだ開いてます~?」
「……どうぞ」
山の標高は、高くなるばかりである。
はあ、ずっと座って作業してただけだったが、ずいぶんとくたびれた。肉体労働も大変だが、地道な作業も大変だな。
「お疲れ様、お腹空いたでしょ」
「空いた~」
しかし、くたびれ果てて家に帰って来て、ご飯ができているのはなんと幸せなことだろう。揚げ物は揚げたてで、バランスを考えて野菜もある。涼しい部屋で、皆で食べる、ホカホカご飯……あー、幸せってこういうことなんだなあ、と思う。
「いただきます」
平たい丸のこのカツは……えびカツだ。
えびがたくさんあるからって、母さんが作ってくれたんだ。自家製えびカツなんて、とんでもなく贅沢だなあ。
シャウッと熱々の衣。ホロホロ、サクサクのパン粉が香ばしく、歯に心地よい食感である。揚げたての揚げ物からしか感じられないものだよなあ、この熱と食感は。
そして中身は、魅惑のプリプリ。程よく形が残った部分はプリッと食べ応えがあり、しっかりとつぶれているところは優しい感じの歯触りだ。確かにプリッとしているが、やわらかさもある。
プリプリという食感には、種類があるのだなあ、と思う。
何もかけなくても十分うまいが、ここにオーロラソースをかけてみる。えびにオーロラソースが合うと知ってしまったら、やらずにはおれんのだ。
トマトのほのかな風味にマヨネーズのまろやかさ。このジャンクなような、上品なような、味わい慣れたこの味が、揚げ物の香ばしさとえびの淡白な味に合う。
付け合わせの野菜はキャベツの千切り。一緒に食べると、えびカツバーガーを思い出すが、当然、米も合う。米と食うと、がっつり食ってるーって感じがしてすごくいい。
揚げたてのえびカツなんて、そうそう食べられないぞ。くぅ、うまい。
最後の一枚、最後の一口。とても惜しい気持ちもあるが、食欲は抑えられない。
また食べたいなあ……塩ゆでもうまかったしなあ……えびってこんなにうまいんだなあ、って分かってしまったから。
次は、ガーリックシュリンプなるものも、作ってみたいな。
「ごちそうさまでした」
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