一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第七百二十話 天丼

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 朝飯を済ませ、さて、今日はどう過ごそうかとソファに座ったとき、家の電話が鳴った。おや、珍しい。何だろうか。
「んー?」
 じいちゃんかばあちゃんか、とにかく、店の方からだ。何だろう。
「もしもし?」
『あ、おはよう、春都。今大丈夫?』
「おはよう。うん、どうしたの」
 ばあちゃんの声の向こうで、テレビの音が聞こえる。朝の情報番組かな。
『実はちょっと、手伝ってほしいことがあって。来れそう?』
「いいよー」
 手伝いってなんだろう。畑かな、それとも、お店のことかな。どちらにしても、今日はすることは特にないし。
 受話器を置き、足元にやってきていたうめずを見る。
「よし、行くぞ」
「わうっ」

 クーラーの効いた室内で、目の前に積まれたのは書類の山。
 なんでも、卸屋さんに提出するとかいう資料があって、お客さんの名前を五十音順に並べかえないといけないらしい。
「字が小さくてねえ、よく見えないのよ」
「春都にやってもらえると、助かる」
「分かった」
 さて、おそらくこの量、ざっと百は超えていそうだ。
 うめずが探るように書類の山に鼻を近づけていたが、自分にとっていい物があるわけではないと察したのか、「じゃあ、がんばれよ」とでもいうようにこっちを一瞥して、裏の部屋へと向かって行った。
 じいちゃんとばあちゃんは、仕事が忙しいらしい。じいちゃんは早々にお店へ出てしまった。ばあちゃんは三角巾を着けなおしながら聞いてきた。
「そうだ、春都。お昼は何がいい? 出前取ろうと思ってるんだけど。好きなの言っていいよ」
「え、なんでも?」
「もちろん。手伝ってもらうんだから、好きなの食べなさい」
 好きなの、出前か。何がいいかなあ。がっつり食いたいなあ。
「あ、天丼。天丼が食べたい」
「天丼ね、じゃあ、電話しとく」
 出前なんて久しぶりだ。自分一人じゃまず頼まないし。うわあ、嬉しいなあ。よし、それじゃあ頑張ろう。
「えーっと……」
 まずは、行で分けるか。
「あ、か、さ……」
 なんて地道な作業なんだ。でも、こういうの結構好きだ。苦手な単純作業もあるけど、ちょっと頭を使わないといけないが動きは単純、って作業は好きだなあ。
 あ、そうだ。音楽かけよう。
「ふんふ、ふーん……えーっと、これは、こっちか」
 途方もない枚数だと思っていたが、思いのほかサクサク進む。音楽にのってやると、結構いいリズムでこなせるな。たまに突っかかるけど。
「よし」
 やっぱり、多い行と少ない行とあるんだな。さて、次は各行であいうえお順に並べ替えていく。うーん、どうやったら一番やりやすいかなあ。
 まずはあいうえおで分けて、その中で五十音順に並べかえよう。そうすればあとは、重ねるだけでいい。ふっふ、こうやってうまいやり方を思いつくと、なんとなく得意な気分になる。仕事ができる、俺、みたいな。
 まあ、効率よくやれる人は、もっと効率よくやるんだろうな。
 しかし、こうやって見ていると、多い苗字、少ない苗字がはっきりわかる。同じ苗字ばっかりのところもあるし、一つしかないところもある。
「ふーん……へーえ……」
 そうこうしているうちに終わってしまった。いやあ、手が疲れた。
「春都、どんな感じ?」
 と、ばあちゃんが様子を見にやって来た。
「終わったよー」
「あら、もう? 早いね、さすが。ありがとう!」
 ちょうど出前も来たようで、じいちゃんもやって来た。
「もう終わったって」
「おっ、すごいなあ。さすがだ」
 二人はいつも、過剰なくらいに俺をほめる。なんだかむずがゆい。
「さあ、お昼ご飯にしましょ」
 きたきた、天丼。お店の器そのままなのが楽しい。じいちゃんとばあちゃんはごぼう天うどんらしい。
 うどんにはラップがかけられていて、さらに輪ゴムで留めてある。
 これがまた外しづらくてなあ。小さい頃は泣きそうになるくらい苦手だった。熱い湯気が立ち上るし、水滴飛んでくるし、輪ゴムは痛いし。
 天丼は蓋がかぶせてある。
「いただきます」
 おお、具だくさんだ。ピーマンになす、アスパラ、大葉、かぼちゃ、白身の魚とえび。えび天は二尾だ。結構大ぶりだし、つゆだくでうまそう。
 まずはなんとなく大葉から。天ぷらにするとその特有の風味は薄く、スナック菓子のようになる。香ばしくて好きなんだよなあ。あ、熱々、揚げたてだったのか。天丼、揚げたてってうまいよなあ。
 かぼちゃはさっくり、ほっこり、ねっとり。ああ、甘いなあ。鼻に抜ける風味が心地よい。なすびもトロットロ。まるでお手本のような、なすの天ぷらだあ。
 ピーマン……おや、ご飯が入り込んでいる。ピーマンのご飯詰め、ってか。程よく食感が残っていてみずみずしく、ほんのり苦い。もちもちしたご飯との食感の違いが面白いなあ。たれもよく染みてる。
 甘いが、濃すぎない。醤油のコクも感じられるから、ご飯がうまい。
 アスパラも甘くてみずみずしい。長いのかな、上と下、半分に分かれている。茎の方はシャキッと、上の方はほんのり柔い。
 さて、えびを一つ。薄い衣は香ばしく、プリッとした海老はうま味がたっぷりだ。おや、思ったよりも大きい。食べ応えのあるえびである。尻尾の中に詰まった身もしっかり食べたいところだな。
 魚……うわ、ほわっほわだあ。ふわっと柔らかくて、ほろほろっとほどける。なにこれ、めっちゃうまい。こういう天ぷらって、なかなか食べないなあ。淡白ながらもうま味のある味わいで、たれもよく合う。
 ご飯と具材をバランスよく……いや、ご飯が少し先に食べ終わるように食べ進め、最後にえび天をじっくり味わう。
 少ししっとりとした衣の天ぷらも、またいいもんだ。
 いやあ、なんだかいい思いしたなあ。またいくらでも手伝いできるぞ。
 こういうのを「味を占める」っていうのかね。ま、みんな幸せならいいんじゃないかな。

「ごちそうさまでした」
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