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日常
第七百十七話 とうもろこしの天ぷら
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ばあちゃんはたまに、お客さんからもらったという野菜や、畑で取れたという野菜を持って来てくれる。とてもありがたいことである。しかもそれを使って料理を作ってくれることもあるのだから、頭が上がらない。
しかしやっぱり、ばあちゃんも忙しい。故に、野菜を持って来てくれるだけの時だってある。
たいてい、見慣れた野菜ばかりであるので、料理はしやすい。しかし、いくら見慣れているとはいえ、なかなか食べ慣れていないというか、どう消費するべきか悩むものもある。
「さて……」
髭のついたままのとうもろこし。
さて、どう消費するべきか。
今日も今日とて、外は蒸し暑い。すっかりみんな夏服になってしまってはいるが、それでも、暑いものは暑い。手持ち扇風機の持ち込みや、うちわなんかを持ち込んでもいい、って急遽決まったくらいである。
前までは、ちょっとでもそういうものが見えれば、没収、反省文コースだったのだがなあ。今や先生たちも、うちわや扇子、卓上クーラーを持って来ている。
「あっついなー」
そう言いながら咲良は、持ってきたらしいうちわで自分の顔周りを仰いだ。
放課後の視聴覚室は蒸し暑い。午後の授業ではどのクラスも使っていなかったようで、クーラーが効くまで時間がかかる。
今日はちょっとだけ部活に顔を出す日である。大会には出ないが、マネージャー枠での付き添いがあるから、その連絡を聞くためである。
まあ、マネージャー枠というのは名ばかりで、できることは少ないのだが。
咲良の持ってきたうちわはどこかで見たことがあるような、でも、どこでだったか分からない柄のうちわである。それに大きく、黒いマーカーで数字が書いてある。
「もしかしてそれ、夏祭りか何かでもらったやつか」
聞けば咲良は、「せいかーい」とだるそうに言った。
「地元の夏祭りのやつ。いつ貰ったやつだろ、毎年似たようなの貰うからなあ」
「その番号は、祭りの最後にある抽選会みたいなやつのための番号だな?」
「よく分かったな」
「うちの町でも似たようなことやってるから」
夏休みの終わりごろ、近所の幼稚園の園庭にやぐらを組んで、町の人たちがやる出店が並ぶ、ほんの些細な夏祭りだ。前に誰か、「酒のみの口実」とか何とか言っていたような……ま、地域の行事って、大半がそんなもんだよな。
ホルモン焼の匂いに甘いわたがし、スーパーボールすくい、氷たっぷりの水に入ったジュース、提灯の明かりは少しまぶしいくらいで、人の騒がしさと音楽のやかましさが耳をぼんやりさせる、夏を凝縮したような空間。
小さい頃はそれなりに楽しかったが、今はどっちかというと、その音を聞きながらクーラーの効いた部屋でのんびりと寝そべっていたい。
「どこの地域でも、似たようなことやってんだなあ」
「そうだな」
まだセミは鳴かない、梅雨の入り口。夏休みの終わりごろは、いったいどんな暑さになっていることやら。
「あ、そうだ。咲良に聞こうと思ったことがあった」
「なんだぁ?」
「とうもろこしって、どうやって食う?」
咲良はうちわを動かす手を止めないまま、「とうもろこし?」と聞き返す。
「うちでどう消費しようかと思ってな」
「なるほどなー、うちもよく、夏になると貰うよ」
「だよなあ」
「たいてい茹でてるけどな」
やっぱりそうか。一番手軽で、何気にうまいもんな。茹でて冷凍させとくのもありなのだろうか。
「あ、あとさ」
咲良は、うちわを指さし言った。
「それこそうちの夏祭りじゃ、焼きとうもろこしとか出るよ。あれ、うまいんだよねえ」
「ああ、匂いが思い浮かぶようだ」
「でも家じゃなかなかやりづらいからなあ。あ、あとは天ぷらとか」
天ぷらか、それはいいな。咲良は身振り手振りを交えて言う。
「こう、包丁でそいで、そのまま衣をつけて」
「かき揚げとは違うんだな」
そうだよな、缶詰だとばらばらの状態だけど、生のとうもろこしだとそういうふうにできるよな。
天ぷらか、いいなあ。
「ありがとう。それやってみる」
「おう、うまいぞ」
部屋が涼しくなってきたな、という頃。先生がやって来た。
今日の晩飯、楽しみだなあ。
もらったとうもろこしの皮をむき、洗って、半分に切ったら、咲良の身振り通りに身をそいでいく。なんか、面白い体勢になってないか、俺。
衣をつけて、熱しておいた油に入れる。う~ん、揚げ物の大変さが増す季節になったなあ。
少しだけ茹でて冷ましたものも準備する。それはうめずのご飯に追加だ。
「こんなもんか……」
とうもろこしって、どこまで調理すべきかよく分からない。火が通ったのか通ってないのか、分かりづらいと思うのは俺だけか。
でも、いい感じの色になったことだし、大丈夫だろう。
一緒に、冷凍の春巻きも揚げた。今日は揚げ物尽くしだ。
「いただきます」
まずは揚げたての天ぷらに、塩をふって。
サクッといい厚さの衣。わ、甘い。衣にまでとうもろこしの風味が移っているようだ。はじけるみずみずしさ、すっきりとしているが濃い甘み。とうもろこしにしか出せない風味。
お菓子ではよく、とうもろこし味とかあるけど。やっぱり、実物は違うというか。もちろんお菓子のもうまいんだけど、生のとうもろこしを調理したときにしかない風味ってあるんだなあ。
塩をほんの少し、っていうのがまたあう。程よい塩気が、とうもろこしの甘さを引き立てる。
少しもちもちした感じがあるのも、とうもろこしの天ぷらの楽しみだよな。
春巻きもうまい。パリッパリの皮にトロッとした中身。やけどしないように、そっと食べなければ。端っこの方の、ぎゅっとなった皮のとこが、もちもち、ザクザク、こうばしく、餡のうま味も凝縮していてうまい。
少し冷めたとうもろこしの天ぷらも、お菓子っぽさがあっていい。醤油かけてもうまいなあ。香ばしさが増す。
今度は、シンプルにゆでたのも食べてみよう。うめずがうまそうに食ってたから。
焼きとうもろこしも、チャレンジしてみたいな。
「ごちそうさまでした」
しかしやっぱり、ばあちゃんも忙しい。故に、野菜を持って来てくれるだけの時だってある。
たいてい、見慣れた野菜ばかりであるので、料理はしやすい。しかし、いくら見慣れているとはいえ、なかなか食べ慣れていないというか、どう消費するべきか悩むものもある。
「さて……」
髭のついたままのとうもろこし。
さて、どう消費するべきか。
今日も今日とて、外は蒸し暑い。すっかりみんな夏服になってしまってはいるが、それでも、暑いものは暑い。手持ち扇風機の持ち込みや、うちわなんかを持ち込んでもいい、って急遽決まったくらいである。
前までは、ちょっとでもそういうものが見えれば、没収、反省文コースだったのだがなあ。今や先生たちも、うちわや扇子、卓上クーラーを持って来ている。
「あっついなー」
そう言いながら咲良は、持ってきたらしいうちわで自分の顔周りを仰いだ。
放課後の視聴覚室は蒸し暑い。午後の授業ではどのクラスも使っていなかったようで、クーラーが効くまで時間がかかる。
今日はちょっとだけ部活に顔を出す日である。大会には出ないが、マネージャー枠での付き添いがあるから、その連絡を聞くためである。
まあ、マネージャー枠というのは名ばかりで、できることは少ないのだが。
咲良の持ってきたうちわはどこかで見たことがあるような、でも、どこでだったか分からない柄のうちわである。それに大きく、黒いマーカーで数字が書いてある。
「もしかしてそれ、夏祭りか何かでもらったやつか」
聞けば咲良は、「せいかーい」とだるそうに言った。
「地元の夏祭りのやつ。いつ貰ったやつだろ、毎年似たようなの貰うからなあ」
「その番号は、祭りの最後にある抽選会みたいなやつのための番号だな?」
「よく分かったな」
「うちの町でも似たようなことやってるから」
夏休みの終わりごろ、近所の幼稚園の園庭にやぐらを組んで、町の人たちがやる出店が並ぶ、ほんの些細な夏祭りだ。前に誰か、「酒のみの口実」とか何とか言っていたような……ま、地域の行事って、大半がそんなもんだよな。
ホルモン焼の匂いに甘いわたがし、スーパーボールすくい、氷たっぷりの水に入ったジュース、提灯の明かりは少しまぶしいくらいで、人の騒がしさと音楽のやかましさが耳をぼんやりさせる、夏を凝縮したような空間。
小さい頃はそれなりに楽しかったが、今はどっちかというと、その音を聞きながらクーラーの効いた部屋でのんびりと寝そべっていたい。
「どこの地域でも、似たようなことやってんだなあ」
「そうだな」
まだセミは鳴かない、梅雨の入り口。夏休みの終わりごろは、いったいどんな暑さになっていることやら。
「あ、そうだ。咲良に聞こうと思ったことがあった」
「なんだぁ?」
「とうもろこしって、どうやって食う?」
咲良はうちわを動かす手を止めないまま、「とうもろこし?」と聞き返す。
「うちでどう消費しようかと思ってな」
「なるほどなー、うちもよく、夏になると貰うよ」
「だよなあ」
「たいてい茹でてるけどな」
やっぱりそうか。一番手軽で、何気にうまいもんな。茹でて冷凍させとくのもありなのだろうか。
「あ、あとさ」
咲良は、うちわを指さし言った。
「それこそうちの夏祭りじゃ、焼きとうもろこしとか出るよ。あれ、うまいんだよねえ」
「ああ、匂いが思い浮かぶようだ」
「でも家じゃなかなかやりづらいからなあ。あ、あとは天ぷらとか」
天ぷらか、それはいいな。咲良は身振り手振りを交えて言う。
「こう、包丁でそいで、そのまま衣をつけて」
「かき揚げとは違うんだな」
そうだよな、缶詰だとばらばらの状態だけど、生のとうもろこしだとそういうふうにできるよな。
天ぷらか、いいなあ。
「ありがとう。それやってみる」
「おう、うまいぞ」
部屋が涼しくなってきたな、という頃。先生がやって来た。
今日の晩飯、楽しみだなあ。
もらったとうもろこしの皮をむき、洗って、半分に切ったら、咲良の身振り通りに身をそいでいく。なんか、面白い体勢になってないか、俺。
衣をつけて、熱しておいた油に入れる。う~ん、揚げ物の大変さが増す季節になったなあ。
少しだけ茹でて冷ましたものも準備する。それはうめずのご飯に追加だ。
「こんなもんか……」
とうもろこしって、どこまで調理すべきかよく分からない。火が通ったのか通ってないのか、分かりづらいと思うのは俺だけか。
でも、いい感じの色になったことだし、大丈夫だろう。
一緒に、冷凍の春巻きも揚げた。今日は揚げ物尽くしだ。
「いただきます」
まずは揚げたての天ぷらに、塩をふって。
サクッといい厚さの衣。わ、甘い。衣にまでとうもろこしの風味が移っているようだ。はじけるみずみずしさ、すっきりとしているが濃い甘み。とうもろこしにしか出せない風味。
お菓子ではよく、とうもろこし味とかあるけど。やっぱり、実物は違うというか。もちろんお菓子のもうまいんだけど、生のとうもろこしを調理したときにしかない風味ってあるんだなあ。
塩をほんの少し、っていうのがまたあう。程よい塩気が、とうもろこしの甘さを引き立てる。
少しもちもちした感じがあるのも、とうもろこしの天ぷらの楽しみだよな。
春巻きもうまい。パリッパリの皮にトロッとした中身。やけどしないように、そっと食べなければ。端っこの方の、ぎゅっとなった皮のとこが、もちもち、ザクザク、こうばしく、餡のうま味も凝縮していてうまい。
少し冷めたとうもろこしの天ぷらも、お菓子っぽさがあっていい。醤油かけてもうまいなあ。香ばしさが増す。
今度は、シンプルにゆでたのも食べてみよう。うめずがうまそうに食ってたから。
焼きとうもろこしも、チャレンジしてみたいな。
「ごちそうさまでした」
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